聖女は出発の準備をする
出発前夜です。
そして翌日のこと。
昨日のメンバーが揃う中で、父様に連れられ、一人の男が入ってきた。
「初めまして、王女様。私はラードルフと言います。以後お見知り置きを。」
現れたのは、四十代くらいの、白髪が混じり始めた男性だった。人当たりの良さそうな笑顔だが、隙のない身のこなしで、優雅に挨拶する様子を見ると、素人ではないなと思う。ツノもなく羽もない。
「初めまして、私はティーナといいます。」
挨拶をして、じっくりとその姿を見る。うーん、イケメンではないなー。残念。
と、思った瞬間、後ろから小さな女の子が飛び出してきた。
「これが王女様なの?なんかイメージと違うの。」
「これ、ハンナ!」
くりっとした茶色の目、異国風の衣装に身を包んでおり、どこか不思議な雰囲気のある娘だ。首を動かすたびに、同じく明るい茶色のツインテールがピョコピョコ揺れる。エミールより少し下だろうか。整った顔立ちと幼さが相まってとても可愛い。
こちらも、ツノもなく羽もないようだ。
「すみません、娘のハンナです。今回、どうしても付いて行くと言って聞かなくて。」
「おとーちゃんは頼りないの。だから、私が守ってあげないとダメなの。」
「わかるわ、その気持ち。」
うん、どこの家も父親の威厳は無いものなのね。何と無く親近感のある台詞に、ついつい笑ってしまう。
「私は、入国までのサポートをさせて頂きます。」
ラードルフは、丁寧な口調で話し始める。
「ここから一番近い人間の国は二つあります。片方はミルド王国。人の軍が攻めてくる時の拠点になっている町ですね。もう一つは、規模は小さいですが、商業の街として栄えているナルノバ王国。私は、ナルノバ王国に籍を置いています。瘴気の森で薬草などを集めて売ったり境界付近の魔物を倒したりして生計を立てています。」
そう言って見せてくれたのは、ギルド会員証。Aランクと書かれているがそのランクがどの程度のものなのかはよく分からない。
しかし、やっぱりこの男、人間だよね。
一応、この森にも人間や人間の血を引く者が多く住む集落はあると聞いていたけど。
そこの人なのかな?だとするとハンナちゃんも人間だろうが、この歳で旅に同行を許可するところを見ると、多少の混血ではありそうだ。
「ここの街は、森側の奥にスラム街がありまして、戸籍のない子供も多くいます。ですので、まずはここに紛れていただこうと思います。」
「ふむ。なるほど、いきなり正面から入るより、その方が揉め事もなく行けそうね。」
つい口を滑らせてしまう。
「やっぱり姉様は考えが足りないね。揉め事起こして力任せで行くつもりだったとか。怖すぎるんだけど。」
「さ、流石にそんなことしないって!」
心底蔑んだ目で見てくるエミール。
まぁ、考えてなかったのは確かだけど……。
「場合によっては、魔族と人間の争いの火種になることもあります。なので、なるべく目立たぬよう、騒ぎを起こさぬようにお願いします。」
「分かったわ!」
「分かってなさそうなのが、怖いの」
エミールだけでなく、同じく微妙な表情で見てくるハルナ。この子、この歳で毒舌となると、なかなか将来有望ね。
「では、明日。朝から出発し、夕刻にはナルノバ王国に着くでしょう。暗くなった頃に、私は正門付近でちょっとした騒ぎを起こしますので、その隙にスラム側の塀を飛び越えて入ってください。」
こうして話し合いを終え、私たちは明日の出発に備えたのだった。
因みに、父様は、余計なことを言わないように母様に見張られていたため、口を挟まなかったが、本当はずっと中止にする方法を考えていたのだと思う。
たまに何か思いついたように口を開きかけ、笑顔の母様を見て、やめる、というのを繰り返していたから。
◆◆◆
コンコンと、部屋のドアがノックされた。
「どうぞ?」
今更、父様が何かを言いにきたのかと身構えたが、どうやら違ったようだ。そこに立っていたのは、赤髪の少年だった。
「どうしたの?エミール。今更反対したって聞かないんだからね!」
先手を打ってみたが、どうやら止めるつもりはなさそうだ。
「なんだかんだ、姉様って間抜けだからね。取れる限りの安全策は取っておいた方が後悔は少ないと思って。」
小さな黒い羽を一枚と、なにやらお守りのようなものを渡してきた。
「これって……」
羽の方は見覚えがあるから知っている。産まれてすぐのエミールが握りしめていた羽だ。そこに私が聖女の力を込めてしまったばっかりに、なんとこの羽、聖剣になってしまったという、驚きの代物である。
父上は、その時の話を『魔族側に勇者が生まれた事なんて聞いたこともないからの、聖剣のシステムとか知らなかったんじゃもん。』と、言っていたが。
どうやら、後で調べたところによると、聖女が魔力を込めた武器に勇者の魔力を混ぜ込む事で聖剣となり、
あとは使い込むほど強くなっていくのだとか。
だからと言って、まさかこんな小さな羽が聖剣になるとは誰も思わなかったわけだけど。
「聖剣て、勇者が使うものと思われがちだけど、聖女も使えるからね。」
「とは言っても、この小さな羽で?」
「危機感足りないね。どこで捕まるかどこでなにがあるかわからないんだ。武器に見えない武器はあるに越したことはないでしょ。」
そう言って、ネックレス状に加工してあるその羽を私の首にかけた。
「その羽は、勇者か聖女が魔力を込めた時だけナイフがわりに使える。普段はただの羽だから、誰も警戒しないし、なんていっても魔王の息子の羽だからね、頑丈さには自信あるよ。」
そう言うところにも気が回るから、この子は凄いんだろうなぁ。
我が弟ながら感心する。これで魔王を継いでくれれば安泰なんだけど、勇者が魔王になるってどうなんだろう。
「あと、こっちはもっと凄いんだー。」
ニヤニヤして渡してくるお守りの袋。
受け取ってまじまじと見るが、普通のお守りにしか見えない。中には、紙が入っているようだ。
「召喚魔法陣が入ってるんだ。」
……あまりにも、アッサリと彼は留守番を買って出た。おかしいと思ったのだ。
いくら両親が心配とはいえ、100年以上も無敗を誇る魔王を守るために残るなんて。
うまく私を利用して自分も息抜きに行こうと言う魂胆だったとは。
「一応聞いておくけど、何が出てくるの?」
「ボク。」
ですよね。
「召喚者と契約するわけでもないし、多分、呼び出されても半日程度で強制送還されるだろうから、ピンチになったら気軽に使ってみて。」
魔王に次ぐ力を持ち、魔王のように聖剣や聖女の力で弱体化するでもない最強クラスの魔族を召喚する魔法陣。
怖すぎる。気軽に使うどころか、なるべく使わずに済ませたい。
「ありがたく受け取っておくわ。」
「ピンチじゃなくても、美味しいものとか楽しいものがあるところで使ってくれてもいいからね。」
そう言い残して、エミールは去って行った。
まったく、父様の過保護な血を継いでるんだから。
そう思いながらお守りをそっと服の中に忍ばせた。
因みに、1時間後、同じようにお守りを持った父様が現れ、ピンチになったら使うように、と、魔法陣入りのお守りを押し付けて行ったのは、言うまでもない。
こんなめちゃくちゃな手段で守る事を考えているからこそ、この旅に強く反対しなかったんだろうな。
そんな訳で、この世のナンバーワン、ツーとも言える実力者を召喚出来るアイテムを持った魔王の娘は、明日の出発に備えて、眠りにつくのだった。
多分今頃、ゼルは死んだような目で過ごしている事でしょう。
なんとか今日中に更新できて良かったです。
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