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IF〜もしも男子校にTS娘が入学したら〜  作者: 中内達人
1章:〜もしも男子校に女1人で転入したら〜
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IF3.〜もしも母親にバレたら〜

「………………て」

 ………誰だよ?俺は今気持ちのいい眠りについてんの。起こすことは誰一人として許さん。


「……………きて」

 ………なんだ?起きてって言ってるのか?だったら嫌だ。眠いわけじゃないけど、今は快楽にみを任せているんだ。そうやすやすと起きれるかってんだ。


「…………起きて」

 ………ほら!起きてって言ってる。

 でもやーだねー。起きたくない。


「ーーーーーっ!!」

 声の主が急に静かになる。それどころか、何が大きく息を吸う音が聞こえーーーーーーー


「起きなさい!!!!!!」

「あひぃ!ごめんなさい!!」

 大声で急に怒鳴られて、びっくりしすぎて座っていたところから、ずり落ちてしまう。

 謝りながらめを開けると、そこには母さんがいた。


 母さんは、トイレのドアを開けて、決してトイレに入る事のない、境界線の手前で立ち止まって、俺の方を見つめている。


「え?あ、あー、か、母さん、ごめん」

 どうやら、トイレで寝落ちをしてしまったようだ。

 ずり落ちた状態で、正座で見上げるようにして、母さんと会話をしようとする。


 だが、母さんには、一向に返事をする気配はない。


「あの、お母様?どうなさいました?おーい」

 パタパタと手を振る。それでも俺を見つめたまま、動く気配はない。


 そこで、ようやく自分が置かれている状況を思い出す。

 下半身が、一糸まとわぬ姿で、世界にさらされてしまっているのだ。


「うわぁっ!!」

 思わず、上に来ていたシャツを、局部まで引っ張る。

 女の子のように、風でめくれ上がったスカートを抑えるように、ごく自然な動作で、隠す。


 そこでようやく、母さんに動きが出る。

 母さんは、何かを話そうとして、やめる。

 手を差し出そうとして、やめる。

 なんだか自分の母親が慌てている様子が新鮮で、少し、気恥ずかしかった。


 そして、頭に手を持っていき、大きく溜息をつく。


「やっぱり正樹なのね………………」

 もう一度、ハァ、と溜息をついた。


 あ、そっか。今俺は俺じゃなくなっているんだ。だから、誰にも気付かれなくて当然か。だって、俺がなったのは、俺とは全く関係のない、美少女。

 俺の顔の記憶なんて、微塵も残ってないだろうと思うほど、カスリもしない美少女。


「……………まぁいいわ。とりあえず、リビング来て」

 と、俺から逃げるように、喋りながらリビングの方へ向かう。遠ざかって行く声を聞きながら、俺は呆然とその場に座り込んで、動けなかった。


 そりゃそうだ。いくら母親だからといって、姿が変わった俺を、認識出来るはずがない。

 中身が一緒だからって、その中身を見る方法がないのだから、分かるわけない。


 考えてなかった。自分の甘さが嫌になる。学校とか、これからすべき事なんかじゃなくて、もっと先にすべき事があったんだ。


 まずは、俺を俺と家族に認めさせる事。これが最優先。じゃないと、社会に俺の居場所がなくなる。

 家が無いと、稼ぎのない中学生なんかが生きていけるわけがない。家だけが、子どもに与えられた、たった一つの居場所。


 忘れていた。俺はまだ一人で生きていける存在ではない。可愛い女の子になって、浮き足立って、これからの人生設計なんか、想像したりして。


 恥ずかしい。不意に女の子になって、苦労を考えもせず、楽しい事だけを考えて、甘い蜜だけ吸おうと思っていた自分が恥ずかしい。


 甘い蜜の奥に隠された、並々ならぬ努力や苦労を、見ることをしていなかった。



 ……………まずは母さんからか…………

 よろり、と力なく立ち上がる。服で股間を隠す事も忘れていた。とりあえず仮のズボンを履き、腰の部分を抑えて歩き出す。


 リビングに行くための最初の一歩は、思っていたより小さな一歩となって、入り口の段差に、つまづいた。



 +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



「で?どういうことか説明しなさい」

 リビングには、部屋の直角の角に合わせて置かれたL字の、森の様な柄のソファがある。


 そして、俺と母さんは端っこに座り、斜めに、真っ直ぐにらめっこするような形になる。


「えーっと、分からん」

 そんなこと聞かれても、今日の朝この状況が分かったばかりで、情報なんて、ゼロなのだ。

 俺ですら、まだ理解しきっていない。

 教えてあげたいけど、教える事がない。


「分からないったって…………….」

 母さんは、また溜息をつく。

 少しイライラしているような姿に、ビクついてしまう。本能的に、精神にきて、怖がってしまう。


 でも、その気持ちもわかる。急に息子が女の子になったって知ったら、気が動転するのが普通だ。イライラしないわけがない。


「で、でも、その、何も……….わかんなくて……」

 言葉が尻すぼみになってしまう。

 俺は何もしていないのに、何か悪い事をした時のように、だんだんと小さくなってしまう。


 母さんの表情が、だんだんと険しくなっていく。


「少しでもないの!?何かこう………ああもう!」

 母さんは、頭をかきむしる。

 髪の毛がどんどんボサボサになって、まとまっていた髪も、色んな方向へ飛び出して、まとまりがなくなる。


 そんな母さんを見て、少しだけ、理不尽だと思った。

 なんで俺は悪くないのに怒られるんだろうとか、思ってしまった。


 いつもの俺なら何か反論するだろう。反論して、母さんをより一層怒らせる。

 でもなぜか、出来なかった。頭の中で言葉が形成されなくて、ただただビクビクしてしまった。

 今はただ、怒っている母さんが、ひたすらに怖かった。


 上目遣いで、母さんの表情をちらりと見る。

 母さんはまた、大きな溜息をついた。


「別に、正樹が悪いってわけじゃないのにね。ちょっと動揺しちゃった。ごめんね?」

 母さんは、少しだけ辛そうに俺に笑って見せてきた。

 そんな母さんを見て、俺は、胸がキュッと苦しくなった。

 なんで母さんが謝るんだ?いつもなら俺が謝る方で、今回も、母さんに迷惑をかけているのは俺なのだ。

 だったら、俺が謝るべきなんじゃないのか?


「いや、その………….こちらこそごめん」

 謝るということは、許しを請うことである。でも、この謝罪は、許して欲しいんじゃなくて、ただ、俺が謝りたかっただけである。


 もしかしたら、謝って満足したかったのかもしれない。


「別にあなたは悪くないって言ってるでしょ?」

 そんなこと、分かっている。けど、ただ謝りたかったのだ。


「で?本当に正樹って事でいいのね?」

 母さんは改めて聞いてくる。そうやって聞かれると、自分を訝ってしまう。


 本当に俺は、日比野正樹なのだろうか。俺がそう思い込んでいるだけで、俺は実は違うんじゃないのか?

 だって、なんの正確性もない、『日比野正樹という存在』を信用できるのだろうか?信用していいのだろうか?


「多分……………?」

 確信できない。言葉を濁すしかない。今まで俺であることの証明だった外見は、まったく違うものに変わってしまった。だから、自分でも自分を証明できない。


「多分って……………でも、貴方は自分の事を、正樹だと思っているのね?」

 そう言われて、俯いてしまう。そうだ。俺は、自分の事を日比野正樹だと思っているだけなのだ。


「……………まあ、思っているだけだけど」

 俯いて、小さくなって、手を握ってしまう。そして、そっぽを向いて、いじけたように言う。


 だって、思っているだけに決まっているじゃないか。俺は俺なのか分からないし、かといって俺以外が俺とわかるかと言ったら、そうじゃない。


 唯一俺を信用してくれる俺が、自分の事を分からないのだ。


 ズボンを握る。手汗が滲む。やっぱり信用してくれないのか?俺は、この家から追い出されてしまうのか?俺じゃ母さんを信用させれなかったのか?


不安に頭が支配される。身体中が、恐ろしさにも似た何かに縛られる。その何かは、俺を締め付けて、心臓を握りつぶそうとしてくる。


 すると不意に、懐かしい香りがした。この洗剤とも言えないような匂いは、母さん?


 いつのまにか、首には二の腕、俺の顔の横には、顔。背中には、手のひらの暖かさを感じていた。

 体を縛られるようなこの感覚は、ハグ?


「ごめん、ごめんね、一番不安なのは、正樹だよね」

 耳元で話される。声は普通の大きさなのに、うるさく感じない。それどころか、落ち着きすらする。


「急に女の子になって、怖いよね………」

 母さんは、抱きしめる力を、強くする。少し痛いくらいに、俺の体を挟み込む。


「大丈夫だよ。母さんがいるからね。母さんが、ついてるからね」

 赤ちゃんを寝かしつけるように、病気の俺を落ち着かせるように、不安な俺を安心させるように、背中をとんとんと叩いてくる。


 母さんは、俺を信用してくれたのか?俺を日比野正樹だと、信じてくれたのか?俺すら分からないような俺の事を、確信してくれたのか?


 母さんは、背中を叩きながら、時折俺の背中を撫でる。立ち膝で、下から俺の事を抱きしめてくる母さんの香りに、包まれる。

 優しくて、落ち着く香り。懐かしくて、甘えたくなる香り。柔軟剤じゃない、母さんの香り。


 なんだか、目の奥が熱い。目の神経を焼ききるように、熱くなって、出てこようとしてくる。


 出るな、出すな。俺は涙を流しちゃいけない。

 俺を安心させている母さんも、不安なのには変わらないんだ。だから、俺は泣いちゃいけない。


 眼球の後ろの神経を意識する。力を入れる。込み上げてきたものを押し返すように、堤防を作る。


 なのに、俺の体は言う事を聞かない。流れて欲しくないというのに、そんな俺を無視してどんどん溢れてくる。


 嗚咽が出る。止めたいのに、止めようとすると、吐き出すようにまた嗚咽する。

 本当に、俺の体は不自由で、言う事を聞いてくれない。

 俺の指令を無視して、勝手に動く。


 俺は、母さんの優しさに包まれ嗚咽しながら、母さんを抱きしめ返す事しか出来なかった。


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