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IF〜もしも男子校にTS娘が入学したら〜  作者: 中内達人
1章:〜もしも男子校に女1人で転入したら〜
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IF21.〜もしも血まみれになったら〜

 俺の下半身から溢れていた真っ赤な液体。それは、臭いや状況から、確実に『血』であった。

 ずっと見ていると、吐き気を催してしまいそうなくらい真っ赤で、グロテスクだった。


 その『血』は、制服のスカートから滴り落ちていた。まるで、お漏らししたような状況であったが、排泄されたものが『血』なのである。


「………保健室、行こ?着替えもあるから」

 若い女の先生が、俺の肩に手を置いて優しく言う。


 だけど肝心の俺は、その場に立ち尽くしていた。

 血を見て驚いていたのもあったがそれ以上に、この状況が理解できなかったのだ。


 いや、俺の体から血が大量に放出されたことは分かっている。そういうことじゃなくてこの状況を、理解したくなかったのだ。


 …………間違いない。この血は、生理によるものだ。

 それなら、若い女の先生が来ていることも理解できるというものだ。


 頭では分かっている。これが生理によるものなのだと。だけど、それでも、信じたくなかった。どれだけ誰かに現実を突きつけられても、絶対にそれを受け付けたくなかった。


 確実に、俺の体は完璧な女の子になりつつある。このまま俺は、精神まで蝕まれて仕舞えば、もうこの世に『日比野正樹』は存在しなくなるのだ。

『日比野正樹』は『日比野咲』に吸収されてしまう。その恐ろしさが、全身を襲う。


「ひ、日比野さん!?お、落ち着いて、泣かないで!?」

 女の先生に言われて、気づく。どうやら俺は、いつのまにか泣いていたようだ。


 気がついてしまうと、抑えていたものが吐き出されるように、涙が目から溢れ出ていく。横隔膜は、俺の意思に反するように痙攣し、吐く事を催促してくる。


 滲んだ世界で、椅子の血だまりを見つめる。


 真っ赤だった。まるで、絶望する俺をあざ笑うかの如き赤であった。血なのだからそれは当たり前なのだが、なんだか無性に腹が立つ。


 だけど、どんなに腹を立てても、現実は変わらない。


 血を見れば見る程、世界は歪んで、音を立てて崩れていく。俺の手から、溢れ出ていってしまう。


 頭が痛い。けどこれは、体調不良によるものではないことは分かる。血が、俺の精神を直接的に攻撃してくるのだ。そのせいで、頭が痛かった。


「ハイハイ、席について!朝礼を始めるぞー!」

 教壇の方で、担任の声がする。その声が聞こえてから、なんとなく落ち着かない様子で生徒たちは皆んな席に着く。


 だが、俺だけ立っている。椅子は血まみれである。

 俺だけ取り残される。この中で俺だけが女の子になっていっている。


 急激な疎外感にさいなまれる。それと同時に、焦燥感を覚える。俺はこのままでいいのか、俺はこんな能天気に女の子をしていていいのか、そう思えてくる。


 そんな一方で、『どうせ死んだら世界から忘れられるんだから、男でも女でも変わんないよ』と水を差す自分もいる。もう、誰を信じるべきかわからない。


「日比野さんは、念のため保健室に行ってください」

 担任が念に念を押すように、俺に催促してくる。


 俺だけが先生に囲まれている。俺だけが迷惑をかけている。俺だけが、特別扱いされている。


「っ!!!」

 担任の言葉を耳に入れた瞬間、俺はその場から逃げ出すように走って教室を出た。


 物々しい雰囲気の教師達を押しのけ、廊下に立っている野次馬どもを押し倒し、無我夢中に走る。


 全てが邪魔だった。俺に関わっている全てが、しがらみとなって俺を女の子の世界へと引きずり込んでくる。


 何をしていても、何をされても、誰と話していても、どんな瞬間にも俺は女の子に近づいているのだ。


 …………全て消えてしまえばいいのに。


 心の中でそう叫んでしまうほどに、俺の心は荒んでいた。本当は消えて欲しくない。本当はもっと俺のことを見ていてほしい。そう思っているはずなのに、周りが邪魔で仕方がないのだ。


 転がるように走って飛び込んだ先は、男子トイレだった。この状態で、女子トイレになんか入らなかった。入るのがとてつもなく嫌だった。


 開放的な、比較的広い区画となっている男子トイレである。その中に入ったことで、小便器が目に入ってきて、なんとなく、心が少しだけ落ち着いた。


 そんなトイレの中で、個室に入る。

 ドアを閉めた途端、力が抜けて、その場に座り込んでしまった。スカートと下着に染み込んだ血がまだ乾いてなくて、気持ちが悪かった。

 トイレ内には、換気扇の音と、俺のしゃっくりの音だけが、静かにこだましていた。


 それでもそんなことを考えている間も無く、その場で項垂れる。そして、今起こったことを、1から考える。


 まず俺は今日、朝から体調が悪かった。その上で学校にやってきて、倒れこむように眠ったのだ。


 そして眼が覚めるとあら不思議、椅子の上は大洪水だったのです!というわけなのだが…………


「は、恥ずい………!」

 あれだけの群衆のど真ん中で、全視線が集中している中、俺は生理の血をお漏らししてしまった訳である。

 全然吐いてしまうより恥ずかしかった。


 膝を折り曲げて立てて、顔を蹲る。口角が引きつってしまうほどに恥ずかしくて、顔が、熱した鉄板のように熱くなっていた。今なら顔の上で目玉焼きが作れそうなくらいである。


 みんなの前でお漏らしをするよりも、恥ずかしく感じてしまうのは何故だろう?吐くよりも恥ずかしいのは何故だろう?


 よくわからないけれど、とにかく恥ずかしい事この上なかった。本当に、これからの人生でここまで恥ずかしいことはないんじゃないかと思えるくらいだ。


 そう考えると、生理が来るということの大きさが、なんとなくわかってくるというもので、今まで軽んじて考えていたことを心の中で誰かに詫びる。


 子供を産める体になる。そのことが、ゆっくりと現実となって、脳の中に言葉となって浸透していく。


「うぅぅぅぅぅ〜!」

 スカートに、顔を埋める。生理という言葉が、あのこうけいが、なんだかいけないものを見ているような感覚に襲われてしまうのだ。それがなんだか無償に照れ臭かった。


「あのさ、日比野?そこにいる?」

 と、突然ドアの外から声がかかる。この微妙に高くてあどけなさが残る、どことなく締まりのない声。声の主はおそらく、坂本であった。


「なんでここがわかったんだよ?」

 しゃっくりを極限まで押さえ込んで、坂本に問う。だけど、どれだけ頑張っても、声が上ずってしまう。


「いや、廊下に血の道が出来てたから」

「うお、そんなに垂れてたんだ」

 なんとか平静を装って返事をするが、どうしても、声は涙で包まれていて、しゃっくりのトッピングがされてしまう。


 だが俺が返事をすると、なぜか坂本は無言になってしまい、トイレ内には居心地の悪い沈黙が漂う。

 てか、坂本から話しかけてきたんだから、お前が話題を出せよ!と、心の中で文句を言ってみたりする。


 すると心の声が聞こえたのか、坂本は、ドアの先にいる俺ですら聞こえるくらい大きく息を吸った。


「あのさ、日比野!」

 突然の大声に、体をビクつかせてしまう。


「元気出せよ!」

 坂本はそう言うと、つかつかと足音を立てて帰って行ってしまった。そのほかに何か言うこともなく、たった1人俺を残して。


 …………え?それだけ?

 どれだけ肯定的に受け取ろうとしても、想像の斜め上をいくがっかり感が否めない。


 こういう時ってこう、もっとなんか励ます言葉をかけてくれるものなのではないだろうか?そういうことを言うから、ラブコメの主人公ってのは好感度を上げていくものなのではないのか。


 だけど坂本が言ったのは、「元気出せよ!」の一言のみである。…………だからモテないんだよお前は。


 てかそれだけ言うためだけにここまで来たのかよ……

 優しさからの行動だと思うが、まさかここまで俺を気にかけてくれているとは、と思って少し嬉しくなった。


「ふふっ……!」

 少し吹き出してしまった。なんだか坂本が残念で、それがなんとなくおかしくて、笑えてきてしまう。


 気持ちが、少し和らいだ。吹き出すたびにたびに、侵されていた心が、修復していくようであった。坂本に対して笑うことによって、確実に俺の心は元どおりに近づいていった。


「……あ〜あ、出るか………」

 現実的には何も解決していない。だけど、そこまで深刻に考えるのがバカらしく思えてきた。


 たしかに、坂本の言う通り元気さえ出して仕舞えば、どうと言うことはない、ような気がしないでもないように思えてきた。


 じきに朝礼が終わり、男子生徒がこのトイレに入ってくる。そうなるとこの上なく出づらくなってしまうから、早くここから出た方がいいだろう。


 そう思ってすくっと立ち上がり、扉に手をかける。

 血で濡れたスカートは、少しばかり乾いていて、もう気持ち悪さはそこまで気にならなかった。


 ドアを開ける。すると、本当に坂本の言うように、血痕がトイレの床についていた。これでは、俺がここにいたことがバレてしまうではないか…………


 と思ったが、なんだか今はそれもどうでも良かった。

 俺は男なんだから、男子トイレに入ってもおかしくはないだろ?まぁ、生理がくる男子だけど。


 トイレから出る。すると、心配そうな顔をした女の先生が、外で待っていた。


「だ、大丈夫!?どう?痛くない?心配しないでね?女の子には必ず来るものだから!」

 ほとんど泣きそうな顔で俺の顔を覗き込んで来る。


 ただ、『女の子には』と言われるのは、なぜか照れ臭かった。だから、思わず聞いてしまう。


「…………あの、僕が元男だって知ってますよね?」

「それでも今は女の子でしょ?」

 なんとも予想外の答えが返ってきた。こんなに純粋に(そう見える)俺のことを心配してくるとは思わなかったからだ。ただ仕事として心配しているのかと思っていた。


 …………どうやら、教師への認識を改めた方が良さそうだ。


「………あの、もう大丈夫なんで、保健室行きましょう?」

 これだけ本気で心配されると、こちらが照れてしまう。思わず自ら保健室へ行こうと言ってしまった。


 ………だけど、ここから保健室へ向かう時間は先生と2人きりで、地獄の時間であった。


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