従者は追い詰められる
「助けてくれ!!」
「死にたく無い!!」
「魔物風情が!!」
「ああ、神様!!聖女様!!お助けを!!」
上から見下ろすと、なかなか笑えてくる光景である。
先程まで、イヤらしい笑みを浮かべてナルノバ王国兵をいたぶっていた奴らが、いざ自分の番になると、恐怖のあまり泣き叫び、逃げ惑っている。
ここから、俺の使える限り最大の魔法を叩き込めば、おそらく生き残れるものはいないだろう。
だが。
本当にそれで良いのだろうか?
さっきまでは、間違いなく別にそれで良いと思っていた。
死んで当然のゴミクズだと。
だがナルノバ王国軍の見知った顔が、全員無事に逃げ去ったのを見ると、急にこいつらに興味がなくなったのだ。
一人でも生き返らなかった者がいたら、なんの躊躇いもなく焼き尽くしたのだが……。
いや、別に殺したって構わないとは今も思っている。
しかしながら、ティーナ様や魔王様が悲しむかな?と考えると、複雑な気持ちになるのだ。
とりあえず、何より困るのは帝国に戻られてしまうこと。
帝国に援軍を要請してしまうこと。
ナルノバ王国にやられたと、デマを流されること。
つまりは、このままここに閉じ込めておくのが1番平和なのだが、半狂乱になった者が、仲間内や魔法の暴発で、勝手に死んでいく状況で、このまま継続すれば、そのうち全滅してしまうのではなかろうか。
困った。
さっきまでは7000人近くいたはずなのに、今では5000人程度だ。
……一気に減りすぎだろ。
同士討ちで減る人数大きすぎだろ。
俺を倒そうと、強力な範囲魔法とかを使おうとするから、味方がどんどん死んでいってるじゃないか。
そんなことも考えられないほどの馬鹿どもなのかと、大きなため息が出る。
「カラス男!お前の目的はなんだ!」
と、指揮官の1人らしい男が、私を指差して怒鳴りつけてきた。
「カラス?ああ、そうか、このマスク……。うーん、求婚を断られた腹いせ、というのも今更ですし、となると、私は一体何をしたいんでしょうね?」
目的、と言われても本来は偵察で、生き残ってるナルノバ兵が居たら連れて帰ると言った予定だったのだ。
ここで帝国軍を引き留めている理由もないといえばない。
国に帰って難癖つけてきても面倒だし、帰らないで攻めて来ても厄介だし、もう、証拠も全て焼き払えば良くない……?
と、いろいろ考えを巡らせる。
「今ならまだ許してやる!俺たちに手を出せば、帝国が黙ってないからな!!ナルノバ王国も、魔族も皆殺しに……うわぁぁぁあ!!」
「いや、だから、それは困るんですってば。」
あまりに納得のいかない提案だったので、男の左腕を肘あたりからすっぱりと切り落とす。
ここまでやられて、まだ自分たちが許す側だと思っているのは、いやはや、すごい根性だ。
周りにいた兵が慌てて止血などの処置をし始めるのを横目で見ながら、思案する。
「助けて……どうか命だけは!!」
「家族がいるんです、どうか……!!」
私に対して、攻撃や脅しが効かないと分かり始めた連中は、徐々に武器を手放し、命乞いに集中し始める。
「さっきまで甚振られていたナルノバ兵にも家族はいると思うがな。」
ボソリと呟くと、
「仕方なかったんです、上からの指示で!!」
「逆らえなくて!!」
「もう許してください!」
聞いていて、頭が痛くなる。
自分の意思を持つことすらできないのか、人間は。なんとも哀れな生き物だ。
今更ここまで無抵抗な連中を殺すのもつまらないし、捕虜として連れかえれば奪還名目で帝国軍が攻めてくる。
かと言って返したところで攻めてくる。
え、もう詰んでない?
エンドレスな思考に至って、頭を抱えていると。
「貴方様に忠誠を誓います!!」
と、叫んだ男がいた。
反魔族を掲げる帝国兵が魔族に忠誠を誓うなど、滑稽な話だ。
そう思い、そっちに目を向けた瞬間、男が身体中から血を吹き出して倒れた。
「……は?」
なんだ今の??
思った瞬間
「うわ!!!」
「ぎゃああああ!!」
「助けて!!」
「お母さん!!!」
それを合図だとでも言うかのように、次々と兵士たちが血を吹き出して倒れ始めた。
震えながらこちらに土下座するものも、呆然と佇むものも。
連鎖するようにどんどんと倒れていく。
俺の魔法か何かだと勘違いしている奴らは、必死に命乞いをするが、そんなに祈られても、俺じゃないのだから何もできない。
ふと、近くにいた男が倒れた瞬間、首筋に何か赤い光が見えた気がして、近くに駆け寄ると服を引きちぎり首を確認する。
怯えている兵士たちは、俺が動いたのをみて腰を抜かしたまま、可能な限り後ずさるが、そんなのを気にしている場合では無い。
「呪印?なんだこれ。」
聖女の祝福のようにも見えるが、そこに重なるように禍々しい魔力が塗り付けられている。
あまり詳しくないが、召喚系の魔法陣に似てる気もするし、精神支配系にも見える。
どちらかといえば、ティーナがつけていた、制約を込めた祝福のような……?
と、だらりと垂れていた男の手がぴくりと動いたかと思うと、私の手首を人とは思えない強さで握りしめた。
『た、たすけ、たすけ……』
『アヒャヒャヒャ!!久しぶりの人界だ!!』
一つの口から、二つの声が漏れる。
その口は大きく裂け、ぬらりと赤い舌が動くと、ゴボゴボと泡立った血が口から垂れる。
……うわぁ、見たくないもの見ちゃった。気持ち悪……。
掴まれていない方の手で、それの頭部を掴むと、そのまま引きちぎる。
『はひゅ?』
まさか、召喚直後に死ぬことになるとは思わなかったソイツは、情けない音を口から吐き出すと、そのまま生贄の体ごと砂のようにサラサラと崩れる。
辺りを見回すと、ウジャウジャと湧いた赤く染まった影。
「レッサーデーモン……。」
なんでこんな事に??
死体から湧き出した、劣化悪魔と劣化竜、そのどちらにもなれなかったキメラや異形の死体。
まさに地獄絵図である。
だがしかし、扱いに困っていたのは、相手が強いからではなく、相手が人間の兵士だから。
ゼルにとっては、相手が変わったのは、好都合でしかなかった。
「これは、人間が二段階変身したわけでなく、レッサーデーモンの依代にされただけですね。良かったよかった。これで心置きなく、処理できます。」
チラリと見ると、わずか数名はなぜか変化するでもなく生き残ってはいるものの、レッサーデーモンたちに襲われ、時間の問題だろう。
さとここで問題になるのは、全てが死ぬまで待つのか、それともまぁ、生きてる数人くらいはどうにかしてやるべきなのか。
この状況で、ナルノバ王国に責任を押し付けて帝国に帰ろうとする者がいるかは分からないが、この惨状も、俺の仕業だと思っている可能性はある。
下手に逃すと、帝国兵を皆殺しにした、トチ狂った魔族扱いになりかねない。
仕方なく、拡声魔法に乗せて声を張り上げ、忠告する。
「俺を疑うのは勝手だが、助かりたいなら、降伏しないまま、死んだことにしつつ、ナルノバ王国の捕虜になるしかないんだけども。そうしたところで、俺としてもさ、いつ化け物になるかわからないやつを連れて行きたくないわけで…。」
あれ?マジでどうすりゃ良いの。
難易度高すぎじゃね?
「俺としては、みんな死んでくれた方が心が楽なんだけどもー。」
「た、頼む、俺は多分大丈夫たがから!!」
と、魔物の大群の中、逃げ回りつつ、必死に声を張り上げる獣人が1人。
帝国の鎧を着ておらず、冒険者風の軽い鎧を身につけている。
首を傾げて最善策を考えつつ、たった数人の生き残りのうちの1人へと歩み寄った。