聖女様は常識がない
「ぐちゃぐちゃ?」
マジで勘弁してくれ。
何でガロは魔王の娘を人質にとってるんだ。
アホだろ。
まだ爆発してないから良いものの、あれは不発弾じゃねーんだぞ?
場合によっては、火をつけなくても勝手に周りを巻き込んで大爆発する迷惑極まりない爆弾だ。
自分の役割もまともに理解してるか怪しいってのに、人質なんていうイレギュラーな役割を与えてしまったら、おそらく思考の許容範囲を超えて自爆する。
かと言って、ガロに下手な情報を与えて、彼女が聖女だとバレるのはもっとまずい。
何がまずい、って、正体がバレたら、彼女はこれ幸いと大暴れするだろうから。
とりあえず被害を最小限に抑えるため、兵士たちを下がらせたりしながら対策を練っていると、シンディや王が慌てて対応したことにより、ガロは勝手に彼女を高貴な令嬢だと勘違いした。
それなら、その案に乗るのが一番だ。
身分の高い貴族の令嬢が聖女の侍女を務めていても、何ら違和感はない。
実際もう一人の侍女も、侍女を担うには勿体ないと言えるほどの身分と知能を兼ね備えた女性だし。
普通なら侍女を守るために王や勇者が慌てるなんておかしな話だが、身分が高いなら、そこまで疑われたりはしないだろう。
あとは彼女が現状を理解して、高貴な令嬢のふりをしてくれば良い。
ああ見えて彼女は、魔王の娘。一国の王女なんだから、令嬢の振りくらい余裕だろう。
余裕だよな?
わずかな不安は残るが、とりあえずほっとしながら成り行きを見守っていると……。
『異世界人の魔法だなんて興味深いわ。どういう事になるのか、試してみたいけれど。』
などと、あまりにも斜め上なことを言い出した。
俺は、反射的に「おやめ下さい!」と、叫んだのだが……。
普段そんなに敬語を使わない俺とか、シンディがそこそこ畏ってるあたりから、空気を読んでくれ。
令嬢として、振舞うんだよ!
テレパシーでも使えりゃ良いが、まったくもって状況を理解していないティーナは、徐々に好戦的になっていく。
しまいには、男の頭にチョップを決め、折角ヤツの記憶が飛んだのに、自分がやったと自白までする始末。
そんな腕力を持った令嬢などいるわけないだろ!!
追い詰められたフローラは、ティーナの令嬢路線を諦めて、護衛だと誤魔化し始める。
まったく、あのガロもガロだ!
異世界人なら、その娘の危険性に気付けよ!
今俺たちが必死になって守ろうとしているのはティーナでも聖女代理のフローラでもない。
お前であり、この国であり、世界なんだ‼︎
その娘に傷の一つでもつけようものなら、もう取り返しが……。
しかし、俺たちの祈りも虚しく、ガロは剣を手に、低い姿勢のままティーナの足を狙う。
普通なら、そんなもの魔力を薄く展開するだけで防げるし、エンチャントの効果を上回る魔力で避けることだってできるはずだ。
実際俺は、小さな風魔法をぶつける事で相殺していたわけだし。
なのに。
その様子を、確実に視界の端に捉えているであろうティーナは、動かない。
まさか。
嘘だよな?
嬉しそうに侍女っぽい仕草?をしながら、剣を振るおうとするガロを眼球だけで追っている。
あのバカ娘が……‼︎
「貫通、ダメージ10倍!急所クリティカル!必中!」
魔法を乗せたガロの声が響くと同時に、
ザシュッ!!
と、布を切り裂く嫌な音が聞こえた。
ガロの剣は、スカートの裾ごと、ティーナの足の腱をざっくりと裂いていた。
やっちまった。
全員が、頭痛のする頭を抱え、現実から逃れようと目を逸らす者までいるが、ティーナの足からダラダラと流れる赤い液体は、それが現実であることの証拠としてくっきりはっきり残ってしまっているのだ。
ドン引きしている周りをよそに、本人はというと……。
「これがスキル?すごい!私に剣が当たった!」
大喜びである。
恐らく痛覚をぶった斬るというような無茶な方法で痛みを無視しているのもあるだろうが、それにしたって普通だとこれで戦闘不能だろうよ。
しかし、ガロ。
人質の足を傷つけてどうする。
連れ歩くにも何かをさせるにしても、不便な事この上ないだろうに。
本当に、戦いとは無縁の世界で生きてきたんだろうな……。
今までの転生者のほとんどがそうだったように。
しかしまぁ、正直怪我そのものに関しては誰も心配してはいない。
「治ればなんてことはないでしょ?」
なんと言っても、規格外の聖女だ。
場合によっては死んでいたって生き返らせるくらいの事はやりかねないのに、腱を切断される大怪我ですら、ちょっとした傷擦り傷と何ら変わらない。
小石を拾い上げるよりも簡単な事だろう。
跡形もなく治れば、証拠としては消えるが……。
いや、あの血溜まりがある限りダメだろうな。
助けを求めるように、視線を巡らせば、『もう、なるようになれ』と言わんばかりにお手上げジェスチャーをしているシンディが見えた。
あーっ!もう!!
頼む、諦めないでくれ!
唯一ともいえる、魔王と渡り合えた勇者だろ!?
あんたが諦めたら、誰が対応するんだよ!?
俺はやだからな!?
こうなったら、滅びを受け入れる以外に手が無いじゃないか……。
その滅びの火種は、というと、何がそんなに嬉しいのかわからないが、ニコニコしながら傷にエリクサーを振りかけた。
跡形もなく傷が消えたそこをクルクルと回しながら、得意げな顔をしている。
まるで、自分は空気を読んで完璧に侍女を演じている、とでも言うかのように。
フレアの方を見て、ドヤ顔をしてみたり、楽しくて、楽しくて、嬉しい、そんな表情。
ああ、この顔は見たことがある。他人の役に立って、他人に喜ばれて、他人に望まれて生きてきたものの表情だ。
悪の化身とされる魔王の娘だというのに。
きっと彼女は、悪意にさらされる事なく、皆の溢れんばかりの愛の中、幸せに生きてきたのだろう。
だから、きっと誰よりも純粋なんだ。
……言い換えればただのアホな気もするが。
「ぐちゃぐちゃ?」
ガロのぐちゃぐちゃ宣言を聞き、ワクワクしている彼女は、さっきまで足から大量に血を流していたとは思えないほどいい笑顔だ。
というか、人質がそんないい笑顔でどうする。
「どうか!それ以上、お嬢様に手を出さないでください!万が一、傷でも残れば、公爵様が悲しまれます!」
公爵家の娘設定は、もうどうなったかわからないけど、今更敬語をやめるのも良くないだろう……多分。
うーん。訳が分からなくなってきた。
でも、怪我をするのは良くない、というところくらいは理解したのだろう。
親指を立ててウインクしている。
もうね、頼むから、大人しく人質になっていてくれ。
「は!もう遅い!」
ガロはティーナに向かい、何度も剣を振り下ろし、薙ぎ払う。
それを、ティーナは……紙一重で……全て受けていた。
うっすら血が滲む程度の小さな切り傷が、遠目にも見える。
それが増えていくかと思いきや、受けた傷が、次の傷を受ける前にキラリと金色を帯びて消えていく。
……まさか。
傷を負ってはいけないではなく、傷を全てきれいに消すという事を自信満々にアピールしてるのか!?
「どうだ!幾ら傷は小さくとも!ポーションを使う暇さえ与えなければ!固定ダメージで!お前はもう直ぐ、死ぬんだ!」
「そうかなぁ?」
側から見れば、服がボロボロに切り裂かれ、全身に血が滲んでいるように見える痛々しい姿。
しかし、傷を受けている本人は、子猫にじゃれつかれて引っ掻き傷でもできたかのような……傷として、全く認識していないレベルだ。
固定ダメージは、一定のダメージを与えているかもしれないが、与えた分を瞬間的に回復しているのだから、蓄積も何も無い。正直流れる滝の水を切っているようなものだろう。
「何でだよ!お前のヒットポイントは幾つだっていうんだ!!」
暫くティーナの服に傷をつけ続けていた男は、あまりにもティーナが平然としていることに、今更ながら違和感を感た。
ヒラヒラと全ての剣を受けて遊んでいるティーナの肩口を掴んで顔を近づける。
そして寄り目に……。
「だからそれ、キモい!」
再び、反射的に殴りつけるティーナ。
今度はそこそこいい感じのパンチがガロの腹部に決まった。
静まりかえった広間に、メキッっと変な音が響く。
うん、折れたな。
が、彼女は聖女なのだ。
「あああ、ごめん、つい!」
フラッと倒れかけたガロの首元を乱暴に掴むと、あんたが悪いのよ、その寄り目、キモいのよ、と、ぶつぶつ言い訳をしながらポケットから取り出したポーションを、パンチ一発で意識を手放した彼の口に流し込む。
「水球」
その後、水魔法でコップ一杯程度の水を男の顔に叩きつけた。
「……はっ!?何しやがった!?」
エンドレスか?
「ちょっと、べちって、叩いちゃった。」
てへっ、っと肩を竦めるその少女は、見た目だけならただの15歳の少女なのだが。
だが、彼女は悪意のない、聖女なのだ。
「お前、さっきからどんな魔法を使ってんだよ!」
「魔法?」
「近距離で魔法を叩き込んでるんだろ?卑怯者め!」
「そんな事ないよ?気絶したからわからなかった?うーん。もう少し弱くやればいいのかな?こうやって、こう。」
再び、全く同じ位置に軽い動作でパンチを決める。
勿論、動作とはかけ離れたダメージを叩き出しているのだが。
「がはっ!?」
今度は、不運にも意識を手放すことができなかったガロが、痛みに震えながら目を剥いた。
口からは変な息が漏れ、その後、息を吸うことができないのか、パクパクと口をわずかに動かしている。
「こんな感じでね、殴ったのよ。って、あれ?……おーい、大丈夫?」
身体をくの字に曲げ、怒りと恐怖、そして酸欠も有るのだろうが、真っ赤な顔をしているガロの髪を雑に掴んで無理やり上半身を起こさせると、その口に再びエリクサーを流し込んだ。
「カハッ!!」
「やり過ぎちゃった?平気?」
その顔を覗き込みながら、全く悪意のない笑顔で問いかける。
そう、悪意など微塵もないのだ。
生まれてこの方、彼女の周りにいたのは、頑丈なうえに痛覚も人間より多少鈍めの魔族や獣人。
例外として、母親は人間だが、魔王の魔力に常に守られているうえ、本人も神聖魔法の使い手だ。自分の娘に殺されないような対策は取っているのだろう。
当然そんな中で育てば、常識が人間とはズレる。
無論荒っぽいことを平気で行ってしまうし、何より聖女は、瞬間で怪我も病も治せてしまう。
場合によっては、死ぬほどの苦痛や怪我をさせては治すという、最高の拷問をいくらでも行えてしまう怖さに本人が気づいていないのだ。
本人は、友達と遊んでいて怪我をさせてしまい、軽く手当てをした、という認識だろう。魔族相手ならそれでいい。しかし普通の人間ではそうはいかない。
転生者とはいえ、魔族でなはく人間寄りの体を持つ彼がいい例だ。
「普通の人間なの?ビックリした、こんなに脆いのね。異世界人とか、転生者とか言ってたから、もっと頑丈なのかと思って……。」
なるほど。
あまりにガロにめちゃくちゃしているから、余程手加減が苦手なのかと思ったが……異世界人や転生者という特殊な存在なら強いはずだという思い込みが招いた結果だったのか。
「もっと遊ぼうよ!体が頑丈になるスキルとか無いの?速くなるスキルは?攻撃力は10倍なの?100倍とか無いの?他には何ができるの?」
「……な、なんだお前!マジで何なんだよ‼︎」
恐怖に支配されたガロは、考えることを放棄したように、叫びながら剣を握り直し、ティーナに向かって振り抜いた。
が、
「これじゃなーい!コレはさっき体験した!」
つまらなさそうに剣を素手で掴む。
「ひぃっ!」
「違うのやってよ。」
押そうが引こうがびくともしない剣を、いっそ手放してしまえばいいことに考えが至らないほど錯乱したガロは、その体制のまま、ただ震えていた。
「怯えさせちゃった?……ごめんね。」
さっきまでの楽しそうな顔とは違い、どこかがっかりしたような、諦めたような表情を見せる。
人質にされていたというのに、人質にしていた方が怯えているという訳のわからない展開に、既に誰もが対応に悩んでいた。
ティーナは、剣から手を離すと、少し寂しそうに一歩離れる。人間に怯えられたのが、何やらショックだったのかもしれない。
そういえば、彼女は人間と仲良くなりたいんだったな。
全く、魔王といい、その娘といい、本当に人間と仲良くなれると思っているのだろうか。
コレだけ圧倒的な力を持ちながら。
一方的に叩きのめされたガロは、剣先を床に落としたまま震えを止めるように反対の手でその手首を抑えていた。
流石にここまでになると戦意を喪失するよな。
そう思い、捕縛の指示をだそうと兵士達を振り返ったその時。
視界にヒラリと、1匹の蝶が舞った。
「俺は、オレは、オレハ主人公ダろうガァァァああ!!」
絶叫に近い叫び声が響いた。
いつもありがとうございます。