氏長と縫、そして、甲斐
「氏長様と縫姫様のご婚礼の議、つつがなく済みましてござります。」
「これにて、太田家と成田家は、再び親戚にござります。末永く宜しくお願い申し上げまする。」
「妹を宜しくお願い申し上げます、氏長殿。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「疲れてないか、縫どの。」
「晴れて夫婦となったのです。これよりは、縫と呼び捨てにしてくださいませ。」
「では、縫よ、疲れてないか?」
「疲れてはございません。むしろ、身軽な格好になって連れてきた犬達を見に行きたいです。宜しいですか?」
そういうと、縫は、氏長の返事を待たずに、婚礼衣装を片づけはじめ、少し紅が入ってはいるが、全体としては質素な小袖を取り出した。
「縫は、本当に犬の世話が好きだのぉ。よいよい、婚礼の間犬どもも静かにしておったし、一度、見てくるが良い。」
その言葉を聞いて、縫の顔が、パッと明るくなる。
「ありがとう存じます。では、ぱっぱと着替えて、見て参りますね。」
というと、手早く婚礼衣装を脱いで、小袖姿になり、本丸御殿の中庭に作った犬小屋の方に向かっていった。
「ふっ、本当に犬好きよな。とりあえず、ワシも着替えるか。」
氏長も小袖に肩衣になり、少し休んでいると、庭の方から、縫の声と犬の吠える声が聞こえくる。そして、氏長は、これから、少し賑やかになりそうだと思うのだった。
そして、ふと、甲斐姫の顔が見たくなった氏長は、甲斐姫の居室に行って見ることにした。
小田原で、太田家の跡目話と自分の婚礼の話が出てから、忍城に戻っての報告と評定、小田原への婚礼受諾の正式の報告や寿能城との婚礼に向けてのやり取りなどに忙殺されて、甲斐姫とゆっくり話すような時間がとれていないことを心の隅で気にしていたのだ。
今日の婚礼の席にも一応、最初は、甲斐姫も同席させたが、固めの盃のあとは、落ち着きがなくなったので、赤城の前が、そっと抜け出させているのを視野の片隅にとらえていたのだ。
「甲斐、入るぞ。」
だが、甲斐姫から返事はなく、代わりに赤城の前から返事があった。
「お入り下さい、氏長さま」
「おう」
甲斐姫の居室に入ると、既に着替えて、一休みした後なのだろう、お藤らとお手玉をして遊んでいた。
「あ、父上。」
「甲斐、婚礼の間、よお、おとなしくしていたな、さすがは、成田の姫御じゃ。どうじゃ、縫と、仲良くやれそうか?」
「縫様というのですね。」
「おや、まだ名前を知らなんだか。まぁ、仕方あるまい、甲斐には、再婚のことを話してから、バタバタしておったし、、婚礼の前には、一度顔を合わせただけであるからな。」
「はい、まだ、良くお顔も見ていないですし、お話しもしていないです。なので、仲良くできるかわかりません。」
「で、あるか。婚礼の前にも話したが、縫は、父の新しい妻じゃ、そなたの新しい母になる」
「甲斐の母上は、由良に帰りました。」
甲斐姫の声にやや批難の色があることを氏長は感じた。氏長は、いままで少し逃げてきたが、縫とのことで、甲斐姫に向き合わなければならないことを感じていた。




