IF7.〜もしも友達におんぶされたら〜
連れてって、と言うと、大宮は後ずさりをした。
そして大宮達は、3人で集まり、何かを話し出した。察するに、誰がどう俺を運ぶかの会議をしているのだろう。
現に、3人で指を指しあってる。
ただ、その会議というのが長いったらありゃしない。
俺を地べたに座らせたまんまで居させるんですかぁ?そんなんだからモテないんですよぉ……………
やがて、会議は白熱していき、どんどん身振り手振りが大きくなっていく。くぅ、まだ全然終わりそうになくて、男3人に、うんざりしてしまう。
「もういいよ!俺は誰でもいいから早く連れてってよ!」
そう怒鳴ると、3人はビクつき、向かい合ってため息をする。そして、手を振り上げた。
アイコンタクトで会話ができてしまう3人に、なぜか俺は嫉妬し、意味のわからない焦燥感を覚えた。
そして、掛け声とともに3人は思い思いの手を出す。思い思いといっても、3パターンしかないのだけれど。
ポン、という軽い掛け声によって出された手は、グー、グー、チョキ。一人負けである。どうやら、坂本が負けてしまったようである。
大宮と船たんは、大きな手振りと全身で喜びを表現し、坂本は、うぁぁぁ!と叫んでいる。
……………なんだよ。そんなに俺をおんぶするのが嫌か?
トボトボと全身で脱力しながら、すり足気味で俺のところに歩いてくる。照れているのか、俯いた顔はなぜかにやけている。
そして、無愛想に、手を俺の方に差し出してきた。顔は俺と目を合わせないように後ろを向いている。
そして、ジャンケンにかった大宮はというと、はじめてのおつかいを見守る母親のように、両手で口を隠しながら、少し離れてじっと坂本を見つめていた。
「…………ありがと」
俺も、左手で体を支えながら、右手で坂本の手を握り返す。
…………こんなに坂本の手って大きかったっけ?
俺は坂本と身長の差が数センチあったが、俺の方がガタイがいいし、坂本は姿勢が悪いから、なんとなく、大きいイメージは無かった。
けれど、今立ち上がると、身長の差に驚かされる。ガリガリのヒョロヒョロなのに、何故か大きく見える。
猫背で俺を見下ろす坂本は、少し威圧感があって、なんだか少し怖かった。
「…………おんぶして」
なんだか、背中の大きな男を見ると、なんだか甘えたくなる。その背中に、飛び込みたくなる。
…………兄ちゃんを思い出すからだろうか?
おんぶ、という言葉を聞いた坂本は、目を見開いて、大宮の方を見て、手を横に振る。目線は、焦りのような照れのような色を見せて、大宮に助けを求めている。
「おんぶぅ!」
欲しいものを買ってもらえない子供のように、坂本の腕をブンブン振って、ほっぺたを膨らませる。
早く早くぅ、と催促する。
坂本は、うーん、と唸った後、腰を低くする。
そして、後ろに手を出す。
「ど、どうぞ?」
差し出された背中は、細いとは思えないくらい大きくて、細いなりにも運動部らしいしっかりとした体つきをしている。思わず、抱きしめたくなる。
「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて」
目の前に広がる広大な背中に、飛びつく。厳密に言えば怖かったから飛び乗ったわけじゃないが、そう思えるほどに、ワクワクしていた。
いざ、密着。体は、体温が伝わり合うくらいの距離にまで接着され、服に包まれた確かな筋肉を、全身で感じる。うさぎの毛の中にも体温を感じるように、服の上からでも心地の良い温かさを感じた。
首をホールドし、足を絡ませて、このまま眠りに落ちてしまいたいくらい、脱力していた。
だがしかし、脱力しながらも、まだ俺の体に定着しきっていない腹筋を全稼働で働かせながら、首の命綱にしがみつく。坂本が苦しくなるのも鑑みずに、全力で抱きつく。
どうやら、坂本が、俺の足を持つことを躊躇しているようだ。
「く、苦し、ちょ、ね、ねぇ!」
「いや知った事かぁ!足持てやぁ!」
苦しいのも分かるし、足を持つのを躊躇するのも分かる!スッゲェ分かるけど、今、俺の腹筋がもう持たねぇんだぁ!
どうしようもなく苦しくなったのか、坂本はようやく俺の足を掴んだ。あんまりにも慌ててたためか、足を掴む握力が、女の子に対するものじゃなかった。
ただ、俺の足を掴んだ坂本の手は、大きくて、ゴツゴツしていて、なんだか痺れて溢れ出るような感覚が下腹部に集まる。熱くって、内臓が焼けただれてしまうかと思うほどだった。
でも、そのなんとも言えない感覚がどことなく恥ずかしくて、坂本の背中に顔を埋めてしまう。服は、軽い柔軟剤の匂いがした。
やっとの事で、動き出した。ガラスの壁、ショッピングモールの大穴を左手に、壁によって歩いていた。
右手側は、通路。ということは、人がたくさん通る。
ただでさえ注目を集める俺は、おんぶという恋愛小説のようなシチュエーションによって、注目は最高潮となっていた。まるで俺が、世界の中心に立っているようだった。
埋めている顔を少しだけ上げて、チラリと右側の通路の方を見る。一瞬見ただけでも、ほぼ全員の通行人が俺達4人を見つめて、写真を撮るなり、叫ぶなりと思い思いの反応を見せていた。
すれ違う人全員と目と目が合っているみたいで、とんでもなく気持ちが悪かった。出口のない夜の街を、泥酔状態で歩き回っているかのように、気持ち悪くて吐き気がして、目眩がして頭痛がした。
まあ、歩いているのは俺じゃないけど。
右側は気持ちが悪いので、坂本の顔を見た。すると坂本は、通行人になるべく顔を見せないように左側に顔を固定していた。固定されたその顔は、視線に慣れてないのか、リンゴのように真っ赤である。
そして、何よりも気まずいのは、この4人の中で、会話が何もないのである。坂本と俺の中はまだ分かるとして、なんで船たんと大宮が会話してないんだ?
俺がいるせいで、変に緊張しているのか?
この3人には、何かが足りない。ふと、そう思う。
いつも、そこに存在しているはずの何かが、そこに存在していない。何か少しのスパイスが、何か大きな調味料が、足りない。オムライスにケチャップが足りないような、それくらいの違和感。
なんでこんなに静かなんだ?この3人を見ている限り、こんな静かな時間が流れているのはあんまり見たことない。まあ、こんな姿になった俺がいるせいでもあるのだが、それでも静かすぎる。
やっぱり、何か足りない……………?
否、答えはすぐに出た。そのスパイスとは、その調味料とは、ズバリ、俺の存在である。
まあこう言うと、なんだかナルシストに聞こえるかもしれないが、多分、俺の存在が大いに関係しているのだと思う。
だって、こういう時に1人盛り上がっているのは、この俺なのだから。1人で盛り上がって、それで盛り上げるのは、俺の役目なんだ。今更、その考えにたどり着く。
でも、大変申し訳ないことに、俺は今盛り下がりの原因となっている、女の子本人なんだ。うん、ホント申し訳ない。
今、テンションはマイナスだが、俺がどれだけ盛り上げても、打ち消し合って0になる。結局静かなままなんだ。というか、今の俺にそんな体力はない。
だから、ただひたすらに目立ち続けるしかなかった。
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坂本の背中に顔を埋めて、坂本の服の匂いに包まれて、やっとの事でフードコートに着いた。
やっぱりフードコートも混んでいて、それなりに目立っている。というか、全員が、店員さんまでもが、俺のことを見ていた。
…………くそ、仕事に集中してくれよぉ!
「…………もう、降ろしてくれていいよ?」
なかなか降ろしてくれない坂本に、しびれを切らして言う。
「えっ!あ、あぁ!ご、ごめん、ごめん!」
いや、キョドりすぎだろ。でもまぁ、女の子耐性ほぼゼロだもんな、しょうがないよそれは。俺だってそうだし。俺も坂本の立場だったらこうなるだろう。
地面に足をつけると、なんだか視線から逃れたみたいで、少しホッとした。さっきと視線の量は変わってないが、おんぶというイベントがなくなったからだろう。それにホッとしていたんだと思う。
周りを見渡す。色んな人がいた。家族で来てたりとか、カップルだとか、はたまた一人だとか。
色んな人が、俺のことを見ていた。まあ、そんな事は無視して、座れる場所を探す。
すると、結構奥の方だけど、四人で座れるところを見つけた。そっちを指差して、言う。
「ん、あそこ空いてるぜ」
と、適当に言い、そそくさと歩いていく。ちょっと歩いたところで、後ろにだれも着いてきていないことに気づいた。
「ん?どしたの?」
声が届く範囲にいたので、少しだけ声を張って、3人に聞こえるように言う。3人は、顔を見合わせていた。そして、不意にこちらを向く。
「うん、なんだか」
「俺達の友達に似てるんですよ」
坂本と、大宮が俺に言う。それだけ言うと、ごめんごめんと手を合わせて、俺のところにやってきた。
…………その友達ってまさか………….?
「っ、その友達は今日、どうしたの?」
とりあえず、全く別の人のフリをして聞く。ここで日比野正樹ではないかと断言して、違ったら恥ずかしい。しかも、日比野正樹を知っていることを怪しまれる危険性もある。
「うん、なんかね?今日は来れんって。まぁ、絶対嘘だけど」
うおう、ますます俺じゃないですか。てか、もし俺だとしたら、大宮に俺の嘘バレてんじゃん!まぁ、こいつなら、俺の心なんて読んでるか。
「まぁ、いいじゃん!とりあえず座ろうよぉ!」
と、急に船たんが呂律の回ってない口調で口を突っ込んできた。くそ、なんでこいつはこんなにも可愛いんだ?俺が霞んじまうじゃねぇか…………。
「………く、可愛い」
ボソッと呟いたつもりが、どうやら結構大きな声だったみたいで、大宮と坂本がこっちを振り向く。
…………今のも露骨だったか?バレちったかなぁ?
ただ、こっちを振り向いただけで、何かしに来るわけではなかった。そのまま気を取り直したようにスタスタと歩いていく。
すると、ここであることに気がつく。俺がじっと見られていることだ。しかも、全身を舐め回すように。
それもそのはず、俺は視線を常に集めているからだ。それを、この会話で際立たせてしまった。
前を向いて、スキップほど飛ばずに、ランニングみたいな感じで、その場から逃げ去るように走る。もう3人が座っていて、席も確定していた。
どうやら、大宮が隣のようだ。
「ここ、座るね」
と、大宮に声をかける。すると大宮は目を見開いて、坂本と船たんの方を見る。
「ど、どうぞ?」
と言いつつも、大宮は、不満げに坂本達の方をじっと見つめていた。
…………俺に失礼だとは思わないのか?