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IF〜もしも男子校にTS娘が入学したら〜  作者: 中内達人
1章:〜もしも男子校に女1人で転入したら〜
26/42

IF25〜もしも変わってしまったら〜

 その日、俺は夢を見た。


 大宮と、2人で遊んでいる夢。


 どこか懐かしくて、どこか違う世界の夢。


 と、大宮が、俺に向かって笑いかけてくる。

 俺が笑わせたのか、はたまた違うのかは分からないが、とにかく大宮は笑っている。


 俺の胸には、幸せな気持ちが溢れる。


 男の俺が、大宮の笑顔を見て幸せな気持ちになるのがたまらなく悔しかったはずなのに、なぜか今は、なんとも思わなかった。


 どころか、どこか久しぶりな気持ちになって、寂しくも嬉しかった。


 大宮の笑顔が嬉しい。

 大宮が俺に笑いかけてくるのが幸せである。


 けれど、その大宮の笑顔を見ているはずの『俺』は、俺の視界にいなくて、俺の世界にいなくて、振り向くとそこには、『女の俺』がいた。


『女の俺』が冷え切った声で言う。


 ーーーー貴方はもう、元の生活はできない、と。


 そう言い放った後、『女の俺』は光の粒となって世界の中に溶けていった。


 怖くて、まるで冷たい声に全身が凍らされたみたいだった。全身の血液が冷蔵庫に入れられたみたいに冷たくて、寒気がする。


 けれどやっぱりなんとか耐えて、心を持ち直して大宮の方へ振り返るーーーー


 ーーーーしかしそこには、いるはずの大宮はいなく、代わりに今度は『男の俺』が立っていた。


 なにをしてるんだ?と恐る恐る聞く。


 すると、『男の俺』が口を開く。


 ーーーーお前は誰?と。


 不安そうな顔で俺を見据えるその顔は、俺なはずなのに俺には見えなくて、誰か知らない人の顔のように感じる。


 違う世界を暮らしている人間な気がする。


 おかしい。『女の俺』も、『男の俺』も、俺の前に現れるのである。


 俺は一体、どちらなんだろう?『男』なのか、『女』なのか、分からない。


 自分が何でどこにいて何をしているのかが分からない。俺は、世界のどこに存在しているのだろう?


 気がつくと俺は、前は『男の俺』、後ろは『女の俺』に挟まれていた。


 どちらを見ても、三日月型に口を歪めて俺の方を見ている。けれど、その2人が見ている俺は、果たして本当に存在しているのだろうか?


『男』でも『女』でもない、俺は本当にこの世界に存在出来ているのだろうか?


「「お前は、誰?」」


 ちょうどそんな考えが頭の中に浮かんだ時、2人の声が揃って俺の胸に突き刺さった。



 +++++++++++++++++++++++++++++++++++



「うぁぁぁぁ!!」

 俺は気がつくと、マットの上で飛び起きていた。


 布団はぐちゃぐちゃに散乱され、ほとんど母さんの方に乗ってしまっていた。


「ふー……………ん?」

 深呼吸をする。何回かすることによってなんとか落ち着いてきた。そのせいで、気がつくことがあった。


 もうすぐ冬が来て、本格的な寒さが列島を襲うというのに、何故だか俺の服は汗でべったりだった。


 冷たい外気が俺の汗に触れて、熱くなった体温を奪い去っていく。だけど、冬だというのに、なぜかその外気がすこし気持ちよかった。


 空気を吸うだけで、世界に存在を認められたみたいで、自分はここにいるのだと実感できる。


 外の空気を吸って、熱くなった脳味噌が冷却され、やっと色々な事を考えられるようになる。


 そしてやっと、服が体に張り付いて気持ち悪いことに気がついた。


「はぁ………とりあえず下行こ」

 なんだか独り言でも喋ってないと不安に飲み込まれて潰れてしまいそうだった。


 何物かよくわからない不安が全身を襲うが、それに対抗する元気が湧いてこない。その不安がどういうものかを考える勇気すら、今の俺には湧いてこなかった。


 考えているはずなのにどこか上の空のまま、十数年間も歩いてきた階段を下りる。この階段は、何も考えてなくても目をつぶっても下りれそうな階段である。


 2階について、洗面所まで行き、鏡を見る。


 そこには、『女の俺』が映っていた。


 髪がボサボサで、顔もひどく疲れているのになぜか美人で、だけど遠く夢の世界の住人のようである。

 身体中の血液を奪われてしまったような真っ白で透き通っているその肌は、骨すらも覗けそうであった。


 暑い。寒いはずなのに、ひどく暑い。


 全身が冬の風に冷まされているというのに、俺は体の芯から暑くて仕方がない。


 ……………とりあえず、服、脱ごうかな。


 そう思って俺は、服を脱ぐ。1枚、もう1枚、と脱ぐ度に、俺の体が外気に近付いて、冷たい空気に全身が包まれていく。


 そして、上だけでいいのに下までも脱いで、生まれたままの姿になる。


 そして、鏡に映る。


 鏡を見ると、『女の俺』の生まれたままの姿がそのまま映っていた。

 そして、露わになった、首筋から先の曲線に思わず息を飲んでしまう。


 まるで、人工物のように完璧な曲線美で、背の低いはずの体が今はとても妖艶で、俺を怪しく誘っているようであった。


 俺の思考をかき乱して、惑わしてくる。

 俺を艶めかしく誘って、拐かそうとしてくる。


 まさに完璧。この世の全ての美の集大成のように思えた。





 ーーーーーけれど、それだけだった。





 なぜか恥ずかしくないし、なぜかそれ以上全く何も思わない。可愛いし、綺麗だとは思うのだ。

 なのに俺は、客観的に美しいと思うばかりで、自分の心が全く動いていないことに気がつく。


 なぜか、興奮しない。何も思わない。


『男』の時の気持ちは覚えている。それを基準にして考えれば、どうしたって興奮するような情景であるというのに。


 なぜか、『今の俺』には響いてこない。ひどく冷めていて、ひどく虚しく思う。


「…………なぁ」

 手を上げて、鏡の中の俺と手を合わせる。


 その手は、最初に触った時と同じでひどく冷たかった。

 だけど、この体を見たときに感じた狂おしさが、今はひどく寒々しく脳内に記憶として保存されているだけ。


 鏡に映る少女の寒々しいほどの美しさが、俺の視界を占領する。冷たいはずの少女が、今はなぜか、そうは感じない。



 ーーーーーいや違う。彼女が冷たくないわけじゃない。俺の手が冷え切っていたのだ。


 鏡の中の俺は冷たいのに、それ以上に俺が冷めきっている。


「お前は、誰なんだ?」


 俺の声に呼応するように鏡の中の女の子の口が動く。

 鏡の中の女の子が、俺が誰なのかを問う。


 鏡の中の女の子の鋭く突き刺さるような目が、俺の脳内を見透かしているようで、少し気持ち悪くて少し怖くなった。


「俺は、誰なんだ?」


 鏡の中の女の子の『俺』という言葉が、違和感しかなかった。『私』と言えばいいのに、なんて思ってしまう。女の子らしくない、なんとも思ってしまう。


「……………寒い」

 なんだか急に寒くなってきて、俺はタンスからシャツと、俺が前買った黒いパーカーとジーパンを取り出して、着た。



 +++++++++++++++++++++++++++++++++++



 昨日、大宮に断られてからそのまま帰ったはずなのだが、全く記憶がなかった。


 そのまま運ばれたのか、自分の足で帰ったのか、ちゃんと坂本に一言言って帰ったのか、とにかく沢山のことが頭の中に浮かんだ。


 が、何一つ分からない。大宮に断られた時以降の記憶が、すっぽり抜け落ちてしまったようになかった。


 気がついた時にはもう布団の中で朝を迎えていたのである。よくよく考えてみると、家に帰ってきてからの記憶も全くなかった。


 そして目が覚めて、現在に至る。時間は11時半。丁度昼時であった。




 俺が、服を着た後何とは無しにリビングで座ってテレビを見ていたところであった。


 階段を下りてくる音がするなと思っていると、やっぱり母さんが下りてきて、俺の方を見て硬直するのである。


 この時の時間はおよそ10時。休日であるから、母さんも気を抜いてゆっくり起きてきたのだろう。


 そして起きてきて1番に、俺を見て固まっているのだ。


「…………どうしたの?母さん」

 そんな怪訝な顔で見られても、何も言わなかったら何も分からないのである。

 母さんの態度に少し怒りを感じながらも聞く。


「いや、アンタの服ダサいなぁって」


 ……………本当に失礼な人である。

 俺がどれだけ苦労したかも知らずに無責任にそうやって言われると、腹が立つ。


「でもしょうがなくない?だってさ、女の子初心者の俺がスカートとか履けないじゃん」


 …………まぁ、母さんが言いたいこともわかるから、眉が釣り上がるのを堪えながら、あまり怒鳴らずに言い返すことにした。


「いや、スカート履けなんて言ってないし。てか制服で履いてるじゃん」

「それはそうだけど…………」


 俺は、言い淀んでしまう。


 たしかにスカート履けないと言っている割には制服では履いているのだ。仕方がないと言ってしまえばそうなるのだが、それでも履いている事実は変わらない。


 俺が俯いて考えていると、母さんは嬉しそうに頬を釣り上げ、楽しそうに言う。


「だからさ、服買いに行こうよ!」




 そんな感じで今、ブレックスに来ているというわけだ。

 ここに来れば大体の服は揃うし、それなりに品揃えもいいし、それなりに安いからだ。


「別に服なんて買ってきてくれればそれ着るのに」

「え?じゃあすんごいキャピキャピした奴でもいい?」

「…………やっぱついてく」


 そんな雑談をしながら歩いていると、とうとう目的の服屋にたどり着いた。


 この服屋は、全国的に有名な安い服ばかり売っていて、だいたいの適当な服はみんなここで買うみたいな店である。


 たどり着くと母さんは、早速楽しそうに入り口に置いてあった服を漁る。

 女の人とはどうしてこうも服を探すのが好きなのだろうか?いまいち理解できる気がしないが、とにかく母さんを待つことにする。


 母さんの選ぶ服は嫌だとか言いつつも、やっぱりチョイスは母さん任せになってしまうのは男子中学生として仕方がないことだと思う。


 だから待つ。ぼーっと突っ立って、周りを見渡す。


 全員が一同に俺のことを見ていた。俺と目があったら目をそらしてくるが、明らかに手が止まっている。


 店員さんでさえ、俺の方をぼーっと見ているだけなのだ。働けよ、と心の中で怒っておく。


 店内をぐるりと一周する。老若男女問わず俺のことをじっくりと見ていて、視線の交差点のようになる。


 流石にもう慣れたが、こうもじっくりと見られるというのは気持ちのいいものではなかった。


 見るな!とも言えないし、仕方ないのだが………


 と、見回した先にふと、とある人を見つける。


 少し遠くにいるのだが、その人は、俺の方を見る事のなく黙々と服を選んでいるのである。


 …………へぇ、珍しい人もいるもんだな。


 なんて、見て欲しくない割に見られないと傷が付く繊細なプライドが傷つけられ、少し怒ってしまう。


 どんな人なんだろうと段々気になってきて、ゆっくりその人の方に近づいていく。


 背中しか見えないが、もうちょっと近づけばどうにか……………


 と、ようやく顔が見える。顔が見えたその人は。


「…………まさか、大宮?」


 思わず口に出してしまい、あっ、と思った時にはもう、大宮はこちらに顔を向けていた。

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