聖女様は全力で出遅れる
かなり久しぶりの投稿でしたが、まだ読んでくださってる方がいてとても嬉しいです。
無理のない程度に少しずつ更新していきたいと思いますので、もう少しお付き合いいただけたら嬉しいです。
「アレクシス、大丈夫かなぁ」
「アレクシス様でしたら、大丈夫ですよ!あのお方は、誰よりもお強いのです!」
なんか不穏な空気になってワクワクしたのに、シンディに睨まれ、謁見室からそそくさと逃げ出してきた。
仕方ないと言えば仕方ない。聖女の影武者であるフローラと、その侍女という設定の私。
どう考えても、あの場で暴れて良いことなどない……けどさぁ。
「強いけど、相手も弱くはないからさ。」
「アレクシス様は、帝国の勇者よりもずっと勇者なのです!」
「あはは。まぁ、アレクシスには元妖精王もついてるもんね。帝国の勇者程度にやられるとは思えないけどさ。それに、私たちと王様の安全が確保出来次第、シンディとラルフが援護に行ってくれるとは言ってくれてるから、そこまで心配はしてないけど……。」
「おっさん?は、よく分かりませんが、アレクシス様は大丈夫でしょう。それよりも、ゼル様が心配です。数千の兵に対して、お一人で向かわれたとか。」
「ああ、あいつは……そういえば、街道にめっちゃ帝国軍がいるから様子を見に行く、と言ってたわね。」
本当は私が行こうとしたのだけれど、シンディにどちゃくそ怒られた。
聖女を護る、っていう大仕事を、邪魔するなと。
現状私が本物の聖女であっても、公表されている聖女はフローラだ。
影武者であるフローラを守らない限り色々まずい。
私が動き回ると、フローラも私も護れない。それは、ナルノバ王国やシンディたちにとって最悪の状況なのだろう。
「もどかしい事ですが、私たちが無事なのが最重要ですからね。邪魔をしないのが1番ですわ。」
「そうは言っても……。」
ヒメも一旦古竜の里に帰っちゃったし、ハンナもラードルフさんと帰ったし、ここにいるのは私と、フローラと……。
「なーによー。なんか私に文句あるわけ?」
「まぁまぁ、エレン、落ち着いてぇ。仕方ないよー。この子も、頭より先に体が動くタイプみたいだしー。」
「うっさいわ!」
椅子に座ってのんびりお茶をしているのは、精霊女王と90代の勇者である。
念の為護衛としてここにいる、というか、たまたま来てたので巻き込まれたというべきなのか。
彼は今、精霊王の加護により20代後半くらいの見た目を保っている。サラサラの銀髪、薄青の目、若かりし頃のトルゲの姿そのままらしいが、みんなの頭の中のトルゲは90歳のご老人。
ぱっと見では誰もトルゲだと気づかないので、秘密裏に護衛するなら、確かに適役だ。
更に、勇者がいるところに聖女がいる、となると、勇者の魔力を感じられる帝国の勇者に探されてしまいかね無い。
そういう意味でも、精霊王の加護のおかげで勇者の魔力が外から感知しにくいトルゲは最高の護衛だ。
「そうそう、そんな事よりさ。あんた、ラルフとシンディに加護あげたらしいじゃない?トルゲにもお願いしたいんだけど!」
「……突然戻ってきたと思ったら、そういう事だったのね。」
「勇者自体は辞めたいけど、辞められ無いのであれば強いに越したことはないからねぇ。」
温和な笑みを浮かべるトルゲ。
おっとりとした好青年を装っているが、結構狸なんだとシンディが言っていた。
まぁ、少なくとも生きてきた年月を考えると、シンディよりも経験や知識は豊富でおかしくない。
「うーん、加護をあげるのはいいんだけど、一応私は魔王の娘だから、敵を増やすことになるなら、嫌なんだけど。」
「ああ、そういうことかー。俺は、今更魔王討伐なんて何の興味もないけど。絶対裏切ら無いとか、そういう制約とかってつけられ無いのー?」
「うーん、指定対象とかが難しくて。私個人としては、魔族全部に危害を加えてほしくないけど、そんな事をしたら、悪意ある魔族にまで抵抗できなくなっちゃうじゃん?」
「あー、そうだねぇ。」
人間にも、良い人と悪人がいるように、先日のバシリーのような悪い魔族も存在するのは間違いない。
そんな魔族にトルゲが反撃できなくなるのは、私としては本望ではない。
2人して首を傾げていると。
「馬鹿ね。ラルフとシンディに加護をあげたんでしょ?それよりもずっと弱いトルゲに加護をあげたとこで、たいして変わん無いわよ。」
「それは間違って無いけどー。ちょっと傷つくなぁ。」
「それでも不安なら、トルゲの聖剣に埋まってるその魔石に制約をつけるというのはどう?」
ふむ、と、トルゲの腰にある聖剣を見る。
数代前の聖女の力のこもった剣だろう。精霊女王エレンが指さすそこには、精霊の力のこもった魔石が埋め込まれていた。
「どういう制約?」
「そうね……魂を砕くことができ無い、とかどう?」
「魂?」
「それさえ残れば蘇生できるじゃない?この剣で殺された場合、込められた聖女の魔力で相手の魂を一定時間保護できるようにするのよ。そうすれば、あなたの力で生き返らせることができるわ。」
「え、そんなことできるの?」
「出来るわよ。実際それに近いことを試したことあるもの。」
色々魔道具や魔剣を作ってきたけど、流石長生きしている精霊。面白いこと考えるなぁ。
「OK。気休め程度の制約だけど、それで十分ね。」
「ていうか、一ついいこと教えてあげる。魔王が襲われたら、勇者の剣に割って入るといいわよ。」
「は?私に死ねと?」
「聖剣程度じゃ、怪我をすることはあっても、聖女を殺すことなんてでき無いし、主神の愛子である聖女を傷つければ、いくら勇者であっても主神の怒りを買うもの。その時点で勇者の力が激減すると思うわよ。剥奪もあり得るんじゃない?」
なにそれ。
そんな制約あるの……?初めて聞いたんだけど。
「そうなの!?でもさ、アレクシスが、過去の勇者から元聖女である101代聖女を殺せって言われてるらしいんだけど……。」
「あー、カムラね。あいつは、主神から聖女の資格剥奪されてるから平気よ。だからこそ、102代聖女が生まれたわけだし、カムラを殺したアルフォンスも、勇者のままだったわよ。」
えええ、あの、アレクシスが持ってる剣の勇者が、大聖女を殺したの!?
驚きの新事実がポロポロと。
口煩いおばさんだと思ってたけど、本当にすごい人だったんだ……。
まぁ、そうか、精霊王は歳をとると知識をそのままに生まれ変わる不滅の存在だもんなぁ。長生きなんてレベルじゃ無いのか。
「アルフォンスがそんな遺言残してるのは知らなかったけど、そうなのね、やっぱりカムラは生きているのね。」
「私もよく知ら無いけど、その可能性があるのかなって。ほんの少し旅しただけで、大聖女の影がちらつくのよ。」
そうして私は、竜帝王の焼印や、妖精王の封印、アレクシスの剣のこと、更には帝国で会ったカムラの加護を持つ少女の事を話した。
トルゲと精霊女王は相槌を打ちながら、時に2人で確認しつつじっくりと聞いてくれた。
これに関しては、影武者であるフローラも知っておいた方が良いだろうと、包み隠さず話した訳なんだけど。
「私としましては、大聖女様がそのような事をしたとは到底思えませんが、真実の誓約のもとに生きる生き字引と言われた精霊女王様がそう仰るなら、きっとそれが真実なのでしょう。」
「そうなの?」
初めて聞く話に、キョトンとしながら精霊女王に尋ねると、
「ちょっとおお!あんた、それでもほんとに魔王の娘!?ちゃんと勉強してる!?」
「……一夜漬けが得意技です!」
「をい!それは自慢にしたらダメだからね?……よかった。あんたが魔王を継がなくて。」
ひどっ!
「あんたのその知識のチグハグさは、一夜漬けで一部を単語として覚えたり、ド忘れしてる結果なのね……。」
「そ、そんなことないし!ちゃんと知ってるし!因みに、真実の誓約ってことは、嘘はつけ無いの?」
「いや?普段は別につけるけど。今貴方に嘘をついていませんよ、って言う宣言が出来るのよ。ま、詳しいことは秘密♪て言うか、ちゃんと勉強してたらそのくらい知ってなさい!」
「……てへっ。……ほ、ほら、聖女の加護をつけるからこっち来て!」
呆れ顔の精霊女王と、苦笑するトルゲとフローラ。
なんかいたたまれ無い空気になってきたので、聖女の加護を与える事で有耶無耶にしようとしたのだが。
ふと思う。
トルゲって、勇者辞めたがってたよね?
「さっきの話で行くならさ、私に斬りかかれば、勇者の資格剥奪されるかもしれ無いんじゃ無いの?」
「あー、それはダメだよー。どうなるかは主神の匙加減。資格ありのまま弱化させられたり、剥奪されたとしても、何かしらのペナルティが有る可能性があるんだよねぇ。だから、その選択肢は無しなんだー。」
ああね。
しかも、私が納得した上で斬りかかられようもんなら、下手な芝居でしか無い。
「聖女と敵対状態、と言うのが重要なのよね。だから帝国の勇者は、ほんと馬鹿。」
「何でそこで帝国の勇者が出てくるの?」
「何でって、最近ではいい例じゃ無い。聖女の母体である聖母を傷つけた訳でしょ?聖母から勇者に対して敵対意識がなくとも、殺意を持って聖母に剣を突き立てればねぇ。
まぁ、聖母の中にすでにあった因子を危機に晒した罰かもしれ無いけど。とにかく、そのせいで主神の寵愛が薄れてるのよ。だから最近、弱さに磨きがかかってるじゃ無い?」
……確かに。そりゃダメだわ。
あの弱さの原因は、勇者の因子が半分しかないってだけじゃ無かったのか。
そんな事を思いながらてくてくとこっちに歩み寄ったトルゲに視線を移す。
いやー、しかし、90過ぎのジジイとは思え無い美しさ。
帝国の勇者なんかより、ずっとイケメン勇者だよな。
シンディも美人だったらしいし、エミールも中々のモノ。勇者の因子があれば美形になるのか?
ラルフも、ちゃんとすればそこそこイケメンだろうに、残念さが前に出ちゃってるのがなー。
くだら無い事を考えてると、トルゲが私の前に跪き、剣を差し出す。
「今代の聖女、ティーナ・ファン・ディアルロに、私、トルゲ・シュルツの忠誠を誓い、剣を捧げます。」
うわー、イケメンがやるとすごい!!
っ、と、つい、見惚れてしまった。
授業では習ったけど、こう言うのやった事ないんだもん……。
私は慌てて剣を受け取ると、鞘から抜いてトルゲの肩に切先を乗せる。
「忠誠を受け入れます。我が刃となり、力の代行者となり、全ての世界に平和をもたらして下さい。」
精霊女王が、堪えきれずに笑っているが、無視無視!
そのまま、聖女の魔力を流し込む。
剣とトルゲが金色の魔力で包まれたあと、ゆっくりと吸い込まれるように光が消えた。
聖剣には、切られた相手の魂が肉体から抜け出した場合、崩壊するのを一時的に止める魔法を組み込んだ。
ただ、一時的なものでそのまま放置すると霧散する。
これで、私が近くにいれば、蘇生が可能だ。
トルゲの魔力にも関連づけておいたので、勇者の魔力を使って攻撃した時にもおそらく適用される……はず。
私は、剣を鞘に戻すと、トルゲに手渡した。
「ありがとねぇ、お嬢ちゃん。あ、聖女様。」
「いいわよ、このくらい。と言うか、元々は聖女の義務みたいなものだし。」
「さて、それじゃあ……。」
と、精霊女王も立ちあがろうとした時。
「なにこれ?アレキサンドライトの魔力?」
精霊女王が顔を顰める。
今までは、希薄にしか感じられなかったそれが、爆発的に膨れ上がるのを感じたのだ。
「あのおっさんが、本気で戦ってるって事?不味くない?」
「うーん、正直、その辺の勇者より強いはずなのよね、妖精王って。」
「え、そうなの?」
あの、見た目はいいくせに冴え無いおっさんが?
「そうよ?カムラに封印されたのだって、人質を取られていたからであって、古竜なんかともそれなりに戦えたんだから。」
「魔王の魔力に威圧されてた感じあったから、弱いのかと。」
「それは、あんたの父親が異常なだけよ……。」
助けに行くわけにもいかず、どうしたものかと悩んでいたところ、シンディたちの声が遠くに聞こえた。
どうやら、謁見室に向かっているらしい。
ほっとしたのも束の間。
かなりの強さの結界で抑えているだろうに、突き刺さるような魔力が駆け抜ける。
「ひっ…また出た!この気配!!」
「へ?……神王さま……?」
全身の毛が逆立つような感覚が走る。
トルゲは反射的に剣を抜き、精霊女王は、呆けたように口を開けたまま立ち止まった。
一瞬だったのか、それとも長い時間だったのかもわから無い。
その気配が消えると同時に、城の中は大騒ぎになったのだった。
次は、軍の様子を見に行ったゼルの話になると思います。