聖女さまは人間の街へ行く
お城を出るまでに何日かかるんだろう。
「さぁ、出発よー!」
城の中心とも言える大広間で叫んだ。
拡声の魔法に声を乗せているので、おそらく城中の人に聞こえたことだろう。
「うるさすぎる大声なの。」
「ティーナ様、お早うございます。」
最初に来たのは、ハンナとラードルフ親子だ。人当たりの良さそうな白髪交じりの男性と、ツインテールの美少女。ハンナは少し生意気だが、子供なんてみんな生意気で、可愛いものだ。
弟のエミールと比べれば、この程度の毒舌は愛嬌だ。
「ティーナ!本当に行ってしまうのか?今ならまだやめても良いんだぞ?」
「もう!父様、何度も言わないでも、私は大丈夫です!」
母様と連れ立って現れた父様は、すでに涙目である。しかも、母様にナデナデされているので、もう威厳とかいうレベルではない。
「ティーナ、人間は自分の損得に敏感で、息をするように嘘をつく生き物です。信じすぎてはいけませんよ。人間であるラードルフさんたちの前で言うのも、何ですけど。」
「いえ、否定はしません。人は魔物よりも弱いですからね。身を守る手段として嘘を用いることも多いのです。何だかんだ、我々のように、魔物と繋がりのある人間が肩身の狭い思いをしているのも事実です。」
ラードルフは、恭しく頭を下げながら言った。
「はい、母様。ラードルフさんも、宜しくお願いします。」
「おとーさんも、嘘つくの。おとーさん魔族の血が入ってるのに、入ってないって言うの。」
横からちょこんと口を挟んだのはハンナ。
やっぱり魔族の血が入ってるんだ。見た目も全く人間と変わらず、羽もないようだが。
「これ、ハンナ。間違っても、人間の街でそんなこと言うんじゃないぞ。」
「わかってるの。ハンナは、空気を読める子なの。」
諌めるラードルフに、空気を読まない娘はケロッと答えた。
「皆様おはようございます。」
最後に、どんよりとした顔で入ってきたのはゼルだ。
昨日あまり眠れていないのか、顔色も悪い。
全く、男のくせに気が小さいんだから。
「遅いわよ、ゼル!覚悟はできたわね!?」
「いや、どうやってこの旅路から脱出するかを一晩中考えてたぐらい、全く覚悟はできていませんけど。」
ため息をつきながら、頭を抱える。
「勿論、お前は死んでもいいから、お嬢様は無事に魔王様の元へ送り届けるんだぞ。分かったな?お嬢様に何かあったら、私が直々に殺してやるからな。」
「うちの親にも、魔王様みたいな親バカを分けて欲しい。」
「何か言ったか?」
「いえ、何も……。」
ロベルトに凄まれ、コソコソと逃げる。あそこは、なかなかにスパルタ教育な家庭だからなぁ。
古くからうちの父様に仕えているロベルトは、何か父様に大きな恩があるらしく、それこそ命がけで仕えると言っており、それを息子であるゼルにも全力で強要していた。
戦闘力こそ高く無いものの、今では神聖魔法も使いこなすこの城の筆頭回復職だ。
「ティーナ様みたいに、父親に行かなくて良いよって言ってもらいたい……」
隅っこでブツブツ呟いているがとりあえず無視しよう。
「では、最低限の荷物は持ちましたか?収納袋とは別に、小さくても良いので最低限の荷物は手持ちすることをお勧めします。」
「収納袋?ああ、まぁ、いらないでしょ。ゼルは持ってるの?」
「まぁ、一応。」
そう言って、腰の小さな巾着を示す。
収納袋というのは、魔法で物を収納できる空間を生み出すアイテムである。
その人の魔力によって入れられる量などが大体決まっているが、基礎魔力値の高い魔族が使えば、それこそほぼ無制限ともいえる量が入る。
なので、下手にそれに頼りすぎると魔族だということがバレてしまいかねないので、それとは別にリュックを用意しているのだ。
便利な異空間を利用しているが、どうやら空気が薄いらしく生物を入れると死んでしまう。まぁ、だからこそ食品も長持ちするし、虫も湧かないから良いんだけど。
私はそこに、さらに時空魔法をかけることによって、時間の進みを遅くしているので、温かいスープも数年くらいは再加熱することなく飲める。いや、そんなもの収納しないけど。
何年も前に忘れたスープが収納から出てきたら、なんか切ない気持ちになりそうだし。
とはいえ、あくまで収納袋は収納魔法を手軽に補助するためのもので、魔術に長けた者には必要ない。
魔族では持つものの方が少ないのですっかり忘れていた。
「大丈夫、持ったよ!」
巾着状の収納袋は腰につけ、リュックを背負うと準備は完璧だ。
この2日でツノも取れたし、羽も収納した。服もラードルフに貰った人間の服なので、側から見れば、普通の人間にしか見えないはず。
「それでは、魔王様、お嬢様をお預かりします。」
「ひっく……む、娘を宜しくたのむのじゃ。ぐすん……」
ガチで泣いとるし。
「気をつけてね。」
父様と母様のそばには、エミールも控えている。正直、この人たちに勝てる人間なんていないだろうし、城のことは心配していない。
後は私が、人間が魔族を嫌う理由を突き止め、あの若い勇者を始末し、和解ができれば全て丸く収まるだろう。
「大丈夫!心配しないでね!」
そもそも、王子であり勇者である男を始末しようとしているあたり、全くもって大丈夫ではないのだが、誰にも言わなかったので、誰も気づいていない。
ティーナ自身も、仕返しくらいの感覚なのでわざわざ誰にも伝えはしなかった。
「では、行ってきまーす!」
こうして、泣きまくる魔王をおいて、ティーナ、ゼル、ラードルフ、ハンナの四人は、人間の街に向かって出発したのだった。
ここからゆっくり歩いたとしても夕刻には人間の街に着くだろう。
嬉しそうにキラキラと目を輝かせる女子二人を、不安そうに見るゼル。
「まぁ、あんたも損な役回りだろうが、頑張れよ。」
ラードルフに慰められながら、肩を落としていた。
何はともあれ、聖女は偉大なる一歩を踏み出したのだった。
今回は、短めの更新です。
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