聖女様と国王と外国の王と
遅くなってすみません。
「聖女様、失礼いたします。陛下がお呼びです」
「あ、」
「分かりました、向かいます。」
ついつい、反射的にドアの方を振り返ったが、私の声に重ねるようにフローラが返事をした。
そうだった、私はあくまで聖女様付きの侍女という設定なのだ。
フローラ自身も、魔法で見た目の雰囲気や声を変え、あの日以降自分を隠して過ごしている。
……なんか、私のせいで、申し訳ない。
昨日、街中で色々あったが無事に城に戻り、陛下やアレクシス、ジークハルトたちにしこたま怒られた。
私を庇ってくれるはずの勇者……ヘラヘラと笑ってさっさと逃げたシンディは、可愛い孫たちと自分が楽しみたいだけで、庇ってくれる気も助けてくれる気は、さらさらなかったようだ。
人間は信用ならない。
身にしみて分かった。
…おのれシンディめ。いつかギャフンと言わせてやる。
因みに、アイリーンは、一緒に怒られた。
なんで私まで、と、涙目になっていたが。
とはいえ、私たちは、昨日の出来事を全て報告し、皇女に治療を施したい旨を伝えたが、陛下は首を傾げていた。
何でも、王に娘はおらず、あの子は皇子の婚約者で、公爵だか伯爵だか何だかの娘のイザベラという娘らしい。
結婚すると娘だから、ということなのか?
あの国では、特に外交の要となるのは王妃だそうで、そういう意味では間違ってないのだろうが。
隣国に恩をうるのは歓迎なので、治療自体は構わないそうだが、ばれないようにうまくやらないといけない。
その辺は、私の腕の見せ所だろう。
「さぁ、いきますよ、ティーナさん。」
「オッケー。…じゃなかった。はい、聖女様。」
事情を知っている数名の侍女はハラハラしているが、これでも私はお姫様なのだ、そんなに失敗はしない、はず!
何故か、不安しかなさそうな表情でフローラと侍女たちはこちらを見ていだが。
失礼な奴らだ。
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「失礼いたします、陛下にご挨拶申し上げます。フレアでございます。」
フローラは、聖女の偽名を使い、王の前へと歩み寄った。
「おお、娘よ。疲れているところ、すまないな。」
王の娘であり、聖女だという設定。
本当は騎士団長の娘、ジークハルトの妹なのに、何だかこうやって見ていると本当に威厳が感じられる。
演技力も凄い人たちだなぁ。
……私がポンコツなんじゃない。この子たちが凄いだけだもん。
元々、国内に聖女が現れた場合、影武者となることを命じられ、そのように育てられた娘。
聖女を守るため、彼女は常に危険にさらされる。
「いいえ、陛下。国のため、世界のために尽くすのが、神に与えられし我が宿命であります。」
……聖女は、主に世界を周り、魔力の再分配を行う。
魔力のバランスを保つのが役割と聞いたけどね。
まぁ、綺麗事と建前は大事、っと。
「ナルノバ国王よ。私から直接話をさせていただいてもよろしいか?」
「ああ、構わない。我とお主との間であるからな。」
どうやら、本当にこの2人は近しい仲らしい。
話すときの警戒心や、仕草、視線の動き、どれを見ても、ただの隣国といった間柄ではなさそうだ。
うーん。
魔王国も、こうやって隣国と付き合いたいなぁ。
隣にある竜の国とは、仲良しだけどすぐに手合わせが始まるし。
「初めまして、フレア姫。この子は我が息子の婚約者でな、イザベラという。……種族不良で魔族の血を引いたが故に、長くは生きられない。どうか、其方の力で助けては貰えないだろうか。」
「インナロード国王様にご挨拶申し上げます。私は、等しく神の恵みを与えるもの。神の思し召しがあれば、きっとお嬢様の命を救うことができましょう。」
うーん?
ここの配置されている兵士たち。
確かに今、1人、魔族と聞いて変な気を放った奴がいたんだけど。この国は表向きはともかく、魔族などの他種族にも寛容な国のはず。
何より、王自身がゼルの父であるロベルトに心酔しているのだから、当然だ。
特に、魔族の血を引く客を迎えることは分かっていたはず。王たちが選んだ近衛兵の中に、そんな変な奴が混ざるかな?
少し警戒を強め、違和感のあった辺りを見詰める。
「では、こちらへ。」
「おおーいうおえがいう」
幼い少女は、辛うじて聞き取れるような発音で言った。
なるほど、確かに耳も目も多少の難があるらしい。
種族不良の特徴とはいえ、治るに越したことはない。
しかし、生まれつき目や耳が不自由な人は、不自由であることすら感じないとも聞くが。
治ったら、どう感じるのだろう。
そんなことを考えていると、フローラが少女の頭に手をかざし、私の方をチラリと見た。
大丈夫、と、アイコンタクトをかわす。
「では、行いますが、先に一つ申し上げたく存じます。」
フローラは、仰々しく杖を持った片手を掲げて言った。
「魔族混じりの種族不良を治療すると、一時的に完全なる魔族の体となります。ですが彼女の魂は常に人とともにあります。不要な武力を向け無いよう、よろしくお願いいたします。」
「ですが、聖女様が危険に晒されることも……!」
我慢できない、と言った様子で声を上げたのは兵士の1人だった。
王や騎士団長が微妙に怪訝な顔をしているところを見ると何か予定外なのだろうか。
「私は、大丈夫です。魔族の力は聖女には一切通用しません。また、私がいる限り、この場で魔族が誰かにほんの爪先程度の傷すら与えることはできないと約束しましょう。」
「で、ですが。」
フローラの言葉に、それでも食い下がる兵士。
普通の人は、恐れ多くてこんな場面で発言なんてできないと思うのだけど、なんか、世間知らずな兵士だな。
他の兵士たちは、事情を把握しているようだし、どうにもおかしな奴が混ざっている。
王城の警備がこんなにガタガタで大丈夫かよ。
「責任は全て私が取りましょう。」
「…心配は分からんでもないが、今は聖女の言葉に従え。」
王の一喝で、さすがの兵士も黙り、フローラは一息つくと少女の頭に手をかざして、先日のような呪文を唱え始めた。
またも、古代語をアレンジしたデタラメだろうが、なんか様になってるなぁ。
「…‥神の祝福を。」
「復活の祝福」
フローラの呪文が終わるのと同時に、最高の回復呪文を唱え、聖女の魔力を放つ。
一応力をセーブして、フローラを中心に発動させたので、うっすらと私が光ったことには気づく人はいないはず。
また、光は一瞬で辺りを包み込むので、まさか背後に控えている私が聖女だとは気付かないだろう。
それほどまでに、フローラの演技は素晴らしい。
「あ、あああ!」
光に包まれると、悲鳴とも唸り声とも分からない声で、イザベラは吠えた。
それと同時に、光の中で、彼女のシルエットに僅かな変化が見えた。
頭部には羊を彷彿とさせるツノが生え、背中にも、蝙蝠に似た羽が生える。
私に近い形の魔族のようだ。
「はぁっ、はぁっ!」
洗い呼吸のまま、震える手で、自分の頭部に触れ、悲しそうに目を伏せるイザベラ。
その様子を心配そうに見守っていたインナロードの王も、少し複雑な表情で目を細めた。
その瞬間。
「嘘だ!その女は聖女ではない!魔族に変えるなんて、おかしいと思ったんだ!」
さっきの兵士が、再び声を上げた。
「……捕らえなさい。」
「そうだ、あの女、聖女のふりをした偽物だ!」
王のセリフに、得意げになった男は声を張り上げる。
が、騎士団長が歩み寄ったのは男の方に、だった。
そりゃそうだ。
聖女が偽物なのは、ここにいる者のほとんどが知っている。
ここで、偽物だなどと叫ぶ方がどうかしている。
数人の兵士に囲まれ、床に押さえつけられると、男は訳がわからないと言った様子で叫ぶ。
「な、なんで俺が!?俺は違う、正義の味方、勇者だ!」
「勇者を詐称する、君の方が偽物ではないか?」
「この世界はおかしいんだよ!俺は勇者になるはずだった!そもそも、聖女じゃ無いのはステータスで確認したから間違いない!」
ステータスで確認?
何を言ってるんだこいつ。
そういえば、そんなことを言う奴が他にもいた気がするけど、確認できるステータスって何よ。
「くそ、こんな筈じゃない!俺は、異世界から来た勇者なのに!」
「……話を聞かせてもらおう。だが、ここではない。連れて行け。」
「はっ!」
「やめろ!その偽物に騙されてるんだ!!」
そう言うと、男は、押さえつけられていた体制のまま、拘束していた兵士を吹っ飛ばした。
「何だ!?何をしたんだ、ガロ!?」
男の名前だろうか?
吹っ飛ばした男を見て、他の兵士が声を出す。
「俺は、間違っていない!偽物の聖女を追い出して、本物の聖女とチートな旅をするんだ!そう言う話だろ!?」
「勇者が他にも居たなんて、初耳だけどね。」
そこで声を出したのは、めんどくさそうに後ろに控えていた、軽装の中年男性。
「確かに、10代の勇者枠が空席とも言われているが、それにしては、君は少し年上ではないかな。」
50代の勇者は、剣を構える兵士の前に立ってあくびをした。
「どっちにしろ、こんな所で剣を出せば君は反逆罪だ。異世界勇者だか何だか知らないが、勇者業務を代わってくれるならもう少し上手くやってくれ。」
「五月蝿い!うるさい!」
叫びながら、デタラメに剣を振り回す男を、少し離れて警戒する他の兵士たち。ジリジリと距離を詰めようとするが、
その兵士たちをラルフは身振りで制した。
そもそも、今のラルフに近寄るのはよくない。
こう見えて、彼は全く隙がなく、放つ気だけでも、十分にその辺のチンピラを気絶させるくらいの勇者。
下手に近寄ると、立っていることすらままならなくなるだろう。
この威圧を感じながら、動けると言うだけでも、彼は確かにそこそこ力のある兵士なのだろう。
「こんな所で捕まってたまるか!」
「何だ、俺とやるってのか?」
「お前のステータスも、大したことないだろ!そんなんで勇者が出来るなら、俺の方がよっぽど勇者なんだよ!」
「んー?何だ、俺の何がわかるってんだ?」
頭をポリポリかきながら、ラルフは腰の剣に手をかけた。
「ステータスだよ!HPも、MPも、レベルも、他のステータスだって、全部俺より下だ!」
「……よく分からんが、お前の方が強いって言いたい訳だな。いいぜ、坊ちゃん。おじさんが少し相手してやるよ。」
ラルフの言葉に、騎士団長がため息をついて小さく首を振った。
すると、後ろに控えていた2人の魔術師が何かの呪文を唱え、結界を張る。
ローブをすっぽりと被り、顔などははっきり見えないが、体格的に小柄な女性か子供か。
簡易の防御結界だが、何やら護符なども使い、かなり強化されている。
勇者でも、結構本気で暴れないと壊せないレベルのものだ。
その術者を少し寄り目気味に見た男は、顔を歪めて叫ぶ。
「術者が魔族だと!?貴様ら、やはり魔王の手先か!」
「……ほう。勇者ではないにしても、あながちデタラメばかりではなさそうだ。」
王は、目を細めた。
ちなみに、この間、インナロード国王とイザベラは部屋の隅に避難し、アイリーンとシンディが守っている。
「じゃ、その異世界の力とやらを見せてもらおうか。」
ラルフが苦笑するのと同時に、ガロと呼ばれた男は、勇者へとその剣を振り下ろした。
いつもありがとうございます。