痩せたら幸せになれました。都内の学生・Aさんより
「俺、デブとは付き合えないから。つーかマジで無理。お前みたいなデブが、俺みたいなイケメンと付き合えるとか、本気で思ってんの?」
浅野美都子、16歳。只今青春の真っ只中で、なぜか自分が告白されると勘違いした若干小者臭のする男子に散々馬鹿にされ、見返してやると決めた。鼻で私を笑ったあの男子に、一矢報いてやるのだと。
ちなみに、男子は偶然通りかかった私の友達に撃退された。
だが、それだけでは私の気が済まない。勘違いで馬鹿にされるどころか、してもないのに振られるなんて。
それからの私の生活は、ガラリと変わった。
腹筋、背筋、スクワット。まだ太陽が顔を出す前に起きて、筋トレに励む。
そして、ジャージに着替えウォーキング。首からタオルを下げ、早足で腕を大きく振りながら歩く。1時間ほどかけてウォーキングは終了。
学校の体育にも、積極的に参加する。走れば揺れる贅肉、ほとばしる汗……というか、汁。
足を閉じて過ごす習慣がなかったため、学校ではわざとスカートの丈を短くして、強制的に足を閉じる生活に変えた。
心が折れそうになった時は、あの勘違い野郎の言葉を一字一句思い出してひたすら奮闘。
休日でも気は抜けない。スカートをはくとまたずれを起こすことがわかったので、スカートの下に何かはくようにした。一応、スカートをはいてると意識しているので、足を閉じて過ごすようになった。
またずれとは、太ももがこすれることである。これが非常に痛かった。
最初こそ、太ももの内側が痛いしつるかと思って悶えてたけども。
猫背だと余計たるんで見えるので、背筋は伸ばす。これも最初は背中痛いしやっぱりつりそうだった。
お腹にも力を入れ、引っ込めて過ごす。
家族と過ごす時間が増えると、同時に誘惑もやってくる。うちの家族は揃って丸いのだ。
なので、予め高らかにダイエット宣言をして、お菓子でつってくる罠にも引っ掛からないよう、鋼のような精神になるべく鍛える。
一番簡単なのは、何かと誘惑や誘いの多い家を出て友達と遊ぶこと。
街をかなり歩き回るし、偶然勘違い野郎の場に居合わせ撃退してくれた友達を誘って、化粧の仕方などを教えてもらう。
ご飯をいきなり減らすと元の食生活に戻ったらリバウンドしやすいと聞いたので、野菜を多めにとって白米を少し減らす。
今までご飯はもりもり食後のデザートも欠かさない生活を送ってきた私には、かなりツラかった。これはもう、いっそ寺にでも行って来るべきかと悩んだほど。
ぎゅるるるる。
虚しく鳴るお腹をさすりながら、お風呂上がりのマッサージ。
ああ、お菓子が食べたい。ご飯をいっぱい食べたい。
そんな誘惑に負けそうになると、姿見の前に立つ。たるたるの二の腕や、ぽっこり出たお腹。パンパンな顔。
ーーよし、明日からも頑張ろう。化粧もだいぶ覚えたし。綺麗な姿で、友達と街を歩きたい。
いつしか目標が、勘違い野郎を見返す、ではなく、綺麗な姿で、友達と遊びたい。に変わっていた。
「みっちゃん! プリ撮りましょ、プリ!」
「はいはい……」
この日は、友達の大本司と遊びに街へ出ていた。司は所謂オカマってやつ。本人は「オカマじゃなくて、オネェと呼んで!」と主張しているけど。
でも、私はそういうの気にしないし、つかっちゃんは私の大切な友達なのだ。
つかっちゃんは私がダイエットしていることを知ってるから、よくウォーキングに付き合ってくれたりする。
無事3年に進級でき、ダイエットを始めてから1年が経った。
体重計に乗ると、細身の女の子が1人消えたレベルで体重が減ってた。マックスの時の体重を考えると、恐ろしい。
「あれ、もしかして……浅野?」
同じクラスだけど、話したことのない男子に声をかけられる。キョトン、としていると、男子は馴れ馴れしく近付いてくる。
「ほら、俺だよ俺。2年の時、浅野を振った。いやー、随分変わったなぁ。今だったら付き合ってもいいかもな」
この小者臭は……。あの時の勘違い野郎かー! 未だに勘違いしてたのか。それにしても、お前何様だよ、と思うぐらい偉そう。
そもそも、この男は何をもってしてあそこまで言った女子が、自分のことを1年も好きでいてくれると思っているのだろう。不思議で仕方がない。
私は、冷めた目で言い放つ。
「結構です」
しかし、こやつめげない。
「何で敬語なの、いーじゃん。放課後遊びに行こうぜ」
「私、友達と約束してるんで」
「あたしのみっちゃんに、何か用?」
「ひぃ! お、大本……」
勘違い野郎が大袈裟に怯えると思ったら、そう言えば1年前に勘違い野郎を撃退したの、つかっちゃんだった。
「くそっ、覚えてろよ!」
秒速で忘れてやるわ。しかし、やはり小者だったな……捨て台詞からして小者臭がする。
「ありがとう、つかっちゃん」
「いいのよ。あんな男、もう1回締め上げてもいいくらい! みっちゃんがどれだけ努力して綺麗になったのかも、知らないくせにねぇ!」
見た目よし、中身よしのつかっちゃんが女言葉で話すことに、まだ周りの子は馴染めないようだ。
不意に、つかっちゃんが真剣な眼差しで見つめてくる。
一瞬、ドキリと心臓が大きく跳ね、顔が熱くなった。
い、いかんいかん。つかっちゃんは普通にカッコいいから、そんな風に見つめられると恥ずかしくなってしまう。……つかっちゃんは、友達なのに。
つかっちゃんは、私をまっすぐ見つめる。
「ねぇ、みっちゃん。あたしね、出会った時のこと、1度たりとも忘れたことないの」
「へ……」
唐突に、つかっちゃんが語り出す。それは、懐かしい小学生の頃の話だぅた。
私とつかっちゃんの出会いは、小学校5年生の時。その時からすでに太っていた私だったが、友達も多く、全然気にしていなかった。
転校してきたつかっちゃんは、女言葉で喋る男子として、いじめられた。
いじめは嫌いだった。だから、声をかけた。
「やめなよ」
「何だよ浅野、お前オカマの味方すんのかよ」
「別にいいじゃん。男の子が女の子の喋り方したって。女の子が男の子みたいに振る舞っても何も言わないなに、逆だといじめるのはどうして?」
当時、私のクラスにはサバサバした女子が多かったのだ。純粋な私の疑問に、いじめていた男子は答えられず、それ以降つかっちゃんがいじめられることはなくなり、私とつかっちゃんは友達になった。
「あたしね、あの時のみっちゃんがヒーローみたいに見えて、すごく憧れだったの。とても嬉しかった。だからね、あたし……みっちゃんのためなら、男になってもいい」
えっえっ、突然何を言い出すんだ、つかっちゃん。熱でもあるの?
戸惑っている私をよそに、つかっちゃんは私の手を取る。
「ずっと好きだった。みっちゃん、俺の彼女になってくれませんか?」
周りから、女子の黄色い悲鳴があがる。その悲鳴で、これは現実なんだと理解し、途端に顔が熱くなる。きっと、今の私はゆでダコのように耳まで赤く染まっていることだろう。
つかっちゃんに、告白された? 私が? ……ずっと友達としてしか、見てなかったはずなのに。こんなにも胸が高鳴るのは、どうして。
「いっ、今はまだ……自分の気持ちが、わからない。けど、けど、ちゃんと、返事、するから」
つかっちゃんのまっすぐな目に耐えきれず、うつむきながらぼそぼそと喋る。すると、頭を優しく撫でられる。
「うん、今すぐじゃなくていいよ。待ってる」
優しい声に顔をあげると、極上の笑顔が。
その後、私とつかっちゃんは付き合うようになったのだった。