チョロイン達の問題を解決したらハーレムができるってさ。
「彼女が欲しい」
そう思い立ったのは中学校の入学式。
思い返しても早熟ではあったが、行動が早いことは悪い事ではないだろう。
「いきなり何なんだい?」
思い立ったが吉日ということで、その日の帰宅中に幼馴染に相談した訳だ。
突然の事に困惑する幼馴染に、俺は告げた。
「可愛い彼女とイチャイチャして青春を送りたい」
「ああ、この前の映画に影響されたんだね」
記憶は薄れてしまったが、確か学生の青春を描いたアニメ映画だった。
観ていて登場人物たちの生き様が眩しく見えたのが原因の一つでもある。
「それで、付き合いたいお相手でも居るのかい?」
「居ないんだなそれが!」
「そう自慢げに言われても困るんだけど」
当時は『彼女』という存在自体に憧れていたわけだから仕方がない。
「だけど、付き合うということはただ仲良くするんじゃなくて、恋人として相手と自分の主義主張を擦り合わせてお互いに妥協点を見つけて行くっていう――」
「――??」
理解が及ばず、頭に?マークが浮かぶ。
そういえば、幼馴染は昔から難しい言葉を言っていた様な気がする。
「あー、つまりだね。自分の好き嫌いだけを押し付けるんじゃなくて、相手の好き嫌いを理解してあげることが大事って事かな」
「なるほどー、難しいんだな」
「……まぁ、君なら大丈夫だとは思うけれどね」
「え? なんだって?」
呟いた声が小さく聞き取れない。
「んーん、なんでもないよ」
昔から物事をハッキリ言うため、そう言うのなら何でもないのだろう。
「話を戻すけど、どんなタイプの娘が好みなんだい?」
「美少女なら何でも!」
これは流石にどうなんだと自分でも思うが、当時は可愛ければ良いという、腐った思考であった。
「端的かつ簡素で低俗な返答をありがとう」
「いやー、それほどでも」
「褒めてない」
思い出すたびに当時から馬鹿だったと実感できる。
「でも、そういう条件となると性格も考慮して……」
目を閉じて思案する幼馴染。
出会った頃から頭を使う事は幼馴染の専門だ。
俺は馬鹿なので体を使う事が専門だった。
暫しの間を置いて幼馴染は当たりをつけた。
「ああ、そういえば同じクラスに居たね」
「え? 誰?」
「ホラ、窓側の一番後ろの席」
「あの無表情な子?」
幼馴染が選んだのは、初日とはいえ誰ともコミュニケーションを取ろうとはせず、周囲に壁を作って一人の世界を作っている子だ。
話しかけても無愛想で、下校の時には彼女に話しかける子は居なくなってしまった。
本人の性格も暗く、このままではイジメや孤立してしまうのが目に見えていた。
そして、外見もそこまで可愛いとは言えない。
「うん。今は問題があってあんな風になってしまっているけど、彼女自身の素質は凄いからね。磨く事ができるなら美人になるし、細かい気配りとか家事能力もあるし彼女にするには最適なんじゃないかな?」
今なら青田買いで光源氏だよ? と幼馴染は言う。
「……あんな風になる問題って何なの?」
あそこまで他人と壁を作るのだ、寝坊したとかテレビの占い結果が悪かったなんてモノではないだろう。
「あんまり他人の事情に首を突っ込まない方がいいよ? 中途半端に関わるとあの子も君も不幸になるだけだよ」
「――っ」
窘めるように幼馴染は言う。
その言葉に宿る真剣さに言葉が詰まる。
だが、次の瞬間には一転して、
「まぁ恋人にする気が有るならこれを解決する必要があるけどね。たった一つの問題を解決するだけで君にベタ惚れになるよ? いわゆるチョロインってヤツだよ、簡単だね?」
おどける幼馴染にずっこけそうになる。
「それにあの子だけじゃない、彼女候補は他にも沢山居るしね。どうする?」
スーパーで特売品を見比べるかのように言う幼馴染。
だが、気になってしまった。
何であの子があそこまで暗い顔をしているのが。
それが昔の幼馴染に重なってしまう。
「んー、その問題って俺でも解決できる?」
「お、やる気かい? そうだねー、立ち回り次第かな? でも、失敗すればただじゃ済まないよ。最悪、一生トラウマを抱えて生きることになるかもね?」
そう忠告を重ねるが、その顔は笑みを浮かべている。
「……あの子の事、俺がそれを聞いたらどう答えるか知ってて言ったね?」
「いーや、全く分からないよ。霧の中に小石を投げ込んだみたいに手応えが全く無いよ」
否定しつつもその顔に浮かぶのは満面の笑みだ。
「君がどっちを選ぶのか。ボクとしてはどっちでも構わないさ。それに現状で、彼女にするならあの子が一番なのは本当だしね」
「お前って本当変わっているよな」
「そんな事を言うのは君くらいだよ」
腕を組んで考える。
彼女は欲しい。
特に美少女が良い。
性格も良ければ尚良い。
料理上手だと凄い良い。
別に、条件を満たすならあの子じゃなくてもいい。
しかし、幼馴染が美人になるというのだから、将来本当に美人になるだろう。
性格もお墨付きであるならこれ以上ない相手だ。
そこまで考えてふと思う。
……そんな良い子に俺がつり合うのか?
そもそも、幼馴染が言っているのは未来の話で、現在のあの子は苦しんでいるわけだ。
それを自分の欲望で騙すようなことをして良いのか。
そんな小難しい事を考え、出た答えは。
「よし、類は友を呼ぶっていうから将来きっと美人の友達が出来るはず! なら助けて仲良くなって美人の友人を紹介してもらおう!」
「……君というヤツはヘタレというか何というか」
呆れた視線を送ってくる幼馴染は無視だ。
「よし、そうと決まれば……どうしよ?」
思い立ったが吉日。
動き出そうとするが、具体的な行動の方針が思いつかない。
「もう、しょうがないなあ。ボクも手伝うとしよう」
幼馴染からの申し出は心強い。
頭脳派の仲間を迎え、問題解決の作戦を練ることにした。
●
耳をつんざくような鐘の音に意識がハッキリする。
「……懐かしい夢を見たな」
懐かしさを噛み締めて腕を動かす。
身を起こすのも億劫なため、記憶を頼りに手のひらを目覚まし時計に叩きつけた。
衝撃で鐘の音は止んだが、一定時間が経てばまた鳴りだすだろう。
縮こまった体を伸ばし、時計の目覚ましスイッチを切る。
「学校に行く準備をしなきゃな……。アイツは今日は部活で早いんだっけ」
寝ぼけ眼を擦りながら身を起こす。
同居人は、既に居ない、部活というものが楽しいようだ。
簡単とはいえ朝食が用意してあるのは今日が家事当番だからか。
「忙しいときはしなくて良いって言ってんのに」
だが、ありがたい事には変わりない。
感謝の気持ちを籠めて頂いた。
その後は身支度を整えて家を出る。
本日の空模様は快晴であり、気持ちが良い。
行く道に徐々に生徒の姿が増えてくる。
彼らに紛れて歩いていると、見知った顔を見つけた。
「おーぅ、おはよ」
「ああ、おはよう。昨日は大変だったみたいじゃないか」
夜更しをした筈なのに眠気すら感じさせない立ち振る舞い。
昔と変わらず、どこか達観したような表情を浮かべる幼馴染が居た。
最後に連絡を入れたのは深夜を過ぎていた筈なんだが。
「あ? そんな事ねーよ」
ちょっとした親切をしてやっただけだ。
「道案内しただけだ。ただ、ちっと時間が掛かっちまったけどな」
「道案内……ねぇ」
何やら含みのある言い方が気になるが、道案内といったら道案内だ。
「まぁ、構わないさ。君の道案内でその人の“問題”が解決したのは確かだからね」
どこか達観した喋り方は何年付き合っても未だ慣れない。
「っと、ホラ、噂をすれば……」
幼馴染の視線を辿れば、一人の美少女が居た。
自分達と変わらない年でありながら、動作の一つ一つが優雅な立ち振る舞いはお嬢様である故か。
身に纏う、落ち着いていながらも目を引くデザインの制服は近所のお嬢様学校のものだ。
こちらが気付いた事に気付いたのか、花が咲き乱れるような笑みを浮かべて近づいて来た。
てか、その背景に花を咲かせるのってどうやるんですかね?
「昨日はどうもありがとうございました。お蔭様で道を違えずに済みました」
礼の一つとっても上流階級のオーラが溢れる。
庶民である一般学生達はいとも容易く吹き飛ばされる。
俺? しっかりと仁王立ちで迎え撃ってるぞ。
足が震えてる? 馬っ鹿お前それは武者震いってヤツよ、下克上ですよ?
「お、おぅ。そ、そんな、きっ気にする事じゃないんですよ?」
やっぱ無理、お嬢様凄いわ。
醸し出す雰囲気で、人混みと言っても差し支えないこの周囲一帯に空白が出来てるんだけど。
「何、緊張してるんだい。昨日は散々連れまわした相手だろう?」
いつもと変わらず超然とした態度の幼馴染。
上流階級のオーラですら意にも介さないとは……、合衆国大統領の目の前に立ったとしてもいつも通りなんだろうな。
そういえば、こいつが取り乱だす姿なんて長い付き合いの中で何度見たことだろう。
うん、片手にも満たないぐらいだわ。
「現実逃避してないで戻ってきなよ。じゃないとおばさんに、一週間前に隣町の本屋で買ったお嬢――」
「ストーップ!! なして!? なして知ってんの!?」
購入日のアリバイ工作は完璧だった筈、持ち運びはゲーム雑誌のカモフラージュで見えない様にしたのに。
というか、カテゴリチョイスのタイミングが最悪過ぎる。
どうしてお嬢様モノを選んだんだ、あの時の俺。
「――??」
理解できなかったのか頭に疑問符を浮かべるお嬢様。
庶民の下賎な趣味なんて知らなくてええんやで。
「あの時はそんな場合じゃなかったしな……」
一時の油断が無縁仏に繋がりかねなかったしね。
とはいえ、困難な道案内をやり遂げた仲だ。
戦友と思えば、大丈夫……多分。
「えっと、オホン。そんな気にする事じゃねーよ。結局、最後に選んだのはアンタだ。俺は目的地まで連れて行っただけだ」
「態度変わりすぎじゃない?」
うっせ、これぐらい極端にしないとオーラに押し潰されそうなんだよ。
「いえ、貴方が居なければ、私は道半ばで朽ち果たでしょう。答えまで支え歩かせてくれた、その行為に報いないというのは、今の私を否定する事です。それに――」
あ、ヤバイ。
獲物を刈り取る気満々の目をしてらっしゃる。
「――“欲しい物を手に入れようとするのは人として当然の事だ”、と私に言ったじゃないですか」
覚えてる、メッチャ覚えてるわ。
それぐらいの喝を入れなきゃ折れていたとはいえ、我ながらぶっ飛んだ事言ってんな。
「もう、過去のように与えられるまま応える家畜じゃありません。貴方が教えてくれた、自分の足で歩いていく人間です」
ハッキリと言い切った彼女の瞳は、真っ直ぐ俺を見抜いていた。
もう張りぼての虚ろな瞳ではない、芯の通った意思ある瞳だ。
この変化は喜ばしくはあるが、残念ながら方向性が悪い。
「まずはお礼も兼ねた既成事実作りという事で、これから自宅に招待いたしますね。ああ、出席については気にしないでください。話は通しておきますから」
おおっと、これは不味い。
助けを求めに幼馴染に視線を向ける、が。
「――っぷぷ」
愉悦に浸ってらっしゃるわ。
もはやヤツは当てにならん。
くそっ、万事休すか。
「ちょっと待ったぁ!」
何奴!?
「彼は今日、私と買い物に行く予定なんです。横入りは止めてくれませんか」
「いや、まぁ買い物っちゃ買い物だけど、文化祭で使う備品の買出しだからな?」
そこを勘違いしてもらっちゃ困る。
だが、その物言いは不満だったようだ。
「ぶー、だって! 幼馴染や義理の姉妹、先輩後輩、謎の居候と続いた挙句にお嬢様! 同級生属性しかない私は学校で好感度を少しでも稼がなきゃならないんですよ! ていうか先輩と後輩のせいで、学校でもクラス行事ぐらいしか水入らずで稼げないんですから!」
「そこで何で俺なんですかね? もっといい相手がより取り見取りなのに」
「あっ馬鹿」
少なくとも美少女然とした容姿にお近づきになりたい男は多い。
そうでなくとも、彼女が本気で迫れば墜ちない男は居ないんじゃないでしょうか。
そんな思いがポンッと出てしまった、そしてそれが彼女の逆鱗に触れた。
「――は?」
ぐりんっと振り返ったその瞳に光は無い。
やっば、完全に切れてますわ。
最後に見たのはクソ親相手に切れた時以来か?
4年も前の話ですね。
あ、両肩掴まれた。
「貴方以外の相手? へぇ、でしたら紹介してくださいよ……。どんなに罵声を浴びせようが傷を付けようが見放す事が無く、あまつさえ身代わりになって全身に消えない傷を負ったとしても。――誰も信じられずに塞ぎこんで……助けて欲しいのに恐怖と怯えで縮こまっている小娘に寄り添って希望を見せてくれる相手をねぇ!!」
「あだだだ――っ! ヤバイ! ヤバイって! 音してる! 肩から鳴っちゃいけない音してる!!」
ちょっと待って、何この握力。
運動や文学というよりは家庭的というカテゴリの少女が出して良い出力じゃないよ。
「流石にこれにはボクも擁護できないよ」
はい、流石に反省ですわ。
そんな俺達の馬鹿騒ぎにお嬢様は置いてきぼり、かと思えば。
「……成る程、貴女もそうなんですね」
「はい、家事くらいしか自慢できない小娘ですが、彼に関しては譲る気はありません」
意識がお嬢様に向いたおかげか解放された。
恐る恐る肩を触るが変形はしていなさそうだ。
「ふぅ、金を幾ら積もうとも諦める者ではありませんか。ですが彼を譲りたくないのは私も同じ。ライバルが他にも居ると知った今、なおさらチャンスを減らす訳には行きません。……むしろ、奪ってでも――」
それは一つの風切り音
「それは聞き捨てならんな」
気が付けば、お嬢様の首元に刃が突きつけられていた。
新手の美少女かッ!?
「我らは協定を結んでいる。横入りする者に我々は容赦はしないぞ」
刃と言っても木刀なんだけどね。
でも、武器を突きつけられても動揺どころか冷や汗一つ掻かないお嬢様もある意味凄い。
「その学年章、貴女が彼の先輩ですか」
儚げな笑みを浮かべたまま、襲撃者の分析を行っていた。
昨日まで空虚だった彼女に、いつの間にあんなクソ度胸が着いたのやら。
「ええ、昨日は彼がお世話になったようで、先輩としては誇らしい気持ちですよ。流石、私の後輩だ」
「あらあら、ふふふ」
「あははは、先輩何言ってるんですか、彼は私の同級生ですよ」
あれだ、救援に来たと見せかけての三つ巴だな。
皆笑っているのに空気が痛いや。
●
とりあえず、幼馴染の傍にこっそりと移動する。
これ以上離れると、追い掛け回される事になるからな。
俺は経験に学ぶ愚者なのだ。
「……どうしてこうなったんだろうな」
「良かったじゃないか、モテモテだよ?」
「そうだけどさ」
ここまで好意を表してもらって気付かないほど朴念仁ではない。
だけど……。
「こう……俺が思い描いていた青春と違うねん」
もっと甘酸っぱくて、後から思い出して“あの頃は若かった”、っていう感じの。
断じて、鎬を削りあうような、思い返すとヒュンッってするようなものじゃない。
「だったら、誰か一人を選べば良いんじゃない? そうすれば君の言う青春が送れると思うよ?」
それが世間一般常識の答えだろう。
だが、それこそ選ぶわけにはいかない。
「解ってて言ってるだろ。皆、選ばれなかったら諦めるようなタマじゃないよ。確実に違う手でやってくるわ」
彼女達の執着心というか、情念深さは並ではない。
そうなってしまった原因を取り除きはしたが、歪んでしまった彼女達が元に戻る事は無い。
歪み自体を受け入れているため、戻る気も無いし。
「それに、彼女達にとってのじゃれ合いの一つではあるしな」
見ているだけで、胃が痛くなるような光景ではある。
だが、アレも歪んだ彼女達なりのコミュニケーションだ。
今のコレだって、新しい仲間が増えたことによるじゃれ合いの範疇なのだ。
……多分、きっと、maybe。
「てか、モテるっていうならお前もそうだろ?」
「まぁ、そうだね」
纏う女学生服をキチッと着こなす姿は普通に似合っている。
というか、普通にスタイルは良いし、中性的なその容姿はモデルの勧誘を何度もされているぐらいには美人だ。
うん、こんな美少女相手に“彼女欲しい”とか言ってたんだな。
まだ男女の境が薄かったとはいえ、当時からその片鱗は有ったんだがな。
「確かに昨日も告白されたけれどさ」
おーう、人が道案内している間にそんなイベントが。
うっわ、何だろうこのモヤモヤ感。
「ははっ、そんな変顔しないでよ。結果としては断ったよ。君を扱き下ろす事で自分を持ち上げようとするつまんない相手だったしね」
「……まぁ、俺は好かれるような人間じゃないしな」
数多くの美少女から好かれている時点で妬み嫉みの対象なのは知っている。
それでも友達付き合いしてくれる相手も居るのがありがたい。
「好きな相手の事も碌に知ろうとしない人間は横に置いといて。ボクはね、付き合う相手に求める条件として、たった一つだけ決めている事があるんだ」
「ほーん、それってどんなん?」
普段から恋愛事に興味の無さそうな彼女。
彼女が恋人に求める事なんて、初めて聞くかもしれない。
うむ、気になる。
「それはね。ボクの予想を覆してくれる事だよ」
「……それ、不可能って言わね?」
幼馴染の言う予想は、予想であってそうでない何かだ。
身近な事では、テストの出題範囲から天気予報まで。
ちょっとぶっ飛んだ事では、ビンゴや宝くじの結果を寸分の狂いも無く連続して当てている。
それは予想というより“今後の予定の再確認”というのが近い。
だからか、ギャンブルは予想通り過ぎてつまらない、というのは彼女の言。
そんな彼女の予想を覆すなど、その辺の男子高校生には荷が重過ぎると思うんだが。
「そんな事は無いよ。少なくとも、今までに何回か予想が外れているし」
「それでも“何回か”なんだな……、てかいつの間に外れたんだよ」
下手したら両の手で数え切れる数かもしれんな。
というか、予想を外した出来事が気になるわ。
「ふふっ……それは内緒」
唇に指を当てて言う姿は、一瞬見惚れてしまうほど妖艶だった。
「そんな事より、君の将来の事を考えたら? ハーレムを作るには甲斐性が必要だしね」
「ハーレムってお前……」
正直、全員まとめて囲うという手段も頭の中には在った。
最後の最後の手段としてな!
ただ、この日本では人道に悖る行為ではあるためネタにする事も無かったが。
抗議をしようと声を上げる前に言葉を差し込まれる。
「だって、“一人を選べば他のメンバーが諦める”って奇跡的な条件だったとして、君は一人だけ選べる? そんな事はないでしょ」
「うぐっ」
言葉が刃となって刺さる。
本当の事を言われたためにダメージもデカイ。
彼女達が誰かと付き合うなぞ、想像しただけで漆黒の悪意に塗り潰されそうだ。
自身の身勝手さを再確認する。
本質は昔から変わってないなこれ。
「そんな最低で優柔不断な君に朗報だよ」
「それ、朗報だけど、悲報でもあるんだろ?」
知ってる、結果的に良いことなんだけど、経過が地獄めいているんでしょ?
「そう身構えなくても大丈夫だって、今回はそこまで酷い事にはならないから」
「俺、その言葉何回も聞いたけれど、結果的に酷い事にならなかった事が無いんだけど?」
「結果的にだろう? 君が余計な事に首を突っ込まなければ、美味しい結果だけ手に入るのに」
ああもあからさまに目の前で問題が発生したら対処するしかなくない?
放っておいたら最悪の結果が目に見えているのに? そんなの無視したら目覚めが悪くなるだろ。
「本当、君って変わっているよね」
「その発言ブーメランになっているからな?」
「そうかな? ボクは普通にしているつもりなんだけどね。まぁいいや、話しを戻すとして――近々、法整備の一環として一部の法律が改定されるのは知っているよね?」
「ああ、近年の社会に合わせた法改革ってやつだろ? まだ内容は発表されてないけどさ……まさか」
まだ誰も知らない変更点。
幼馴染の“予想”に掛かれば、把握していてもおかしくない。
「婚姻法が改定されて、重婚の規制の緩和がされるかもしれないね、つまり手続きさえ通れば複数人と結婚できるようになるかも。やったね」
「え、ちょっそれって――ヒェッ」
肉食獣を彷彿とさせる3対の目がこちらを見ていた。
どうやら幼馴染の言葉は3人に届いていたようだ。
彼女達も幼馴染の予言めいた予想の事は知っている。
予想のおかげで切り抜けられた場面も幾度となくあったしな。
「その予想はどれくらいの精度ですか?」
「んー? いつもと同じだね。あと半年ぐらい先に発表するんじゃないかな?」
つまり、限りなく100%実現するって事じゃないですか、やだー。
「……お2人にお聞きしたい事ができたのですが」
「奇遇ですね。私もたった今できたところです」
「右に同じだな」
顔を寄せ合って何かを話し合う。
気が付けば先ほどまでの剣呑な雰囲気は霧散していた。
喧嘩しているよりはマシではある。
「他の子達にも……」
「……住居は別荘が……」
「……は、ローテーションしかあるまい」
時折漏れ聞こえる単語が不穏なのは何なのか。
知りたくもあるが、絶対穏やかじゃないよ。
話し合い自体は5分と掛からずに一段落したようだ。
各々が清々しい笑顔をしているのが印象的だ。
俺には、捕らえた獲物の処遇を決めた猟師にしか見えんがな!
「流石に立ち話で決めるわけにはいきませんね」
「ああ、それに今ここに居ない者を除け者にする訳にはいかないな」
あれ、何で2人して抱きつく様にして腕を組むのん?
この手の握り方って恋人繋ぎってヤツだけど、コレ絶対逃がさないようにする為だよね。
肘関節を極めているって事はそういう事だよね?
「では、話し合いでは私の自宅を使いましょう。資料もありますから。それに、友人を自宅に誘うのは初めてで少し緊張しますね。あっ、そういえばお茶菓子を切らしていたんでした。途中で買い物に寄るしかありませんか」
「でしたら、私、クッキーを持って行きますね。昨日、皆で食べようと沢山作ったので丁度良かったです」
「そう緊張する事はないさ。これからは長い付き合いになるのだからな。それに彼女のクッキーは絶品だから楽しみにすると良い」
あれ? 一体いつの間に仲良くなったの君ら?
そんな和気藹々としてたっけ?
さっきまで隙あらば刺し合うような睨み合いをしてなかった?
いや、仲が良いのは良い事なんだけどね?
「では、あちらに車を待たせていますので、他の方が集まるまで中で休憩しませんか? この場所では他の方の迷惑にもなりますし」
「それもそうだな。ふむ、今日は話し合いで一日潰れるだろうし教室から荷物を取ってくるとしよう。済まないがこの腕を頼んでも構わないか?」
「任されるとしましょう。絶対逃がさないから安心してください、先輩」
幼馴染、お前もか。
流れるように関節を極めて来る君たちは一体何者なんだね。
「では、私達は先に車で待っていますね」
「ああ、すまない」
瞬く間に先輩の姿が小さくなる。
というか、堂々とサボり宣言って生徒会長として如何なものですかね。
いや、人気投票の結果ですけどね。
普通に能力も足りているから人望も厚いのよね。
「では、話し合いに来られる方達の出席についても話を通しておきませんと」
あのう、不正を堂々と語られても反応に困るんですが。
「それじゃボク達も向かうとしよう、通学人数が増えてきているしね」
「そうですね。それでは案内をお願いします」
「はい、こちらになります」
通学中のお前ら! 美少女達に囲まれる俺の姿はさぞ羨ましい事だろ!
だけどな、現実は解体処理を控えた哀れな獲物に過ぎないんだぞ!
声に出した瞬間に処分されるから言えないけどな!
「……まぁ、素直に楽しむといいさ。それが決まっていた筈の未来を変えた君へのご褒美なんだからね」
幼馴染が何か言ったようだが、左右の双丘による煩悩を振り払っていたので聞き取れなかった。
ただ、幼馴染は意外と胸が大きかったです、まる。