氏長、再婚 その3
今回は、小田原での評定回です。
また、甲斐姫出せない…
「皆の衆、これより、岩槻城主 太田 大膳大夫 氏資の跡目についての評定を始める。」と、北条氏政が、静かに一同を見渡しながら言う。
「「「「「「はっ」」」」」」
「まず、跡目のこと、氏資の息女 和津姫に我が息子、国増丸を娶あわせ、合わせて、太田源五郎と名を改める。これは決定事項である。」
「「「「「「「はっ」」」」」」」
皆、同様に答えるが、二人の評定衆は既に聞いていたのであろう、さっと太田家関係者の方を向き、氏政とともに威圧をかける。
三人の威もあるが、その他の面々も、北条の子息が、養子にはいるのであれば、異存などない。
異議も出ず、速やかに次の議題に移った。
「次に、岩槻城代 太田輝資、北条氏繁の後を継ぎ、今日までの城代の任、ご苦労であった。その恩賞として、兄、太田康資の所領の一部を継ぎ、江戸城三之丸城代 香月亭守備役か、備中守の叙任をして岩槻にて源五郎の家老を勤めるかを考えておる。」と、太田輝資を見ながら、氏政が問いかける。
「過分なお言葉、有り難き幸せにございます。既に江戸城には、康元様、遠山殿、富永殿、太田越前がおりますれば、岩槻にて源五郎様をもり立てていきたく存じます。」
「太田輝資の存念のほど、あい分かった。皆の衆、異議ござらぬか。」と、北条氏邦が、まとめにかかる。さすがは。長らく評定衆を勤めるか氏邦、評定をまとめる兄弟の阿吽の呼吸とも言えよう。
「「「「異議無し」」」」
「殿、太田輝資殿、太田源五郎ぎみの家老就任でまとまりましてござります。」
続いて氏政は、宮城業政のほうを向く。
「うむ。次に太田家家老 宮城業政、国増丸と和津姫の婚儀のこと、家中に異論無きようとりまとめよ。国増丸には、ゆくゆくは、ここに居る氏邦のように一門衆、評定衆といった任を申し付けるつもりじゃ。そのために、小田原より数人の奉公衆をつける。太田輝資とともに岩槻に居る家臣と新たにつける奉公衆をまとめ、寄親として呈を数年のうちに整えよ。また、太田輝資と並んで、城代の任を申し付ける。励めよ。」
「はっ。太田家ご再興、ありがとうございます。御本城様の命、この身に代えて成し遂げる所存にござります。」
宮城業政は、岩槻太田の家老とはいえ、あくまで陪臣である。太田輝資とは異なり、北条家当主である氏政に命じられたら、いやもおうない。
養子縁組みとはいえ、太田家再興だけでも充分な上に、城代として追認してもらえたのである。
宮城業政の返答の声には、喜びと責任感が入り交じっていた。
次に氏政は潮田資忠のほうを見て、言う。
「寿能城城主 潮田資忠、当家にあくまで反逆する三楽斎資正を兄 氏資とともに、岩槻より追放せしめたこと、並びに当家に助力し続けたこと、評価している。兄 氏資亡き後、太田家の家督を主張し、岩槻城主を望んでもおかしくない状況にも関わらず、あくまで、潮田家の当主として太田家を支える忠義、大変見事である。寿能城と所領は、いままで岩槻城の支城、太田家家臣としていたが、これよりは国衆とし、直臣として偶したいが如何か。」
「はっ、それがしをそのように評していただき、痛みいります。これよりは、北条家直臣として寿能城をお預かりさせていただきます。」
「各々方、異存ないか。岩槻のものは、寿能城の一帯が、所領より外れることになるが、異存ないか。」と、北条氏邦が太田輝資、宮城業政に向けて問いかける。
「「異存ござりません。」」と、二人が答えた。
「潮田資忠、寿能城一帯の領有を認め、国衆、直臣とする。合わせて、国増丸改め、太田源五郎の寄騎としてこれを支えよ。」
「はっ。源五郎ぎみをもり立て、支えていきまする。」
氏長は、思っていた。
太田家の跡目のことで、北条国増丸様が太田家の養子となるのは、異存ない。
太田輝資や潮田資忠の仕置きもまぁ、妥当だろう。
だが、何故、自分が呼ばれたのか全くわからない。
この面子で、勝手に話し合って結果だけ書状で伝えてくれれば、自分は、良かったのではないのか?
それとも、近隣の国人衆代表として、連判状に署名でもする数合わせにでも呼ばれたのだろうか?
正直そんなことを考えながら、しかし、できるだけ神妙な顔をして末座に控えていたその時、ついに氏長の名が呼ばれた。
「忍城城主 成田氏長、そなたを呼んだのは、他でもない、太田資正が息女にして、そこにいる潮田資忠の妹 縫姫をそなたの後添にしたいと考えているが、如何か?」
「はっ。はい。」まさか、数日前に会った縫姫との婚儀のが急に持ち上がるとは思っていなかった氏長は、普段の落ち着いた態度とは異なり、少し慌てた。
「すっとんきょうな声を出すな、氏長。そなた、由良成繁の娘を少しばかり前に離縁したばかりであろう。」と、北条氏邦が、問いかける。
「そのとおりでございます。」
「ならば、後添えの話、悪い話ではあるまい。たしか、前妻とのあいだには娘が居るのみなのであろう。世継ぎの事もある。悪い話ではあるまい。潮田資忠殿は、如何か?」と、もう一人の評定衆の大道寺政繁が、畳み掛ける。
「直臣になるにあたり、成田氏長殿と義兄弟にになれるのであれば、これほど心強いことはございませぬ。」と、優等生的な回答をする資忠。
「妹御のこと、大丈夫か?」と大道寺政繁が、潮田資忠のほうを向いて話続ける。
「かならずや話を通して見せまする。」
「で、氏長殿、どうだ。」と、北条氏邦が、また、氏長に意見を求める。
「潮田家、太田家、ひいては、北条家と縁戚になること、悪いことではございませんので、お受けしたいとは考えまする。」と、氏長。
「歯切れが悪いの、氏長。なんぞ、問題でもあるのか?縫姫に悪評でもあるか?それとも醜女か?」大道寺政繁が、からかうように言った。
「兄馬鹿と言われるかもしれませぬが、我が妹、縫は、器量は良い方と存じます。ただ…」
「ただ、なんだ?なんぞ問題でもあるのか?虫愛ずる姫とでも言うか。」と、北条氏邦が、眉をしかめて聞く。
「そのぉぉ、虫ではなくて、犬、でござります。」と、やや困った顔で、潮田資忠が、返答する。
「「犬好きの姫とな」」北条氏邦と大道寺政繁の声が驚きで重なった。
「は、恥ずかしながら。犬らとともにでなければ嫁入りしないなどと言っていた事もあり…」
「成田家の所領は、家中でも広いほうじゃ、犬ごと娶られよ、氏長殿。」太田輝資が、ちゃちゃを入れる。
「犬の事は置くとして、義理とは言え国増丸様の叔父御となるとのだ、悪い話ではあるまい、氏長。」と、大道寺政繁がまとめにかかる。
「今回の婚儀の話、私としては、受ける所存でございます。」と、氏長も、腹を決めて答えた。
「左様か、国増丸と太田和津姫との婚儀に合わせ、成田氏長殿と太田縫殿と婚儀もほぼ決まり、合わせて重畳じゃ。のう、兄上」と、北条氏邦が話をまとめた。
「うむ、此度の評定、議題は以上じゃ、国増丸と太田和津姫との婚儀については、国増丸につける奉公衆と宮城業政らで子細取りまとめよ。氏長と太田縫姫と婚儀については、成田家と潮田家で話を進めよ。良いな。」と、評定を北条氏政が、締め括った。
「兄上ともこの評定の前に話をしたが、国増丸が、成長の暁には、それがしと同様に、一門衆、評定衆になる事と思う。成田家は、今は、大道寺殿が、取り次ぎを勤めているが、ゆくゆくは、国増丸が取り次ぎを勤めることになると思う。その際には、成田家、潮田家とともに国増丸の寄騎として、岩槻衆を形成する事になるだろう。」一応、太田家の面々にいっているように聞こえるが、その実、成田氏長に聞かせるために北条氏邦が、将来の話を追加するように話した。
「「「「はっ」」」」
「これにて、こたびの評定、しまいにござります。」
大道寺政繁が、終了を宣言し、全員のが、頭を下げた後、北条氏政が退出した。
氏政が退出したのを見届けてから、他のメンツも評定の間を後にして行った。
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評定の後、北条氏邦は、兄 氏政のいる書院に顔を見せた。
「兄上、お疲れ様でした。」
「氏邦、評定の流れをうまくまとめてくれて助かった。」
「いえ、こたびは、比較的楽にまとまりましたな。」
「うむ、これで、太田家も一門衆に取り込めた。大石は氏照が、藤田はそなたが、太田は国増丸が、養子に入った。武蔵の有力国人も、あとは成田を残すのみ。」
「成田氏長殿は、長子として娘がおりますれば、いずれそこに養子を送り込めるかと。」
「そうすると、成田も一門衆となる。いずれ国増丸の寄騎に成田家をつけるつもりだが、一門衆となると別に寄親にするやも知れぬ。別に寄親にすると国増丸の寄騎が弱くなるからな、どちらにするか、もう少し様子見だな。」
「しかし、潮田資忠も岩槻太田の跡目を欲しませんでしたな。」
「今さら、太田輝資や宮城業政との勢力争いをしたくないのであろうよ。寿能城で潮田の当主として好きにやれておるのに、わざわざ、うるさい連中がいるところにいかずにすんでほっとしておったのが透けて見えたわ。」
「兄上は、潮田資忠の心を読みきった上で、直臣にしたので?」
「まぁ、な。それに国増丸が元服して力をつけるまでに、太田輝資や宮城業政に力をつけられ過ぎても面倒じゃからな。潮田資忠を直臣にすれば、岩槻の石高を削れる。」
「資正の娘を成田家に嫁入りさせたのは、跡目争いに禍根を残さないためでしょう?」
「そうじゃな、国増丸に何かあったとき、資正の娘の旦那が太田の跡目を主張しても困る。成田氏長の嫁にしておけば、氏長であれば太田の跡目がほしいなどとは言うまいしな。」
「評定の内容を前もって知らされた時には、良くできた策だとは思いましたが、ここまでうまくいくとは。さすがは、兄上。」
「なぁに、父上が、そなたや氏照を養子に出した時、既にやっていたことを同じようにやっただけじゃ。誉めるなら、亡き父上じゃよ。」
「兄上、謙遜召されるな、さすがは、現北条家当主。」
「誉めてもなにも出んからな。氏邦。」
「「はっはっは」」
そんな掛け合いをした後、二人は軽く笑いあった。
そこには、先程まで、領国の方針については話し合う北条家当主と一門衆の顔ではなく、ただの兄弟の顔があった。
次回は、縫姫と甲斐姫の関係回にしたいです。
本文中でネタバレしましたと思いますが、犬→いぬ→ぬい→縫で、縫姫です。
伏姫に使用かとも思いましたが、南総里見八犬伝になっちゃうので、縫姫にしました。
って南総里見八犬伝にもぬいって言う名前の女性は出てきますがね。
太田資正の娘の名前は、不明なので、上記のごとく創作です。
太田氏資の娘の名前も同様に創作ですが、こちらは特にネタ無しです。
歴史好きの方々、ブックマーク、評価していただけたら、幸いです。




