IF6.〜もしも友達に助けられたら〜
坂本博英とは、俺と去年クラスが一緒だった友達の1人である。この3人は、今全員同じクラスで、席も近いという理由でよく話しているのを見る。
なにせ、大宮が面倒くさがりだから、近くにいる友達、またはわざわざ自分の席に来るような奴としか話さない。
俺は、後者だから、仲が良いのである。
そういえば、俺はこいつらに今日遊ぼうって誘われたけど、4人で行くのが面倒くさかったから、適当に理由をつけて断ったんだった。
遊び場なんてそんなあるわけじゃないから、ここに集合するのは当然だろうか。
しかし、遊びに来るのはいいんだが、ここは専門店街である。なんの用事があるんだろうか?
顔を合わせてしまったら、適当な返事をした事がバレてしまう。いつもなら顔を合わせないようにそそくさと逃げるだろうが、今回に限っては好都合。助けてもらおう。
確か船たんは空手を習ってたみたいだし、多分助けてくれるだろう。まぁ、船たんがその気になればだけど。
俺は、この3人にしか助けてもらえないと思って、離れかけた手に力を入れなおして、柱に捕まる。指先に全身の力を入れて、耐える。
指先に神経を注ぎすぎて、声を出すことが出来ない。
ジッと、大宮の方を見据える。一直線に見つめていると、流石に騒ぎに気付いたようで、こちらに振り返って来る。そして、俺と目が合う。
(助けて!)
目は口ほどに物を言うということわざがあるように、喋らなくても、ある程度なら会話ができるのだ。
恥を忍んで、助けを求める。
だが大宮は、しっかりと目が合った俺の目を、ちゃんと逸らしてきた。うん、想像通りだ。
でも、ちゃんと見つめ続ける。大宮のことだから、もう一度俺の方を確認するように振り返るだろう。
そう思っていると、ちゃんと振り返ってきた。恐る恐る確認みたいな感じで振り向いてきた。
(ほら!思った通りだ!)
そう思って、ちゃんと見据える。再び、目と目が合う。しかし、大宮はまた目をそらす。
「何回そらすんだよお前はぁぁぁ!」
思わず叫んでしまう。そのせいで、ギリギリ掴んでいた柱から手が離れてしまう。
やってしまった。勢いよく力が抜けて、チャラ男が後ろに倒れこむ。その勢いで、俺もそっち側に飛んでしまう。
今のうち、と思って走り出そうとする。が、盛大にコケる。どうやら、ズボンの裾を踏んでしまったようだ。男の時のズボンを履いていたツケが、回ってきてしまったようだ。
「やっと捕まえたぁ!」
チャラ男が、俺を後ろから抱きしめる。
あまりの唐突な束縛に、吐き気までもがしてしまう。
胃から食道にかけて、ウッと何かがせり上がって来るような感覚を感じた。
腕と横腹を、締め付けられる。開こうとしても、ビクともしない。するわけがない。力が入らなくて、徐々に体が絶望感に支配されて行く。
どれだけ腕の筋肉を分厚くしても、普通の人間より薄いような筋肉の厚さにしかならない。
今の俺の筋肉じゃあ、こいつらを弾くことなんてできない。
「さぁ、大人しくしついてきてねぇ」
耳元で、囁かれる。息がかかって、体に悪寒が走り、全身がゾワっとなる。全身の毛が逆立ち、腕には鳥肌が立って、本能から男を嫌がる。
ゆっくりながらも見上げると、そこには、俺の顔を見下ろす金髪の男の顔があった。
口角を釣り上げた口が、息を発して、生暖かい温度で青ざめた俺の顔を温める。吐息の湿気で、俺の顔が潤っていて、気持ちが悪かった。
ーーーーーーー離せ!
叫びたいのに、叫ばない。声が、出ない。
声帯が閉じ切って、息を通そうとしない。声を出したいのに、出させてもらえない。
苦しいほどに締め付けて来るこの束縛からは、俺は逃れることが出来ないのか。そう思うほどに、絶望的な状況。
ーーーーーーー助けて!
助けて、助けて!何度言っても、何度叫んでも、大気は揺れない。周りの人の鼓膜を、揺らすことが出来ない。
全く声が出なくて、時折、息が詰まって咳き込む。これだけ苦しがっているというのに、こいつらは離そうとしない。人を思いやることを知らないのか?
………………どうして、俺はこんな事になっているんだ?
この状況を、考える。自分の冷静さに驚くほど、この状況下で冷静になっていた。あまりにもピンチすぎて、冷静になってしまっているのだろうか?
答えは、一つ。女の子になった事だ。女の子になった事で、休日に外に出る羽目になり、そのせいで、ぎゃあぎゃあ騒がれる事となった。
それで、このザマだ。男の時ならチャラ男こんなに抱きしめられる事なんて無かったし、こんな奴らと人生が交わる事なんて無かった。
女の子になったせいで。そう思ってしまう。
女の子になったせいで、母さんに迷惑をかけた。
女の子になったせいで、大勢に騒がれた。
女の子になったせいで、ナンパされて、捕まった。
こんな事なら、女の子になんか…………………
「あ、あのぉ…………」
聞き覚えのある声が、聞こえる。その声は、大気を揺らし、鼓膜を揺らし、俺の全身の細胞を打ち震わす。
全身が喜び、全細胞がその音に耳を傾ける。
聞こえた声に、身体中のエネルギーが、耳を傾ける。
期待を胸に、振り向いた先には、思った通り大宮が居た。
そして、その横には、船たんと坂本と、青い制服のおじさん?
「何の騒ぎですか?」
青い制服のおじさんが、俺とチャラ男の間に割って入ってきた。どうやら、警備員さんのようであった。
「あーすいませぇん騒いじゃってぇ。身内の話なんで、すぐに静かにさせるんでぇ。いやぁ、ホントすいませんねぇ」
そう言って、俺の手を引く。かなりの握力で握られて、毛が逆立ち、身の毛がよだつ。
握りつぶされそうなほど強く握られた力からは、「黙っていろ」という言葉が流れて来るようだった。
でも、そんなんで黙っているほど、俺はか弱い女の子じゃない。男なんだ。ずっと男だったんだよ。
ていうか、俺がこんなチャラ男の身内な訳ないだろ。
チャラ男の身内って、もっと金髪とか、くるくるヘアーの女の子じゃないのか?
「違いますぅ!俺は、俺の彼氏はここにいるこいつなんですぅ」
そう言って、大宮の腕に抱きつく。大宮春紀と言った途端、大宮達3人が、目を大きく開いて驚く。
でも大宮は、俺の目があって、恥ずかしそうに目を逸らした。その行動に、なんだか俺も照れて、顔を逸らしてしまう。
「本当かい?君?」
そう言って、警備員さんが俺の方にやってきて、目を合わせる。俺はというと、しっかりと、自信を持って見つめ返した。
「え?いや、まあ………」
「ええ本当ですとも。好きなところだって言えますよ。顔とか声とか筋肉とか運動できるとことか、まだいりますか?これでも信じてもらえないですかね?」
嘘で好きなところを言うことに、全く抵抗はなかった。だって、偽りの言葉に、意味なんて無いからだ。
大宮の方を見る。俺に抱きしめられていない方の手のひらで顔を覆ってプルプルと震えていた。
……………なんだよ、お前がそんなんだったら俺も恥ずかしくなるじゃねえかよ。
「分かったよぉ、降参降参。ったく、しらけちまったよくそがぁ…………………」
チャラ男達がその場から立ち去ろうとして、その後ろに警備員さんがついていく。そんな形式で、3人が去っていった。
良かった、と安堵して、腰が抜ける。そのばに崩れ落ちてしまった。
大宮の方を見上げて、ニヘ、と笑いかける。
「ごめん、ありがとぉ。助けてくれてありがとな。ごめん、なんか疲れちった」
酩酊状態のように、頭がぼぉっとしてまう。
ぽわぽわとした暖かい気持ちの中で、ふわふわとした心地の良い疲れに包まれる。
「…………とりあえず、どっか座れるとかまで連れてってくんね?」