聖女さまは頭を潰す
誤字脱字報告助かります!便利ですねー!
そう、その男は、どこからどう見ても魔族だった。
黒髪と赤い目、大きく広げた羽とツノを隠す気がないのだから、魔族であるということを隠すつもりもなさそうだ。
何処からともなく現れたようだが、私たちの背後から来たとは考えにくく、おそらくゴブリンの巣の中から出てきたのだろう。
「何だ?魔族だの人間だのって、そもそも人間が分けた境界線に従う必要があるのか?」
「別に人間が決めたわけじゃ無いでしょ!双方納得の上で、魔王領と王国領が分かれてるんでしょ?」
「はっ!そりゃぁ、大まかな国境はあるにしたって、昔は当然のように行き来できていたものだろう。それを、突然排除だなんだって騒ぎ出したのは人間だ。それに従う必要など感じないな。」
馬鹿にしたようにこっちを見て笑う。
「しかも、そうやって分けたくせに、いざ分かれて住み始めると、魔族は敵だと騒ぎ俺たちの領土に侵略してきているじゃないか。」
「そ、そりゃ、まぁ……そうだけど。」
「魔王も魔王だ。さっさと人間を滅ぼしちまえば、平和になるだろうに。何かといえば人間と仲良くやるだとか、殺すなとか。馬鹿じゃねぇの。」
うーん、お父様は平和主義だからなぁ。男の言うことも一理あるので、扱いに困る。ハンナを殴り飛ばした時は、問答無用でぶっ殺そうかと思ったが、ゼルが完治させたのを見て、多少気持ちは落ち着いた。
ハンナ自身は、やられたことに腹を立てているらしく、男を睨みつけているが、男はというとハンナを警戒してすらいない。羽根を隠したままのハンナでは、この男にはかなわないだろう。
「しかし、俺を見てもビビらないとは、度胸の据わった嬢ちゃんたちだ。大概は俺を見ると泣き叫んで逃げていくんだがな。」
「ふーん。でもその割には、魔族がいるとかいう話を聞かなかったわよ?」
人間たちから見れば、魔族なんて最上級の危険生物じゃないのか?ゴブリンの討伐なんて出してないで、魔族の討伐依頼を出すべきだろう。
「そりゃ、一人も漏らさず殺してるからな。」
あー……屑だ。こいつ、屑なんだ。人がせっかく人間との友好をとか思ってるのに、こんなクソ野郎がいるから人間は魔族を嫌うんだ。よし、まずは交友の一歩目としてこの屑を殺して人間と、などと頭の中でいろいろ考えていると、さらに想定外な状態が重なる。
「おう、バシリーさん。手伝いましょうか?」
「帰ったか。お前らがいない間に、せっかくのゴブリンどもが半分ほどやられたじゃねぇか。」
「なっ!?このクソガキどもが!てめぇら生きて帰れると思うなよ!!」
「あれ?人間??」
荷車を引いて帰ってきたのは、くたびれた服を着た薄汚い男たちだった。人間の。
「なんだ?お嬢ちゃん、その顔は。人間と魔族が一緒にいたら悪いってのか?」
「いや、むしろ推奨しようかと思ってます。」
「は??」
あ、つい本音が出てしまった。
しかしどういうことなんだ。人間は魔族を嫌ってて、この魔族も人間を嫌ってて、なのに人間と仲良くしてて……。
うん、全くわからない!
ていうか、あの荷車、すっげー血がついてるんですけど。完全に、誰かを殺して奪ってきましたってやつでしょ。……つまりは盗賊か。盗賊と、魔族と、ゴブリン。なかなか多彩なシェアハウスである。
「お嬢様。あれは、元魔族軍の兵士な気がするんですが。」
ハンナを後ろに下げると、ゼルが立ち上がって耳打ちしてきた。
「はい?」
「下士官にそんな名前の者がいたような気がするんですよね。バシリーって聞いたことあるんですよ。」
「うーん、同じ名前の人くらいいくらでもいるだろうし、同一人物かどうかはわからないでしょ。」
「まぁ、確かにそうなんですが、『人間なんてとっとと皆殺しにしちまえ』、とか『魔王は無能だ』とかいって、攻めてきた王国軍を無駄に殺したうえに、指令にも従わなかったのでクビになったうえに、反逆罪で追放されたはずなんですが。」
「あ。こいつだわ、それ。」
何でそんな問題ありそうなやつを放流するんだよ。牢にでも閉じ込めとこうよ、お父様。
「おい、てめぇら!何をコソコソやってやがる!見られたからには、生きて帰れると思うなよ!」
「見られたも何も、あんたたちが勝手に出てきたんでしょうよ……」
「うるせぇ!」
人間の盗賊らしい男が、こっちに向かって大きめの半月刀を構える。
ゴブリンを駆除しにしただけなのに、何で魔族やら人間やらと戦わなくてはならないのか。状況を確認したいが、どうやら説明してくれる気はなさそうだ。
「いいや、盗賊なら殺しても怒られないだろうし。魔族も、本来は死罪なんだろうし。」
「お嬢様、一応可能なら魔族も盗賊も殺さず無力化した方が良いのでは?」
「うぇー……手加減するの?」
さっさと全滅させようと思ったが、あとが面倒なので仕方ない。両方生け捕りを目標に、失敗したらご愛敬ってことでやっちゃいますか。
「ゼル!あんたはハンナを守ってて。盗賊くらい平気だろうけど、魔族は厄介かもしれないから!」
「はいはい、分かりました。さすがに訓練された軍人ならともかく、ごろつきと、魔族の下士官ごとき、さすがの私でもそんなに怖くないです。」
あんたが怖いかどうかなんて聞いてないから。
「気味が悪い奴らだな。何か企んでるかもしれん。さっさと始末しよう。」
魔族の男も、なにやら呪文を唱えながらこっちへと近づいてくる。うーん、人間どもがいなければ、翼を解放して全力でぶっ潰すんだけど、人間に見られるの嫌だし。ていうか、生かして捕らえるんだったら、魔族であることも聖女であることも知られたら厄介だ。
「やっぱり、まずは頭を潰すのがいいわよね。」
私はそのまま駆け出した。
多少素早く、魔力を持っていたとしても、所詮は下っ端なのだ。本気を出すまでも無い。
「早い!?」
常に意識して、魔力を抑えている。解放すると、翼が出てしまう。だが、身体能力は完全に別物である。魔力とはなにも関係ない。
私は、魔王の娘だぞ。
「くそ!火球」
「消去」
「……は?」
間抜けな顔をしながら、あるはずの衝撃が消え去った自分の手に、目を落とす。
近距離で私の腹に魔法を叩きつけようとしたのだろう。まったく、人間なら、死ぬじゃないか。
「え、ちょ、何で?」
「はっはっは、貴様が弱いからだー!」
ゴッ!
隙だらけになったので、頭にチョップを入れる。鈍い音を立て、魔族の男はその場に沈んだ。ピクピク痙攣しているが、生きてる生きてる。流石の手加減!
大抵の魔法は、反対属性の魔法を叩きつければ相殺されるが、そんなことをしなくても、魔法式自体を解体してやれば、魔法は発動しない。相手の組み上げている魔法式さえ理解できれば、それで済むのだ。
「お嬢様。失神するレベルで頭を殴ったら、運が悪かったら死にますので、人間相手にやってはいけませんよ。」
「マジかよ!人間てどんだけ弱いんだよ!」
ついつい、口調が乱れてしまうほどの驚きだ。頭を殴るだけで死ぬなら、どこを殴ればいいんだろう。首?折れたら死ぬよな。体?柔らかいから穴開いたらどうするんだ。お尻?いや、流石に戦いの最中にお尻叩くのもなぁ。
何処殴ってもだいたい死んでしまいそうだ。
敵にヒールとか、なるべくやりたくないし。
はっ。
「敵に、ヒール。敵は悪役!」
「どういう思考でそういうセリフに至ったのでしょう。」
ゼルは、頭を抱えながら呆れたように言う。
「因みに、頭を潰すというのは、頭を強打することではありませんからね?」
「……し、しってるし!」
違ったのか。
頭を殴れば無力化できるという格言かと思ってた。
「あああ、バシリーさんが!!」
まさか、チョップ一撃でリーダー格の魔族が撃沈すると思ってなかった男たちは、暫くフリーズしていたが、私のギャグで復活する。
「てめぇら、だだで済むと思うなよ!」
シャムシールを構え、そのまま突っ込んでくる男たち。
ううっ。こんなひ弱な人間たちを相手に、殺さないで無力化ってどうしたらいいのよっ!
私は、必死に考えを巡らせるのだった。
思っていたよりさらに人間が弱いようです。
ブックマークや誤字脱字報告等ありがとうございました!
読みにくいと言う指摘をいただき、書き方も多少変えてみました。
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