聖女様と2人目の少女
少し長めです。
次回は、別の話を挟む予定です。
祭りの中心から離れ、男の案内でたどり着いたのはスラム街の隅にある小さな家だった。
男の名前はヤギリと言い、妹はカスミというらしい。
アイリーン曰く、あまりこの辺りでは聞かない名前だそうだ。
「…お兄ちゃん?お帰りなさい」
狭い部屋の中から、か細い声が聞こえた。
「貴女がカスミちゃんね?」
「あ、お客様。すみません、寝たままで……」
礼儀正しいが、幼い声。
あの、さっき会った王の娘とさほど変わらないような少女が、ベッドで横になっていた。
「私は、薬師みたいなものだから。少しみせてね。」
体を触り、様子を見る。
心音、体温、目、耳。
聖女には回復させる力があるから、つまり、病を解析する能力もある。
んー?
これは、奇遇なのか何なのか。
「この子、種族不良じゃないの。」
「え?」
「人間の体に生まれてしまってるけど、おそらく獣人ね。……あれ?あなたは種族不良じゃないのに人間?」
「あ、ああ。でも、妹は父親が違うから……。え、でも、人間じゃない血が入ってるってことか……?」
ということは、この子は父親が獣人だったのかな。
「余計なことを、してしまったかね。」
ボソリと呟くシンディ。
……そりゃそうだ。
知らなくていいことは、世の中にいくらでもある。特にこの、人間以外が拒絶される世の中で、自分の家族に人外の血が混ざっていることなど、知りたくもなかっただろうから。
私は、自分の無神経さに嫌気がさしていた。
これで、この男が妹を嫌悪することになったなら、すべて私の責任だろう。
……その場合はこっそり聖女の魔力の全力を用いて記憶改竄しよう、うん。
何となく、シンディも同じことを考えてそうだが、あえて聞かない方向で。
しかし、あの王の娘とは違い、体に獣人の血が馴染まず足りない方の種族不良。
つまり、直接生死に関わらない、ただただ体の弱い人間。
体が弱いが故に、病気とかで簡単に死ぬことはあるけど。
「うーん。正しくは、入らなかった、のかなぁ。いや、でも最低限生きてるってことは父親の遺伝子は入ってるはずだし、難しいところだけど。」
「ど、どうすれば治る!?」
「おや。人じゃないモノの血が混ざってても、治したいと思うのかい?」
男を覗き込むようにシンディが問うた。
不安そうに私たちを見つめる妹がいる前で……シンディはなかなかに性格が悪い。
男は、ほんのわずかに間を開けて、
「……何の血が混ざってようと、カスミはカスミだ。」
はっきりと答えた。
「いいね、その考えは好きだよ。」
「じゃ、遠慮なく治療の話をするね。」
シンディが満足そうに頷いたのを見て、私は、男とその妹を交互に見ながらゆっくりと説明を開始した。
「えーっと、虚弱の方の種族不良は、足りない体で生まれてるってこと。獣人の力が体に馴染まず、うまく入らなかったから、生命力が半分しかない感じ。
その生命力を補わないといけないけど、この子の体、というか、母親の性質が獣人の性質と合わないわけで、その結果この子の体も獣人との相性が悪い。だから、獣人の体に作り変えたりすれば死んでしまうのね。」
私は、一旦受け取っていた上級回復薬を取り出す。
「つまり、普通は対処療法というか、風邪を引けば手厚く看病し、病気になれば薬を与え、怪我をすれば悪化しないように完治させる。そうすれば、普通に生きていけるけど。特に、定期的な回復薬の投与で常に体調の良い状態に保つのはいい。そうすることによって風邪やその他の悪い要因を排除出来るから。
でも、それだと結局根本的な治療にならないわけよ。今みたいに、風邪が急激に悪化すれば命に関わるわ。」
「じゃあ、どうすればいい!?」
「こればっかりは、エリクサーを飲ませたところで治らないのよね。」
でも、私は、この状態の治療法を知っている。
「ひとつは、足りない生命力を聖女の魔力で補うこと。これが一番簡単と言えば簡単ね。あとひとつは、近しい人から生命力を移すこと。要は、あなたとか、母親とか。父親は獣人だろうから、生命力の相性が良くなくて無理だけど。」
「……俺から、移すことができるのか?そんな話は初めて聞いたんだが。」
戸惑う男。
そんな男を見て、シンディが、言葉の足りない私のフォローをする。
「よく考えてみな。そもそもこの世界の人間は人間以外をすべて排除しようとしているだろ?つまり、混血は禁忌だ。そんな中、混血による種族不良の人間がいてみろ。その子の親が他種族と交わったと言う証拠になるわけだ。それが周りに知られれば、その子はもちろん、その親もまともには生きていけなくなるだろうよ。」
シンディの言葉に、男は妹を見つめて悲しそうな表情を浮かべた。
「そりゃ、一般の人に混血児の治療法なんか広まるわけはないですよね、確かに。」
「そう言うこと。生命力ってか、内包する魔力は親子、兄弟はほぼ適合するわ。祖父母や従兄弟なら3割ってとこね。治療自体は魔力総量の多い魔術師なら可能よ。一度魔力を自分に取り込んで相手に送り込むから、魔力の取り扱い技術も要るけど。」
不安そうな少女の頭を優しく撫でると、男は私に頭を下げた。
「どうか治療をお願いします。」
「良いのね?あなたの生命力を魔力に変換して、私に移して分け与えるんだけど。当然あなたの生命力も、一時的とは言えがくりと減るから、暫くは無理ができなくなるわよ。」
「妹が元気になるなら、構いません。」
「そう。じゃあ、2人ともとりあえず一旦、回復薬を飲んで頂戴。万全の状態でやった方が、魔力の馴染も術後の回復もいいから。」
そう言って上級の回復薬を兄弟に一本ずつ渡した。
「な、何だこれ、体に力が漲る。これが上級なのか。」
「すごい、ここ数ヶ月続いた体の痛みが、一気に楽になるなんて。」
「ふふふっ。私の特製だからねっ。」
きちんと飲み干すのを確認すると、まず兄の方の生命力を吸い出す。
「気をしっかり持ってね。いくよ。」
心臓のあたりに手を添え、集中しながら、生命力を魔力変換し、自分の体に集める。
他人の魔力を体に流すのは、よほど魔力の扱いに優れた魔術師でないと命に関わるし、そんなに頻繁にできることではないのだが、私は聖女なので全く問題がない。
魔力の扱いはお手の物だ。
「くっ。」
男は、目眩でもしたのか、頭を抑えて小さく呻き声を上げた。
そりゃまぁ、直接生命力を抜かれてるんだから、辛くないわけがない。
ちなみに、相手が抵抗してないからこんな簡単に抜けるが、普通はこんなことは出来ない。
この魔法を使って、気づかれない間に殺すこともできそうだが、あくまで生命力を抜く魔法「生命力吸引」の応用なので、一度に抜ける量が術者の力と相手の力の差に比例する上、複数回かけるなどして相手の残りの生命力が少なくなると、生きたいと言う相手の「欲」が無意識に命を引き戻そうとするので、逆に過剰に生命力を引き戻される事もある、諸刃の剣なのだ。
サキュバスやインキュバスたちが得意とする魔法で、性行為を伴うことにより、相手の警戒心を極限まで低下させた上で、使うことが多い魔法だ。
ま、私には関係ないがな。
本気出せばサキュバスなんか目じゃないくらい、ガッツリ生命力を吸い出せるけどね。
え?
……そ、そそそそりゃ、見ての通り!え、エッチなことしなくても生命力を抜けるからね、私ほどの魔族になると!
「……はい終わり。これで3割ほど抜いたから、急に立ち上がったり、暫くは無理な運動なんかは控えてね。そのうち戻るけど、しばらくの間、軽い虚弱状態が続くから。」
私は、そう言いながら抜いた魔力を手のひらに集めると圧縮して結晶化する。
「はい、出来上がり。これがあなたのお兄さんから抜いた生命力の塊よ。これを、手の甲か額に埋め込むんだけど……」
ちらりと少女を見る。
額に埋め込むと、魔力の流れはいいのだが、どうしても目立ってしまう。
まぁ、一部の国では額に宝石や魔力結晶を埋め込むこともあるらしいから、大丈夫だとは思うけど、不安要素は少ないほうがいいよね。
「じゃあ、左手を出して。」
「はい。」
少女の手をとると、そこに結晶を埋め込む。これで、ここを介して、全身に生命力が流れ込む。
「はい、OK。簡単に言えば、今までは生命力が普通の人の半分しかなかったからすぐに体調を崩したり、疲れたり筋力もつかなければ食も細くなってたけど、お兄さんから3割ほどもらったのを移植したから、単純計算で一般人の8割ほどを保てるようになったわけ。
それにより、今までほど頻繁に体を壊すこともなければ、回復薬に頼る必要もない。
8割、と言っても、正直健康な人と比べて誤差の範囲内になるはずよ。外で走り回ることもできるわ。」
「ありがとうございます!!まさか、この体が治るなんて!夢のようです。でも……」
少女は、チラッと兄を見る。
喜びが勝っているのか、口元は笑っているものの、具合の悪さは隠せていない。
おそらく、ひどい頭痛に吐き気、目眩、全身の痛みにも耐えていることだろう。
「ああ、あいつは大丈夫。スリの罰だとでも思うが良いさ。」
シンディは、ケラケラと笑い、男の背中をバンバンと叩いた。
あーあ、あれは痛そう。
「お兄ちゃん!まさか、悪いことを……!」
「い、今、それをいうかね……」
バツの悪そうな男は、ニヤリと笑うシンディや、妹の冷ややかな視線に抵抗を試みたようだが、脱力してその場に蹲み込んだ。
「はいはい、無理はしない。人間は、生命力が8割を切ると一気に体調を崩しやすくなるからね。今は7割にすら僅かに足りてない状態だし。ま、一時的に抜いただけで、生命力の器はちゃんとあるから、徐々に治っていくわよ。まぁ、強引に抜いた副作用でもしかしたら、慢性的に1割程度の減少はあり得るけど、そのくらいはいっぱい食べていっぱい働いて筋力でもつければ補えるわ。」
「……悪かった。ありがとう。」
男は、ため息をひとつついて、素直に頭を下げた。
「本当に、ありがとうございます。さっきまで、妹が今日にでも死んでしまうかと怯えていたのが嘘のようだ。本当にありがとう、シンディ様。」
「え?……シンディ様!?このお方が!?」
幼女とは言え、最強の勇者であるシンディの名前は知っているのだろう。
ぱちくりとした目で、70を超えるその女性を見つめた。
まぁ、そうだよね、シンディと一緒にいたら、どう考えても私がおまけだよね……。
ま、まぁ、目立っても仕方ないから良いか。
「御付きの騎士様も、魔術師様も、ありがとうございました。」
「ああ、もう悪いことはするなよ。」
「はい。神に誓って!」
男を見て大きくうなずいた後、微妙に眉をしかめていた私の方を見て、アイリーンは苦笑する。
立てた指を口元に当て、ナイショ、と言った仕草もしている。
分かってる!流石にこんなことで怒ったりしないわよ!
「じゃ、私たちは帰るね。一応滋養のために中級の回復薬置いておくから、具合悪い時に飲んでみて。」
「そんな、さすがにそこまでしていただくわけには!」
「ま、何かの縁てことで。この後すぐに風邪とかで死なれたら、後味悪いし。」
「……では、ありがたく頂戴します。この御恩はいずれ……!」
そう言った男の顔をまじまじと見ていたシンディは、ニヤリと口元を歪めた。
あ、これ、ババア、なんか企んでる。
「なかなか良い体をしてるし、治ったら、兵士の試験を受けてみると良いさね。国のためにも私のためにもなるし。給料が出るから、生活にも困らなくなるだろうよ。」
「は、はい!ありがとうございます!」
感動して涙を流している男を、哀れみの目で見つめるアイリーン。
彼がその意味を知るのは、一年後、兵士の試験に受かった後になる。
そうして我々は、2人に見送られながらスラム街を後にしたのだった。
いつもありがとうございます。
まだまだ更新が不定期ですが、気長に待っていただけると嬉しいです。
これからもどうぞよろしくお願いします。




