聖女様の謹慎生活
今回は少し短めです。
過去の聖女で、これほどの扱いを受けた人がいただろうが。
本来、華やかに飾られ、人前で羨望と尊敬の目にさらされ、優越感に浸りつつ生きて行くのが聖女ではないのか。
まさか、毎日説教漬けで部屋に閉じ込められ、説教以外、たまに侍女が世話をしに来る以外は一人ぼっち。少量のポーションを作るだけの日々。
うん、つまらん。
しかしながら、何度侍女に掛け合っても、帝国に目をつけられて連れ去られでもしたら非常に厄介だから、などといわれ、出してもらえないのだ。
捕まったとしても、国を破壊したり、皆殺しにして帰ってくると言ってみたのだが、本当にやったら大戦争になるとメチャメチャ怒られたし。
い、いや、流石にやらないよ?
そんなことしたら、魔族と人間の和平なんて宇宙のチリになってしまう。
もう、何度も繰り返した考えを振り払い、今日は少し手間のかかるポーションを作って遊ぶことにした。
活力ポーションと呼ばれる、緑色の薬品は、体を活性化し、基本的な運動能力が上がる。これは薬草から汁を煮出すだけの簡単作業。
基本は魔力を込めず、薬草の効能的なものである。
ただ、私たちは水を沸騰させるのに魔力を使うため、わずかに回復効果の足された元気になる薬、という感じのものができるのだが。
時の賢者が栄養ドリンクとか呼んだとか呼んでないとか。
噂によるとクラーケンのエキスを足すと効果が飛躍的にアップするらしいが、そこまでする必要はない。
そこに、意識をして少し魔力を加えて混ぜると、紫色。
魔力を帯びて体を活性化する力が上がり、疲れが吹っ飛び、更に筋力のアップになる。ただ、切れるとどっと疲れが来るのだとか。
クセになる人も多いので、一日の使用量を守らないと、自警団や騎士団に捕縛されるそうな。
時の賢者曰く、ドーピング剤らしい。
タバコとかアルコールの依存みたいなものだろうか。
それに更に魔力を増やして行くと成分が変わり、赤い下位の回復薬となる。
活性化の力が治癒の方に回るので、筋力が上がったり、依存したりすることはないそうだ。
さて。今回私が今回作るのは、その緑のポーション、紫のポーション、そして特殊な青いポーションと水色のポーションである。
この青と水色に関しては、そもそも、回復薬とは使う薬草が違うのと、作り方も少し違う。
薬草を数種類混ぜたり、すりつぶしたり、煮詰めたり。
なんか黒焼きの蜥蜴の粉とかもいる。
そうやってできるのは水色のポーション。
これは、主に解毒の作用があり、毒を消すほか、石化や麻痺を緩和したりもする。
その水色のポーションに魔力を加えると青く濃い色になり、魔力を吸収して留める。
これを飲むと、枯渇した魔力を戻すことのできる魔力回復ポーションができるのだ。
そんなこんなで、今机の上にはカラフルな瓶が……並んでませんね。
煮詰める段階で全部に魔力が通ってしまい、机の上にあるのは透明の上位回復薬と濃い青をした魔力回復ポーションのみである。
「なぜだぁぁあ!」
魔力操作が苦手なのは分かっていたが、ここまでうまくいかないとは思わなかった。
緑とか紫なんて、見えもしなかったぞ?もう、最初からずっと透明じゃね?
つか、水色になる前に青黒くなったよ!?
怖い。
魔力量が怖い。
そもそも、こんな事を始めたのは、精霊女王に言われた言葉が原因だったりする。
『普通の聖女はあんたの1/100くらいの力しかないものだからね!』
まさか、今までも魔王を苦戦させてきた聖女がそんなに弱いとは思わなかったのだ。
話を聞くと、あくまで戦うのは勇者たちであり、聖女はその補助で、守られながら金色の魔力を用いて治癒をしたり、魔族や魔王を弱化させるのが仕事だったとか。
聖女って戦わないのかよ。
攻撃魔法も使えたらしいが、あくまで普通の人よりも使えるというだけで、例の大聖女以外は殆ど戦いの場に出てこなかったのだそう。
逆に大聖女はかなりの魔力があり、攻撃魔法も使えたので、古竜や妖精を壊滅に追い込むほどの無茶と無双を繰り返していたそうだが。
そんな聖女が居たなら、私だってやりたい!と思ったが、戦争の火種になりかねないとのことで、却下された。
大聖女カムラの時でさえ、その力を手に入れようと大きな戦争が起きまくったらしいし。
私の目的は和平であって、戦争を起こすことではない。
仕方なく謹慎してるのだが。
その最中、あまりにも暇なら、その腐るほどある魔力を少しでも制御できるようになりなさい!と言われたので、こうやって繊細な魔力操作を練習しているのだが。
指先でアリを、潰さないように逃さないように、摘むのはものすごく難しい。
それと同じように、魔力を流さないとお湯も作れないのに、流すと一瞬で最上級が出来てしまう。
ただでさえ、羽を隠すことに魔力と意識を割いていて……
羽?
羽を隠していると、1/10くらいの魔力になるはず。
まさか、その状態で、1/100に抑えろって言われた訳じゃないよね?
しかし、まさかまさかまさか、そうすると、使っていい魔力は1/1000?
……まさかね!
精霊女王だもの、そのくらいは考えた上でアドバイスくれてるよね、うん。
大丈夫、大丈夫。
チラッと頭をよぎった可能性について、とりあえず考えるのをやめた。
作りかけていたポーション制作に戻る。
多少の動揺で200本ほどの上級回復薬と、250本の魔力回復薬が出来上がったが、気にする事はない。
ここまでやって、緑は0本、紫が2本、水色が1本であるのも仕方ない。
出来ただけよしとしよう。
退屈すぎてストレスが溜まっているのがよくないんだ。
剣だけの勝負なら、勇者なら何とかなるだろう。
一度、ラルフかトルゲに手合わせでもしてもらおう。
……シンディは怖いから無理。
魔力抜きで戦って勝てる気がしないもん。
いつか、魔力を全力で放てる相手と遊んでみたいなぁ。
私の相手をできるのは、父様か弟のエミールくらいだが、父様は私の魔力を受けると、死なないけどヘナチョコになってしまうし、逆に弟は強化されてしまうので勝負にならない。
精霊女王も、妖精王も戦うとなると難しい。確かに強いのだが、やはり彼らも戦闘向きではないのだ。
特に妖精王は聖剣に憑依しているので、私の魔法攻撃が効くとは思えない。
だからと言ってその辺に放って仕舞えば、一国どころか国の周りの小さな村や森もまとめて消炭になってしまうだろう。
使うこともできない、何の役にも立たない破壊の力。
魔神はつまらなかっただろうな。
主神の癒しや守りの力は使えば使うほどに褒め称えられ、崇められ、感謝されるのに、使うと破壊しかもたらさず、嫌われるだけの力か。
ん?
私、聖女なんだよ?
褒め称えられる方の力を持ってるじゃないか。
なぜこんなところで謹慎させられているんだ。
人の役に立って、喜ばれれば、私はそれだけで聖女としての価値があるはず!
魔族だって破壊するだけじゃない、愛して愛されて愛し合って、慈しんで守って、人と同じように暮らしている。
なぜ魔族というだけで忌み嫌われて、破壊と殺戮の化身みたいに言われなくてはならないのか。
そう。
そうよ。
種族なんてやっぱり関係ないんだから。
血が嫌いなサキュバスだって、内気で潔癖なインキュバスだっているんだし。
好き嫌いが激しくて、草を溶かすことしかしないスライムもいる。
人間は何でも決めつけるからよくないのだ。
この国は幸い魔族に対しては比較的寛容だし、少しくらい出歩いたって平気だよね?
そもそも、見た目だって、フローラが聖女って扱いなんだし。
私は侍女って設定だし?
なんだ。
私が軟禁されなきゃいけない理由なんて無いじゃん。
そうと決まれば早速……
私は、作った回復薬を収納に片付けた後、なるべく質素な服に着替え、部屋の片隅にあった飾りらしき人形を手に取る。
可愛らしい女の子で、お姫様のような人形だ。
「うふふー。私の身代わり。」
人形に聖女の魔力を流す。
すると、みるみるうちに私と同じくらいのサイズまで大きくなった。椅子に座らせると、さらに魔力を注ぐ。
どんどんと私に似てくるのが、相変わらず面白い。
ん?まて。
私ってこんなに人相悪いのかな?
目つき悪すぎだろ。
鏡で見るのとは違い、生身で見ると自分の体のゴツさや目つきがやけに気になる。
……これなら、誰も聖女だなんて思わないわよね!
開き直りつつ、頭からコートのフードをすっぽりかぶると、仕上げに人形に私の髪を一本乗せて再び魔力を流した。
紙が消えると同時に、硬く閉ざされていた目がゆっくりと開く。
「私の代わり、よろしくねー!」
「はい、マスター。」
簡易魔道具、身代わりちゃんの完成である。
え?聖女の力を無駄にしてるだって?
こ、これも魔力操作の練習の一環だからね!
誰にでもなく言い訳しながら、そっと窓を開けて飛び出す。
気持ちの良い落下の感覚と、久しぶりに感じる風。
窓越しでない風は本当に気持ちがいい。
ちなみに窓に鍵はついていたんだけどね?
引っ張ったらポロって取れたから問題ないよね?
「さーて、街に行ってみよーっと。」
きれいに整えられた芝生に着地すると、伸びをひとつ。
すると、木陰からぴょこりと顔がひとつ。
こちらを向いていた。
「ん?」
「……ん?」
「あ、脱走。」
外出自粛って、言われるとなかなか大変ですね。
聖女様には無理だったようです。
皆様も、お体にはくれぐれも気をつけてください。