聖女様は戦う
前知識なしに、雑な感じで人間の街を目指します。
出発して数時間。
歩いていると、大きなトラが現れた。
大きな体は白く、大きな牙と隠しても見えるほどの爪。ネコ科特有のしなやかな動きでこちらに寄ってきた。サーベルタイガーかなぁ。
しかし、なんでだろう。
不思議そうに見つめると、同じくゼルも微妙な顔をして見ていた。
「お嬢様、念のため下がってください。」
「は?」
ラードルフは、多少警戒しながら、剣を抜いた。ハルナは、さっさと最後尾に移動し、ゼルの服の裾を掴んでいる。
「何やってんの?」
私が問いかけると、ゼルも同じように首を傾げている。
「なにって、サーベルタイガーと戦うんですけど。」
ジリジリと間合いを詰めるサーベルタイガー。珍しい。産後とかで気が立ってるのかと思ったけど、オスみたいだしなぁ。
「ラードルフさんは、動物に嫌われるタイプなの?」
「はい?」
どうもお互い噛み合っていない。
「なんで、サーベルタイガーが襲ってくんのかなーって。生肉とか持ってる?」
「いや、私たちを生肉にしようと襲ってきてるんですよ?」
「生肉に??」
ゼルと顔を見合わせた後、二人してやっと気がついた。
サーベルタイガーが、私たちを、食べようとしてると言うのだ。その為に襲ってきていると。
「すごいよ!ゼル!」
「そんな事もあるんですねぇ。」
のほほんとしている私たちに、今度はラードルフが怪訝そうな顔をする。同じく、微妙な顔をしながらハンナも口を開く。
「危機感もないお馬鹿なの?」
ラードルフは、剣を握り直しながら、言う。
「いや、まさかとは思うけど。例えばさ、いくらお腹が空いた猫がいても、トラに襲いかかったりしないだろ?」
「そんな……なの?」
個人的には、ラードルフの強さを知りたいから、戦うところは見たいところだけれど。まぁ、ラードルフの言う通り、サーベルタイガーは私たちにとって猫のようなものである。
と、いうか、猫が魔力を帯びて進化したものだとも言われてるけど。
「しかし、なんで私たちに襲いかかろうとするんですかね?」
「今、お嬢様とゼルさんは、羽を隠す為、魔法で魔力を抑えていますからね。もしかしたら人間だと思って、油断しているのかもしれません。」
「人間は、サーベルタイガーに襲われるものなのね!」
またひとつ勉強になった。
しばらくは人間のふりをしなくてはならないのだから、なんで襲われてるの?とか思ってはいけなかったんだ。ああ、ラードルフさんが一緒にいてくれて良かったとつくづく思う。じゃ無かったら、サーベルタイガーに襲われている人を見ながら、ペットと戯れてると思って素通りするところだった。
「というか、ほとんどの魔物は人間に襲いかかりますよ?」
「そうなの!?」
そこまで話したあたりで、痺れを切らしたサーベルタイガーが牙をむき出して襲いかかってきた。私とゼルは、ハンナを守るように立ちながら、ラードルフの様子を見守る。手を出してもいいが、やはり戦う様子は見て見たい。
「流石に、私は、このくらいの魔物に負けたりはしませんけどね!」
ロングソードを一閃。
胸から首にかけてを薄く切り裂く。
相手も、私たちの様子に違和感を感じたのか、踏み込み切らずに後ろへ退いた。
「ちっ。一撃で仕留めてカッコいいところを見せようと思ったんだがな。」
下がったところへ踏み込んで更に一閃。先ほどの傷にクロスになる形で深めの斬撃が入る。
「ギャアアアア」
大きな叫び声をあげて、よろめく。今更ながら、挑んだ相手を間違えたことに気づいたらしいサーベルタイガーは、目だけで後ろの様子を伺い、逃げ道を探っていた。
魔物は、普通の動物より多少知恵が回る。勝ち目がないと分かると、かなりの割合で逃げ出すので、狩では苦労するんだよなぁ。
「せっかく倒すなら、食べたいね。」
私が、サーベルタイガーを見て笑ったことにより、彼は多分、死を感じ取ったのだろう。絶対に逃げられない、と。
「グルァアアアアア!!!」
悟ってからの攻撃は早かった。逃げたり避けたりするよりも、一人でも倒すことが出来れば、それが活路になるかもしれないという、ほぼ捨身とも言える、しかしながらそれしかないという選択だ。
やはり賢いのだろうな。
まぁ、結果は同じだけれど。
大きく振りかぶった前足から伸びる爪は、鋭く、普通の人間ならひと裂きで終わる。
このサーベルタイガーも、最初はただの一撃で狩を終え、悠々と獲物を貪ろうと思って来たんだろうな。
「っ!」
流石に、捨て身の攻撃は重みが違ったのか、ラードルフは剣で受け止めながら、よろける。
その隙を逃さず、サーベルタイガーは逆足で追撃を加えようとするが、ラードルフは器用に体を捻ってその攻撃もしのいで見せた。
前足を弾き飛ばし、その反動で後ろへ飛ぶ。
「あぶねぇええ……傷の深い方の足じゃ無かったら凌ぎきれなかったぞこれ。」
ひとりごちる。
状況の割には、飄々としているのでイマイチ危機感もわからないが。
「だが、そんなに傷は浅くないからなっ!」
間を開けず、トドメの追撃。
首にロングソードを深々と突き立て、そのまま捻り上げた。
なかなか力任せの戦い方をするなぁ。細めの体躯には似合わないが、それを可能に出来るよう、かなり鍛え上げているのだろう。
ズン、と音を立て、サーベルタイガーはその場に倒れ伏した。まだ息があるのがすごいなーと思いつつ、流石にもう時間の問題だろう。
「ふぅ。」
剣を振り、ピッと血を飛ばすと、剣をつかに収めた。どうよ、俺!という顔をしているが、褒めると調子に乗るのは父様で経験済みなので、スルーの方向で。
「肉だ肉だ♪」
私とゼルは、さっさと血抜きを始める。
「まぁ、そうなりますよね。」
「大丈夫、おとーさんは格好いいの。」
「ハンナぁー。マイエンジェル、大好きだー!」
トコトコと近寄って来たハンナに慰められ、ラードルフは満面の笑みを浮かべた。うん、単純。
「ううっ。苦しいの。お世辞なの。」
抱きしめられて迷惑そうなハンナだが、どこか少し嬉しそうでもある。
私たちは肉をばらして、風の魔力で薄く包み、収納袋に次々と放り込んでいた。こうすると、痛みも遅く、数日は新鮮なまま食べられる。手も汚れないので便利だ。
「そういう術も、人間ではソコソコ上位の術師にしかできませんので、あまり使いすぎないようにしてくださいね。」
「もう、むしろ、人間が出来ないことを覚えるより、人間が出来ることを覚えた方が早そうな気がして来た。」
人間て何が出来るの?人間のふりをするのばいいけど、何をやっても疑われそうな気がして来たんだけど。
「ちなみに、ラードルフさんはAランクの冒険者ってことになってたよね?それってどのくらい強い扱いなの?」
ラードルフを基準にするのが、やはり一番手っ取り早そうだ。肉を詰め終え、私とゼルは満足して、水の魔法で手をすすぎ、旅を再開することを促しながら情報収集を始めた。
思っていたより、人間が弱いのであれば、演技も相当下方修正せねばならない。
「私も、指揮官としてソコソコ戦って来てはいましたが、そこまで弱い気もしなかったんですけどね。」
「そりゃ、魔王の城に攻め込むとなると、かなりの精鋭が送り込まれてますからね。それこそ、最低でもAランクだと思いますよ。」
うーん、と、言葉を選ぶように考えを巡らせながら、ラードルフは答える。
「Aランクでもピンキリですが、私はAの中でも中から上位に分類されると思いますよ。」
「そもそも、ランクがよくわからないけど。」
「ああ、そうでしたね。えーっと、最低がFランクです。そこからE.D,C,B,A,S,SS,SSSとなりまして。」
なんかSがいっぱいだな。
「そんなにエスがいっぱいになるなら、Hランクくらいから作ればよかったのに。」
「まぁ、上には上がいたっていう状況で、仕方なく、ですかね。因みに、現在最強とされている魔王様がSSSですね。」
じゃあ、母様はSSSSかな。
「倒せる魔物の強さと比例させてだいたいのランクを決めています。さっきのサーベルタイガーでBランクなので、私はBよりは上、という感じです。」
ふむふむ。SSSの父様を倒せるのだから、私とエミールと母様はSSSSになるなー。というかあの父様、抱きつくだけで気絶するけど。SSSって、弱くない?
「魔族は、だいたい生まれついてBからA位のランクを持っているので、サーベルタイガーなどの魔物は幼い子供には脅威かもしれませんが、大人の魔族には子猫も同然なんですかね。因みに、普通の人間どころか、冒険者ですらサーベルタイガーはなかなか一人で倒せませんので悪しからず。」
「ラードルフさんは倒せたじゃん」
「私は、ほんの僅かですが魔族の血が入ってますしね。ほんとうに少しなので、ちょっと強い人間ということで通ります。」
おとーさんは強いの。と、ラードルフの服の裾を掴みながら歩いているハンナは小さくつぶやいた。
「人間て不便なのね。因みに、ラルフとかいう勇者は?」
「彼の実力は謎に包まれてますが、SからSSで、恐らく人類最強クラスですね。」
「戦ってみたいなぁ。」
ボソッと呟いてみたが、
「絶対やめてくださいね」
釘を刺されてしまった。と、同時に。
「ほら、見えて来ましたよ。」
小高くなった丘の端から見下ろせば、遠くに城壁が見えた。
「よっしゃー!待ってろよ人間!力づくでも和解してやるからなー!」
気合いを入れ叫んだ。
見えてないからわからないけど、後ろの3人から同時にため息が聞こえた気がしたのだった。
あれ?ティーナが戦っていない。
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