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母上と母様

今回は、土曜日深夜に書きあがったので、予約投稿を使えました。


手を繋いだまま甲斐姫と縫姫は、本丸御殿まで戻ってきた。


本丸御殿の玄関前で、一同が立ち止まる。

赤城の前に促され、甲斐姫は、縫姫の手をす離し、縫姫の前に立つ。

甲斐姫は一つ深呼吸をしたあと、赤城の前と事前に練習してきた文言を一生懸命真面目な顔をして、言う。


「縫様、忍城の案内は、これでおしまいです。父上から奥を任せるとの言葉をいただいてから、今まで、私が、奥をとりまとめてきましたが、今日からは縫様が、奥を取り仕切っていただきたくお願いします。」


「甲斐殿、奥の取り纏め、お疲れさまでした。本日この日より、私が成田家当主の妻として、奥の差配をさせていただきます。皆様、宜しいですね?」

そう言うと縫姫は、甲斐姫の隣にいる赤城の前から、お藤、お滝、そして、自分の腰元たちを見渡して宣言する。


「「「「はっ」」」」

本来は、奥の女のことには関係ない黒木丹波も、縫姫の威風に気圧され、一緒に答えてしまう。

普段、口数が少なく、武威を誇る黒木丹波が、思わず縫姫に答えてしまったことに苦笑いをしている。そして、誤魔化す様に、声を出す。

「さて、それがしはこれで。奥方様、甲斐姫様、お疲れさまでございました。」

そう言うと、軽く頭を下げ、足早に帰っていく。


皆で、黒木丹波を見送った後、縫姫が、甲斐姫に声をかけた。

「甲斐どのが、忍城の城内の案内をわざわざしてくれたのです。私も父から譲り受けた愛犬を紹介し致しましょう。」

「縫様のいぬですか!縫様が忍のお城に来てから、犬の鳴き声が聞こえるようになったので気になっていました。」


縫姫が愛犬を紹介したいとのことで、縫姫とその腰元一名、甲斐姫、赤城の前の四名が、本丸御殿の中庭に移動する。

一度、一行のそばを離れた縫姫の腰元たちが三匹の犬を四名のもとに連れてきた。

連れてこられた縫姫の愛犬はいずれも成犬で茶色、黒、白の毛の柴犬たちである。

手綱がなくても、自然と縫姫の傍までくると、伏せの姿勢になって待っている。

三匹の頭や体を、縫姫が一通り撫でてやったのち、甲斐姫に一頭づつ紹介していく。


「まずは、茶色で狐顔のこの子が、太郎丸です。蒼い炎をまとった左手から光の玉は出ません。心霊呪殺師と名乗ったり、破魔の力を持つ光弾を射出して連爆したりもしません。ですが、太郎丸です。」


「心霊呪殺…?」不思議な言葉を聞いて、甲斐姫の頭の上に疑問符が浮かんでいるのがわかるような困惑の表情である。

「この子の名前の由来です。はるかな昔、あるいは未来からでしょうか、風の便りで聞いた、破魔の力を持つ美少年、心霊呪殺師太郎丸、その人の名をいただきました。」嬉しそうに縫姫が名前の由来を解説していく。

「はぁ」一同ぽかんである。


「次に黒色で麻呂眉がかわいらしい、この子は、小次郎です。やんちゃ坊主なところは同じですが、風魔忍軍の最強の戦士でもなければ、風林火山と刻んであるだけのどう見ても木刀にしか見えない聖剣をふるって夜叉八将軍や華悪崇と戦ったりしません。ですが、小次郎です。」

「…」もはや誰もっつこまないじょうたいである。


「最後に、白色で、巻き尾の巻きがあまいのが、三芳野(みよしの)です。美濃の斎藤道三の側室の深芳野(みよしの)様からとりました。メスなので。」

「良い名ですね。」甲斐姫は気遣いのできるいい子である。

そして、縫姫以外の全員が思った。一番まともな由来の名前なのに、一番説明が少ないのかよ…と。


「さて、甲斐殿、明日から、三匹の散歩を一緒に行いましょうか。私や腰元では最初は道に迷ってしまいそうですし、甲斐殿の体力強化にもいいと思いますし。」


「はい、縫様。私もこの子たちと仲良くなりたいです。それと…」


「それと、なんですか?甲斐殿。」


「縫様が、私のことを甲斐殿というのは、変だと思います。父上の奥方になったのだし、奥向きをこれから差配するのですし…、一応、義理とはいえ親子ですから、これからは、甲斐、と呼んでください。」

「良いのですか、甲斐殿。まだ、私のことを継母(はは)と思えないのだとばかり思っていましたので、あえて、甲斐殿と呼んでいたのですが。」


「甲斐、と呼び捨てでかまいません。縫様。」


「では、甲斐、こちらからもお願いがあります。奥向きの女性(にょうしょう)だけのときは、縫様でも構いませんが、殿方がおられるときは、継母上(ははうえ)と呼んでください。」


「それは…」


「甲斐、そなたが、産みの母である由良の信乃殿に対する思いは私もわかります。そなたの中で母上と呼ぶのは、由良の信乃殿だけなのでしょうから。心の底から私のことを母と呼んでほしいとは、私も申しません。ですが、そなたも、成田の一の姫なのです。人前では、私のことを母上と呼べるようになってください。」


「はい、縫さ…」甲斐姫は、縫様と言いかけて、言いよどんだ。そして皿尾口のほうをしばし見たのち、こう言った。


「はい、母様(かかさま)母上(ははうえ)は由良に去った母上(ははうえ)だけです。で、縫様は、そう、母様(かかさま)です。」

甲斐姫の心の中で、二人の母に対するわだかまりを自分なりの形で落としどころを見つけたのだろう。縫のことを母様(かかさま)と呼んだ甲斐姫の顔は、すこし晴れ晴れとしたように見えた。

「心霊呪殺太郎丸」はセガサターン末期の横スクロール型和風アクションゲーム。「肉だ、肉が来たよ!」でも有名。レトロゲームの中ではかなり高い値段が付く作品。作者は、まだプレミアがバカ高くなる前に中古で購入して楽しんだ。任天堂系ハードででもリメイクしてほしい。


「風魔の小次郎」は車田正美先生の1980年代初頭に週刊少年ジャンプに連載された漫画。佐々木小次郎が元ネタじゃないのかよという突っ込みは不可。るろうに剣心が実写映画化できたんだから、風魔の小次郎も実写映画化できると思う。


「深芳野」斎藤道三の側室にして、斎藤義龍のお母さん。土岐頼芸の側室から斎藤道三の側室にクラスチェンジした人。土岐頼芸の子を身ごもったまま斎藤道三の側室になったという話もあるが、最近の研究では否定的らしい。

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