聖女の亡霊は嗤う
お久しぶりです。
クラウスが弱いから悪い。
本来ならさっさと暴れて強引に聖女を連れ帰るだけだったのに。
まさか、ラルフやシンディですら無い、ナルノバ王国の第二王子如きにここまで苦戦するなんて。
本当に、どこで間違えたのか。
30年前、勇者の因子を無理やり手に入れたというのに、大外れの青だなんて。
順番的には赤だったはずが、何故……?
青は、予備でしか使われないはずだろうに。
トルゲの上の勇者が死に、勇者の母を探し出し、うまく帝国に連れてきたというのに……!!
仕方なくその後の勇者を狙ったら、邪魔が入り、天使を見失ったせいでもう10年以上勇者を見つけられないでいる。
占った中ではシルフィーヌが1番可能性があったというのに、クラウスの奴が魔王討伐で死なせるし……使えない上に無能な勇者め。
あの平和主義魔王と戦って死ぬ方が難しいだろうが、まさか、肉壁にして勇者自ら殺してしまうとは……。
おかげで、主神の寵愛が薄れていることにも気付いていない。
まぁ、こいつが役立たずなのは元からわかっていた。
それでも一応は勇者だ。幼い頃から手をかければ、いいように手駒にできる。
しかし……時間がかかりすぎた。
赤の勇者が10歳になってるのであれば、かなり厳しい。
だからと言ってトルゲが死ぬのを待つのは、あまりにも気の長い話になってくる。あのジジイは精霊王に祝福されているからな。
短くてもあと20年は生きるだろう。
長ければ倍まであり得る。そうなると、シンディが先だろうな。
まぁ、そんなことはいい。
どうでもいい。
あの娘さえ手に入れば。
あの体さえ手に入れば!
全ての苦労も失敗も帳消しになる!
お披露目の時の奇跡は流石にハッタリが過ぎた。
色々なマジックアイテムを使って力を誇示しようとして、暴走し、失敗したパターンだろうが、
それだとしても、ピーク時のカムラに近いくらいの魔力があると見ていい。
ああ、早く手に入れなくては。
あの身体は私のものだ。
7000年もかかってしまったが、やっと神を殺して、地球に帰れる!
「てめぇ、何者だ?ラザン帝国の護衛……じゃねぇよな。化けてやがったのか?」
「わたし?わたしは、巫女姫。帝国の巫女姫。覚えなくていいよ、どうせすぐに会えなくなるから!」
アレクシスのセリフに、ニコニコと答えながら、ぴょこぴょこと準備運動のような動きを繰り返す。
勇者でもないこんな若造にわたしが負けるわけはないが、手を出すと後が厄介だ。
やはり当初の予定通り、クラウスに頑張ってもらうとして。
いやぁ、護衛に扮してここまでついてきて良かった。
幻影の魔法で姿形まで偽っただけのことはある。
「あんたは邪魔よ。用事があるのは聖女なんだから。」
「巫女殿。助太刀感謝します。しかし、ここは私が……!」
剣を持ち直し、立ち上がったクラウス。
邪魔と言えば邪魔だけど、まだわたしが暴れるには時期早々。
あいつには役に立ってもらう。
無駄に魔力は使えない。
カミラとカルラの時に貯めた聖女の魔力だけでは足りなかった。
本当はもう一度貯めたかったからこそ、この体に憑依したのに、まさか聖女じゃ無いなんて。
ああ、天使のやつらめ、忌々しい。
だが、贅沢は言っていられない。
天使の奴らにマークされたなら、これ以上繰り返すのは危険の方が大きい。
もう1人分あれば、事足りるんだ。
「クラウス、わたしは聖女を探してくる。勇者の力を解放して、さっさとその雑魚を倒してしまえ。」
そう言って、金の魔力を貯めた魔石をクラウスに向かって投げつけた。
無駄には出来ないが、使う場面で出し惜しみはできない。
「ははは!ありがたい!!聖女の加護だ!お前みたいなやつに使うのは勿体無い気もするが、今は聖女を持ち帰ることが優先だからな!」
そう言って剣に魔力を纏わせる。
これで、一定時間だが、クラウスは聖女の加護を持った勇者になれる。
シンディやラルフが加護を受けたかどうかは分からないが、半人前の青の勇者でも、加護を受けてない状態のラルフとなら、いい勝負ができるはず。
それほどまでに聖女の加護は勇者にとって大きなモノなのだ。
「何だ?やっぱりあの娘は聖女なのか?……わけが分からん。おい、騎士団長。狙いは聖女らしいから、きっちり向こうを守ってこい。」
「はっ!」
混乱していた騎士団長は駆け出す。
まぁ、全力で俺たちが戦うとなると足手纏いだと理解したのだろう。
『おい、アレクシス。あの娘が現れてから、依代がおかしいぞ。』
私が入り口に向かって駆け出すと、ぴょん、と、小さいおっさんが剣から飛び出してきた。
『おい、小娘。一体何をした?』
「ちっ。何よあんた!」
『我は妖精王だ。元、だがな。』
妖精王と名乗る男が、わたしの前に立ったかと思うと、人間の成人男性ほどの大きさになり、道を塞ぐ。
偉そうにふんぞりかえりやがって。
ん?……なんか見覚えがあると思ったら、こいつ、あの箱に閉じ込めた妖精王か?
なるほど、封印が解けたのか。
「わたしは何も知らないわ。そこを通してくださる?」
『我の依代がな、お前を殺せと、囁いてくるんだ。お前は何者だ?』
「あーもう、うるさいわね、羽虫風情が!」
『なっ!?』
聖力のこもったダガーで斬りかかる。
紙一重で避けられてしまったが、妖精族は魔力が膨大で魔神の加護がある以外、戦闘能力は低い。
この体でも、致命傷を与えることはできるはずだ。
特に、封印の時に使った魔族の魂も混ざってる、そんな半端な妖精王くらい、なんて事はない。
元、というくらいなのだから、当時ほどの力さえないだろう。
時間も無駄にできないのだから、弱い奴は大人しくしていてくれればいいものを。
というか、こいつが分離したら、あの剣は魔剣じゃ無くなるのでは?
つまり、倒して仕舞えば良いのか。
そのままダガーを構え直すと、踏み込んでさらに一閃。
「ほら、あんたがいないと、あの剣もガラクタなんでしょ!?クラウス、今の間に倒しちゃいなさい!」
「ああ、恩にきる!」
クラウスがあの男を倒せば、ナルノバ王国側も多少は焦るでしょ。
求婚に来た王子に切り掛かった、礼儀知らずの身の程知らずの王子として、代々伝えてあげるわ。
ほら、勇者の魔力に当てられたのか、さっきから微動だにしない。
苦悶の表情を浮かべながら、荒い息をして、剣を握っているが、剣を持つ手が震えているし。
「ちょ、だめだって、マジかよ。どうなってやがる!」
「何だ?何を言っている?」
独り言を言い出したアレクシスに、クラウスは怪訝そうな顔だが、勇者の魔力にビビったのだろうと結論づけたらしい。
アレクシスに向かって大きく踏み込むと、ロングソードを横に薙ぐ。
「流石に殺したらまずいだろうが、痛めつけさせてもらうぜ!若造!」
「『誰が若造だ。こんな情けない奴が勇者とは、笑止千万』」
ん?なんか、変な声が聞こえた気がするのだが。
と、今までと桁違いの速さで剣が振られた。
あのタイミングで迎撃が間に合うはずはない。
無いのだが。
同時に、切り飛ばされたのはクラウスの剣!?
あれは聖剣なのよ!?
わたしの魔力を纏わせた、れっきとした今代勇者の、聖剣よ!?
「『軟弱な。これで勇者か。コレではカムラを殺すどころでは無いな。まだこっちの方がマシだ。』」
「は?」
今、カムラを殺すと言わなかった?
するとアレクシスは少し虚な目でこっちを見てニヤリと笑った。
しまった、読心か!!
慌てて抵抗するが、遅い。
どこまで思考を読まれたか。
「『ああ、言ったとも。久しいな、カムラ。お前の体を壊した俺を忘れたか?』」
「あああああ!!お前、まさか、アルフォンス!?何故!お前はとっくに死んだだろう!!」
「『ははは!今代の聖女の魔力を得て、力を一部だけ取り戻したんだ。とは言え、今じゃただの剣に取り憑く亡霊だがな。表に出ようにも、妖精王が邪魔すぎて困ってたところだ。』」
世間話をするように朗らかな笑みを浮かべ、聖剣が折れたことに戸惑うクラウスに向かって一歩。
殺気などない。
その手に持つ魔剣でクラウスを突き刺した。
「えっ?」
顔を顰めるクラウス。
刺さったとはいえ、ほんのわずか。
魔力障壁に阻まれたのだろう。
「クソが、王子だか亡霊だか知らんが、よくも!」
怒りに震えるクラウスは、手に持っていた剣を投げ捨てると、収納袋から違う剣を取り出した。
そして、勇者の魔力を纏わせようとして、首を傾げた。
「あれ?魔力が?」
何が気になったのかわからないが、そのあと深呼吸して、集中すると剣に薄らと魔力を纏わせた。
「気のせい、か?」
全く、聖女の魔力で強化してもこの程度とは、忌々しい。
まぁいいわ。
「ふっ。いくら弱いとは言え、この男も勇者よ!いくらあんたが取り憑いたとは言え、そんな王子の身体で何が出来ると!」
巫女姫が吠える。
クラウスも、流石にそう簡単にはやられないだろうと甘く見ていたのだろうが。
「『殺せなくとも、もう少し剥ぎ取れると思ったのだが。まぁ、コレが限界か。』」
「……まさかまさかまさか!お前、青の勇者の魔力を!!奪っていたのはお前か!!」
クラウスとアレクシスを交互に見ながら、怒りに震える巫女姫。
「『奪ってなどない。元は俺が預かっていたモノだ。それを少し長く借りていただけだろう。』」
「何を馬鹿げた事を!その魔剣だな!?それを奪えば!!」
『それは困る。』
アレクシスに向かって駆け出す巫女姫に、困ったように手を伸ばしたのは元妖精王だ。
『あれは我の依代だぞ。そう簡単に奪われては困る。というか、過去の勇者が取り憑いていたのなら、今までの違和感も分かった。この剣に取り憑くには定員オーバーだ。』
ぶつぶつ言いながら、私を後ろへとぶん投げる。
先ほどまでとは違い、私を見る目に殺意がこもっている。
まぁ、ちょっと宝石集めに行った時、妖精の王国潰しちゃったからな。恨まれてるのはわかるけど。
あーもう、厄介な!
どうにかしたいが、他の護衛は聖女を捕まえに行った。
クラウスはというと、余裕そうに話しているアレクシスとは大違いで、喋る余裕もないほどの斬撃を必死で受けている最中だ。
コレは、実力差なのか、それともクラウスが弱すぎるのか。
「『ははっ、悪かったな、妖精王よ。だが、先に居たのは俺なのだが。』」
『お前は引っ越せ。』
「『新居次第ではな。』」
殺意のこもった魔力を練り上げながら、口の端を持ち上げる元妖精王。
『先ほどあの男がお前を101代聖女と呼んだな?』
「だったら何なのよ」
『そうなんだな?本物なんだな?………ははははははーっ!!何と喜ばしいことか!!爆裂衝撃弾!』
言い終わるまで待てないというように、強力な魔法が叩き込まれた。
「くそ、亡霊どもが!!」
「『お前に言われたくないな、カムラよ。7000年前の亡霊同士、仲良くしようではないか。風の刃』」
追撃と言わんばかりに、クラウスを追い詰めながらこちらにも魔法を放つ。
「あー!!無駄に使わせるんじゃないよ!!魔法消去!!」
聖女の魔力を織り交ぜながら、二つの魔法を打ち消す。
むかつく!ムカツク!!
『この手で殺せない事を、ずっとずっと心の底から残念に思っていたのだ!!クォーツの苦しみを!妻を奪われたこの恨み、晴らしてくれようぞ!』
膨れ上がる元妖精王の魔力。
こいつ、全力で殺しに来てやがる!
防ぐにも、その隙を狙ってくるアルフォンスが邪魔すぎる!
「ああ!失敗だ!!ムーヤン!」
私は、虚空に向かって呼びかける。
と、同時に空間に亀裂が入った。
『逃すか!!超爆発!!』
アレキサンドライトの追撃は、亀裂から現れた腕の一振りで掻き消える。
「失敗続きで、後始末押し付けるの、勘弁してくれはります?」
「御託はいい!早く!」
「『ちっ、あいつが来たら、俺でも無理だ。』」
アレクシスは、舌打ちをして、今までの剣戟とは比べ物にならない無駄のない動作でクラウスに一撃を入れた。
「ガハッ!!」
肩を押さえて蹲るクラウス。
今までは、牽制してただけだったのか。何かを狙っていたのか。
殺そうと思えばすぐに殺せたのだろう。
だが、アルフォンスはトドメを刺さず、元妖精王に駆け寄ると、その首元を掴んで壁際へ投げ飛ばした。
流石に壁にぶつかることはなく、器用に壁際でくるりと宙返りをしてため息をついていたが。
同時に、アレキサンドライトがいた場所がざっくりと抉れた。
「ほな、今日のところはコレで。アッシーくんもなかなか大変やな。」
肩を大きく切り裂かれ、膝をつくクラウスを、虚空から現れた男がひょいと担ぎ上げる。
反対の手で巫女姫を抱き上げると切り裂かれた空間に向かって飛び込んだ。
が、同時に脳裏に響く声。
[あんたらは、少し眠っとってや。]
『はっ?ちょっ……』
そのままアレキサンドライトの姿はかき消え、意識を失ったアレクシスはその場へ倒れ込んだ。
直後、シンディ、ラルフと共に、慌てて戻ってきた近衛たちによって、アレクシスは医務室に運ばれ、2日ほど寝込むこととなったのだった。
まだリハビリ中です。