3rd
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「私は茜。稔くんとは認識あるはずなんだけどな?」
観覧車を降り、彼女に腕をひかれるままついていく。
稔は茜と会ったことがあるかどうか、記憶の引き出しをあけていく。
……少なくとも高校生の美少女などここ数年話したことがないはずだ。
「ほんっとに覚えてないんだね。私も稔くんも、あの時とおんなじなのに」
茜は少し含みのある喋り方で稔を引っ張っていく。
観覧車を降りた後から、稔は薄々気がついたことがある。
明かりがついている割には、人が全然通っていないのだ。
茜に引かれ、気が付かないふりをしているが、どう考えてもおかしい。
「あ、そうだ」
茜が不意に口を開く。
「ここに来たなら、絶対に後ろを振り向いちゃダメ。これだけは絶対守って」
確かに、観覧車に降りてからというもの、1回も茜は後ろを振り向いていなかった。
「どうして……」
「ここ入って!」
入り組んだ道をいくつも進んだところの一番奥の建物の扉を茜は開け、稔へ入るように促す。
稔は促されるまま中へ入る。
中は10畳の畳の部屋で、まるで生活感がなかった。
「ふぅ、なんとか帰ってこれた」
茜が扉を閉めると、そんな声をもらした。
「あのー、いろいろききたいことがあるんですがー」
靴を脱ぎ、畳に正座で座り、茜と向き合う。
推測でしかないが、ここは茜の言う通り稔が、人間が普段いる世界ではないだろう。
稔自身あまりオカルトの類を信じる方ではないのだが、こんな状況になってはそんなことも言ってられないだろう。
「……ここは消滅都市。消滅したものが最後に行き着く場所」
茜が語ることを一字一句聞き逃すまいと、耳をすませて話を聞く。
「いわゆる死後の世界、ってところかな。この世にはいくつもの世界が平行線上に重なって出来てるんだけど、それぞれの世界で失われたもの、つまり消滅したものがここに集まるの。もちろん私もそう」
茜は下を向きながら、少しずつ話を進めていく。
「ドラゴンとかメデューサとか、いわゆる空想上の生き物ももちろんいる。あれらの生き物は交わらないはずの平行世界でなんらかしらのバグがおきて発生した実在の生き物だから、それぞれの世界で消滅すればここにくるの」
茜はここで少し言葉を止め、稔の後ろへ行く。
そこにはちいさな冷蔵庫があった。
「これも消滅品。物だろうと生物だろうと、消滅すればここにくるの」
茜はそう言いながら、水の入ったコップをふたつ持ち、さっきまでいた位置に戻った。
「はい、質問は?」
ふたつのコップのうちのひとつを稔に渡し、茜はぐいっと一気に水を飲みほす。
「さっき後ろを向くなって言った意味は?」
「消滅都市のルールなんだよ。例えば今飲んだ水と、それに使ったコップ。これはふたつともどこかの世界から消滅したものだけど、いまこの都市で水を飲んだりコップを壊したらっ……」
茜は思いきりコップを床に叩きつける。
するとガラスでできたコップはガラスが飛び散る……ことはなく、跡形もなく消えていた。
「え!?」
「消滅都市内で消えたものは、消滅する。そしてまた蘇る。消滅都市でね」
「それと後ろを振り向いちゃダメっていうのは、何か関係してるの?」
「生物は明確な消滅の定義が曖昧なの。植物や物は存在を保つ上での器を失って始めて消滅する。建物はその役割を保てなくなったら消滅する。でも生き物は?」
茜に問われ、頭を回して考える。
「寿命、とか?」
「ううん。ここでは寿命っていう概念はほとんどない。むこうの世界で消滅した時の姿形で残るから。他は?」
「……非人道的だとは思うけど殺される、とかは?」
「それも違う。実物のないゴーストもいるからね」
「そういう明確なのがないから、後ろを振り向いちゃダメなのか」
「そういうこと。でも、物と生き物の消滅都市での扱いは全く違う。消滅都市で消滅した生き物は、完全なる消滅をする」
完全なる消滅?
「消滅都市で蘇ることは二度とない、本当の消滅。だから後ろを振り向いちゃダメなの」
「単純で卑劣な扱いだね」
「後ろを振り向かなければ消滅しないなりの苦しさはあるけどね」
茜はそこで少し悲しそうな顔をして、また冷蔵庫へ向かった。
そして水をまた1杯飲み干した。