幼女の後始末
国名がなぜか間違っていたので修正しました……
何がどうなってるのかな?
とりあえず、インナロード王国の国王と伯爵家だか公爵家だかの令嬢の聖女謁見が行われるからって、私とヒメはのんびりお菓子を食べながらお茶をしていたのだけれど。
「まぁ、ティーナのことだから、絶対問題起こしてると思うの。」
「そうでしゅねぇ。火のないところに大火事を起こすプロでしからね。」
本来は、聖女に扮したフローラの影から、令嬢の病を治して、恩を売り、これから先、国の発展の相互協力を約束するという簡単な儀式。
「さっきから、城が揺れたり、悲鳴やら怒声が聞こえる気がするのも気のせいじゃないでしゅ。」
「悲鳴や怒声もなの?ハンナには聞こえないの。流石に竜族は耳がいいなの。」
どうしてそれだけ簡単な儀式で、城が揺れるほどの大ごとに発展するのだろうか。
「突然『この気配は!』とか叫んで出て行ったゼルしゃんも、戻ってこないでしゅし。」
「天使に乗っ取られたまま走っていったなの。どうせその辺で気絶でもしてるの。」
この気配は!とかいうので有れば、そもそも最初から変な気配のオンパレードだ。
勇者の魔力を感じたり、聖女の神力を感じたり、感じたことのない神力が有ったり、最後には魔王にしか出せないようなぶっ飛んだ量の魔力も感じたが、どうせ私たちが手出ししてどうなるものでもない。
一応、結界なんかはちゃんと張ってるのだろうし……。
でなければ、魔王が出没したあたりで、魔力耐性のない人間は失神してるだろうから。
おそらく現在この城の中には、この世界を何回か破壊し尽くすことのできる戦力がひしめき合っている。
そんな現実から目を背け、私は手近に有ったクッキーに手を伸ばした。
子供たちはあっちで大人しくしててね、なんて言いながら、騒ぎを起こして後戻りできなくなるまで掻き回すのはいつも大人だ。子供の喧嘩は、お互いごめんなさいと言えばそれで収まるのに。
全く、これだから大人ってやつは碌でもない。
流石にそろそろ、みんな戻ってくるだろう、と思った頃、控え室のドアが乱暴に開け放たれた。
「ハンナちゃぁぁぁあん!!」
「ひぃぃっ!?」
すっかり忘れていた男が飛び込んできて、私に抱きつく……前に、
「何者でしゅか!?」
ヒメに派手に殴り飛ばされ、壁とキスを交わしていた。
大の男が、5歳程度の幼女に殴り飛ばされるのはあまりにも情けないが、いくらAクラスの冒険者とはいえ、100歳の古竜相手なのだから、まぁ仕方ない。
「えっと、紹介するの。うちの父の、ラードルフなの。」
「ロリコンとやらではなかったのでしゅね。ハンナの友達のヒメでしゅ。以後よしなに。」
「ど、どうも、ハンナの父、ラードルフだ。」
流石は、ハイランクと言われる冒険者。
ヒメの一撃を受けても致命傷には至らない。多分、手加減をしてはいるだろうが。
父は立ち上がって髪を整えると、微妙な笑みを浮かべながらこちらへと歩み寄ってきた。
「本当に父上様は普通の人間なんでしゅね。」
くりんとした瞳て真っ直ぐ見つめられ、少し戸惑った様子だが、父も彼女を観察しているのだろう。
私とヒメを交互に見て何かを考えている様子だった。
「大丈夫でしゅよ。ここにいる人たちは、少なくとも私が古竜でティーナしゃんたちが魔族で、ハンナが獣人だって知ってるでちゅ。」
「あ、ああ。そうか、それならいいんだ。」
ホッとしたように微笑むと、周りにいる使用人たちに軽く頭を下げる。
あ、そう言えば。
ティーナについてきて以来、父にまともに連絡を取っていなかった。
1ヶ月で帰ってこいと言われたが、全力で無視していたんだったっけ。
この城の人たちは、王の方針で獣人や魔族を差別しない。
なのですっかり忘れてた。
王は若い頃、ロベルトに命を救われてるから、魔族に友好的なんだよね。……これを普通だと思っちゃダメ。
しっかり頭に入れておかないと。
「俺の事情を知ってる人は多いんだが、ここにいるのは知らない侍女ばかりだったから不安でな。すまない。
娘が獣人だと、色々用心深く生きないといけなくなるんだよ。」
「なるほど、なるほど。人間たちは不便でしゅね。しかし何度見ても聞いても面白いでしゅ。何故、力の無い側が、力のある側を差別しているんでしゅかねー。」
力を持つ竜としては、結局人間を滅ぼさないのは興味がないからである。
領土にも獲物にも満足している現状、例えば人間たちでさえ水中に生きる全く関わりのない魚人の領土を奪いたいとは思わないだろう。
それと同じで、古竜はその気になれば即消し飛ばせるような人間に何の魅力も感じていない。
だからこそ分からない。
何故人間が魔族を敵視し、領土を侵すのか。
獣人や竜族を毛嫌いするのか。
ティーナ達が、洗脳がどうのって言ってたけど。
誰が何のために……。
「で、ハンナちゃん。約束の1ヶ月が過ぎました。そろそろパパと帰りましょうね!」
すっごいいい笑顔の父。
「帰る気なんて、微塵もないの…。」
「……うそぉ!?」
「むしろ何で帰ってくると思ったでしゅか。」
同じく親バカに苦労したヒメは、呆れた顔で呟く。
彼女が、見た目は5歳だが中身は100歳、発音の悪さは3歳レベルとチグハグな状況に陥った元凶は実の父の愛のこもった呪詛だ。
だからこそ、親には厳しい。
「だって、お父さん寂しいし。心配だし。」
「ハンナは帰らないの。ティーナともっと旅するの。」
「だーめ!約束だから、一旦帰ってきなさい、ハンナ。」
「やーなーのー!」
「無理矢理はダメでしゅ!」
「無理矢理とかじゃなくてだな、母さんも心配してるしだな!お前はまだ、7歳だ。そして先日8歳になったとこだ。8歳の誕生日祝いくらいさせなさい!」
力任せに連れ帰ろうとするなら、暴れてやる。
親の言いなりになんてなりたくない。
ティーナの力の恩恵を受けた今なら負ける気はしないし、きっとヒメも加勢してくれる。
そう思って、椅子に手をかけ、立ち上がろうとした。
私が魔力を練って手に纏わせたことに気がついかのか、父は一歩下がると困ったように眉を顰める。
「先祖返りを子供に持った時から覚悟はしてたが、そう簡単には、親を越せないと思えよ。」
そう。
人間の子に先祖返りが出た場合。
反抗期に自らの親を害してしまうことが多々ある。
一般的な魔族は人間で言うところのAからSランクに相当し、獣人はBからAランクが多い。
父が現役で冒険者を続ける理由の一つに、娘と対等に渡り合いたいから、と言うのがある。
ティーナの恩恵のおかげで、おそらく私は今AランクからSランクの力があるはず。
「力づくは、望むとこなの。」
2人で睨み合い、加勢のためにヒメが立ち上がろうとした時、ヒヤリとした空気が部屋を包んだ。
「ほっほっほ。親子喧嘩なんて、そうそうやるもんやない。特に、娘を痛めつけるのは、父親としては最悪の気分やろ。」
「おじいちゃま……?」
そこには、いつ現れたのか。
机の傍、一歩離れた位置に白髪の老人が立っており、誰も認識できない速度で、視界に留めた直後には私の横にいた。
恐怖だろうか?
ぶわっと嫌な汗が吹き出すと同時に、反射的に攻撃を加えようとした。
手加減などない、一撃を。
が、おそらく私は動けてすらなかった。彼は優しく撫でるように私の頭に触る。その瞬間、全身の力が抜け、その場にへたり込んでしまった。
「な……?」
「お嬢ちゃん、力で我を押し通すのは、愚か者のすることや。強いことが全てなら、お前の大好きなあの少女は、人間なんて全て蹂躙している。けどあの子は、父を尊重している。父が尊重する人間を尊重している。相手を認め、相手から学ぶ気持ちがないと、強さに振り回されるで。
特に、子を思う親の気持ち、踏み躙ったらあかん。」
「……じいさん、説教はありがたいが、流石にまだ俺は娘には負けねぇよ?」
「手合わせ以外で、娘と殴り合いなんかしたくないやろ?」
「ま、確かにな。」
父は、剣に添えていた手を離すと、苦笑しながら空いていた椅子に腰掛けた。
「お前も、煽ったらあかんよ、ヒメちゃん。相手の実力も見抜けないようじゃ、まだまだベイビーちゃんやなぁ。」
「…むぅ。…おじーしゃま。ラードルフしゃんて、そんな強いでしゅの?」
「ははっ、ま、あれや。そのうちわかるわ。」
フンと、鼻を鳴らしながら言葉を濁すと、キョロキョロとあたりを見回す。
私を無力化したことなど、蠅を手で払った程度の事なのだろう。この男の本来の力はどの程度なのか、力の抜け切った体を無理に起こしながら考える。
「ほう、もう動けるのか。流石、ラードルフの娘やな。」
「やわな鍛え方してませんからね。」
何だか少し楽しそうな2人だが、親子喧嘩に水をさされたし…ちょっとムカついたんだけど!なの。
「で、おじーしゃま。何しにきたんでしゅか?」
イライラしている私の気を逸らすためなのか、ヒメは、立ち上がりかけたのをやめ、机の上にあるチョコをパクパクと口に運びながら問いかけた。
「ん?わし?ちょっと魔王に頼まれごとしててな。そのついでにラードルフをテレポートで連れてきてやったんや。いわゆるアッシーくんて奴やな。」
アッシーくんと言うのが何かはよくわからないが、竜帝王は、それだけ言うと、パクりとチョコを摘み、
「ひめちゃぁぁん!本当はもっとゆっくり愛でたいけど、ちょっと事情が変わってな。さっさと裏方の仕事に戻るわ。魔王も来てしもたし、話がややこしくなりそうやしー。」
「ちょ、おじいたま、苦しい!」
そのままヒメをぎゅうぎゅうと抱きしめたあと、「ほななー」と手を振り、ふっと姿を消した。
「な、何だった…なの?」
「とりあえず、まずはあっちの事情を聞くのがさきでちゅの。」
ヒメがドアの方を指さすと、呆れ顔の勇者が黒い衣装に身を包んだ男を背負いながら入ってきた。
「何で俺が、魔王を背負って運ばにゃならんのだ。」
「……お手数おかけします。」
その後に続いて、ゼルを背負ったロベルト、ニヤニヤ笑っているシンディ、血塗れのお仕着せを着たティーナ、フローラとその侍女がぞろぞろと戻ってきた。
何がどうなれば、こうなるわけ?
「えーっと?何でこんなことになってるなの?」
「え、えへへへ。」
私は、気まずそうに笑う血まみれの彼女に詰め寄ったのだった。
いつもありがとうございます。