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祖母たちのこと~白井局と妙印尼~

赤城の前の姫様指導開始の予定です。

翌日朝、甲斐姫が目を覚ますと、近くにお滝とお藤の姿があった。いままで、住み込みの甲斐姫付きの腰元女中はお滝だけであったので、お藤の姿があることに若干の違和感を感じたが、子供であるから、すでに一度遊んだ人間は知ってる人扱いである。


「おはようございます、お滝、お藤。」


「「姫様、おはようございます。」」


二人と挨拶をした後、甲斐姫はキョロキョロとあたりを見渡す。


「赤城の前さまは?」


「赤城の前さま、我らと違い住み込みではありませぬ。巳の刻から未の刻くらいで姫様とともにおりつつ、読み書き礼法などを教えていただくと聞き及んでおります。」


「色々やるのですね…」


「そうですね。とりあえず、お着替えと朝御飯です。赤城の前さまがいらっしゃる前に身支度万端整えておきましょう、姫様。」


「はい。」


一刻の後、もう少しで巳の刻というところで、赤城の前が、奥の広間に到着したことを告げる声が聞こえる。


年のころは50歳頃、鬢にわずかに白いものが入り、穏やかな微笑みのなかにも凛とした強さを感じさせる女性が、甲斐姫の自室に通される。

流石、座るまでの動作が、お藤お滝に比べると滑らかで流麗である。


「赤城にございます。殿は、赤城の前とおよびでしたが、その名は、酒巻の家に嫁入りに合わせ、それらしい名を白井局様が考えてくれたもの。普段は、そうですね、赤城、とお呼びください。」


「わかりました。」


すこし後、文机に向かう甲斐姫の姿があった。筆で自分の名の書き取り練習らしい。そして、お藤もその後ろで机を並べている。お藤も赤城から嫁入り修行として、文字の練習をさせられていた。

書き上がった手習いを赤城が添削していく。

その添削中に甲斐姫が赤城に声をかける


「赤城さま、お聞…」


「甲斐姫さま、乳母立てとはいえ、さま付けは余計です。お滝、お藤と同様に、赤城とお呼びください。」


「では、赤城、聞きたいことがあります。」


「何をお知りになりたいので?」


「婆上様のことです。」


「白井局様のことですか?」


「婆上様のお二人のことです。白井局様だけでなく、妙印尼さまのことも知っていることがあれば教えてください。」


「確かに、妙印尼こと、赤井輝子どののことは、同じく上野出身で同年代ですから、すこしは知っていますが、噂話程度ですよ。」


「それでも良いのです。婆様達のことを知りたいのです。」


「では、この添削した分のかな文字を今一度と智永千字文の楷書を最初の32文字ほど書いてみましょう。その後の時間に、白井局さま、妙印尼どのについて、すこしお話いたしましょう。」


「きっとですよ!」


「ハイハイ、では、姫様、書き取りの方、きちんとそれでいて手早くなさりませ。」


甲斐姫が、祖母達の話を聞けると聞いて、喜んで書き取りを始める一方、赤城が、課題にしれっと楷書の練習も加えたことに気づいたお藤はひきつった笑顔を浮かべていた。


昼食の後、赤城は、甲斐姫の質問に答えていた。

「私が酒巻の家に嫁ぐまでお仕えした白井局様は、白井長尾家のご息女でした。長泰様の方がかなりの年上でしたが、夫婦仲はよろしゅうございました。氏長様と泰親様と二人の男子にも恵まれましたしね。」


「でも、白井局様は、京の都でなくなったと聞き及んでおりますが?」


「お滝は、白井局様が忍城を出た後からこちらに仕えているのでしたね。上杉謙信、まだあの頃は、長尾景虎から上杉輝虎になったあとのころですが、あの戦狂いに忍城が攻め落とされそうになったのです。和睦の工作に、長尾家の姫だった白井の局様が白井のお殿様やら、山内上杉の先代、上杉憲政様やらに色々お願いして回ったのですよ。おかげで、赤井の家のようにとり潰しではなく、長泰様が隠居なされ、氏長様が跡目をついで成田家は存続できたのです。」


「白井局様が、お家のためにご尽力したことはわかりましたが、何故、京の都に行かれたのですか?」


「お藤は、話を急きすぎです。ここからは、私も詳細はしらぬのですが、その頃、上杉家には、関白近衛前久様が、御滞在なされていたとか。の折の白井の局様の胆力を愛でられて、妹の腰元に是非とのことで、帰洛されるさいにご同行することになったそうですよ。」


「関白様の妹様の腰元になったのですか…」


「関白の妹様は、先代足利義輝様の御正室です。白井の局様は、永禄の政変に巻き込まれてなくなったときいています。噂では、花の御所の奥向きに入り込んだ三好の雑兵達から奥方さまたちを守るために薙刀で奮戦の上、射殺されたとか。まあ、あくまでも噂ですが。」


「白井の婆上様は、お家を守り、主筋を守って戦ったのですね。」


甲斐姫は、眼を輝かせて話を聞き、そして、感動していた。


「妙印尼どののことは後日にしますか、甲斐姫様?」


感動しままで話を終わりにするのもよかろうとの思いと、妙印尼のことはあまり話すことがないんだよなぁという気まずさを笑顔でごまかしながら、赤城の前は、話を打ち切ろうとする。


「いいえ、妙印尼の婆様のことも是非知りたいです。」


甲斐姫の純真でまっすぐな瞳でそう頼まれては、赤城の前も何か話すしかないと苦笑しながら、話し始める。


「妙印尼どのは、山内上杉の家臣、館林城の赤井家のご息女でした。館林城も忍城が上杉謙信に攻め落とされたときに攻め落とされ、赤井家は、お家断絶になり、城主の遠縁のものが忍城下に逃げてきたはずですよ。」


「赤井のお家のことは良いです。婆上様のお若い頃のお話はございませんか?」


「妙印尼こと赤井輝子どのは、若くして巴板額と言われたこと女武者ぶりと聞いています。おなごにもかかわらず、若い頃は二人張りの弓を引いたとも、流鏑馬で三の的まで、毎回打ち緒としたとか。」


「妙印尼の婆上さまは、ものすごい武人なのですね。」


「まあ、私も昔、噂で聞いただけですから、どこまで本当かわかりませんがね。」


赤城の前から祖母達の話を聞いた甲斐姫は、もう少し大きくなったら、黒木丹波に槍薙刀乗馬を教えてもらうことを固く誓うのだった。



だが、まだ甲斐姫は知らない。

妙印尼が、戦国の世にその名を轟かせるのは、まだまだこの後のことであることを。

そして、妙印尼に率いられる由良勢と父氏長や自分が一戦交えねばならない運命がまちうけていることも。



白井の局は、永禄の変(足利義輝が三好三人衆や松永勢の軍勢に撃ち取られた政変)で討ち死にしたので、この時点で既に故人です。


妙印尼は、夫の由良成繁が存命なので、まだ出家しておらず、本当は、由良輝子が正しい状態ですが、妙印尼、赤井輝子の方が知られていると思いますので、あえて妙印尼や赤井輝子の名前で出しています。


赤城の前が、上杉謙信を悪く言うのは、忍城を攻め落とされたときの恨みと、自分の実家の主家である白井長尾と上杉謙信の出身である越後長尾は同格もしくは白井長尾の方が格上なのに、山内上杉に養子入ってから偉そうにしていると思っているからです。


歴史好きな方、面白いと思っていただいた方、ブックマークや評価いただければ幸いです。

宜しくお願い申し上げたてつかまつります。

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