勇者たちは華麗に舞う
遅くなりました。
「ガルぁぁあアアア!」
一段と大きな唸り声とともに、ガロだったモノは、跳躍する。
膨れ上がった体に、まとっていた服は殆ど弾け飛び、人だった名残は体に辛うじてまとわりついている服の残骸だけだ。
ガムシャラにラルフに襲いかかるその姿。正直、自我も、どこまで残っているのか分からない。
「劣化悪魔って、もう少し知性的じゃなかったかね?」
先程までとは違い、戦いに多少の余裕が生まれているシンディは、首を捻りながら呟いた。
「そうだな!俺が過去に見た劣化悪魔も、多少の会話は出来たんだが……!」
鋭い爪の太い腕を振り回してラルフに襲いかかるが、彼も先程までのように吹っ飛ばされることもなく、軽く捌いてみせる。
うん、動きのキレが、先程までとは段違いだ。
成り行きで勇者たちを強化してしまったけど、父様、大丈夫かな……。
なんとなく考えるが、ま、ラルフとシンディが父様に危害を加える所など想像ができないので、良しとしよう。
「ふむ……。ガロとやら。あんたはあんたの意思はあるのかい?」
「グルぁぁあ!」
交戦しているラルフの横から、シンディが話しかけるが、唸り声以外の返事はない。
「ダメそうだね。」
やれやれ、と首をすくめて再びしっかりと剣を構える。
しかし。
一体なんで突然劣化悪魔になったのか。
怪しいのは一瞬横切った、場にそぐわない水色の蝶。
しかし、ガロが変化した後、その蝶は見当たらない。
変な魔力を感じたのは間違いないが……あの蝶と同じ魔力を放っている人物はいないし、術者がこの場にいない状態で人を悪魔に変えるなんて、そんなことが可能なのか?
確かに、悪魔の召喚は存在するし、実際私も死体を利用した降霊的な召喚を見た。
しかし、あれを行うとなれば、大量の生贄と通路の確保、莫大な魔力が必要となるだろう。
そんなおおきな魔力は感じなかった。
そうなると考えられるのは……。
「はは、変な魔力があると思えば。」
先ほどから謁見室の隅の小さなドアを開け、少しづつ戦えない人を逃しているのだが。ガロの意識がそちらに向かないよう勇者たちが奮闘している中、すうっと一羽の梟が入ってきて、言った。
声はゼルだが、おそらくゼイルの方が出てきているのだろう。
だって、ゼルは自由に獣化することなんてできないはずだし。
ゼルは元々ゼイルという名の魔族だったのだが、私の監視のために天使に加護を受けた。
天使の力を持つたのだが、未成熟な体が神力に耐えられないので、記憶と魔力ごと封印されている。
その結果、表用に生まれた人格がゼルなのだが。
ちなみに、そのうちすこしづつ統合されていくらしい。
「テンシ、テンシ!!」
突然、劣化悪魔はその体の向きを変え、ゼルの変化した梟に向き直った。
「はい?」
ちょっと間の抜けた声を出し、慌てて身を翻す。
次の瞬間、さっきまでゼルがいた場所を、鋭い爪が切り裂く。
「何なんですか!?神力に反応するって!」
くるりと空中を舞うと、普段のゼルの姿になり、剣を抜いて構える。
「カミノツカイ、コロス、コロコロ、コロアアァァアア!!」
ゼルは、強い。
しかし、あくまで普通の魔族より、だ。
強化前のラルフ相手でも、本気で戦えば負ける程度である。
なので、
「ぐはっ!!」
劣化悪魔の爪を捌ききれず、苦し紛れに剣を盾代わりに構え、吹っ飛ばされた。
何しに来たんだよ。
その様子を見たシンディは、慌てて間に割り込み、言う。
「クピー。ちゃんとその子を守りな。聖女を見守る目が死ぬのは本望じゃないだろう。しかも、神力に反応するってことは、聖女が狙いなんじゃないかい?」
何で、ゼルに加護を与えた天使のことをシンディが知ってるの!?
とは思ったが、よく考えたらこの二人は魔王と仲の良い勇者だもんなぁ。
しかも、先日聞いた話によると、勇者の因子を撒くのもクピーの仕事だとか。
勇者とは多少の因縁があるのだろうし。
おおかた、お茶会でもしながら、魔王やロベルトから話を聞いていたんだろう。
うん。もうその程度では驚かない。
シンディの言葉に応えるように、ゼルの背中に梟の羽が現れたと思うと、次の瞬間、眩しい金色に光った。
聖女のキラキラによく似た、金色。
「すみません、油断し過ぎていたようです。」
「下がって、聖女様を守ってな。あんたは、剣じゃ無くて、盾なんだろう?」
小さく頷くと、ゼルは私の元に駆け寄り、ヒョイっと私を抱えたかと思うと、そのまま足を止めることなくフレアの所へ向かった。
「前より重くなってません?」
「……食事が美味しいもので!」
入ってきた瞬間はゼイルだったのに、今は既にゼルになっているらしい。
同一人物だけに、あまり区別はつかないが、すこし幼く、面倒そうな表情を浮かべている方がゼル。
大人びた雰囲気を出そうとして、背筋がピンとしているのがゼイルな気がする。
……多分。
まぁ、そのうち一つの人格になるらしいからどうでも良いか。
さて、フレアと合流する形になり、今部屋の中にいるのは既に兵士が数人と、フローラ私、護衛の魔術師二人、侍女が一人、そしてラルフにシンディ、ゼルと、ガロだった劣化悪魔。
他の人たちや、王様も、とりあえず部屋からは出て行ったようで、すこし安心する。
これで、万が一私が暴れても大丈夫だろう。
うん。
「勇者たちも、折角の神力なんだから上手く使え、と言ってます。」
誰が、とは言わないが、おそらく天使からの伝言的なものなのだろう。
その様子を見て改めて、ゼルはただの側近ではなく聖女の監視役なんだなぁ、としみじみ思う。
「言われなくても、やってやるさ。」
「任せときな。」
と、急に全身に勇者の魔力を滾らせ二人は剣を構える。
さっきまでは、手加減をしていたのだな、と、わかる程度に。
何で加減をしていたのだろう?
私が、すこし離れたことで手加減をやめる?
……まさか。
私が、魔王の娘だから、勇者の魔力と相性が悪かった時のことを考えて、全力を出していなかった、とか?
他にも、魔族は勇者の魔力を浴びると多少弱化する事がある。
確かに、あの魔術師二人も魔族だし……そう思い至り、彼女らの顔を見ると、少し辛そうに汗をかきながら口を強く結んでいた。
聖女の加護を得た状態で本気を出した時の、魔族の影響を考慮するなんて。
ほんと、この二人は、勇者に向いてない。
本気を出しているようだが、劣化悪魔が強いのか、それとも何かを狙っているのか。
決定打のないまま何度か切り結んでいると、ラルフの剣が、劣化悪魔の腕を落とした。
大きな傷に、やはり痛みは感じるのか、絶叫のような悲鳴を上げる。
ふと魔術師二人をみると、さっきよりも顔色が良くなっている。
私は平気だから気づかなかったが、やっぱり勇者や聖女の力の余波で苦しかったのだろう。
それを、ゼルの魔力と神力の混ざった力で覆うことにより、中和したらしい。
シンディの言っていた盾とはそういう事なのだろう。
「うわ、また腕生えた。」
げんなりとした様子のラルフ。
嬉々として剣を振り回していたシンディも、なかなか決着のつかない戦いに、疲れの色を見せ始めている。
「劣化悪魔なんて、神力に弱いんじゃ無いの?」
私が聖者の力を使い、劣化悪魔を倒した時を思い出して言う。
あの時は、あっさり消し飛んだけど……?
「いや、もう、こう見えて何度も殺してるんだけどね。そもそも、核になってるのが転生者のせいで異様に頑丈なのは分かるんだ。けど、それだけじゃなさそうなんだよ。」
困った様子のシンディ。
口をへの字に曲げながら、勇者の魔力を纏わせた聖剣を少し低めに槍のように構え、駆け出す。
踏み込みと、腕のバネを使い、即死攻撃にしか見えない一撃を、劣化悪魔の頭に叩き込んだ。
いくら劣化悪魔でも、頭を潰されては再生することはできない。
しかも、勇者の魔力……神力と呼ばれるそれを惜しみなく纏わせたその一撃を喰らったのだ。
普通の劣化悪魔なら、跡形もなく消えてもおかしくはない。
しかし。
「ぐるぅあああぅぅう……」
口部分は弾け飛んだにもかかわらず、どこから出ているのかわからない唸り声と共に、再び再生が始まった。
シンディは、小さく舌打ちをすると、後ろへ飛び退く。
「一応、人間に戻せるかと思って、魔力が溜まっていそうな場所を狙って潰して見てるんだが。」
「無駄さね。頭を潰しても戻るんじゃ、ガロの本体なんて残っていやしないよ。」
苦々しく吐き捨てる。
「やっぱり、基点だけの事はあるなぁ。」
「これを利用されるなんて、神は納得済みかい?」
ここにはいないであろう天使に向かって問いかける。
クピーの目を担っているゼルがいるので、少なくともこの事態は伝わっているのだろう。
「基点?」
「何だい、本当に何も知らないんだね。聖女が、魔力の再分配を担っているように、高い魔力を持ち、魂に魔力を蓄積出来る転生者らは、その辺で普通に生活する事で世界の魔力バランスを保っているんだよ。まぁ、聖女が大量にばら撒く魔力を多めに受けて、溜め込み、周りに還元する、小型の魔力タンクといったとこさね。」
そう言いながら、片手に魔力を溜め、劣化悪魔に叩きつける。
勇者の魔力では無い、普通の魔力だ。
すると、劣化悪魔は大したダメージを受けるでもなく、それを片手で握り潰した。
「こうやって、吸収しちまう。ただ、聖女よりはずっと少ないし、もちろん、限界は存在するが……。神の力を受けて生まれた基点だからね。体が死んでも、魂に埋められた起点のの性質はそう簡単に壊れないのさ。やれやれ、勇者の魔力だけで戦わなくちゃいけないから、なかなか大変なんだよ。」
体が死んでも。
シンディは、牙狼はすでに死んだと判断していると言うことか。
ガロはすでに殺されたのに、基点である魂の一部だけが捕縛され、不死身の劣化悪魔の核として使われている、と言うことになる。
「聖女の力で治すことは?」
「劣化悪魔を殺すことはできるんじゃ無いかい?ただ、ガロの肉体は劣化悪魔の素材になっちまってるから戻らない。基点である魂は、浄化されて神の元へ送られるだろうよ。」
……聖女って無力だなぁ。
何でも治せて、平和にして、みんなを幸せにできるわけじゃ無いんだ。
「そろそろ、基点に溜め込んだ魔力を使い果たす頃だろう。一応聞くが、殺しても構わないね?」
「私には、判断できないわよ。」
そりゃそうだろうね、と、呟くと、ラルフが足を狙った一撃を繰り出すと同時、高く飛び上がり、体重を乗せながら頭上から剣を垂直に落とした。
串刺しになる、と思った瞬間。
「あかんあかん。折角手に入れた基点ですねん。そんな簡単に壊されたら困りますわ。」
ガロの真後ろ。白く細い腕が生え、空間が裂けた。
いつもありがとうございます。