表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女さまは魔王を守りたい  作者: 朝霧あゆみ
帝国と因縁と
166/175

帝国の勇者と求婚

「で、婚約式はいつにしましょう?」


王と謁見するなり、クラウスは何の躊躇いもなくそう切り出した。

世界でも3本の指に入る大国の王子が、ナルノバ王国という商業メインの小国に直接出向き求婚することなど、普通はあり得ない。

しかも、ラルフやシンディと比べ数段落ちるとはいえ、一般人よりは遥かに強い力を持つ勇者だ。


その価値を十分にわかっているのだろう。


柔らかい笑みと丁寧な口調だが、そこには否定を許さない威圧を含んでいる。


「なるべく早い方がいいですよね。おめでとうございます。これで、ナルノバ王国は帝国の庇護を受けられる。何と喜ばしいことか。」

「気が早いな、帝国の王子。私からの文は受け取ってないと見える。」


普通なら。


しかし、この世界の秩序すらも変えられるという力を持つ聖女相手なら、話は別だ。

その魔力は黄金に輝き、全てを治して、奇跡を創造する。

万能薬のエリクサーは勿論、魔道具や魔力を付加した武器防具。

金の卵を産むガチョウなど、比較にならないほどの金を産む。


そして、何より、聖女を手に入れた国は、最高峰の武力と医療を手に入れたも同然であり、その気になれば、世界のトップに立つ事も容易となる。


……過去の帝国がそうであったように。


だから、何があっても彼女を手に入れる必要があった。

まだ、武力を整えていないであろう今なら、最悪は力で奪える。

いくらエリクサーや魔法装備を作れるとはいえ、無尽蔵に作り続けられるわけではない。

エリクサーも1日一個作れれば大聖女と呼ばれる程だ。

きっと箱入りの彼女なら、数日に一個がやっとで、魔力を付加した装備など何ヶ月もかけて作るのだろう。


クラウスたちは、そう考えていた。


だが、彼が無能というわけでもない。


今代の聖女は国中の人を癒し、大聖女の再来とまで言われた奇跡を起こしたとはいえ、それ以来、体調を崩してあまり人前に出てこなかった。

政治のカードとしては、とっておきの切り札であるにも関わらず、お披露目以降宣伝も交渉にも使われない。


過小評価したのは、クラウスや帝国が無能なのではなく、それほどまでに情報操作がうまく行っていたのだ。


軍を強化するでもなく、エリクサーを資金源にするでもなく、装備を作ったという情報もない。

潜り込ませてあるスパイたちも、口を揃えて「ナルノバ王国は聖女をガラス細工のように守り、エリクサーや魔道具を作らせる事もなく、最低限の外交として挨拶をさせる程度」と。


ナルノバ王国の目論見通り、体が弱く、魔力暴走を起こしただけの、普通の聖女だと見くびった。


「わざわざ来ていただいて恐縮なのだが。うちの娘はまだ16。社交界デビューもまだで、聖女として神に仕えるのか、自身の幸せを追い求めるのかすら決まっていない。何より、彼女自身がまだ婚姻を望んでおらんのだ。だからこそ、断りの文を出したのだが。」


そばに控えるフレア(フローラ)の様子を伺いながら、王はキッパリと断った。

流石に、小国とはいえ王族。

武力で脅したとはいえ、そう簡単に首を縦に振ることはないだろうとは思ったが、ここまではっきり断るとは、何か余程の自信があるのか、それとも聖女を過信しているのか。

クラウスの頭をいろいろな考えがよぎるが、裏など読めるはずもない。

だって、裏などないのだから。


聖女を渡すかどうかの決定権を、ナルノバ王国が持っていないなどという考えには、普通は至らない。


王国側としては、結局のところ、婚姻を結ぶことがまず不可能だから、脅されようが何をしようが、無いものは渡せないのだ。

フローラはあくまで聖女代理のフレアを演じている身。本物の聖女であるティーナは渡せない。


それならば、何とか穏便に……とは願った。

まぁ、ここにいる誰1人として、その願いが叶えられるとは思っていなかったが。


「勿論文は受け取りましたよ。しかし、何かの手違いだろうと思い、私自ら確認に来たのですが。だってそうでしょう?断ることなどあり得ないはずです。」


徐々に殺気がこもる。

後ろに控えている騎士団長は一歩前へと進み、少し離れた場所に待機しているシンディはクラウスに固定していた視線を左右に揺らす。


「それは、帝国を敵に回すということでよろしかったですか?」


口元に薄く笑みを浮かべながらクラウスは言う。

穏便になど済ませられない。

聖女は力ずくでも連れて行く。

ナルノバ王国如き、帝国に逆らえるはずはない、と。


「娘が望まないのなら、婚姻は結べない。敵ではなく味方として協力はできないか?」


3度目の拒絶。


聖女はやれないが、協力はする。

ナルノバ王国として譲歩できるのはここまでで。

これ以上は不可能なのだが、帝国からすれば、欲を出して出し惜しみしているようにしか思えないのだろう。


本来は、聖女が生まれた国が聖女を保有し、利益を他国にも還元する。武力で奪うのは、禁忌に近い。


何といっても、魔王を倒すために協力し、他国の勇者とも、良好な関係を築いていかなくてはならないから。


それは戦争を起こさないための、暗黙の了解のようなものだった。

過去には聖女を使い他国との婚姻関係で国力を強める事もあったが、それはあくまで両国と本人の同意があってこそ。


国力の弱いナルノバ王国なら、喜んで聖女を差し出すだろうと思った帝国の考えは、甘いとはいえない。

だが、同盟国でもない立場で、そう簡単に渡すわけもない。


利益を多めに提供するから、今回は手を引いてくれという、商業国家としても妥当な案ではあるのだが。


勿論聖女が欲しくて、極限まで酷使することしか考えていない帝国がその条件を呑むわけはない。


だから、武力の行使になるのは必然だった。


「決裂、ですね。」


ひゅっと風を切る音がする。

他国の国王との謁見に剣を持ち込んでいいわけがない。

だが、クラウスはためらわない。


魔法収納バッグから取り出した剣を、脅しとはっきりわかるように振ると、切先を国王へと向け、楽しそうに笑った。


「後悔はしないだろうな?」

「後悔するのはどちらかな?」


その脅しに一切怯まず、国王は正面からクラウスを見据えた。

国王にとっての脅威は、帝国ではない。

帝国に、眠れる獅子を叩き起こされる事なのだ。

たとえ魔王が昏睡状態とはいえ、魔族がどれだけあの規格外の聖女を大切にしているのかは、嫌というほどに聞いた。

あの聖女自体をそう簡単に得られるとは思えないが……。

何かの策略でティーナを手に入れたとしても、ゼルやロベルト、エミールのような側近たちだけでも十分に一国を滅ぼすことができる。


「悪いが、たとえ国民の命を脅かされようとも、渡せないものは渡せないのだよ。」

「よほど親バカで、間抜けな王なのだな。」


間抜けはどっちだ、と、国王は険しい顔でクラウスを見る。

このままこちらが反撃をしなければ、身代わりのフローラが連れていかれることは避けられないだろう。

そうなると、私は侍女だから!とか言いながら、嬉々としてフローラを守るためについて行こうとする本物の聖女がいる。

そんな事態は、絶対に避けなければいけないのだ。


「悪いが、大人しく娘が攫われるところを見過ごせない。」


王の言葉に、さらに一歩前に出たのは騎士団長だ。

何といっても、王の隠し子として公表されている【フレア】は騎士団長の実の娘【フローラ】である。

このまま帝国の横暴を許してはおけない。


「やれやれ。誠意が足りてませんよね。どうぞお納め下さい、と頭を下げて引き渡すくらいでないと。」

「何をふざけた事を!」

「聖女様を何だと思っているんだ!」

「いくら帝国の王子とはいえ、その態度はいかがなものか!」


今まで耐えていた大臣たちも、流石に限界を超えたらしく、口々に叫ぶ。


「ふざけて無い、俺は、真剣だ。」


キィイン!

金属音が響き、突き飛ばされた大臣の1人がよろめいて尻餅をつく。


「剣を抜いたのは、脅しじゃねぇってか。ダッセェ。」

「何だ、お前。」


勇者の剣を止められるのは、よほどの腕を持っている魔族か、竜族、魔王、そして同じ勇者くらいである。

ごく稀に剣聖と呼ばれる飛び抜けた実力者が勇者に近い領域に達するが、それには才能や魔力、そして桁外れの努力が必要となる。

聖女のように魔力自体で奇跡を起こすことはできないが、魔力を操る事で身体強化や攻撃魔法、剣の強化が可能なので、一般人とはそもそもの基礎値が大きく違うのだ。


止めに入るなら、シンディだろうと思い、剣を抜けばちょうど邪魔になる位置に人を配置し、常に目を向けていた。

直線で駆け寄れず、下手に剣を振った場合、他人を巻き込むように。

何人か血祭りにしてやれば、大人しく引き渡すと思ったのだが。


「勇者見習いってとこかね。」

「はっ。勇者は、生まれついてのものだ。一般人とは格が違うんだよ。」

「格が高い奴の行動には見えねーな。やってることだけ見りゃ、良くてチンピラか。」


アレクシスは、力任せにクラウスの剣を押し返すと、支点をずらして弾く。


「帝国の勇者であり王子である私をチンピラ扱いとは。よほど死にたいようだ。」

「いや、死にたいなんて思ったことはねぇけど。ホント、フラれた腹いせに暴れるとか、ストーカーかよ。」


押されて一瞬よろめくが、流石に一番弱いと評されてはいても勇者である。すぐに体制を立て直し、剣を構えた。


「父上、ここはもう危なそうだから、ばーちゃんと戻っててくれ。謁見なんてしてやる必要もない、こいつらは聖女を奪いに来た強盗だよ。」


王子側の護衛はナルノバ王国の騎士に阻まれてはいるものの、命令があればいつでも攻撃出来るように構えている。

シンディは、アレクシスが大臣を守った際に既に王のそばに控えていた。


「……ああ。帝国も、もう少し話ができると、思ってたんだがな。」


諦めたように首を振り、王は立ち上がる。


「聖女で手に入れた栄光に縋ってる、時代遅れのハリボテどもだ。」

「……言わせておけば!」


再び剣を振りかぶり、アレクシスへと切り掛かる。

その間に、シンディに守られた王と大臣たちは奥の扉から謁見室を出ていく。

逃さないように追おうとした帝国兵と、それを阻むナルノバ王国の騎士とが、素手や揉み合ってい流のを横目で見ながら、アレクシスはため息をついた。


「なーんか、計画らしい計画もなく、本当に武力で脅しに来たんだな。勇者として恥ずかしくねーの?」


これまたあっさりとクラウスの剣を止める。

思った以上に隙のない相手に、彼は苛立った様子で叫んだ。


「うるさい!聖女は元々帝国のものだ!俺のものを返してもらいに来ただけなんだよ!」

「……ヤベェな、お前。」


思った以上に暴走気味のクラウスにドン引きのアレクシス。


とはいえ。ヤバい思考の持ち主だろうが、腐っても勇者なのだろう。繰り出される斬撃を器用に受け流しつつ、次第に押されている事を自覚していたアレクシスは、王たちが部屋を部屋を出たのを確認すると、隙を見てもう一本の剣を取り出した。


薄く光を放つ、アレキサンドライトが埋め込まれた、剣。


『やっと我の出番が来たのだな。』

「おっさん、ちゃんと仕事しろよ?」


アレクシスは、元々持っていた方を再び収納に仕舞うと、慣れた手つきでその大ぶりの剣を構えた。








いつもありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ