IF38.〜もしも痴漢に遭ったら〜
張り紙が掲示板に貼られた次の日。
昨日の段階ではあんまり進展はなかったため、調査は今日もすることとなった。
というわけで、昨日話せなかった坂本と今日こそは話すことにした。
身支度をして家を出る。そして自転車にまたがって全力でこぎ、駅までたどり着く。
こうして毎日全力疾走してみると分かるのだが、毎度毎度電車にギリギリなのである。
たまに間に合わない時があるほどだ。
「………あっ!ちょ、まっ…………」
もう着いている電車に気がついて、手で静止させるようなポーズをしながら電車に駆け込んだ。
と、どうやら間に合ったようで、背中の直ぐ後ろでドアが閉まったのが分かった。
間に合ったぁ、と口の中で呟きつつも、空いているスペースに滑り込むように入っていく。
………電車の中って、やる事ないよな。
うちの学校、スマホ禁止だから、電車の中でスマホを触ろうものなら先生にバレてしまいそうで怖い。
じゃあ本を、と思っても、なんか電車の中で本を読む気にならないんだよなぁ…………
なんか暇つぶしできないかなぁ、と辺りを見ると、おじさん達ばかりだった。
右隣は、スーツを着たおじさん。
左隣は、スーツを着たおじさん。
背後は、スーツを着たおじさん。
もう、見事にスーツを着たおじさんばかりだった。
オセロだったら俺もスーツ着てたくらい。
はぁ、と一度ため息を吐く。
おじさん達に囲まれてるんじゃあ、なんか気持ちも萎えてくる。しかもみんな俺より30センチ以上高いから、なんか連行されるUMAみたいな気持ちになった。
ったく、朝から気分悪いなぁ…………
さわさわ。
………ん?なんか尻がむずむずするぞ?いや、Siriじゃなくて。そう、臀部。
さわさわ。
………やっぱりむずむずするなぁ。なんか気持ち悪い気がするけど、気のせいだろうか…………?
さわさわ。
………うーんと、これは…………
さわさわ。
………これは、痴漢でしょうか?
まさかとは思うが、この男の俺が、痴漢にあっているのか?尻を触られているのか?沢尻エリカなのか?
ちら?と俺の感覚をあくまでも疑いながら触られている尻の方を見る。
Oh…………見事に俺のお尻の上にお手手が乗ってるよ?
………これは完全に、痴漢です。
なんで俺なんだ!?俺は男だぞ!?って言っても意味ない事は分かっているけども!でもなんで今日急に痴漢に及んだんだ!?
と悶々としている間にも、もぞもぞ、と尻の上をまるで生きているかのように這ってきていた。
まあ生きてるんだけどね。
「………ん、ふぅ………っは、んっ………」
なんだこいつ、上手いぞ………!!
撫でるだけじゃない!そっち撫でて欲しいなぁって所も的確に撫でて刺激してくる!
物足りないような、もっとめちゃくちゃにして欲しいようなそんなもどかしさが、俺の尻から背筋に向かって走っていった。
我慢できずに、吐息が漏れてしまうぅ………!
「ちょっと、なにやってるんですか?」
と、突然どこからか女の人の凛とした声が聞こえた。
「この人、痴漢です!」
今度は同じ声の人が大声を出していた。
え!?痴漢!?どこどこ!?と探したけれど、よくよく考えたら僕の尻でした。
なんか痴漢をしたのが俺みたいな感じですごいテンパっちゃったけど、よく考えたら俺は被害者なんだよな。
なんかちょっと1人で盛り上がっちゃってたのが恥ずかしいです。痴漢されて喜ぶなんて、元男女子しかあり得ないだろうなぁ………
「あ、ちょっと!逃げんな!」
「え!?俺は逃げて…………」
いや待って、俺は被害者でなにも悪いことしてないよ!?しかも逃げようとかは全然………
と言い訳しようとしたら、やっぱり俺ではなかった。
だって逃げてないしね。
そんなことを考えている間にも時間は進んでいて、痴漢は人海を縫う様にすいすい進んでいた。
あっ、逃げちゃう!
なんて思ったのも束の間、先程の女声の主と思われる女性が痴漢よりも速く動いて、すぐに追いついた。
そしてガッ!と捕まえて、叫ぶ。
「この人痴漢です!」
依然として止まらない電車の中で、背の低い僕にはよく見えない状況で、痴漢が捕まるのだった。
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プァァン、といつものように電車が止まって、いつものように人が流れて行く途中で痴漢と女性と思われる2人が降りたようだった。
「あ、ちょ、ちょっと待って!」
なんで当事者の僕を置いてどこ行くねん!
とエセ関西弁みたいに心の中でツッコミながら、うんしょうんしょと電車を出る。
と、出た瞬間ドアが閉まった。
…………あっぶねぇ、挟まるところだった。
ホームに降りると、いつもと違う駅だから、いつもと違う人が流れていて、なんかわくわくした。
そういえば学校の途中で下車するのなんて初めてだなぁ………中2にして不良になった気分。
っと危ない危ない。そうだ痴漢だ痴漢。途中下車のわくどきに痴漢を忘れてしまっていた。
………まぁ別に痴漢なんてぶっちゃけどーでもいーけどね。俺も元男だから、したくなる気持ちは分かるし。
………いややらないよ?理解できるからって実行するかどうかは別問題だよホントホントー。
とりあえず、エスカレーターに乗ってのんびり上がって行く。ちょっとわくわくするよねこういうのって。
いつもと違う駅、いつもと違うエスカレーター。僕はもうわくわくどころかちょっと興奮していた。
そんなこんなでエスカレーターを登って行くと、なにやら騒いでいる声が聞こえてきた。
「だからアンタがやったんでしょ!?」
「違う!オレじゃない!冤罪だ!痴漢の冤罪だよ!」
あー、多分俺の目的地はあれっぽいなぁ。
うわぁ、嫌だなぁ。こんな朝の通勤ラッシュの時間に痴漢なんて事で騒いでいるからすごい目立ってるよー。
しかも当事者がいないっていうね。
「つーか、駅員が来たらもうアンタは終わりなんだから、さっさと認めろよ!」
「だから、違うって!こうやって冤罪が生まれてくんだよ!」
うわぁ。これまたうわぁ。めんどくさそうな人だなぁ。しかもあの人、間違いなく痴漢してたし。
………はぁ、やっぱり行かなきゃいけないかぁ。
「絶対やっただろ!アタシは見たんだからな!」
「やってない!てか、当事者じゃないんだろ!?」
「そーだそーだー。当事者なしで喧嘩はいけないぞー」
「「!?!?!?」」
意を決して、割り込んだ。
割と俺は、女の子になり始めた時に比べて、メンタルが強化された気がする。
前ならこうやって、話に割り込むなんて出来なかった気がするよ。なんか成長?
「っ!お前は………!」
痴漢が俺の方をぎりぎりと睨む。
まぁそうだよな。本当に当事者来ちゃうんだもん。
「まぁ、諦めて捕まんなよ。なかなかナイスなテクニックだったよ」
腕を組んでうんうんと頷く。
実は痴漢のプロだったりしてね。
「っく、くそ!」
あ、逃げた!痴漢が逃げた!バツが悪くなって逃げた!
と思ったけれど。
「ぜりゃぁあ!」
がすっ!と、強烈なキックが痴漢の背中に刺さる。
背中から伸びる脚は、不健康そうな長い美脚で、格闘ゲームのヒロインのようだった。
「逃げるってことは、やっぱ犯人じゃん!」
倒れ込んだ痴漢に向かって、叫ぶ。
そしてそこに、ちょうど駅員さんがやってきた。
「何事ですか!?」
そう言って遅ればせて参上した駅員に、事情を説明するのであった。
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駅員さんに事情を説明して、俺はようやく駅員室を脱出することに成功した。
うわぁ、今から電車乗っても、遅刻するなぁ………
そんなことを思いながら歩いていると。
「よっ!咲」
「………え?」
唐突に名前を呼ばれた。
呼ばれた方を見ると、どうやら先程助けてくれた女性であった。
格好はちょっと派手だけど、髪の毛の色も黒で、マスクをしている、いかにも普通のイマドキガールだった。
「あ、先程は、ありがとうございました」
おかげで面倒事に巻き込まれてしまいました。
「どーって事ないよ。てか、アタシに気付いてなかったの?」
「え?どういうことですか?」
「えぇ?マジか………」
そう言いながらマスクを外して現れた顔は………
「っあぁぁぁぁあ!!梨花さん!?」
「そ。やっと気付いたかぁ」
あれ?髪が金じゃない!?染めたのか!?
「ってか、学校は!?」
「あーうんそれなんだけどねぇ。まぁ色々あって」
『色々あって』って!まさか、退学処分!?
「とりあえず咲の学校に用事があるんだ。一緒に行こう?」
「うぇぇえ?」
な、どういうこと!?どういうことなんですか!?
という問い詰めをしようと思ったけども、あまりに強引にぐいぐい押すもんだから、聞くタイミングを逃してしまうのであった。




