神はタネを撒く
シルフィーヌの過去と、
弟のエミールが生まれた頃のお話です。
とある天使は聖女の因子を与える聖母となる娘を探していた。
娘の生い立ちが不幸であるほど、力の強い聖女が生まれる。金持ちであろうが、貧乏であろうが、なんだって構わないと言われていた。
母体の不幸を養分にして育ち、全てを浄化して生まれてくる。そのおかげで、聖女の母は子供を産むと同時に不幸から解放されるのだ。
逆に、勇者の因子は幸せな娘を母にするとより強い勇者が生まれるという。
そっちに関しては、勇者が幸せを養分にして生まれたからと言って、母が不幸になるわけでもないが。
と、貧しい家に、貧しそうな娘を見つけた。夫も事故で早死にする予定、毎日の食事にも苦労する。この娘も、長くは生きない。
「うん、このくらい不幸そうなら十分ね」
神から預かって来た聖女の因子を娘の体にそっと入れた。普通なら、適合した証としての光が見えるはずなのだが、おかしい。
「ん?どうなってるの?」
よくよく見ると、お腹のあたりがうっすらと光っていた。
「げ、妊娠してたの!?」
すでに体内に子供がいる場合、因子は親の体には馴染まず、胎内の子供へと移る。
もちろん、不幸を浄化してもらえないので、彼女の運命は変わらず、不幸なままだ。
それに関しては、元々の彼女の運命なので仕方ないが。
「うーん、胎内の子、女の子だよね……?」
目を細めてみるが、胎児が小さすぎてよく見えない。
男の子の場合は、うまく適合できず、その長子に因子が受け継がれていってしまう。
『聖女』自体は男だろうが女だろうが実は構わないのだが、聖母は不幸を集める都合上、女でないと意味をなさず、代を重ねればいつかは生まれるだろうが、あまり先になってしまうのは好ましくない。
「不幸な運命の女の子でありますように。」
神の使いらしからぬセリフを残し、彼女はその場を後にした。
◆◆◆
「幸せそうな娘はどこかなーっと。」
数年後、とある天使は勇者の因子を与える母体を探していた。
姉様は、聖女の因子を妊婦に与えてしまったらしく神に大目玉を食らっていた。
おかげで、聖女が産まれるのが15年は遅くなりそうだとか言っていたけど、まぁ聖女が産まれるのは200年ほどの周期なので、誤差の範囲内だとは思う。
天使の目で見ると、大体の運命がわかる。
詳細まではわからないが、幸せな運命か、不幸な運命か、大まかに見ることができれば十分だ。
目の前にいる女の子は、どうやら幸せになりそうだった。今でこそ多少不幸な生活をしているが、なぜだか突然幸せになるらしい。
心の底から、幸せを感じられる最高の人生を送るようだ。
「この子にきーめた!」
因子を入れると、体に馴染み、うっすらと体が光る。
「さすがに、10歳にも満たない子供なら、姉様みたいな失敗はしないもんね!」
天使は、仕事を終えて意気揚々と帰っていった。
◆◆◆
本当に、この時間は長すぎる。
一人目の時もそうだが、痛みに苦しむ妻の声は、何度聞いても慣れるものではない。
特に、一度目があまりにショッキングすぎて、正直トラウマだ。
今回は、妻が産気づいた瞬間に失神してしまい、さっさと追い出されている。
「いても邪魔ですので、自室でお待ちください。」
「仮にも、魔王じゃよ?部下が魔王に向かって邪魔って言うもんかの?」
少し拗ねてみたが、父親がそばにいたところで役に立たないのは分かっている。
いや、まぁ、役に立たないどころか、ガタイのいいおっさんが、病室で何度も失神したら邪魔でしかないのは分かるが。
「今回は、聖女様がいらっしゃいますので、心配は無用です。奥様も、お子様も、全く心配はいりません。」
そういって、ロベルトは処置室へと入っていった。入口の前では、ゼルの手を握りしめて震えているティーナがいる。
マイエンジェルの手を握るだなんて、幸せな奴め。ほんとはワシが抱きしめてやりたいところじゃが、さっきティーナの目の前で失神した手前、あまり出しゃばることはできない。
ゼルは、何かあった時に、ティーナを連れて処置室に駆け込む役目がある。いつでも、聖女の黄金の魔力を出せるようにリラックスさせなくてはならない。
「ゼル、娘たちをよろしく頼む。」
「はい、魔王様。」
「ティーナ。母様を守ってやってくれな。」
「はい、父様。」
そうしてワシは、再び失神する前に自室へと戻ったのである。
それから1時間後、バタバタと聞こえる足音。
ついにその時がきた。
「魔王様!産まれました!」
あの時とは違い、部下の笑顔が目に飛び込んできた。
ああ、無事だったのだ。無事に産まれたのだ。
「今、処置が終わりましたらシルフィーヌ様と一緒に寝室の方へとお連れいたします。」
ワシは、スキップしたい衝動を抑えながら、先に寝室へと向かった。
そわそわして待つこと30分。
侍女に抱きかかえられたシルフィーヌが先に部屋へとやってきた。
獣人の血が入った侍女は軽々とシルフィーヌを抱いており、そっとベッドに横たえる。続いてロベルトが、白い布にくるまれた赤子を抱いて入ってくる。
「どうしたのじゃ?」
が、彼はどうにも浮かない顔をしていた。
まさか赤子に何か!?と、焦るが、もぞもぞと動いているのが見えてほっとする。そもそも、危ない状態ならティーナたちが来ていないのはおかしい。
彼の様子に、シルフィーヌも違和感を覚えたのか、首をかしげている。
「あ、いえ、お子様は五体満足、健康状態も良好で、奥様も無事に出産を終えることができましたが。」
ロベルトは、慌てて言った。
「が?」
彼の様子に一抹の不安を覚えたワシは、不安になって聞き返す。シルフィーヌも心配そうにこちらを見ていた。視線を一手に集めたロベルトは、言いにくそうに口を開く。
「……そのですね、一瞬右腕の甲に変な模様が見えた気がするんですよね。」
模様?
そういわれて、ティーナの額の模様を思い出す。力を使うときにうっすらと浮かび上がる聖女の紋章。特殊な魔法をかけ、前髪で隠すことによって今は見えないようにしているが、おそらく今でも聖女の魔法を使うたびに光っているのだろう。
今まで、聖女が二人いたなどという話は聞いたことがないし、流石にそんな馬鹿なことはないだろう。
「まさか、この子も聖女だというのか?」
ワシは、笑いながらその子を受け取った。玉のように可愛い。ティーナに負けず劣らずの天使っぷり。小さな手を伸ばしワシの頬にその手が触れた。その瞬間静電気でも走ったのか、一瞬ピリッとしたもののそんなことはどうでもいい。壊れ物を扱うようにそっとそっと抱きしめた後、シルフィーヌの横に下ろす。
「いや、まぁ、男の子なのでそうなると聖女というよりは聖人とか聖男て感じなんですが、そうじゃなくてですね。」
ロベルトは困ったように言葉を選んでいる。
「先程、ここへ来る途中です。ティーナ様がお子様をのぞき込み、手に触れた瞬間ティーナ様からきらきらした光が出まして、その光が特にケガをしいるわけではない御子様を包み込んだのです。そうすると、突然右手のあたりが、ぼやっと光りましてですね……」
ロベルトもよくわかっていないのだろう。
首をかしげながら、状況を説明している。
「はっきりせんのぅ。この子は何だというのじゃ?」
「……ねぇ、あなた、それ何?」
と、突然シルフィーヌがわしの顔を見てか細い声で言った。
さっきチクリとした場所のようだ。触ってみるとヌルっとした感触がある。あれ?わしそんなに汗かいてたかの?
「え?血?」
指先を見ると、赤いものが少しついていた。爪もないような赤子に触られて、出血?そんな馬鹿な。
しかも、針で刺したような小さな傷にもかかわらず、なかなか血が止まらない。
よくわからず、息子の手を見ると手のひらに小さな羽が引っかかっていた。どうやら、自分の抜けた羽をうまく握りしめてしまっていたらしい。
「ふむ?この羽がわしに当たったのか?魔王を傷つける羽とか聞いたことないんじゃが……?」
そういってその羽を取ろうとすると
「いてっ」
今度は指先に痛みが走った。5ミリほどの切り傷となり、血がにじむ。
「なんじゃこの羽は。刃物みたいじゃぞ。」
「刃物、ですか?」
ロベルトはその羽をつまむと、しげしげと眺めた。その後、自分の手のひらに当ててみたりするが、特に傷を負ったりもしない。
そしてもう一度息子の手のひらの上にのせてみると、なんと羽が薄く光を帯びたのだ。
「なんかワシ、この光見たことある気がする。」
「ええ、私も。」
シルフィーヌとワシは、ひきつった笑みを浮かべる。
ロベルトも、まさかと思いつつ、先ほど見た模様について、確信を持ってしまったのだろう。
大きくため息をついて、言った。
「魔王さま。お子様は、どうやら勇者のようです。」
何でこうなるの?
魔王の子供は、聖女と勇者の姉弟のようです。
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