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IF〜もしも男子校にTS娘が入学したら〜  作者: 中内達人
2章:〜もしも女の子に弄ばれたら〜
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IF36.〜もしも世界が敵になったら〜

「だぁっ、疲れた………」


 うげぇという顔をしたのは月曜日の朝、起きてすぐ体を起こしてのことだった。


 結局昨日も全力で遊んだために、全身が筋肉痛で、しかも疲労感も溜まってしまっていた。


 だから朝一番、開口一番にそんな言葉を口にしてしまったのだ。


 なんで昨日言わなかったのかというと、そんなことを言う暇もないくらいに疲れて、そのまま寝てしまったからだ。


 女の子の体で、男の時と同じくらい全力で遊ぶって結構疲れるもんだなぁ……………


 だって、昨日の布団入ってからの記憶がなくて、一瞬寝てないかと思ったくらいだもん。

 まあ、朝の日差しが俺を起こしたのだけど。



 すくっと立って階段を降りて行き、リビングでストーブをつける。そしてソファに座り込むと、なんだかそのまま沈んで行ってしまいそうだった。


「ねみぃ………」


 まぶたが重く、薄れゆく視界の中で時計を見る。


 8時を指していた。


「8時かぁ………」


 まだ寝れるかな………

 後1時間くらいなら…………


 だって始業は8時20分だからなぁ……………



 ……………ん?


「…………あれ?」


 あれれぇ、おかしいぞぉ?始業まで後20分しかないぞぉ?ここから学校まで40分はかかるからぁ………?


「遅刻じゃねぇかぁぁぁあ!!!」


 遅刻だ!全員集合!8時だし!


「お、起きてぇぇぇえ!!!」


 と階段の上に叫ぶと、なんか布団からもぞもぞと出てくるような音が聞こえてきた。


 そして、声が聞こえる。


「………ん?なぁに?………まだ眠いんだ、けど……」


 とそこで声が止んだ。


「遅刻してるぅぅうう!?」


 と今度は大声が聞こえてきた。


「8時だよ!?かんっぜんに遅刻だわ!」


「母さんも遅刻しちゃう!!」


 2人で叫び合っていると、3階からだだだっ、と母さんが駆け下りてきた。


 ちなみに8時だと兄も遅刻するが、彼はほぼ毎日遅刻ギリギリで行っているから、1日くらいの遅刻は全然焦らない。しかもその時は、そのままずる休みしてまうのだ。


 だが優等生の真面目ちゃんの俺はそういうわけにもいかず、母さんと一緒に急ぎで用意をする。


 だから弁当なんか作ってもらえず、しかも疲れた体に鞭打って急いだために、もう凄い疲れました。


 最悪の月曜日のスタートになったとさ。





 +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++





「はぁ、はぁ、やっとづいだ…………」


 大分グロッキーになりながらやっと学校にたどり着いた時にはもう9時を過ぎていた。


 走って来たため肩で息をして、だらだらと歩いて行く。

 ここでゆっくりして行くと結局意味ないじゃんと思いつつも、もう動けない足を頑張って引っ張り上げて歩く。


 ゆるりと歩きながら静かな学内を歩いていると、なんだか不気味で怖いなぁなんてことを思う。


 そうしてようやく、下駄箱にたどり着いた。


 ロッカーから上靴を取り出して、履く。

 テキトーに買ったサイズの上靴は、ぶかぶかだった。


 今は授業中だからかとても静かである。

 俺が履いているぶかぶかの上靴の、ぱかぱかという足音が廊下に響いていた。


 廊下を歩きながらトイレの前を過ぎ、角を2回曲がると、2年7組の教室が見えた。


 やっと着いたか……………と、半ば達成感を感じて、立ち止まってしまったが、疲れた体に鞭どころか縄を打って、強引に進む。


 通り過ぎた6組の教室では、授業をしていた。


 そんな様子をちらりとドアの窓から覗くと、みんな授業に集中していないようだった。


 そのせいで、1人の男子生徒と目が合う。


 なんとなく気まずくてそのまま通り過ぎようとしたものの、そいつが周りの奴に俺がいることを伝えたせいで、みんなに広まってしまった。


 ざわざわがみんなに伝播して行き、1つの音の塊となって教室を震わした。


 さっきまでみみんな寝ていて凄い静かだったのに今度はざわめきが広がったせいで、先生がすごい驚いている。


 ある者は俺に指を指し、ある者はひそひそ何か俺の方を見ながら秘密の話をし、ある者は俺に怪訝な顔を向けていた。


 いつものように、俺はみんなから視線を集めて、目立っている。


 男子校で1人の女子、それが美少女となれば物語のような話である。視線を集めてしまうのは仕方ない。



 だが何故か、俺は少し違和感を覚えてしまった。



 男子校唯一の女子が視線を集め、見る者の心をざわつかせ、皆を騒がせる。


 側から見ればいつもの光景なのだが、なんとなぁく、そこはかとなく、どこか異質だった。


 いや、これは俺の感覚だから、違うかもしれない。


 だけど何か、俺に向けた視線がいつもと違う気がした。


「…………まぁいいか」


 不安を吹き飛ばすように、誰かに言うでもなく自分に言い聞かせて、6組の前を通り過ぎた。


 そうしてすぐ隣の、7組にたどり着く。


 あぁ、ドアを開けてみんなに見られたりして目立つのが億劫だなぁ…………と、遅刻あるあるを考えながらも、なるべく目立たないようにと、後ろのドアを開けた。


「ち、遅刻しましたぁ〜…………」


 ボソッと、されど先生に聞こえるように言うと、やはり俺の予感は的中して、みんながこっちを見た。


 流石にみんなに見られて目立つことには慣れてきたけども、何故か遅刻した時は全然違って思えた。


 自分の席へ移動しながら、ちら、とクラスの様子を伺う。


 やっぱり、みんな俺のことを見ていた。



 けれど。



 ()()()()



 先生も、クラスメイトも、みんなが俺のことを見ている。そして、俺もそれを見返す。


 その一瞬。瞬きを1度するかしないかの刹那。明らかに違う皆の視線を確信した。


 むくむくと膨れ上がった違和感は、いつの間にか大きくなって、明確な異物のなり、俺の体を蝕む。


 ごくり、と息を飲むこともすることが出来ないような瞬間の出来事であった。



「はい、席に座って」



 と、ふと、先生から声がかかって、ようやく我に返った。そして、一瞬だったはずなのに溜まっていた息を吐き出して、席に座る。


「なんで遅刻したの?」


 先生に聞かれて、ようやく声を発しようと言う気になった。


「…………あ、はい。その、寝坊、してしまって」


 切れ切れに話しながら、いつもの調子を取り戻す。

 ようやくいつも通りの頭になって来た。



 だが、頭の中には先程の異物がずっと滞留して、とぐろを巻いている。どこかへ出て行こうとしてくれなかった。


 疲れと共にいつも以上に集中出来なかった1時間目は、残り30分だったこともあってか、いつもよりも早く終わった。




 +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++




 授業がいつの間にか終了していて、他の学校とは違う特徴的なチャイムによって覚醒する。


 どうやら寝てしまっていたようだった。


 遅刻して来てそのまま寝るなんてなぁ…………と思いつつも、無意識に出していた授業の用意を机の中へしまう。


 暇だし、トイレにでも行くかなぁなんて思って、立ち上がった時だった。


「あ、あの、日比野さん!!!」


 ともすれば耳がキンとなるような声で俺は呼び止められた。


 よくよく考えれば初めて声かけられたんじゃない!?と内心喜びつつも、ニコニコしながら振り向く。


 と、そこにはクラスメイトの姿。



「あの、こ、これ、どういうことですか!?」



 クラスメイトは息も絶え絶えにそう叫びながら、1枚のプリントを取り出して、差し出して来た。


 不審に思いつつも、それを受け取る。



 そして、見る。




「…………なんだよ、これ」




 知らず、手が震える。


 強く握り過ぎて、他人のプリントのはずなのに、紙がくしゃくしゃになってしまっていた。




 だけどそんなこと、気にする心の余裕なんて、ない。




「なんだよ、これ………!」


 ゆっくりと顔を上げて、鋭い眼光を突き刺す。

 これまで、ともすれば男の時もしたことのないほどの顔をして、クラスメイトを睨んだ。


「ひっ、ひぃいぃいいぃいい!!」


 だがクラスメイトは、悲鳴を上げて逃げ出してしまった。


「あ、ちょ、おい!」


 呼び止めても駄目で、もうどこかへ走り去ってしまった。


 キッ、と周りの奴らを睨んでも、皆一様に目を逸らすだけだった。役に立たない。


「ホントに、なんだよ、これ……………」


 もう1度、震える手の中のプリントを眺める。



 そこには、()()()()()()()が、貼ってあった。


 そして、文章が、1つ。



『日比野咲は他校の男子と夜遊びをしている痴女である』


 夜遊びなんて、してない。


 他校の男子ではあるけれど、ただ遊びに行っただけだ。それを、『痴女』だなんて…………



 周りの様子を見なくても、分かる。分かってしまうんだ。


 この数週間の間、俺はずっと視線に晒されて来た。


 だから、分かる。


 この面白がるような、出方を伺うような視線は、多分、()()()()()()()んだ。


 俺のこのチラシを、みんな持ってるんだ。



「…………誰がやったんだよ」


 事実無根であるのに、はらわたが煮え繰り返りそうになる。怒りの炎が、俺の体を焼き尽くしてしまいそうだった。


「誰がやったんだよ!!!」


 バン!と近くにあった机を叩き、叫ぶ。


 だが俺の糾弾には誰も反応しなくて、みんなが互いに聞き合うような視線を送っていた。


 この中に、犯人がいるかわからない。

 もしかしたら、いないかもしれない。


 そう思うと、なんだか世界の全てが俺の敵になったみたいで、初めて、心の底から震える。




 俺はこの時初めて、世界に晒されるという恐怖を、この身で思い知ったんだ。

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