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IF〜もしも男子校にTS娘が入学したら〜  作者: 中内達人
1章:〜もしも男子校に女1人で転入したら〜
24/42

IF23〜もしも拷問を受けたら〜

「へっへっへぇ〜!どうだ!女の子だろ?」

 俺は早速、買ったパーカーとジーパンを着て、帰ってきた母さんを玄関まで迎えに来たのだった。

 そして母さんを満面の笑みで迎える。


「………それ、どうしたの?」

「買った!」

 パーカーのせいでほとんど分からなくなっている慎ましい胸を張って答える。

 俺の横に置いてある姿見で今の姿を見ると、なんだかいつもよりも圧倒的に幼く見えた。


 だが、着ている黒のパーカーは、どこからどう見ても女の子の服で、しかもサイズがピッタリ、鏡の世界に溶け込んでいた。………元男には見えなかった。


「…………どこで?いつ?」

「帰ってきてからすぐ!あそこの中古屋で……って?」

 だけどここで、胸を張っていた俺は、ようやく母さんの周りに漂っている冷たい空気に気がつく。

 母さんの周りの気温が、どんどん下がっていく。


 それに気がつき、張っていたはずの胸が自信を失うとともに縮こまっていく。小さな胸がパーカーにどんどん吸い込まれていって、服の上からじゃ分からなくなってしまう。そして恐る恐る、聞く。


「……んな、なんで怒ってる………んですか?」

 この感じは、アレだ。ふちぎれる直前だ。長年母さんと暮らしてきて培ってきた勘が働く。そしてなんとなく敬語を使ってしまう。


 危機的状況ながら、俺はなぜか冷静だった。死が目前に迫っているのに、なにが他人事のように、諦めるように、客観的に状況を分析していた。


「………あのさ」

「は、はひっ!?」

 母さんの声は、底冷えするような低い声だった。

 この声は、俺の記憶の奥底にあるトラウマの扉をバンバンと叩いてくる声である。そして、恐怖がフラッシュバックする。


 そしてゆっくりと母さんの顔が上がってくる。

 どうか、どうか、どうか視線で殺そうとするのはやめて下さい。どうか眉毛だけはつり上がってませんように。と、せめてあまり怒られないように、心の中で切に願う。


 だが、ゆっくりと上がって見えた母さんの眉毛は、『ハ』の字になっていたのである。


「なんで大丈夫って一言言ってくれなかったの!

 心配したじゃぁん!!」

 母さんの口から発せられた言葉は、俺の予想とは遥かに違う内容であった。


 母さんが雄叫びのように叫んだ言葉は、『怒り』ではなく『心配』であったのである。


「母さんね?正樹が早退したっていうから急いで帰ってきたのに元気じゃん!!言ってくれれば帰ってこなかったのに!!なんで言ってくれなかったの!?」

「あ、いやその」


 母さんに詰め寄られて、戸惑ってしまう。母さんはいくら『心配』しているからといって、『心配』をかけたことへ対しては怒っていたのだ。


「………ごめんなさい」

 言い訳するよりも謝る方が早いと思った俺は、渋々謝った。第一、これだけ心配してくれている人に言い訳をするというのは、なんだか失礼な気がしたのだ。


「んもう!ちゃんと連絡してよね!」

「はい………すいません」

 サラリーマンのように平謝りをする。若干不本意ではあるが、謝るに越したことはないだろう。

 ………なんで謝ることが不本意なんだろうか?


 母さんは靴を脱ぐと、ジャンバーを脱いでハンガーにかけてから俺の方に向き直る。


「でも、なんで早退してきたの?」

 聞かれて、思い出す。光のような速さで俺の頭が回転し、様々な思考がよぎっては消える。


 …………この質問は、予測できたが忘れていた問いだった。いくらでも考える機会はあったというのに、全く考えていなかった。


 この質問は、一番聞かれる可能性が高い上、一番聞かれたくなかった事である。理由としては、返事をするのが恥ずかしいと言うことが一番に上がる。


 だってそうだろう?一応思春期の息子が、母親と『女の子の日』について語り合うというのだ。一体、なんの罰ゲームだろうか?拷問でしかない。


「えーっとぉ………あの、その………あそうだ!せ、先生から聞いてないの?」

 うつむきながら、しどろもどろな返事をしてしまう。

 やはり、男子中学生が母親に『生理』の話をするというのは、恥ずかしくて仕方なかった。


「いや、体調悪くて早退したってのは聞いたんだけど、なんか、後はご家族でお話しくださいって」

 …………あのクソ教師ども………!!!!

 おおっと、つい口が滑っちまった。いや、うちの教師はみんな良い人ばかりですよホント。


 冗談はさておき、本当に迷惑な事をしてくれた先生達である。ありがたくないありがた迷惑である。


 というか、どういう気遣いなんだろうか?俺はどう受け取るのが正解なのだろうか?やっぱり冷やかしなのか?だとしたら許さん。


「いや、そのう、話したくないわけじゃないだけどね?その、心の準備というのがね?」

 手をこねこねしながら、張り付いた笑顔でどうにか話をそらそうと奮闘する。


 が、思い届かず、母さんの真剣な眼差しによって動きが封じ込められてしまう。

 そしてその眼差しに押されるように一歩二歩後ずさってしまう。

 …………そんなまっすぐ見られたら、言うしかないじゃないか。そう思って腹をくくり、意を決する。


「………いり」

「なんて?」

 消え入りそうな声で俺は言う。やっぱり言葉にしてみると恥ずかしい。こんな事で恥ずかしがってたら、これからどうすんだとか思ってみるものの、全く効果はない。


 俺は男だ、だから言える。というわけにもいかない。今回に限っては、逆に男だから言いづらいのだ。

 俺が純女の子だったらなぁ………なんて、初めて思ってしまったくらいのことだった。


「…………せいり」

「ん?せ………なんて?」

「………せいり!生理っていったの!!」

 もうヤケクソだった。言葉を吐き捨てるように言うが、母さんの顔を見ることができなかった。


 目をつぶって俯く。耳まで赤くなっているのがわかる。首の下まで血が集まって、胸元まで真っ赤に染まっているのを感じる。

 多分だけど、母さんから見たら、ゆでダコのようになっていたと思う。それだけ、自分で分かるくらいに身体中の血液が沸騰していた。


「なぁんだ、生理かぁ!」

 俺の真っ赤な耳に届いた声は、陽気な声だった。

 一瞬母さんのものかもわからなくなるほど、明るくて、嬉しそうな楽しそうな声り


 母さんはよく喋る人で、毎日元気に喋っているが、ここまで明るい声を出すのは珍しい。


「そうならそうとはっきり言ってくれれば良かったのに!たしかに生理なら、早退しちゃうよねぇ」

 だって、女の子の生々しい部分だもんね。明るい声でそう言って、俺の肩に手を置く。


 陽気な声で包まれた、まっすぐな言葉だった。

 母さんの声の包み紙を剥がしていって、その奥の気持ちに気づく。そしてそれを、まっすぐ受け取る。


 母さんの声は、俺の胸に突き刺さった。痛い、と思ってしまうほどリアルな感覚だった。

 まるで煮えたぎっていた血液が、心臓の周りだけ冷めてしまうような、そんな感覚。


「………うん、衝撃的でさ」

 なんとか声を絞り出すのが精一杯だった。心臓の温度差が気持ち悪くて、その場に埋まりたかったくらいであった。


「まぁいいや、とりあえず上あがろ?」

「………うん」

 返事とも言いがたい返事をして、母さんの後ろについて階段を上る。

 もうほっといてくれよ。と、声にすることのできない言葉を胸に、母さんの後ろから階段を上る。



 +++++++++++++++++++++++++++++++++++++



 2階に上がり、リビングにつくと、母さんはどかっと座った。だが俺は、座ろうにもなぜか居心地が悪くて、借りてきた猫のようにひっそりと座っていた。


 これから母さんと女の子の日についての話をするわけである。想像するだけでも顔が熱くなる。


「正樹?今はもう体調悪くないの?」

「え?あ、うん、今は、全然!」

 なんだか元気が空回りしているような気もするが、話が話なので目をつぶっていただきたい。


「ああそう?じゃあ正樹、これからはどうするの?」

「んーっと、これから、ってどんな?なんか質問が漠然としすぎてない?答えづらいんだけど」

 これからと言われても、何をもってしてこれからなのかがわからないから答えようがない。


 と、聞くと、母さんは間の抜けた顔をして、

「いや、これからの生理の日についてだよ」

 と、なんの問題もないかのように言う。


 こちらからしたら問題だらけなわけであるが、しかし、ここまで堂々とされると、ここまで恥ずかしがっているのが馬鹿馬鹿しくなってくるのも事実。


 ここはひとつ、腹を割って話してみよう。


「そんなこと言われてもなぁ………初めてなんだからなんもわかんないよ。対策とか、できるの?」

「そりゃあいっぱいあるよー!タンポンとか、ナプキンとか?まぁ、色々」

「その2つはなんだか危ない匂いがする………」

「そんなことないよ?女の子みんなしてるし」

「えちょ、そ、そんなこと、言われても………」


 堂々と恥ずかしげもなく言う母さんに、こちらが恥ずかしくなって顔を背けてしまう。


 母さんとこういう話題で話した事は全くなかった。男の時も、そういう下の話について話したこともなかったし、話したいと思わなかった。


 だから、母さんと話すことについて免疫がないのだ。


「よし、じゃあ試しに母さんのを貸したげよう!」

「ーーーーえ?いや、別にいらな」

「そうと決まったら早く早く!」

「あちょ、引っ張らないでって!」


 母さんは強引に俺の腕を引っ張り、トイレへと連れて行く。あまりの強引さに、拒否することすらする気にならなかった。


 だから俺は、母さんと生理用品についてみっちり指導を受けるという地獄を味わうことになったのである。


 ちなみにこの地獄は、兄が帰ってくるまでの1時間ほど続くのであった。

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