聖女様はお忍びです
遅くなってすみません。
「私は脱走なんてしていないー!」
「指定された部屋の窓から飛び出してきて、何が脱走じゃない〜、よ。」
剣を携えたまま木陰で休んでいたらしい彼女は確かアイリーンとか言ったか。
帝国の地下から救い出してきたラルフの娘だ。
「だって暇なんだもん。何で監禁されなきゃ何ないのよ。これでも魔王の娘なんだからね!」
「いや、魔王の娘だから、最高待遇の監禁……というか、軟禁?されてるんだと思うわけよ?下手に外にも出せないでしょうし。」
「でもさ、私は外に出たいのー!聖女様だよ聖女様。聖女の持ち腐れだよ!こんなに若くてピチピチなのに、腐っちゃったらどうするわけ!?」
「知らないわよ!」
彼女から距離を取りつつ、適当に騒ぎ立ててそそくさと逃げ出そうと思っていたのだが、さすがはラルフの娘と言うべきか、隙がない。勇者の因子持ってなくても、勇者の娘ってだけで多少は能力値が高いのだろう。
戦えば楽勝で勝てるのだが、適当に誤魔化して逃げるのは難しそうだ。
仕方ない、やっぱり説得して見逃してもらおう。
しかし、あの時の下働き風の服とは違い、動きやすそうな服……騎士の運動着?のようなものを着ている。
「で、あなたは何をしてるわけ?」
「何って、訓練よ。長年やってなかったせいで体が鈍りまくってるからね。」
軽く剣を振る彼女。
確かに才能はなくはなさそうだが、達人の域には程遠い。
シンディの例がある以上、剣術に男だから、女だから、と言うつもりは無いが。
それにしたって華奢な体で、剣に振り回されているようにも見える。
「暇だし、私と手合わせしてみる?」
「イヤよ、万が一魔族のお姫様に傷でもつけたら洒落にならないわ。」
私を見て、呆れたように呟く。
あれ?私が剣も持てないような聖女に見えるのかな?
「大丈夫大丈夫!一撃で首をはねて、魔力を封じない限り死なないから平気平気。」
「何よ、その、ゾンビみたいな聖女!怖いわ!そもそも、あなた、剣なんか使えるの?」
「いちおう弟が剣オタクの勇者なんで、それなりには……そりゃ、勇者たちには劣るけど。」
「勝ってたら、もう、勇者の存在価値が分からなくなるわ……」
ため息混じりのアイリーン。
「私たちみたいな騎士だって、元々は命がけで聖女を守る立場でもあるのに、魔族が聖女だから、今、聖女部隊は混乱してるらしいわよ。」
「へぇ?」
「いちおう、表向きはフローラ様が聖女の影武者だし、それを守るんだけどね。果たして本物の聖女に護衛は必要なのか?って。お父さんたちが会議で頭を抱えてたわよ。」
私に護衛?
そういえば、そう言うのは考えたことがなかった。
私の護衛といえばゼルだけど、正直別に守ってもらう必要は感じていない。
ゼルやハンナのようにそこそこ実力のある魔族たちならまだしも、ひ弱な人間なんて場合によっては守らなくてはならないので邪魔でしか無い。
「……私のことは気にせず、影武者のフローラだけ守っててください。マジで。」
「あなたならそう言うと思ったけどね。けど、そう言うわけにもいかないじゃ無い?国的に。」
「ああ……流石に、監視も兼ねるのね。」
「そうよ。あなたの許可なく監視なんてつけたら瞬間で消炭になるかもしれないって、王様たちも困り果ててたし。」
「……いや、流石にそこまでしないけど、多分。」
でもまぁ、魔族のイメージなんて結局そんなもんなんだろうな。
「他国に奪われる可能性とかもね、心配してるのよ。あまり気を悪くしないで。」
「いや、その程度で気を悪くしたりしないけど。ていうか、結構いろいろ話してくれるのね。あなたは私が怖く無いの?」
「うーん。私は、貴族でも無ければ、国の重要な立場にあるんわけでも無いし。それに、あなたには助けられた立場だから。流石に、母さんや弟が生きてるのはびっくりしたけど。生きてるってことは、今まで隠して守ってくれてたわけでしょ?感謝はしても、怖がったり敵視するような相手だとは思ってないもの。
それに、私、お父さんたちみたいに、強い力を持ってるわけでも無いしね。貴女の強さを測りきれてないのもあるわ。貴女も、聖女様だとか魔族だとか言われたって、ちょっと目つきの悪い女の子にしか見えないわ。」
ああ、なるほど。
「じゃ、手合わせしてみる?」
「少しだからね。」
私は、魔法収納からロングソードを取り出して構える。
流石に聖剣とは言わないが、そこそこ良い剣に聖女の魔力を込め、簡易魔剣にはなっている。
ここに勇者の気を込めると聖剣になるのだが、名剣でも無いし、全力で加工してないから、私の作った中ではかなりショボい三流の聖剣にしかならないと思う。
と、もう一度彼女の剣を見て思う。
彼女の剣も、悪いものでは無いとはいえ、名剣ではないし魔剣でもない。
これと打ち合って、大丈夫かな……?
いや、ちょっと心配かも。
「その前に、その剣貸して。」
「剣?どうするの?」
首を傾げながら、自分の剣を鞘に収めて手渡してくれる。
こういうところも、警戒が薄いのか、それとも性格なのか。
魔族から剣を渡せと言われて、素直に応じるなんて。
「私が言うのもなんだけど、仮にも魔族に、すんなり渡すものね。」
「あー。そういえばそうね。でも、貴女、敵意が微塵もないんだもの。強さを測る力はなくても、殺気や敵意にはかなり敏感なのよ、私。」
「へぇ。まぁ、勇者の娘ともなれば、色々あるわね。」
「後、特にそう言うとこよ。」
「へ?」
「自分から質問しておいて、他人にそこまで興味がない感じ。貴女、自分の目的と楽しいこと以外あんまり考えないタイプでしょ。うちの父さんや、他の勇者たちとよく似てる。そんな人が、わざわざ私を欺いて危害を加えるとは思えない。」
「なるほどね。」
私は肩を竦めると、受け取った剣に魔力を込め始める。キラキラとした光が舞うが、流石に奇跡を起こしている、と言うほどでもないので光は弱く、剣にまとわりついているのでこちらを凝視してない限りそうそう気づかないだろう。
「何してんの?」
「いや、魔剣にしておこうと思って。」
「……は?」
「私と打ち合って折れたとか言われたら困るじゃない。」
「…いや、魔剣、て。安物ではないとはいえ、そんな名剣でもないし。市販品だし量産品よ?」
それが何だ。
その辺の石でも、聖女も魔力を込めると魔道具になるんだから、立派に剣の形をしているものが魔剣にならないわけが無い。
「ちょっと頑丈にしてるだけだから、大丈夫大丈夫。」
「……聖女の魔道具と言えば、何日もかけて鍛えていくんじゃ無いの?こんな感じで作っていいもの!?」
「そんな大層な手順は踏んだことないなー。」
纏った光が収まった後、収納から取り出した小さな宝石を柄の部分に無理やり押し付けてはめ込む。
ちょっとメリッとか聞こえたけど多分大丈夫だろう。
「損傷無効、低級炎の加護、低級治癒、切れ味プラス補正…。損傷を無効にするとこの程度しか付かないのかー。無効じゃなくて軽減にすれば、治癒を中級にして、爆発特性とかも付けられるのかな?」
「やめて!人の剣を勝手に危険度の高い伝説級にしないで!」
大慌てて私から剣を引ったくると、冷や汗をかきながら確認作業をしている。
「まだ、どの程度の容量か見る程度の仮付与なのにー。」
「ちょっと頑丈にするだけって言ったじゃない!」
「……やるとなったら、多少は拘りたい乙女心。」
「そんな乙女心は、今すぐ肥溜にでも捨ててしまえ!」
良かれと思ってやったのに、なんか怒ってる……。
普通は強ければ強いほど喜ぶと思ったのになぁ。
「私が扱えないような魔剣にされたら、また、お小遣い貯めなきゃいけなくなるじゃないー!」
「扱えない?」
「魔剣て言うのは、使用者の魔力を吸って効果を発動するでしょ!?私程度の魔力じゃ、こんなもの使えないじゃ無い!」
「ま、魔力を殆ど流さなきゃ、損傷無効くらいしか発動しないって!いくら弱いとは言え、人間が垂れ流してる程度の魔力で良いから!」
「そんな訳あるかー!魔剣て言うのは、不相応なものを扱うと、使用者にもリスクがあるんだからね!?」
「じゃあ、試せば良いじゃ無い。」
私は、訓練用のカカシを指差す。
人間用なんだから、そんなに莫大な魔力が必要なようには作ってないし、そもそも魔力増幅のために宝石を媒介として魔石にして埋め込んでいるし。
「振るたびに魔力を持っていかれて、疲労で倒れるような剣は、嫌だからね!」
そう言ってカカシに向かって一閃。
おそらく訓練用に強化魔法がかけられているであろうカカシは、何の抵抗もなく、魔剣を受け入れると、そのまま真っ二つになりゆっくりと上半分が滑り落ちた。
「……。」
「うーん、やっぱり切れ味の強化だけじゃ、派手さに欠けるわね。損傷なんて無視して爆発か雷とか付ける?毒はあんまり好きじゃ無いし、氷系は地味よね。」
「……あははは。もう、やめて……。」
剣を振り抜いたまま固まっているアイリーン。
なぜかその目には涙がたまり、体は微妙に震えていた。
まさか、本当に使用者に負荷を与えてしまったのか!?
そうだとすれば、人生初の大失敗だ。
「だ、大丈夫!?今、治癒するから!」
「……違う。」
呟いて、一呼吸。
震えを確認するかのように片手を剣から離し、握ったり開いたりしたのち。
「何よこれ!魔力なんて殆ど吸われてないのになんか色々発動してるし!損傷しない上に使用者を癒す魔剣とか、国宝レベルでしょうよ!そもそも、一瞬で魔剣!?お手軽ティータイムのついでとかで作れる代物じゃ無いでしょ!!回復薬製造するだけで無害とか言ったの誰よ!規格外なんて言葉で済ませて良いものじゃ無いわ!こんな子、野放しにしちゃダメでしょ!お父さんたちは何をやってるのよ!世界が滅ぶわ!世界の情勢が全て書き変わるわ!」
なんか吠え始めた。
キンキンした声が耳に響いて聞き取りづらい。
「そんなに万能じゃ無いって。あくまで魔力増幅だから、使い過ぎると流石に疲れるかも。」
「使い過ぎると!?普通は一回振ったら、全部吸い取られて寝込むレベルの付与がされてるから問題なのよ!」
あ、なんか、逃げてきたのに、またお説教……。
勇者の娘なら、普通の人間よりは強いだろうし、ちょっと剣を強化して、手合わせの相手してもらおうと思っただけなのに……。
「あの、それで、手合わせは?」
「……はぁ。」
上目遣いで尋ねてみると、大きなため息をつかれた。
全力で呆れた上、色々考えているようにも見える。
目を閉じてしばらく間を開けた上で、
「いいわ、ただし、庭が壊れないように訓練場の方にいきましょう。」
自宅謹慎状態だと、執筆が進むのかと思いきや、暇を持て余した子供たちの世話にてんてこ舞いしております。
色々大変なことになっていますが、皆さまお体に気をつけてお過ごしください。