姫達の追憶
月曜日になってしまった…
「母上ぇぇ」
母との別れの場所である皿尾口に来たことで、甲斐姫は、別れ際の悲しみを思い出してしまったのだろう、母を思い出し、嗚咽が漏れる。
赤城の前とともに先頭に立ち、縫姫の案内役をしていたことも忘れ、泣き出してしまった。
今まで、案内される側なので、少し後ろに下がっていた縫姫であったが、これからわが子になる姫が、泣き弱くる姿を見て、甲斐姫の傍にしゃがみ、少し話はじめた。
「甲斐どの、昨晩、氏長様から聞きました。そなたの生母とはまだ二つ、三つの時に分かれたと。氏長様からは、そなたが母を失った悲しみを押し殺していつも健気にふるまっているのがわかるので、私に母のぬくもりを求めてきたときは、答えてやってほしいと。ですが、私はそなたの母上のようにはなれないと思っています。」
「奥方っっ!」悲しみに追い打ちをかけるような縫の言葉をさえぎるように、赤城の前が声をかける。
「赤城どの、産みの母と継母ではどんなにともに時をすごしたとて、同じにはなれませぬ」縫姫が、わずかにかぶりを振ったのち、すこしあきらめたような悲しいような笑顔で赤城のほうを見る。
「甲斐殿、本丸まで歩きましょう。その間に、すこし私の昔話をしますね。」そういうと、縫は甲斐姫の手を取り、赤城の前に先導を頼みながら、歩き出すのだった。
「私の父、太田資正は、叔父の資顕どのと不仲だったそうです。それもあって、一時、妻の実家の難波田の家をつく話もあったそうですが、叔父の資顕どのがなくなって、太田の家を継ぐことが決まったときは、大変うれし方そうです。岩槻の太田家といえば扇谷上杉の家宰を務める家柄。自分が扇谷上杉にかつての栄光をもたらすのだと、兄上たちや私にまでよく話していました。幼いころは、常に情熱をもってそう話し、精力的に働く父をまぶしく思ったものです。」
「…」
「ひとかどの城主となれば、家と戦のことで、子とは時間の取れぬもの、母からもそういわれましたが、私は父が飼っていた犬と戯れるのが好きでしたので、父が犬の調教の様子を見に来るときに、父と犬たちについて話すことができるのが楽しみでした。ただ、普段は、あえないものですから、源五郎兄(大田氏資)に源十郎兄(潮田資忠)とともにいろいろ教えてもらったり、遊んでもらったりしたものです。」
「…」
「父上は、扇谷上杉のためという思いから、北条憎しの気持ちが強くなってしまったようで、最初は家中からの支持も強かったのですが、北条の力が増すにつれて、徐々に支持を失っていったそうです。そうなればなるほど、自分の志の正しさを皆に触れて回るので、あるとき、源五郎兄が、家臣たちも一所懸命に考えているのだから、家臣たちの領地のことを考え、上杉、北条どちらについてもいいように立ちまわれないか、時には領地のために北条につくのも必要ではないかと諫言したところ、父上は源五郎兄を打ちすえ、出家させてしましました。私は、犬好きで犬の前では優しくいろいろ語ってくれる父上も大好きでしたし、父上が忙しい時にいろいろ面倒を見てくれる源五郎兄も大好きでした。」
「親子でけんかして、追い出すなんて…ひどい…」
「そうです。でもね、甲斐殿、これが戦国なのです。成田の家と由良の家が仲良くするための結婚は、どんなに当人同士が好きあっていても、母が子を思っていても、お家とお家が仲たがいしてしまっては、心を殺して別れを選ぶか、裏切りや手切れの代償として死を選ぶかしかないのです。氏長様は、そなたの母の命を重んじ、別れたのです。生きていれば、会えるかもしれないし、便りを交わすことができるかもしれないですからね。」
「生きていれば、会えるかも…、便りを交わすことができるかも…ですか」
「ですから、懸命に生きなさい、甲斐殿。たとえ望みは薄くとも、由良の母上に会えた時、便りを交わせたとき、笑顔で別れた後のことを報告できるように。」
「はい、縫様。」
「ちなみにね、源五郎兄は、家臣たちの助力を得て、父上が戦をしているそのすきに、城に戻り、父上に味方する家臣たちを追い落とし、父上を城から追い出しましたとさ。父上は常陸に行って北条や小田の軍と戦っているそうです。」
そういう縫の横顔は諦めと悲しさを含んだ遠くを見るような顔をしていた。
太田資正は個人的には大好きな武将ですが、今作では、能力は高いが、自分の大義にこだわりすぎて、結果的にカリスマ性が低い人として設定しています。
もうちょっと、甲斐姫と縫姫の話が続きます。




