従者は偵察だけでは済ませ無い
ゼルくんの話が長引き過ぎてます。
街道まで直線で飛んできただけあって、数分で着いた。
しかし、人間達は街に大した結界も張らずに、魔王領と戦争しているつもりだとは。
なんの障害もなく、街の外に出られたのだが……。これでいいのか他人事ながら不安になる。
一応……念のため、気配遮断の魔法をかけて飛んできたので、相当魔力に敏感か、気配を気にしていないとわから無いはずだが。
それでも、何人かは私の気配を感じてキョロキョロと上空を見回している。
人間のくせに、なかなか感が鋭い。
いや、魔族や獣人の奴隷でも混ざっているのかな?
そんなことを考えながら、ざっと辺りを見回した。
7000〜10000人くらいだろうか?
感じていた気配以上に多いな。ああ、魔力や覇気が薄すぎて、人間を察知出来なかったのか。
ということは、下手すれば7割ほどはなんの役にも立た無い一般人だろう。
……とはいえ、弱過ぎてこちらが感知しにくいなどと考えたことがなかった。魔王領にたどり着くものは最低限の強さを持っていたから気配がないほど弱い人間など気にしていなかったが、成る程、荷物として弱い人間を持ち込み、何か毒を盛ったり、細工をしたりするかもしれないな。うむ、人間は厄介だ。
もう少し、魔王城の警備には物音なんかも気にする様に指示しておこう。
「あーあ、それにしてもひどい有様だ。」
あの数の帝国軍に対してナルノバ王国軍は100人程度の兵士しか来ていないそうだ。
向こうに敵意がない前提で動かなくてはなら無いので、あくまで偵察兵、という名目だから、その程度の人数が限界なのだろうが。
100人程度、とはいえ、ぱっと見で生きているのは両手で数えられる程度。
生きているのか死んでいるのかわから無いが、辺りに横たわる死体らしきものが地面を鮮やかに染めている。
多少は帝国軍のものもあるが、主にナルノバ王国軍の兵士だろう。
さっき見たところ、まだ、1人も王国に帰ってきていなかったはずだ。
偵察兵なのだから、危険があればすぐに戻って報告すると思っていたが。
目を細めて見ていると、隙を見て逃げようとした兵士に対し、必要以上に攻撃を加えて殺害しようとしていた。
ほほう。
1人も逃がさ無いことにより、ここでは何も起きていないという事実を作り上げるつもりか。
場合によっては、そっちが先に仕掛けて来た、という言いがかりをつけることも可能だろう。
そりゃ、偵察が戻らなければ、王国軍も動けはし無いだろうが。
「だが、不愉快だ。」
生きてるのか死んでるのかわから無い状態の兵士たちの中には、なんとなく覚えがあるものもいた。
先日、馬鹿騒ぎをした際、俺とラルフが召喚したクラーケンを見て、食えるのかと興味津々だった猫獣人。
俺の羽を羨ましそうに見ていた小鳥型魔族の先祖帰り、密かにティーナ親衛隊に入りたいと呟いていた人間の兵士。
今しがた切り倒されたのは、若い頃俺の父に助けられたと涙ながらに語っていた、壮年の兵士だ。
ーー『俺、マジであの時天使に会ったかと思ったんすよ!いつか、改めてお礼を言いたくて!息子さんもずるいくらいイケメンの天使属性っすね!魔族だなんて言われなきゃわから無いっすよ!俺にできることならなんでも協力するんで、困ったことがあったらいつでも言ってくださいね!』
……馬鹿馬鹿しい。
「困ったことになってるのは、お前の方じゃないか。」
ああ、不愉快だ。
人間如き、何人死のうが構わ無いのに、なぜこんなに苛立つのか。
俺の協力者になり得たであろう男を殺されるのも許し難い。そうだ、ティーナ様の邪魔になりそうなら、排除しなくてはなら無いだろう。
協力者は、死なせてはいけ無い。
死ぬべきなのは、向こうだ。
向こうが欲を出したのだ。
ウチの姫を奪おうとした罪は、その命で償ってもらわねば。
偵察とは言ったが、偵察ついでに少し……群がる虫ケラを払ったところで大した問題ではないだろう。
自分でもよくわから無い苛立ちを抑え込みながら、言い訳が完成すると同時に先ほどの男の横に降り立った。
降りる際、視界に入った帝国兵数人の首元を勢い任せに引き裂き、倒れた男……ナルノバ王国兵を抱え上げる。
具合を見るために、顔を覗き込もうとすると、ぺすとますく?の嘴の部分が当たりそうになった。
…なぜこんな邪魔な形にした……?仕方なくマスクを首の方へ落としてずらす。
顔を隠す意味……。
「大いなる神の癒し」
「な、なんだ!?どうなってる?!」
尽きる寸前だった男の命は、体にとどまり力強い鼓動を刻む。
傷は全て癒えたとはいえ、血が足り無いのか、息遣いはまだ弱々しいが、すぐに落ち着くだろう。男は、自身が包まれた温かい光を怪訝そうに見た後、俺の顔を認識し、
「ああ、天使様。何度もすみませんね……」
口元を少し持ち上げて笑った。
ああ。
そうか、俺は情が湧いたのだ。
理解すると同時に、笑いが堪えられず、クククッと声が漏れる。
俺が、こんなに弱い人間どもに?
「なんだ!?何が起きた!!魔族か?!」
多くの兵士が俺を認識した事によって、ようやく気配遮断が意味を無くした。なので、パチンと指を鳴らして解除する。
解除すると同時に、姿をはっきりと視認できたのだろう。
俺の翼を見て、どこからともなく声が聞こえた。
「回復魔法を使っていたぞ!ツノもないし、獣人じゃ無いか?」
「獣人だとしても、今のは上級回復魔法どころか、神聖魔法じゃ無いか!何者なんだ!?」
「か、回復職なら、ナルノバ王国の援軍じゃ無いのか?」
「今、数人が倒れたのはこいつの仕業か?それとも他にもいるのか?」
「おい、気を引き締めろ!!どこからか狙われてるぞ!狙撃かもしれん!」
今までは、数でも力でも劣るナルノバ軍を集団で甚振ればよかったはずだ。
それが、突然襲来した何かによって覆される恐怖。
帝国の兵士からは、気味の悪い笑顔が消え、緊迫した空気が流れる。
男の顔色が徐々に戻り、呼吸が安定してきたのを確認すると、無理やり口にエリクサーを突っ込んだ。
これで、足り無い血液分も魔力が補ってくれるだろう。
キラキラとした光が見えてしまいそうだったので光魔法で誤魔化してみたが、まぁ、今更だなと考え直す。
「私は、ちょっとゴミ掃除をしなくてはなら無いようです。貴方はもう動けますね?怪我人の治療は任せます。良ければこれをどうぞ。」
ちょうど100本。
非常用に持っていた、失敗作。
人間達のよく使う、通称アイテム袋に詰めて、持ち歩いていたのだ。
このアイテム袋は、先日ラルフに貰ったもので、
『お前らは、人間のふりが下手すぎるんだよ。』
と、めんどくさそうに渡されたのだが。
これは持ち主の魔力量や才能に関係なく、制作者が魔力を込め、それを循環させることで半永久的に物を異空間に収納できるバッグのような物だ。
前にラードルフにもらった魔法収納袋は、亜空間に繋げる鍵や扉みたいなモノで、使用者の魔力で開くため、その大きさも使用者によって大きく違う。まぁ、魔族はそんな触媒を使わなくとも直接次元を割いて亜空間に繋げられるのだが。
これは誰でも魔力の消費なく使える代わりに、大きさも固定で、入る量は微々たるモノ。試しに売れ無い失敗作を詰めていくと100本で満タンになった。
……しょぼい。
持ち歩く意味すらわから無いほどしょぼい。
大型のリュック一個以下ではないか。
人間は、こんな物を使わなくてはなら無いほど、物を持て無いのか?魔族なら、一才にも満たない赤ん坊でも、もっとマシな魔法収納が使えるだろう。
いや、数代前の人間なら、十分に使えた筈なのだが。
実際魔王領で、こんなもの使ってるのは、魔力欠乏症を患っている子供や年寄りくらいだ。
魔力欠乏症でも、大人なら、普通にカバン持った方がたくさん運べるし。
まぁ、これの良いところは、一つ。このまま手渡せるところだろう。
普通の魔法収納は、あくまで袋は触媒で、個人の魔力に関連づいて収納をする形だ。
なので、袋を渡しても収納の中身は、自分の空間に残る。
ただ、まぁ、触媒となる袋に施されている魔法の性能によって出し入れできる量などに差が出るのだが、まぁそれはまた別の話で。
しかしこれは、切り取られた空間であり、袋を譲渡すると中身もそのまま相手に渡すことができるのだ。
「は、はい!こんなたくさん上級回復薬を!?ありがとうございます!!」
中を覗いた男が、興奮した様子で立ち上がった。
上級と勘違いしているが、これはエリクサーの方だ。
……まぁいいや。
「一見手遅れに思える者にも、一応使って見てください。そして回復したなら、さっさと国に帰って報告を。」
「は、はい!!すぐに援軍を向かわせますので!!」
少しふらつきながらも、1番手近な怪我人に駆け寄ると、その瓶の中身を口元に流し込みながら、叫ぶ。
が、俺はその様子を見て、とぼけたように答える。
「いや、いりません。」
「へ?」
「ここでは、何も起きなかった。誰もいなかったんですよ。」
俺は、目を細めてなるべく怯えさせ無いように続ける。
「折角の偵察の結果はただ一つ。街道には、帝国軍などいなかった。ちょっと強い魔物がいたので、怪我人、もしくは死人が出た、と。」
「え、えっと。……はい、必ずそう伝えます。」
男は、一瞬のためらいを見せたが、大きく頷くと、作業に戻る。
怪我人は時間との勝負だ。体の損傷度合いにもよるが、数分から数十分程度なら、死んでいても生き返る。
それがあの薬。聖女の奇跡なのだ。
凄いのは分かっているが、ティーナを揶揄うと面白いので、ついつい不良品とか言ってしまう。
まぁ、流石に見慣れたと言うのもあるが。
ふと、目が合ったのは、最初から生き延びていたナルノバ王国兵たち。
「あなた達も、魔獣との戦いになったが、それ以外街道に異常はないと伝えてくださいね。」
逃げていいのか、それとも援護した方がいいのかと、抜刀しながら躊躇っていた彼らにも声かける。
「何を勝手なことを!!」
慌てて動き出そうとする帝国軍だが、一歩踏み出したものは、その場で血を吹き出して崩れ落ちる。
「はへっ!?」
自分が一体どうなったかもわから無いまま、地面を染めていく仲間の兵士の姿に恐怖しつつ、現状を把握し始めた兵士たちが、やっと動き始める。
「化け物め!!たった1人で来て、どうなるって言うんだ!!」
「どうなるか、ですか。」
攻撃が見えていなかったのか、不可視の攻撃だと警戒し、上や下や後ろを必死で確認する様子を目の端にとらえながら、慌ただしく走り回る先ほどの男を見る。
「やってみ無いとわかりませんが、二段変身とか無ければ、まぁ、どうにでもなると思います。」
「……二段変身?何を言ってるんだ!?何者なんだお前は!」
聞かれて、あ、と、思い出した。
「僕は、ナルノバ王国に用事があってきたんですけど。なんか交渉決裂したので、腹いせでもしようかなーと?」
とりあえず言い訳を口にしてみるが、
「……今、ナルノバ王国の兵士を助けてなかったか?」
そうだった。
ナルノバ王国兵を助けるつもりなんか無かったからなぁ。
たとえ王様達に頼まれていても、まぁ、偵察ついでに、少し目眩しでもして、どさくさに紛れて逃がしてやれば良いと、その程度だったのだが。
さっきから、話している男は時間稼ぎのつもりなのだろうか。
焦れるように周りの兵士に目配せをしているが、勿論俺に向かって放たれる攻撃は全て無効化しているので、相手の望むような未来は訪れ無い。
「気まぐれですよ。」
「そうか!ナルノバ王国はやはり魔族と通じていたのか!!」
……ふーむ。
折角お城の離れ壊してきたのに……。
やっぱり疑われてる。
まぁ、今更小細工なんていらないか。
そう思い直し、周りを見渡す。
前には帝国兵。
後ろには傷の癒えたナルノバ王国兵とぴくりとも動かない帝国兵。
早い対応が功を奏し、どうやらナルノバ王国側に死者は出ていないようだ。
これは帝国兵の悪趣味ななぶり殺しが逆に幸いしたと言うことだろう。
長く苦しむように、長く恐怖を感じるように、なるべく痛みを感じるよう。
さらに、怪我人を置いて逃げにくいようにわざと手足を傷つけられた者もいた。
さっさと、確実に細切れにしたり、燃やし尽くしていれば蘇生などできなかっただろう。
治ったものがまた薬を受け取り、怪我人を治す。あっという間に治療は終わった。
パッと見た限りでは、ほぼ全員のエリクサー蘇生が間に合った。
起き上がった者は、簡潔な確認だけを行い、間をおかず王国に向けて駆け出す。
「隊長!!ナルノバ王国兵が逃げます!」
「1人たりとも逃すな!!何をぼさっと……?」
なんとも都合がいいことに、丁度俺のいる場所が大体境目で、衝突の起きている場所だ。
最初の一撃で、混戦状態の帝国軍は全て殺したため、生き残っていたナルノバ王国兵は俺の指示を聞き、さっさと撤退している。
そんなわけで、今は隊列を組んで武器を構え、牽制しているのか、一斉攻撃の指示を待っているのかよくわからない帝国兵達が残された形になった。
いや、チマチマと攻撃を加えようとしてくる者もいるのだが、変な動きをしたものはサクサクと処理をしているので、死体が増えるだけである。
追おうとした者が、バタバタと血を流して倒れることから、帝国兵はジリジリと後ろに下がり、もう追おうとするものはいないのが現状だ。
いくら視線で奇襲を訴えても、隊長らしき男の指示は通らない。
と、後方から帝国側へ逃げようとする兵士が目についた。
が、もう、遅い。
俺の目から逃げられると思うな。
「絶対・防壁」
これは物理攻撃を全て防ぐ障壁だ。
俺よりも強い覇気か魔力を加えれば簡単に壊せるものだが、逆に俺より弱ければ絶対に出ることのできない壁である。
そして結界に気配遮断をかければ、近くの街道を通る人間達に気づかれることもない。
「なんだこれは!?」
「壁!?出られ無いぞ!!」
「嫌だ、死にたく無い、助けて!!」
兵士たちは壁に阻まれ、急にパニックを起こす。
逃亡防止のつもりだったのだが、なんか勝手に同志撃ちまで始める始末だ。
さっきまで嬉々として、ナルノバ王国軍をなぶり殺してたのが嘘のよう。
やっぱり人間は、非道だし、醜いなぁ。
そんなことを思いながら、ナルノバ王国兵が全員逃げたのを確認し、俺は再び高く飛び上がる。
さーて。残りは……意外と減っていないな。自滅分も含めて、千人も死んでないだろう。
「上だ!上!!殺せ!!」
なんか、魔法が飛んでくるが、低級のものばかり
羽ばたきの風圧で全て霧散している。
気配からするに、勇者クラスの者がいるとは思え無い。皆殺しにするのは容易いが……やると魔王様に怒られそうだよなぁ。
向かってくるやつは殺しても仕方ない、と、始末したが、向かって来ていない者まで殺すのは魔王様の意に反する。
かと言って……逃げられると困る。
ティーナの様に、聖女の加護という名の制約をかけたり、いつぞやの宗教団体の様に呪術を仕込んだりもできないし。
つまりは、生かさず殺さず……無理じゃね?
…‥無理だわ。
そして結界の中限定で拡声魔法を使い、呼びかけた。
「えー、とりあえず、皆さんを殺すつもりはないんですが、帝国に戻られると困るので死んでもらおうと思います。いかがでしょう?」
辺りには、絶望の悲鳴が響き渡った。
いつもありがとうございます。