IF1.〜もしもTS娘になったら〜
パチ。
不意に目が開く。開いた目の中に入ってきた光は、ほぼゼロ。まだ真っ暗な時間帯の様だ。
仰向けだとなぜか落ち着かないからいつもうつ伏せで、顔を枕に埋めて寝ているのになぜか仰向けになっていた。
枕の上に置かれた自分の頭を左にちょっとずらして、天井近くの壁にかかっている時計を見る。
時計は、まだ2時半を指していた。いつもは6時に起きるから、まだ大分早い。
よし、もう一度寝よう。
息を吸って、吐く。もう一度。そしてまたもう一度。またまた深呼吸をして、睡魔を呼び寄せる。
前、3回深呼吸したら気持ちが落ち着くって、どこかで聞いた気がする。どこだっただろうか。テレビでだったろうか。
まぁ、別に誰でもいいか。
が、しかし。3回したけれど、全然落ち着かない。なぜだか気持ちがそわそわして、寝るのに集中できない。
焦燥や虚無感、その他諸々。そんな色々な気持ちがごっちゃになって、脳内を暴れ狂っていた。
意識がどんどん覚醒していって、眠気を伴うまどろみが、どんどん失われてゆく。重かった瞼が、どんどん重さを失っていく。
やがて、眠気が完全に冷めて、しっかりと目を覚ましてしまう。これはあれだ、学校で寝ちゃうやつだ。いやはや、めんどくさい。
でもいいや。寝られないものは仕方がないから、夜中だけども起きよう。
そう決意して、寝返りをしてうつ伏せになる。そして、手をついて起き上がろうとする。
手をつくとそこには、布団とは違う何かサラサラしたものの感触があった。
なんだか気持ち悪かったので、そのサラサラした何かをどけて、手に力を入れる。
腕立ての様な形で、腕の筋力だけで、体を持ち上げようとした。
ふん!と力を入れる。
ぐぐぐ、と体が持ち上がる。そしてそれと同時に、腕が限界を訴えるようにプルプルと震えだす。
そして、腕が伸びきる前に、ボフッと枕に顔を埋めてしまう。
…………あれ?なんで持ち上がんないんだろ?
いつもなら難なく出来る。だけどなぜか、今日だけ出来ない。朝だからだろうか?だとしても、おかしい。たまにこうやって腕立てで起きるけど、その時は大概できるのである。
おかしい、と思いつつも朝だからか深くは考えず、ちゃんと足を曲げて、腕と脚の筋肉で立ち上がった。
今度はちゃんと起き上がれて、立ち上がる。
起き上がれた事に少しホッとしながら、歩こうとした、その時だった。
ズル。ストン。
風がなぜか足に直接触れた。今は秋で冬になりかけているから、布団を出ると夜中はやっぱり寒い。
しかしその寒い風が、直接足に触れている。なぜだか外気が、足を触っているのである。
少し気持ちの悪い感覚に、思わず内股になってしまう。
どうやら、ズボンがずり落ちた様だ。よく見ると、パンツもぶかぶかになっている。
「………どうなってんだよ」
理解が追いつかない。追いつくよりも先に、新たな疑問がどんどんと湧き出てくる。
でも、ここで考えても仕方がないので、とりあえずズボンの腰を抑えたまんま歩く事にした。
ズボンを履くときに気付いたけど、俺の足が超綺麗だったように思えた。いや、自惚れとかそういうのではない。
何故なら俺は、すね毛と腿毛はジャングルだったはずだから、もっと汚いはずなのだ。なのに、今は純白ツルツルになってたような気がする。
いや、これはあれだ、うん、見間違いだ!うんそうに違いないそうであってほしい。
暗かったから、ツルツルに見えたんだよねアハハ。
上のシャツもダボダボ、上着のジャージも袖に手が出てないけど、気にしなーい気にしなーい。
…………シャツも上着も、ピッタリだったはずなんだがなぁ……………………ハァ。
いやいや、うなだれてもしょうがない。とにかく下に行こう。
横で、静かに寝息をたてて腕を頭の下にくんで脇を無防備に見せてる母親をまたいで、寝室のすぐ真横にある階段をトントントン、と降りてゆく。
二階まで降りると、右にリビング、左に洗面台、トイレ、風呂がある。さて、今俺は右に行くべきか左に行くべきか。
右派「リビングでゲームでもして忘れようぜ!」
左派「とりあえず現状の確認をしないと!」
右派「いやいやどうせなにもないって」
左派「ある!絶対ある!確認しないと!」
俺 「とりあえず真ん前の冷蔵庫でお茶とっていい?」
右左「「どうぞ」」
というわけで、右左の議論の結果、真ん中という事で、決定!真ん中に突き進んで、冷蔵庫の中に入って涼まろう!
……………いやいやいや、そうじゃなかった。
危ない、脱線するところだった。
そういう話をしているんじゃなくて………
やっぱりどっち行こう?と、考えながら、本能的に吸い寄せられる様に、左へ、洗面台の方へ歩く。
対して距離があるわけじゃないから、すぐにたどり着いた。俺はもう、ここに14年住んでる。右手に鏡があるのはもう知っている。
とりあえず、何も考えずに電気をつける。カチリ、という音とともに、周りがパッと明るくなり、足元には影が照らし出された。
そして、意を決して、右手の鏡を見る。どうせ見るなら、と思って全身で右側に振り向く。
ーーーーーそこに写っていたのは、14年寄り添った男の子ではなく、見たことのない美少女だった。
それも、ただの美少女じゃなくて、とびっきりの美少女。
大きな、くりんくりんとした茶色っぽいつぶらな瞳が、鏡の中から俺を見つめてくる。
無造作に乱れている髪の毛は、ボサボサになっていてもその色がわかるほど、漆黒の髪色をしている。毛先までもが、真っ黒に染め上げられていた。
「か、かわいい……………」
声は、耳に吹き付けるそよ風のように、可愛らしい美声をしている。
当然のように、俺が口を動かすと鏡の中でも口が動く。俺と同じ動きを鏡の中の美少女がすると、すっごい気持ちが悪い。なんだか、申し訳ない気持ちになる。無理矢理動きを強制させてるように感じるからだった。
右手を伸ばす。鏡に触れると、鏡の中の美少女と手が触れる。でも、その少女は冷たくて、無機質で、手が届かぬ存在だと思い知らされる。
余っていた左手で、顔に触れてみる。幼稚園児のほっぺたのようにプニプニスベスベしている。なのに、鏡の中の美少女は、温度を失ってしまったかのように冷たい真顔をしている。
触りたい。男子なら、誰しもそう思う事だろう。触って、繋がって、一つになりたい。そんな願望が、体の底から沸々と湧いてくるだろう。
そのスベスベな肌に触れたら、失神してしまうのではないかと思うほどに、狂おしい。
ふと、目線が下に行く。顔に目がいって全然気づかなかったが、ジャージがずり落ちている。いや、さっき鏡を触った時に気付いたけど、あまり気にしていなかった。
ジャージがずり落ちたせいで、中のシャツが見えている。首の周りがダボダボになって、肩が見えかけている。そしてその下に位置しているのは、2つの魅力的な膨らみ。
両手を持っていく。そして掴む。
モミモミ、ムニムニ、おっぱい。
いや、うん。おっぱいだわこれは。おっぱいなんて胸に脂肪がついただけの幻想だと目をそらしていたのに、急に距離がゼロになった。その幻想を、手に入れてしまった。幻想が俺のものとなって初めて現実なのだと思い知る。
「やっぱり、これが俺…………」
もう一度鏡を見直す。キョトンとしたその表情も、可愛くて仕方がなかった。
『俺』と言ったその声があまりにも高くて可愛くて、つい顔がにやけてしまう。『俺』が似合ってなくて、ちぐはぐ感が否めない。
ていうかさぁ。
…………なんだよコレ。
…………どういう状況なんだコレ。
「どういう事だよこれ!!」
なんだよ朝起きたら女の子になってました!って!
ドッキリか!?ドッキリなのか!?どこかにカメラがあるってのかぁ!?
てかいつ戻るんだ!?俺このままじゃ学校行けないぞ!?俺男子校だぞ……………!
クソ、と洗面台を殴る。強めに殴ったはずなのに、洗面台が揺れることもなく、ぺち、という弱々しい音がしただけであった。殴った手は、痛くて仕方がない。
でも、慌てても意味のない事も分かっていたのだ。
「………さて、こっからどうするべきかな」
やる事がない。寝るという選択肢も考えたが、女の子になった衝撃が強すぎて、完全に目が覚めてしまった。
眠気なんて吹き飛んで、意識は覚醒しきっている。
というか、母さんがもし起きて、隣にこんな美少女いたら、動揺して死ぬかもしれないし。いや、死にはせんか。
「ゲームでもすっかなぁ…………」
でも、ゲームをするという気分でもない。女の子になったのに、呑気にゲームができるほど、能天気じゃない。第一、落ち着いてゲームなんて出来るわけがない。
というか、本当にこれからの生活はどうなるんだろう?どんな服を着ればいいんだろう?オシャレとか、俺わかんないなぁ。雑誌とか読んで、勉強しなきゃいけないのかなぁ?
流行にだって乗ったりしなきゃいけない?
化粧とかも、するようになるのかな?もししたら、こんな美少女、映えるだろうなぁ。
でも、オシャレしたりしたら、多分モテるよな?そしたら、色んな人から告白?誰かと付き合って、いずれは結婚!なんて事もあり得るのかな?
何となく、楽しくなってくる。これからの日常がどのように変化するのか、怖くもあるが楽しみでもある。
まずは戸籍?よくわかんないけど、戸籍って変えれるのかな?性転換手術しました、とか?
なんだか恥ずかしいなぁ…………
そんな時、鏡に後ろのドアが映っているのに気付いた。そのドアは、間違える事のない、ただ一つの楽園へと続くドア。
ドアを開けると、そこは異世界。周りの世界と一線を敷いて、隔離された一つの個室。
座れば心は安らぎ、体は切迫感から解放され、心身共に安寧を得る。そんな最高の楽園。
トイレである。
「うん。流石に今は行きたく………」
トイレのドアをじっと見る。すると何となく、下腹部が、熱い水分が集まる感覚にさいなまれる。
ちゃぽん、ちゃぽん、と、謎の水が一局に集中していく。その感覚と共に、覚えのある緊張感、切迫感、焦燥感に駆られる。
思わず、股間を抑えそうになる。でも、伸ばした腕が、固まる。
抑えたくても抑えられない。触るのが怖い。『無い』事を確認するのが恐ろしい。
それでも、尿意はとどまることを知らずに、外界を目指して俺の股間をせっつく。
…………え?いきなり、トイレ?