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IF〜もしも男子校にTS娘が入学したら〜  作者: 中内達人
2章:〜もしも女の子に弄ばれたら〜
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IF33.〜もしもカラオケで歌わなかったら〜

 歌。それは音楽に合わせて現実とは違うもう1つの世界を作り出す、魔法のような物。


 もちろん、歌がなくたって音楽だけでも世界を作り出すことはできるが、歌詞と歌声によって心が打たれるという可能性も大いにある。


 とにかく、歌というのは素晴らしいもので、俺はそんな歌が小さい頃から大好きだった。

 元々上手かったことも関係しているのだろうが、それでもいつか歌手になれるならなってみたいという願望もあったほどだ。才能なくてやめたけど。


 だが才能なしとはいえ、普通の中ではダントツで上手い方だと思う。才能がないってのは主に、努力する才能がないってことだからね?歌は上手ですはい。


 人を感動させたり、別の世界へ旅行させるような素晴らしい歌というものを歌う場所であるはずのカラオケは、今やリア充たちが自分をアピールする場所になってしまった。


 そのせいか、カラオケに来るとなんか緊張しちゃうんだなぁ…………このキラキラオーラに気圧されるみたいだ。


 カラオケに来ると、なんとなく盛り上げなくてはいけない空気が漂う。そのせいで友達と来た時は俺の好きな昔の名曲みたいなのが歌えないのがキツい。


 本来ここは歌を楽しむための場所じゃないのだろうか……



 しかし俺は、あいにく流行りの曲を知らない。

 テレビで聞いたことあるくらいのものは知ってても、歌えるかと言われたら、ノーだ。


 そんな歌がいっぱいあるのである。


「じゃあ、記念すべき最初の歌はアタシが歌わせてもらいますぜ!」


 部屋に入った途端、急にテンションを上げた梨花は、マイクとリモコンを奪うようにとって、慣れた手つきで曲を入れる。


 そして諸々の音量を確認した上で、マイクを口元に持って行き、歌う準備をした。


「アタシが歌うのは、流行りのラブソングだぜ!『ファーストキスの味』だ!」

 うへぇ、テンション高ぇ。部屋に入ったら強制されたようにテンションが上がったなこの人は。


 確かこの『ファーストキスの味』っちゅうのは、初恋の女の子と付き合うことが出来た主人公が喜びのあまりキスをして、ビンタされて別れるという歌だったか。


 なにこれラブソング?ファーストキスの味って鉄の味かよ。


「優しぃい、君がぁ〜、キスしたら鬼にぃ〜……」

 うわぁ、がっつり歌ってるなぁ。俺流行りの曲知らないからなぁ…………盛り上がらないだろうから歌わないのが吉だろう。


「叩かれた頬が今も痛む〜、口の中を切って口内炎になったよ(1週間地味に痛かったよ!)」


 ………ひどい歌詞だな。この歌こんな歌だっけ?

 なんか作曲は有名な作曲家がチームを組んで作ったという評判の通りいい曲だが、作詞家にお金が回らなかったのか?


 しかし、世の中なにが売れるかわからないなぁ。

 イマドキの女の子がみんなこれ歌ってると思うと、歌の世界が恐ろしいことになるなぁ。


 少なくとも聞いてる俺はいい気分じゃないぜ。


「30で初めてのっ!(ハイ!)ファーストキス!(ハイハイハイ!)セクハラで捕まって!(ヘイヘイヘイ!)臭え飯の味がしたよ!」


 ジャジャーン。とギターの音がなったかと思うと、どうやら曲が終わったようで、カッコイイポーズで梨花が決めている。


 あ、ちなみにあのクソつまらん合いの手は永瀬ともう1人の水泳部のやつが叫んでるわけだが、合いの手というのは客観的に見てるととても恥ずかしいもので、大宮はさっきから白目むいてる。


 永瀬ともう1人に俺と大宮のテンションが吸い取られてるみたいだな…………

 返してください。まあ返されても盛り上がらんけど。


「イェーイ!君たちノリがいいね!じゃあこのままバンバン歌っちゃおう!」


 梨花を見ると、イェーイ!と永瀬ともう1人とハイタッチして、盛り上がっていた。


 水泳部2人は、梨花の距離を感じさせない態度によってだいぶ距離が縮まったようで、すでに仲良くなっている。


 先ほどの2人の態度が嘘のように仲良くなっている。


 …………ふぅん?別にいいし?自称距離ゼロの奴は信用できないし?そんなの距離感測れないだけだし?別に寂しくなんてないし。


「なんだいなんだい咲ちゃぁん!?もっと盛り上がっていこうぜぇ!?」

 イェーイ!と俺に呼びかけることによって、俺にそのノリを強制させてきた。


 あ、やっぱ来なくていいです、勝手に盛り上がっててください。


 お前これあれだろ?俺が無理して盛り上がっても、「え?なに無理してんの?はっず」みたいな空気になって結局俺はお呼びじゃない奴だろ?


 マジなんなんだよなあれ。そんな反応するなら俺を最初から呼ぶなよ。あれの答えを知りたい。本に書いたら五万部は売れる。ちなみに8割は俺みたいな奴。


「…………はぁ」

 と、少し遠くからともすれば聞こえないようなため息が聞こえる。隔絶された世界からの声は、どうやら俺の耳にしか届いていないようで、俺しか気づけない。


 そして大宮は水泳部の奴に何かを小声で言って、部屋を抜け出していってしまった。


 それを見ていた俺も、「ちょっと」と言って大宮についていこうとした。

 しかし、俺の進行方向に梨花が立ち塞がってきた。


「どこ行こうとしてるのぉ?まさか、そのまま帰ろうとはしてないよねぇ?」

「そ、そんなことしようとしてないですよ!」

 ちょっとは思ったけど。


「だからそのぉ………ちょっとですね」

「ちょっと、なに?」

 俺の話の先を促してくる。


 おいおい、これだけやんわりと誤魔化してるんだから察しろよ!鈍感かよラブコメの主人公かよこれが最近の若者かよ!


「だから、と、トイレですって!」

 梨花の持っていたマイクがオンになっていたようで、声がキィィンとハウリングする。


 そのハウリングをきっかけに、部屋の中が静まり返ってしまった。



「あ、そ、その、なんかごめんね?」

 いたたまれないような沈黙を打破するように、梨花が謝ってくる。


 うんだからその謝りは誤りだよね。同情が逆にいたたまれない空気になってしまうっていうのは俺の長年の経験によって脳にインプットされている。


「………もう!」

 俺はなんというでもなく、もう!と一言いうことしか出来なかった。


 顔を真っ赤にしているのを感じながら、ドアを開けて部屋を飛び出す。


 ………なんで大宮のためにいらん傷を負わなければならないんだよ!


 ………あとなんで、トイレって言うのが恥ずかしいんだろうか?


 


 +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++




「大宮!」

「…………っ、日比野さん」

 振り向いた大宮は、露骨に嫌な顔をした。


「なんでお前は、露骨に俺を避けるんだ?」

「なんでって………」

 カラオケの店内は仄暗くも眩いストロボのような光が目まぐるしく輝いている。


 そのストロボが、大宮の顔に陰りを作る。


「………それだけ僕1人に構ってきたら、誰だって怪しいって疑いませんか?」

「な、何を自惚れてんだよ!?お、おおお俺はお前1人になんか構ってなんか」

「それだけテンパってれば、それが答えじゃないですか」


 顔を上げた大宮は、まっすぐ俺の視線を射すくめて言う。


「逆に僕が聞きたいですよ。なんで僕にそんなに構うんですか?」

「な、なんでって………」


 俺が日比野正樹で、もう一度仲良くしたいから。

 なんてことを言えるだろうか?言ったら、気持ち悪がられて、もっと避けられるのではないか?第一、そんな夢物語のような事を信じてもらえるだろうか?


 他の誰かの時には思いつかなかったような考えが、頭の中にいくつもいくつも浮かぶ。

 だが、冷静だからそんな考えが浮かぶのではなくて、慎重になるからこそそれが焦っている証拠だった。


 だから俺は、こんな時の適切な回答を持ち合わせていない。


「答えられないくらいやましい理由なら、もう僕に構わないでください」

 話はそれからとばかりに、大宮は振り向いて何処かへ行こうとしてしまう。


 待ってくれ。と言いたかったが、果たしてそれを言ったところで現状を打破する話が出来るだろうか?


 呼び止めたところで、大宮に何か言えるのだろうか?


 呼び止めることもできず、ただ大宮は何処かへ行ってしまう。


 手を伸ばしても届かない。

 呼び止める声は発せない。


 本当にこれが、どこか違う遠くの世界へ行ってしまった大宮との別れなのだろうか………?




「ってアレ?咲?どしたの?トイレの場所分かんない?」

「え?…………あー、はい。そんなところです」


 不意に後ろから声がかけられて、そういえばトイレに行くと行って出てきた事を思い出す。


「………やっぱり、僕もう帰っていいですか?」

「うーん…………まぁいいけど」

 事情を察してくれたのか、何も聞かずに了承してくれた。


「何があったのかは聞かないけど、これだけは言っとくね?」

 唐突に梨花は俺に全身を向けて、真剣な表情になる。


 さっきまでのふざけた感じとは全く違う、真摯な表情に、思わずドキリとしてしまう。


「悪いことがあった後は、絶対にいいことが起こる。それはなんでかって、悪いことの次に起きたことはその前の悪い事と比べて良く見えるからだと思うよ。だから咲も、必ず良い事と思えることが起こるはずだよ」


 ふわり、と頭に何かが被さる。

 この暖かい感触は、手だ。


「だからね?今じゃなくてもいいから、いつか元気出してね。その時もっかい遊ぼ?」

 慎重さを詰めるように梨花はかがんで俺の顔を真正面から見据える。そして、俺の頭を撫でる。


「…………そうですね」


 たしかに梨花の言う通りだ。これだけ最低の気分の時に良い事が起こったらいつもより良く見える。


 …………明日もめげずに、大宮に話しかけてみるか。



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