IF5.〜もしもナンパされたら〜
やっとの思いで、ブレックスにたどり着いた。
流石に人だかりはここまで追いかけてくることは無く、視線を浴びせられることもなくなったから、少し落ち着いて来た。
人目を気にすることなく大きく深呼吸する。準備運動かのような大きな挙動に、周りの人がちらちら見てくるが、さっきほどの人だかりができるわけではない。
さっきの人だかりが異常だったのだろうか?
まあ、ちらちら見ていく人々は、皆「あの子超可愛くね?」とか言ってるけど、そのまま通り過ぎて行く。
この目立ち方は気分を害するものじゃないから、このまま目立つことにしよう。
……………少しだけ、怖いけど。
息を吸うと、大型ショッピングセンター特有の、色々なお店の匂いの混ざった空気が体の中に流れ込んできた。
このなんとも言えない匂いが好きで、ついついここにくると深呼吸してしまう。わかる人いないかな?
さて、俺がここですべきことは、ただ一つ。
ズバリ、服を買うことである!!!
今俺が着ている服は、適当に漁って出てきた裏起毛の迷彩のズボンに、グレーのパーカーを着ている。
胸の、控えめな双子山は、分厚いパーカーに押されたのか、服の上からは分からないほどである。だから、まだそんなに恥ずかしくない。
しかし母さんは、体のラインが出てくる服を買ってこいとのことである。うん、よく分からないが、まあ店員さんに聞けばなんとかなるだろう。
そう思って、看板を探しに行く。服なんて買いに来ることないから、どこに店があるか分からない。
ゲーセンとかならわかるんだけど……………
すると、すぐ近くに看板はあった。入り口にあるだろうと思って探していたら、しっかりとあった。
この看板によると、どうやら専門店街の方であるようだ。あまりそっちの方に行かないから、分からないわけだ。でも、看板を見て、大体の位置は分かったから、歩いて進む。
このブレックスは、2階より上に行くと、中心に空いた大きな穴を取り囲むような道となっている。だから、お店は道の一方にしかない。穴がある側に出店しようとしても、出来ないからだ。
つまり、穴のある側は、人通りが少ない。お店がないから、必然的にそうなってしまうのだ。
……………やっぱり、人に見られるのは恥ずかしいから。
エスカレーターを登り、3階に上がる。土曜日のブレックスということで、相当な混み具合だった。けれど、先程の駅の中ほど、人波に呑み込まれてしまうわけではない。
だから、てくてくと歩いて行く。ちょっと小さくなりながらも、堂々とする思いで、猫背になりながらも歩く。
専門店街なんて来ることは全くないから、見たことない店がいっぱいある。
へー、こんな店あるんだ。おお、この店入ってたんだ。とか、色々関心しながら見て回る。
こういうお店とか見て、買う妄想をするのがちょっと好きでもある。だから、見ていると、楽しくなってテンションが上がって、背筋も伸びてくる。
顔も、真顔なのは変わりないが、少し緩んだ笑顔になってしまう。口角が上がってしまうのを、少し抑える。
ワクワクしながら、歩く。色んな色が前から後ろへ流れていく。それが楽しくて、ちょっとスキップ気味に、本当に浮き足立って歩いていた。
すると、思っていないところで、肩にトントン、と軽いタッチをされる。誰なのだろうか?俺をわかる人間なんて今いないと思うんだが…………?
少し怖がりながら、それでも内心期待しつつ振り向く。
振り向いた先には、見知らぬ男がいた。それも、二人。
二人の男は、片耳にリングをつけている。双子のペアルックかのように、左右対称にリングを三つつけていた。
どちらの男も、腐ったような金髪をしていて、根元までしっかりと染められてない。チャラい奴はそういう髪の色をしなきゃいけないみたいな条例でもあんのか?
腕にはブレスレット、胸元にはネックレス、指にはリング。とにかく、動くに邪魔な程アクセサリーをつけていた。
いやRPGじゃないんだからさ……………守備力上がんないよ?そんなにつけても。
…………ていうか誰ぇぇ…………
「君ぃどこ探してんのぉ?」
「連れてってあげるよぉ!」
チャラ男コンビは、その見た目通りのことを言ってきた。うん、予想通り想像通り。なんのひねりもない、なんの面白みもないクソみたいな返事だ。
なんだ?チャラ男には台本でもあんのか?
「いいえ、結構です」
こういうのはきっぱりと断るのが一番なのだ。
そう思ってちゃんと断る。そんなに俺が困っているか弱い女の子に見えたのかな………………?
「そぉ言わないとさぁ」
「案内してあげるってぇ」
しかしまわりこまれてしまった!
くそ、逃げれん。なんて素早いんだ。くそ、ただ者じゃないなこいつら……………
でもまあ、案内してもらってからでもいいかな?
そっから断るんでもいいかもしんねぇわ。
「じゃ、じゃあ、服屋連れてってよ」
うん、服屋に行ったら店員さんに助けを求めれる。一人で戦う必要がなくなるから、怖さが和らぐ。
一人ならできないことも、誰かに協力を求めれば、できることだってあるのだ。
「服屋ぁ?あぁ、あそこの角を右だよぉ」
「よし、お礼になんか一緒に飯食べ行こぉぜ」
案内、というからには、ちゃんと服屋まで連れて行ってくれる者だと勝手に思ってた。
けど、そんな一般人とは、違うんだ。そんな一般善良な市民と一緒に考えちゃいけないんだ。
こいつらは、勝手に案内して適当に案内を済ませ、女の子と遊ぼうとする、野蛮人どもなのだ。
そんなこと、分かってたのに。これに限っては、俺が一概に悪い。注意不足だった。
「お礼にって………俺はアンタ達になんもされてないじゃねぇか!」
少し語気を強める。しかし、逆効果。こいつらの神経を逆なでする事になってしまう。
「アハハ、この子、『俺』だってぇ!今時珍しいねぇ俺っ子なんて」
「でもまぁ、そんな女の子も全然オーケーだよぉ」
クソ、どうしたらいいんだよ。どうやっても逃げれないから、光明が見つからない。
全部の攻撃が、吸収されていくような感覚だった。
……………もうこうなったら、強行突破しかない!
「本当に、やめてください」
あえて敬語にしてみる。なんの効果もないのはわかっているのだが、俺の気持ち的に、強くなれる気がした。
ちょっと早足で、前に立ちはだかるチャラ男を避けて進もうとする。しかし、横目でチャラ男を避けたことを確認した時だった。
腕が、後ろに引っ張られるような感覚を覚えた。
それどころか、芋づる式に、肩、体、頭、と力が加わっていき、引っ張られた方向へ後ずさりしてしまう。
結構強く引かれた。腕と肩が少し離れるような感覚が今も肩に後遺症のように残っている。
引いたのは勿論、チャラ男であった。まだ手を離してくれない。振り向いて、抗議する。
「おい、離せよ!」
周りにも聞こえるように強く怒鳴って、全力で振りほどこうとするが、できない。
周りの人間は、みんな俺の方を一瞥する。ちゃんと、目と目が合っているんだ。しかし、面倒ごとには関わりたくないといった表情で、それでも騒ぎを疎ましく思うような顔で、俺たちを見ている。
俺の力が、加わっているのかわからないほどに、チャラ男はピクリともしない。
それどころか、力が吸われていくような状態になる。
絶対に動くことのない大岩を全力で押しているような、そんな心が折れそうな感覚。
強い力と対峙した時にはよくあることで、力が吸われてしまうと、どんどん吸われて、力を入れれば入れるほど、無気力になっていく。力を入れることに虚無感を覚えて、心の底から虚しくなる。
つまり、それくらいに、この男と俺は、力の差があった。
「まぁ、そう言わないとさぁ、一緒にいこぉよぉ」
「悪くはしないぜぇ?」
腕を振っても振っても、チャラ男の腕は揺れることはなく、むしろ俺の方の体が上下に揺れる。
クソ、クソ、どうなってんだよこれ…………
振っても振っても、意味がない。余裕の表情で、俺の全出力を止められてしまう。
「よし、行こぉ!」
「おぉ、そうだそうだぁ!」
チャラ男達は、俺の腕を強引に引っ張って行く。
俺は、その場に立ち止まろうとして、足で踏ん張るけれど、全く意味がない。直ぐに地面から引き剥がされて、どんどん引っ張られて行く。
チャラ男達は、俺の踏ん張りを全く感じないかのように、どんどん早歩きをして行く。俺は、服屋とは逆の方向に引っ張られて、目的地から遠ざかっていく。
「クソ、やめろ、やめてくれよ!」
もう一度、大声を出す。周りをぐるりと見渡すけれど、助けて、というような顔で目が合うと、向こうが目をそらしてしまう。
駅の中とは全く別の形で、人だかりに道ができる。
これだけ逆走して目立っているはずなのに、誰も俺に声をかけない。
さっきまですれ違う度に「可愛い可愛い」と騒ぎ立てていた人間たちは、俺のことを騒ぎ立てるようなことはもうしない。さっきまでの騒ぎが嘘かのように、俺を見た人間は、静かにそそくさと歩き去って行く。
やっぱり、他人は信用できない。だから、自分でこの状況に歯止めをかけなくてはいけない。
近くにあった細い柱に手をかける。足で踏ん張るよりも、腕をどこかに引っ掛ける方が力を入れやすい。
「素直についてこいってぇ!!」
「無駄に足掻くんじゃねぇって!」
チャラ男達は、引っ張る手を緩めない。それどころか、力を増して行く一方である。
片腕は引っ張られて、もう片方は柱を持っていて、腕が一直線になる。ピンと張られた弦のように、最大限に腕が両方に引っ張られる。
どれだけ引っ張られても、柱を離す気はない。元男の意地というものをチャラ男達にみせつけてやる。
肩が引き剥がされるような痛みが肩から腕に走るが、知ったことか。男として、気高くあるべきだと思う。
でも、どれだけ気高く思っても、プライドは腕力にはならない。握力が抜けていって、手が剥がされそうになる。
そんな時だった。そんな、なすすべもなく、どうしようもできない絶望的な状況に開いた光明だった。
見知った顔の、三人がいた。
大宮春紀、船崎京太、坂本博英がいた。