宴もたけなわ
悪阻や腰痛などの妊娠に関わる体調不良が続いており、10日に一度くらいの更新に落ち込んでおります……すみません。
「そんな、バカな……?」
ラルフは、召喚されたそれを見て、口を閉じることも忘れて固まっていた。
なぜか、召喚したゼルも一瞬、訳が分からない顔でそれを見る。
ただ一人、さっきラルフに召喚された魔王だけは顔面蒼白で小刻みに震えていた。
「何で、父様が二人!?」
そう、召喚の光が消えたのち、そこに現れたのはどこからどう見ても魔王その人だった。
違うところといえば、魔王ほどの威圧感がなく、魔力も弱い。
寧ろ、聖女に近いような神聖な気を纏っている。
が、孕んでいる怒気は最初の魔王とは桁違いである。
そう、最初の魔王の血色を悪くするほどの怒気。
そして、ゼルの言った魔王よりも強いその人。
一瞬びっくりはしたが、ゼルも流石に気付いたようだ。
正しくは、魔王が逆らえない唯一無二とも言えるそのひと。
あ、これ、魔王死んだな。
二人目の魔王は、ツカツカと一人目の魔王に歩み寄るとその頬に痛烈な一撃を浴びせた。
「勝手に城を出るなと、何度言ったらわかるのですか!いくら娘に会いたくとも、貴方はあなたの仕事があるでしょう!それに、何より、ズルイですわ!」
「ご、ごめんなさい……。」
見た目的には、魔王が魔王に殴られてるのだが。
どう見てもこれはただの……。
「……魔法消去」
私がボソリと呟くと、片方の魔王が光に包まれ、その姿を変えた。
顔の半分を仮面で隠した美しいブロンドの女性。
「母様、ご無沙汰しております。」
「あら、ティーナちゃん!元気にしてた?」
縮こまりながらペシペシと殴られ続けている父様が哀れだったので、仕方なく助け舟を出したのだが。
ゼルのやつ、なんてものを呼び出してくれているのだ。
普通、人間を召喚することなど出来はしない、というのはあくまで普通の話であって、人間を召喚することは不可能ではない。
例外として存在するのが天使や神の存在だ。
彼らの力を使えば、特殊な例ではあるものの、人間を召喚することも可能だとされている。
そしてそれを実証した、ゼル。
本物のアホである。
もしかしてこう見えて、相当酔っているのではなかろうか。
「何で母様が父様の振りを?」
「だって、最近すぐに何処かに出かけたり召喚されたりするじゃない?だから、念のため見た目だけでも身代わりをやってみようかと、実験していた最中だったのよ。」
魔王不在が前提って。
どんな魔王城だよ。
「エミールに頼むには、少し身長とかあと、いくら何でも勇者の気を纏っていたらバレちゃうじゃない?だから私が、と思ったんだけど、私も聖母の立場上聖女に近い気を纏ってるみたいで無理があったわね。」
あっけらかんと笑っているが、その計画が破綻しまくっているのは最初から気づいても良さそうなものだが。
どうせならロベルトに頼めばいいのに、とも思ったが、あの人もなんだかんだでゼルに召喚されることがあるしなぁ。
うーん。魔王城も人手不足だ。
「って、そう言えば、現状最高クラスの戦力不在なんだけど。魔王城大丈夫?」
「うふふー。大丈夫よ。だってよく見たらここに全色の勇者がいるし。魔王城にたどり着けそうな人他にいないじゃない。」
「全色?」
顔を顰めるのは勇者たち。
そりゃそうだ。そんなはずはない。
この場には30代の勇者が居ないのだから。
「あら?今確かに青もいた気がしたのだけれど。」
首を傾げる母。
さすがは聖母、鋭いというか何というか。
「気のせいだったかしらね。ごめんなさい。」
苦笑する。
「流石に帝国の勇者はこんなところにはこねぇよ。」
「そうさね。あの大馬鹿者は、帝国で担ぎ上げられて有頂天だ。そろそろまた攻め込むと言っていたが、大丈夫なのかい?」
「はははっ。勇者たちに心配してもらえるとは、なんとも可笑しな事よの。」
嬉しそうに笑う父。
祖父の代にはなし得なかった人との和解の道を突き進んだ結果は、決して無駄ではないのだろう。
しかし、これほどに人類の上位勢力が魔王と共に集まり尽くしているというのに、相変わらず魔族は駆逐され、亜人は差別され、獣人は虐げられている。
なぜそんな事態が起きるのだろう。
はっきりわかるのは、魔王の敵は、勇者ではないという事だ。
「まぁ、すぐに帰りますから大丈夫ですよ。」
凍りついた笑みで答えたのは、母のシルフィーヌだ。
その横で父様はプルプルと小さくなっている。
「少しだけ宴会に参加していっちゃダメかの?」
名残惜しそうに高価な酒瓶を見つめる父。
「ダメです。ゼルもロベルトもエミールもいない状況で私までいなくなってるんですから、おそらくお城の中は大パニックですよ。」
魔王どころか側近すらもほとんどいない魔王城か……。
我が家ながら情けなくて涙が出るわ。
「今は、インキュバスのレインが身代わりやってくれてるんですからね。」
……そんなバレバレな身代わりシステム必要なのかな?
微妙な気もするが、正直帝国の勇者程度なら、インキュバス族長のレインに勝てるとは思えない。
「げ、レイン!?俺、あいつ苦手……。しばらくは魔王討伐行きたくなくて引き篭もったくらいだし。」
「可愛い勇者くーん、って、追い回されてたもんね……」
全力で嫌そうなのはトルゲだ。
レインは、インキュバスとは言え両刀だからなぁ。トルゲに思い出したくない何かがあっても仕方ないだろう。
「……俺、好みじゃないって言われたな。」
「おや、あたしは結構口説かれたもんよ?」
ラルフとシンディはなんとなく懐かしそうに目を細めた。
「でも、あんなやつ代わりに置いて大丈夫なのかい?部下だけならまだしも、帝国の勇者たちが魔王に手をつけられたなんて話になったら、大惨事だと思うんだけどね。」
「……よし、そろそろ帰ろうか。」
顔色を悪くしながら魔王が言った。
そりゃまぁ、男色の魔王とか広まるのは不本意だろう。分かっててレインを影武者にしたんだろうな、母様。
「じゃあ、またね、エミール、ティーナ。エミールは、早めに帰ってくるのよ。」
魔王の腕をがっしりと掴んでにこやかに手を振る母。
名残惜しそうにこっちを見ている父。
帰るときは、召喚の時にできた道をなぞる事で帰るらしいが、イマイチ召喚のシステムもわかっていない。
本来なら、時間切れで数時間で帰るはずだが、エミールなんてずっとこっちにいるし。
そう思っていると、当然のように前に出てきたのは竜帝王のジジイだ。
なるほど、彼が転移の手助けをするのか。
そういえば、魔法陣にも最近改良が加えられたのかな?
ふと、私が持つ魔王の召喚陣を改めて眺めてみると。
「あれ?これって。」
見たこともない文字が魔法陣に書き足されている。
「おお、よく気づいたやないか。そう、それ、古竜式改良版や。ラルフが持ってたのは流石に古いやつやから呼ぶだけやけどな、これは二枚セットで一度使うと好きなタイミングで反対側に帰れるで。要は通路を作ってるって事やな。」
ふーん、と、何気なく聞いていたが、なんで竜帝王と魔王がそんなに親しいのかなぁ。
考えている間に、父様と母様の姿は光に包まれ消えていった。
それを見送った後。
「これは、引き分け?」
「いや、僕の勝ちでしょう?」
「でも、負けたというのも違う気がするんだが。」
「でも、魔王様よりも強いですよ。」
「うーん、夫婦喧嘩は犬も食わないって言うからなー。」
のんびりとそんな事を話しているゼルとラルフと竜帝王。
しかし。なんだかゼルがおかしい。
いくらなんでも、普通に酒に酔っただけで、勇者と召喚勝負するとは思えない。
全力で強い酒を煽っていたラルフはまだしも、ゼルは果実酒や焼酎をジュースで割ったモノをちびちびと飲んでいたはず。
もしかして。
そう思い、ゼルが飲みかけていたオレンジの果汁酒の匂いを嗅ぎ、一口。
「あー、口当たりが良くなるように、リンゴが入ってるのね。これはダメだわ。」
ゼルの一族は、リンゴを摂取すると、酔う。
一説では、リンゴが神の禁忌であるが故に、その眷属もリンゴに過剰反応する、といわれているが本当かどうかはわからない。
とにかく、ゼルもロベルトも、リンゴを食べると酔っぱらうのだ。しかも、酒だけの時よりも相当……悪酔い。
「しかし、人間を召喚するとは、やるな!」
「あなたも、魔王様を召喚するなど、命知らずですね。」
なんか再び不敵な笑みで笑い合っているが、こいつらを野放しにしてはダメだ。
何をやるかわからん。
「ほら、ゼルそろそろおしまいにしなさい。」
「ラルフも、その辺でやめときな。」
私がゼルに声をかけると、シンディがラルフの肩に手を置いて笑いかけた。
「さぁ、そろそろみんなもどさくさに紛れて真面目な話でもしよやないか。」
それに合わせて、竜帝王が声を上げた。
「自己紹介もあらかた済んだかな?情報が化石のトルゲも、勇者と聖女の把握はできたか?」
「あはは、面白いこと言うな、竜のじーちゃん。」
「ちょっとトルゲ、あんた馬鹿にされてるのよ!」
「あ、そうなのか?」
相変わらずマイペースなトルゲと、忙しそうに色々な人の間を駆け回って話している精霊女王。
そこに。
「おい、そろそろ我にも挨拶をせぬか?」
なんか出た。
アレクシスの横に立つのは、嫌味ほどに整った顔の男性。
とはいえ、偉そうに踏ん反り返っているだけで、そこまで威厳はない。
「きゃああああ!出た!トルゲ!粉砕して!今ならまだ間に合うわ!」
「ちょ、俺の剣だから!俺の聖剣、粉砕されたら困るから!」
「おい。久しぶりにあったと言うのに、ひどい言われようだな。」
悲鳴を上げる精霊女王と、いきなりの事にパニックのアレクシス。
妖精王と精霊女王か。
確かに多少の因縁があってもおかしくないとは思うが……。
と、空気を読まない妖精王が投下した爆弾。
「昔は、お兄ちゃんのお嫁さんになるなんて言ってよく付き纏っては泣いていたのにな。」
「イヤァァァア!!黒歴史!!!」
トルゲが手を出してくれないとわかり、泣きながら悲鳴を上げ、妖精王に掴みかかる精霊女王。
仲が悪そうな気はしたが、そっち!?
黒歴史すぎて、木っ端微塵にしたいやつ!?
「ほれ、お前らも幼なじみの戯れはその辺にしとき。」
「違うもん違うもん!」
涙目の精霊女王。
トルゲが老化していないのは、おそらく彼女の力なのだろう。精霊女王の寵愛を受けた勇者か。
トルゲ自身は、シンディよりも弱いと聞いたが、彼女の力を合わせれば、父様もそこそこ苦戦した事だろう。
まぁまぁ、となだめながら、人の良さそうな笑みを浮かべながら竜帝王は話し始めた。
「今日は悪かったな、急に呼び寄せて。だが、ここ最近の帝国の動きが異質でな。向こうが動き出す前に、勇者たちに聖女の存在や、魔王の立場を明確にしておこうと思ったんや。」
「1人呼んでないのはわざとだよね?」
「あー、アイツは何度か接触を試みたが無理やった。許してや。と言うかあの帝国の勇者の代わりはおるしな。」
「代わり?」
顔を顰める精霊女王に、アレクシスを指差す竜帝王。
「アイツ、青の勇者の片割れを待っとる。場合によっては、青の勇者になり変わる可能性が高い。」
「は!?」
突然指名されて困惑しているアレクシスだが。
とりあえず王子らしく、柔らかな笑みで会釈した。
「えーっと、俺もよくわかってないけど、そうらしいです。」
「これも、帝国の巫女姫にとっては相当の痛手なはずや。しかも、聖女は魔王側にいるおかげで帝国に把握されていない。これは、チャンスなんや。だからこそ、魔王に敵意を持ってないあんたらには知っておいてもらいたい。」
そう言って、竜帝王は笑った。
体調の良い時を見繕いながら少しずつ更新していきたいと思いますので、お付き合いの方よろしくお願いいたします。