IF9.〜もしも友達をかっこいいと思ったら〜
無事食券を買えて、番号札を手に入れた俺は、先程の席に4人で腰掛けていた。どうやら、残りの2人も違うところで食券を買っていたようだ。
「あ、あのさ!」
3人共特に話す事がなさそうだったので、このテーブルの上で聞こえるくらいの声の大きさで、話を切り出す。
「あの!改めてさっきの事のお礼を言わせて欲しいんだ」
漫画とかアニメでは、友達にお礼を言うシーンは結構見られるが、実際に言うとなると、全然違う。
これまで俺はこいつらと友達として接する時に、心からお礼を言った事がなかったからかもしれない。
「え、えっとあの…………」
ほっぺたをぽりぽりかきながら、言葉に詰まる。
お礼を言わなきゃいけないのに、言えない。
いざ言葉にして口にしようとすると、言葉が紡がれない。
頭の中でのシミュレーションは出来ている。頭を下げて感謝するだけだ。誰でもできる。なのに、俺には出来ない。
おそらくだけど、感謝という行為は、大人になればなるにつれてどんどん出来なくなっていくものだと思う。変なプライドが邪魔して、頭が下がらなくなるのだ。
しかも、中学生の男子となれば、なおさらだ。
「えっと、あ、あり、ありが、とう…………?」
体がムズムズして暴れたくなるような衝動を抑えてゆっくり頭を下げる。長く伸びた漆黒の髪が、机や膝に乱れていた。
返事がない。フードコートは全体的に結構うるさいのに、何故かここだけ吐き気のするような静寂が流れている。まるで、誰かに発言権を押し付け合っているようだった。
ゆっくりと頭を上げる。すると、3人ともが何話そうかってそわそわしていた。いや、船たんだけはぼーっと座っていた。
坂本と大宮はそわそわして、何か口にしようとして、やめて、発言を押し付け合ったりとかしている。
なんだかその様子が滑稽で、笑ってしまった。最初はクスッくらいだったけど、段々と楽しくなってきて、結構な大声で笑ってしまった。
2人の方を見ると、キョトンとこっちの方を見ていて、それもなんだか可笑しかった。
「あっはっはっはっは!ふふ、なんだよその顔!はっはっは!あいや、ごめんごめん」
自分が今女の子ということもいつのまにか頭から飛んでいっていて、考えもなしに大笑いしてしまった。
ただ、こんなけ大仰に笑っているのに、全然何も言って来ずにソワソワしているだけというのが、ちょっと信じれない。流石の俺でも、これだけ距離を近づけられたら、仲良くせざるを得ないだろう。
「本当に、ありがとな」
不思議なことに、一回言ってしまうと、栓が抜けてしまったかのように言葉が溢れかえってくる。
今では、ありがとうと叫び回りたいくらいに、ありがとうが溢れかえっていた。
だけど、言わない。というか、言う必要がない。
今回のありがとうは話を終わらせるためのありがとうだから、話を切り替えるのが普通だろう。
「さて、ちゃんと自己紹介しておこうよ。ここで会ったのも何かの縁だし、ちゃんとお互いのこと知りたいんだ」
特に何か異論反論はないようなので、そのまま次の言葉を口にする。
「俺は日比野咲と言います。えっと、このブレックスに来た目的は、服を買うためですが、まだ何も買えてません」
特に何も言う事がなかったので、今日ここに来た目的をとりあえず言っておいた。自己紹介の後に何か一言言って欲しいという俺の意図は、伝わっただろうか。
「え、えと、僕は大宮春紀です。えと、水泳部所属してます」
…………え?それだけ?いや知ってるよそれは!球技が出来ないから水泳部入ったんだろ?耳にタコができるほど聞いたよ!
が、しかし、それを伝えるわけにもいかず、次の坂本へと発言が移る。
「僕は、坂本博英です。バスケ部所属です」
やっぱりそれだけかよ!大宮のせいで部活だけでいいみたいな流れが出来ちゃったじゃねぇか!
お前がバスケ部なのは知ってんだよ!それでお前が半ばいじめみたいな事にあってんのは知ってんだよ!
が、しかし、それも言う事が出来ず、船たんへと発言が切り替わる。
「船崎京太、アーチェリー部」
…………いや、ええ!?それで終わり!?
まあ、うん、船たんは想定内だから、まあいっか。やっぱり呂律が回ってなくて可愛いし。
「…………なに?」
と、不意に船たんに声をかけられる。なにとはなんだ?『何?』か?『ナニ』か?でも急に女の子に向かって『ナニ』は頭おかしいか。
「…………やめてください」
呂律のまわりきってない口調で俺の方に声をかけてくる。
ん?何をやめればいいんだ?ナニならもうやめてるぞ?
「…………頭、撫でないで下さい」
そう言われて船たんの頭を見ると、頭の上には、細い真っ白な手が乗っていた。よく考えるとそれは、俺の手のようである。
どうやら俺は、船たんが可愛すぎて、反射的に頭を撫でてしまっていたようだ。それほどまでに、船たんが鬼かわゆすすぎるんだ。
「あ、ごめんごめん、反射でやっちゃった。俺ほら、脊髄の反射だけで生きてるから」
と、適当な返事を返して手を離す。
いやぁでも、船たんの頭を撫でれるってんなら、女の子になったかいがあったかもしれん。俺が頭撫でたら、全身で嫌がるからなぁ。
すると突然、耳障りな甲高い警報音のような音とともに、バイブレーションの震えが、手元で起きた。
どうやら、電子式の番号札が手元で震えているようだ。こんなに混んでるのに、意外と待たない物なんだな。
「ちょっと取ってくるね」
と、椅子から立つと、横で大宮も鳴った。
「じゃあ一緒に行こうか」
と大宮に声をかけて、一緒に取りに行く。
一緒に取りに行くはいいけど、特に何か話す事はないから、無言でほぼ走りのような歩きでラーメンの元へ行く。
大宮にとっては地獄のような時間だろうが、それでも俺はちょっと楽しかった。喋っていないのに楽しいというのはおかしな話かもしれないが、それでも頭の中は楽しさでいっぱいだった。
多分それは、大宮の横に、立てたからだと思う。
女の子になって、大宮に会って、なんだかよそよそしくされて、大宮が遠く感じた。
見た目からしたら他人なのだからそれは仕方がないのだが、俺としては1人で取り残されたような気持ちになって、少し寂しかった。
けれど、横に立って、大宮の横顔を見ると、少し安心する。前みたいに軽いノリで遊んでいるような気持ちになって、ウキウキする。
だから、喋ってなくても楽しいのだと思う。
そんな事を考えながら少し早歩きをしていると、あっという間にカウンターへと到着した。その質素なカウンターの上には、味噌ラーメンが2個置いてあった。
その味噌ラーメンのお盆を両手で掴み、腕に力を入れて入れて持ち上げる。同時に同じ行動をした大宮は、ヒョイと軽く持ち上げて歩いて行ってしまう。
「あ、ちょ、ちょっと!」
あいつは待つという言葉を知らないのか!?
こちとら手が小さくなって、勝手が違くて、力もなくて、持ち上げるのが一苦労なんだぞ!?
ちょっとくらい助けてくれても良いじゃないか………
でも、行ってしまったものはしょうがない。自分1人で持っていくしかない。
そう考え直して、全身に力を入れて、持ち上げる。
持ち上がったは持ち上がったのだが、重い。しかも、フードコートが混んでいるから誰かにぶつかりそうだし、腕の力はどんどん抜けていく。
あいにく、今にも倒れてしまいそうなくらいおぼつかない足取りでお盆を持っているせいか、人は避けていくが、そんな事今更考えている場合じゃない。
重いと思うたびに腕の力は抜けていき、肩から下の感覚が、体から引き離されていく。
力を入れているのに、血管に穴が空いているかのように力が入らなくて、俺の体はどんどん前のめりになっていく。
一歩、一歩と、不確かな足取りで席へと歩いていく。不確かだが、ちゃんと一歩。完全ではないが、ちゃんと近づいている。
でもそんな安心感を無視して、腕は、下へ下へと重力に従っていく。ラーメンの普通盛ってこんなに重かったか?と不思議に思うほど、腕の力は抜けていく。
というか、本当にこんな重かったか!?
「く、あと、ちょっと!」
それでもゆっくり近づいていく。でも、そんな安心感はよそに、俺の力は0に近づいていく。
「もう、無理…………!」
そう思った時だった。俺の腕に圧倒的な負荷を与えていた重さが、一瞬にしてなくなる。解放感から、少しだけ体が浮いたように感じるほどだった。
勢いよく顔を上に上げる。目が痛くなるほど真っ白に輝く蛍光灯のせいか、眩しくて顔がよく見えなかった。けど、この図体は見覚えがある。
「大宮?」
「あ、危なぁ………とにかく間に合ってよかったですよ」
そう言って、持って行ってしまう。
ーーーーーそうか。
1つ分かったことがある。大宮が急いで自分のを持って行ったのは、俺から逃げるためじゃなくて、俺を手伝うためだったのだ、多分。
ちょっとだけ、大宮を見直した。何にも気の利かない奴かと勘違いしていたようだ。大宮はちゃんと周りを見ていたのである。
周りを見ていなかったのは俺の方だ。大宮がした行動は、全て俺への気遣いだと考えると、全て辻褄があう。
俺には少しだけ、大宮がかっこよく思えた。




