聖女さまはいろいろ隠す
クリスタさんは炎が嫌いになってしまったようです。
ギルドと契約している専属の治癒術師がたどり着いた時には、クリスタは意識を取り戻していた。小さな擦り傷すらない状態で。
「炎怖い炎怖い炎怖い」
うわ言のように呟いているが、さすがにそこまでは面倒を見切れないので、自力で復活してもらうことにしよう。
「外傷はすべて完治していますね。私が使えるのは中級ヒールまでですので、話を聞く限りのケガの状況では、私が治癒したとしても、ここまでは綺麗に治らなかったでしょう。後は、炎に対するトラウマですが、それに関しては冒険者として自力で乗り越えてもらう以外にはないと思います。」
治癒術師は、念のためクリスタを診察し、これ以上は自分には何もできないとそれだけを言って部屋から出て行った。
クリスタの治癒を終えた後、さすがにその場に置いておくわけにもいかず、医務室へと運んだ。まだ、ハンナの試験が残っているとはいえ、そのまま続行できる雰囲気ではなかったので全員が医務室で待機している。
「テオドールさん、勘弁してくださいよ。一番のダメージソースの魔術師がこれじゃ、しばらくまともに仕事できないっすよ。」
「いや、悪かった。特別手当を出すから、しばらく休養を取ってくれ。」
文句を言うウーリに素直に謝るテオドール。
「てか、新人のテストの相手だとか言って、さすがにこんな奴らの相手はないでしょうよ。」
もう一人の、軽装の男も苦い顔で苦情を言う。
「私も知らなかったんだ。ラードルフが娘と娘の友達と護衛の三人を冒険者登録したいって言ってきたから、てっきりお遊び程度だと思うだろ。」
「すみません……。」
がっくりとうなだれているラードルフ。もっと自重しろと怒られるかと思ったが、自分の監督ミスだと思っているのだろう。さすがは大人である。
「ま、まぁ……実際よほどの大物でない限りは、ちょっと多めの手当をもらってBランク以上の先輩冒険者が試験官をやるのが通例ですからね。私たちも、おいしい小遣い稼ぎだと思って油断しすぎました。」
少し落ち着いたらしいクリスタも言葉を挟む。傷は完全に癒えたとはいえ、燃え盛る炎の中で、魔力が尽きて何もできない状態は相当な恐怖だったのだろう。
「クリスタさん、ごめんなさい……」
私は、クリスタの傍によって、頭を下げた。人間が、こんなに脆いとは思わなかった。彼女が中級の魔法を操ったので、ついつい嬉しくなって調子に乗ってしまったのだ。最初の予定通り、裏庭のバリアを壊さないように初級魔法を駆使すれば倒せたはずだ。
直接当てなければ壊れないし、とか思って、その場にとどまるような炎を使ったのもクリスタのケガを悪化させる要因になってしまった。
「いいのよ、私があなたより弱かったというだけ。これでも、もうすぐAランクになれるって言われててね。新人の女の子にあっさり負けるなんて思っていなかったのよ。」
ううう、クリスタさんも大人だ……。テンションが上がりすぎて、本気を出さずに軽くテストを受けるなんてことを完全に忘れてしまっていた。そのせいで、ゼルが回復魔法を使う羽目になってしまったし。
「で、だ。ハンナちゃんのテストはまだなんだが、一つ確認させてもらいたい。」
ぎく、と、私とラードルフとゼルは顔を見合わせた。万が一ばれた時は、ゼルを生贄にすることにはなっていたが、それにしたって早すぎる。魔族だってばれたらどうしよう。ゼルは、ビビりすぎて挙動不審になっている。魔族とばれたら、ボコボコにされたのち八つ裂きにされて内臓を食われるとか、そんな妄想をしつつ隙を見て逃げる準備をしているのだろう。
「ゼル君。君は、回復魔法が使えるね?」
「えーっと。……はい。下位治癒だけですが!」
「うそつけぇぇぇぇ!」
ギルドマスターの叫びに同意するように、ウーリとクリスタもあきれ顔だ。
往生際の悪いやつである。まだ下位で通用すると思っていたのか。まぁ、私のせいなのであまり強くは言えないけど。
「いや、ゼル君、先程の回復術師が言ってたように、下位どころか中級ですらない。さっきのは上位だろう?」
「……。はい。」
しょんぼりとうつむくゼル。上位の回復を使える人間はめったにいなかったうえに、戦争に駆り出されているという話を聞いていたので、ばれるわけにはいかないと思っていたが……。このままではゼル君は王国軍に強制で連れていかれてしまう。
と、心配したが。
「そう、落ち込むな。わざわざばらすような冒険者はいないさ。な?」
ギルドマスターの言葉に、ウーリとクリスタとその他一名は強く頷く。
「実際、兵役を逃れたくて回復魔法を使えるのに隠している冒険者も少なくはない。それが、王国の回復職不足を深刻化しているのだが。それでもわざわざ死にに行きたいやつはいない。
若く家族のために稼ぐために冒険者になって、徴兵されて前線で死んでたら何にもならないだろ?女子供ならなおさら隠すだろう。」
「ゼル君。クリスタは大やけどを負っていたとはいえ命を落とすほどの怪我ではなかった。下位のヒールをかけながら治癒術師の到着を待ってもよかったのに、そうしなかったのはなぜだ?」
ギルドマスターに続いて、ウーリが尋ねる。私も疑問だった。最悪は中級ヒールでごまかすことだってできたのになぜ、それより上位の魔法を使ったのか。
諦めたようにため息をつくとゼルは言った。
「女性だったからです。」
「は?」
予想外の回答に、全員が固まる。ゼルは、そんなに女好きじゃないはずなんだけど。え?何?クリスタに惚れたとかそういうやつ!?
「中級治癒で直せば身体は治りましたが、顔や肌に火傷の跡が残ってしまいます。時間をかけて自然治癒した時と同じ形ですね。若い女性の顔に火傷跡が残るなど、回復術師としては自分の都合で見過ごせませんでした。」
「やっぱりお前回復職か」
ギルドマスターは、笑っていた。ゼルは、一瞬しまった、という顔をしたが、もうあきらめたようですぐに平静を取り戻した。
「はい。でも、なるべく知られたくはありません。」
「わかった。今回は俺たちの準備が足りなかったこともあり、お前たちには迷惑をかけてしまったな。このことは、俺の権限において秘匿しておく。お前たちも口外しないように頼むぞ。」
「もちろんよ。自分の危険よりも私の治癒を最優先してくれた相手の秘密をペラペラしゃべったりしないわ。」
「ああ、冒険者として、秘密は守る。」
クリスタも、ウーリも強く頷く。ついでにあと一人も。
「じゃ、あとはハンナちゃんだな。ヴァルター、頼めるか?」
ヴァルターと呼ばれた軽装の男は、一瞬いやそうな顔をしつつも苦笑した。
「まぁ、上級回復師がいるんなら、いいか。」
そんなことで、まだ終わっていないハンナの試験をするため、私たちはまだ本調子でないクリスタを残し、裏庭に向かって再び移動したのだった。
「ちなみに、お嬢ちゃんは実力はどんなもんなんだ?」
「俺に似て、すっごい優秀だぞ!まぁ、常識レベルだと思ってくれ。」
ラードルフの言葉に、ヴァルターはものすごく安堵の表情を浮かべた。しかしAランクのラードルフ相手に毎日鍛えている獣人と魔族を先祖に持つ少女の常識レベルとはどれほどのものなのか。
彼はまだ気づいていなかった。確かに、一番弱いのはハンナで間違いはない。実力もラードルフとそんなに変わらない。しかし、一番手加減が苦手なのが、彼女である、という残念な現実に。
次はハンナちゃんです。
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