2章-1
翌日、朝から道具屋で家財を積むための馬車とそれを引くための馬を購入した。
それから城の荷を積み人生初の旅となる山や森が無く平原と丘だけが続く、
風が気持ちいいぐらい吹き抜ける土で舗装された道を、
ゴーレムの自由気儘な先導を頼りに先へと進むことになった。
初めての旅は優雅にのんびりと移りゆく景色を眺め、
スライムやゴーレムとの些細な雑談を楽しんでいたが馬車の座席が想像以上に振動して、
木製の座席に座っていると腰が尻が痛くなり、日常では感じ得ない疲れが溜まっていった。
尻の痛みを我慢していると次第に日が暮れ始め、
「そろそろ野宿にするか。
スライムは一緒にテントを張って後から腰揉んでくれ」
「わかりました」
「ゴーレムは夜食の準備をしてくれ」
「あいあいさー」
それぞれ指示を出すとすぐさま作業にとりかかり、
スライムは自分と道具屋で聞いたテントの張り方を参考に組み立てていった。
「ここをこうして、あーして。んー?」
聞いていた通りにしてみるが上手く出来ない。
骨組みとなる支柱はしっかり立てたのだが、
それを固定するロープがどの位置から張れば良いのかさっぱりである。
「魔王さま、これはこちらでは?」
「なるほど、こっちか」
スライムのアドバイスのお陰でなんとか形になってきた。
「よし、ちょっと不格好だけどこんなもんだろう。
それより良い匂いがするな、ゴーレムがもう料理始めたのか?」
テントも組み終わり匂いに釣られその場に向かってみるとゴーレムが岩で本格的なかまどを作り、
元の世界にあった中華料理顔負け状態の調理を行っている。
「うぉ、ゴーレムがこんなに料理上手いだなんて聞いてなかったぞ」
既に一品できているらしく大皿に湯気が立ち上る野菜と肉の炒め物が盛りつけられている。
「へっへー、こう見えても毎日大魔導師のためにご飯作ってたからね。
こんなのお茶の子さいさいだよー」
「料理もそうだが、こんなかまど積んでなかったよな」
「私の力でかまどなんて一瞬で作っちゃうよ。頑張ったらお城も作れちゃうんだからね」
「いずれ本城を作ることがあったらゴーレムに頼むよ」
「おーよ! まかせんしゃい!」
ゴーレムと他愛ない話をしていると全て調理出来たらしく、
盛りつけた皿をこれまた立派に作られた石のテーブルに運び3人は席についた。
「それじゃ、いただきます」
一口食べるとそれだけでゴーレムの作った料理はスライムより美味しいというのが分かる。
勿論スライムの料理も十分美味しいのだがゴーレムのはなんというか、
お店の味といったらいいのか完成度が高い。
「お! ゴーレムの飯美味いな。
今度から料理担当はゴーレムな」
「まっかせて、毎日おいしい料理作ってあげる」
そういうゴーレムを見ると今日も変わらず口いっぱいに料理を詰めていた。
「あぁ、それと食いながらでいいから聞いてくれ。
夜の見張りの順番のことなんだがまず俺、次にスライム、ゴーレムって順番にしようと思うがそれでいいか?」
「それなら私寝ないから一晩中やってるよー」
「一人で大丈夫か?」
「マオーにこの前負けちゃったけど今までに勇者にも勝ったもんね」
「そうか、なら任せよう。スライムもそれでいいか?」
「……構いませんよ」
スライムを見ると何やら不機嫌そうだった。
原因は思いつかないが自分と一緒で慣れない旅で疲れているのだろう。
「ふー、食った食った。スライムは食器の汚れ溶かして終わったらテントまで来て今日も枕頼む」
「はい分かりました」
ご飯を食べ終わりスライムに食器の後処理を頼んでテントに入り、
暫くすると上機嫌なスライムが入ってきた。
何が原因で不機嫌になって何が良くて機嫌が良くなったのかさっぱりすぎて怖い。
「お待たせしました」
「おつかれさん、それじゃ寝ようか」
そう言うとスライムはグミ状になり寝床の上側に移動し枕になる準備をしてくれた。
「おやすみスライム」
「おやすみなさいませ、魔王さま」
こうしてスライム枕を頭に微かに聞こえるパチパチと、
火で木が弾ける音を子守唄に深い眠りへと落ちていった。
それから特にこれといったこともなく馬車に乗って移動すること3日。
朝から幾つかの丘を超え、
疲れを知らないゴーレムが今日も先行し丘の頂上へ真っ先にたどり着く。
「マオー! お城が見えるー!」
振り返り大きく両手を振りながら大声て叫ぶゴーレムが首都への到着を告げる。
どうやら初の旅は尻の痛みと引き換えに終わったようだ。
また長旅で馬車に乗ることになれば、藁でも敷いてクッションを用意しよう。
医療用軟膏すらないこの世界で痔になるなんて……
下らない事を考えていたが死んで復活すればすっきりまっさらボディになることをふと思いつく。
何でもかんでも大抵のことは死ぬことにより解決すると分かってしまえば、
旧魔王がお気楽な性格な理由を少しだけだが理解できた気がする。
そんな事を思っていると既に丘最上部に差し掛かっており、徐々に城の頂上が見えてきた。
避雷針と思われる針のような先端が見え始め、次第に大きな塔と綺麗な円柱型の小さな塔。
城の居住区あたりと思われる部分が見え始め城を囲うように城壁が見えた。
その時点で城は丘の上に建っていることが分かり次第に全容が見えてくると、
城を囲むように豪邸で群がっているのが分かる。
盆地の下にいけばいくほど家が小さい一軒家になっていってるのが見て取れたが、
どれも元いた町より小奇麗で2階建て以上が殆どを占めていた。
おそらく見えていない丘の向こう側も同じなのだろう。
町の外周は新しい家が多く壁で囲う前に家が次々にできてしまうからか、
壁で囲われておらず崖の様に切り立った段差がある。
ゴーレムは大魔導師と来た時は石の壁で囲われていた、もっと小さかった。
と、数十年前の様子と比べてどうなのか懐かしみつつ話してくる。
緩やかな坂を下り首都への入り口らしいところにたどり着くと、
そこは関税をかけるかどうかを調べる検問所のような場所だった。
「そこの冒険者一行、馬車は1台でいいか?」
「ああ。この町に移り住む予定の家具を載せた馬車1台だけだ」
「商隊証か協会の認定書がない場合積み荷の検査と、
移住であればあちらの詰め所で軽く事情を聞く。
手間取らせるが決まりなんでな、悪く思わんでくれ」
門番の案内で近くにあった建物へスライムとゴーレムも連れていく。
中に入ると簡易な事務所兼首都案内所、ほか庶務諸々をこなす場所と見える。
やり取りも非常に単調で事務的だった。
訳有って首都のギルドを紹介してもらい、住む場所も首都へと移すことを伝え、
それを証明できる蝋で封をされた手紙を開けないように言ってから見せると、
特に問題もなく街へ入ることを許可された。
その時に街での滞在税や馬を預けるための費用など2万ゴールド弱を支払う。
少しばかり高い気もしたがこれで治安維持など行われているなら仕方ない。
外に出ると馬車の積み荷検査も終わっていたらしく、
そのまま馬車を近くの預かり所に持って行って預かってもらうことにした。
「ようこそ首都アスラへ」
門番の見送りで街へと入った。
門を入ってすぐは食事処や道具屋、武器屋など商店が途切れること無く並んでいる。
道路にはどこもかしくも見渡す限り人に人に人。
店先の展示は見たこともないような曲線美が凄いとしかいえない巧妙な鎧、
鉄塊を思わせるような人が扱えそうにない巨大な剣、
魔力濃縮水や魔力感知型爆薬など町で見たことない商品説明がされた道具など陳列されていた。
少し進むと開けた場所に露天市場があり屋台や各地の特産物、
恋人に送るような金銀細工のアクセサリーが並んでいる。
「あれ美味しそう……」
「あとで買ってやるから我慢しろ」
屋台の一つで売っているリザードの串焼きを見て、ゴレームは恨めしそうな表情になっていた。
少しくらいならと甘えさせそうになったが今夜の寝る場所すら決まっていないので、
屋台の前から一向に離れようとしないゴーレムを引きずってその場を後にする。
広場を奥へと進むと露天が途絶え中央に初代の国王と思われる妙にいぶし銀な銅像と、
その左右にはギルドや役所など町の顔役である建物がいくつか建っている。
どちらも人がひっきりなしに出入りしていた。
あまり人混みは好きではないのだが入らないことには始まらないため、
2人を連れギルドへと入っていく。
「町のギルドより凄く大きいですね、魔王さま」
「あぁ、そうだな」
「ついに私も年貢の納めどきなの?」
「ここでも売り渡さないから安心しろって」
再び売り渡されると思ったゴーレムをなだめ内部を観察すると内装は最初の町と殆ど大差なかったが、
それぞれ役割をこなす規模が大きくなっておりカウンターの処理能力だけであれば5倍はあった。
特に目を引いたのは長蛇の列を作っているアルラウネの魔物が受付をやっているカウンターである。
これといった特徴がないおそらく見習いであろう受付嬢の10倍は列が長い。
魔物が堂々と働いていることにも驚いたが、
受付を終えた男性が握手をしてもらい再び列に並んでいた事のほうがもっと驚いた。
元の世界でもどこかで見たことのある光景だったがこの世界でもあるんだな感心する。
勿論自分はそんな趣味を持ち合わせていないので最も列の短い列に並んだ。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか」
「これをここのマスターかそれに近い人に見せてもらいたい」
「えーと、ちょっと待って下さい」
見習いっぽく見えた受付嬢はやはり見習いだったのか、
どう扱えばいいかわからないみたいで、
オロオロとし始め隣の受付嬢にやり方を聞いたらしく奥へと一旦消えていった。
暫くアルラウネの列が毎回握手で締めくくられるのを見て時間を潰していると、
見習いが消えていった所からこれまた美人な女性が共に姿を表した。
「お待たせしました。
ただいまマスター不在となっており約10日で戻られる予定なので、
こちらの街の地図に書いてある宿でお待ちいただけますか?」
どうやらマスター代理の秘書のような人らしい。
街の道が分かる詳細とも大まかとも言えない程度の地図と宿への紹介状を携えていた。
「了解した、それではまた日を改めさせてもらおう」
2枚の紙を受け取り地図を頼りに、
立派な構えの宿へたどり着くと満室だと初め断られる。
だが、ギルドで預かった紹介状を見せると態度は一変し、
すぐさま3階のこの宿最上ランクの部屋へと通された。
「ここが少しの間だが城となる。
物を壊したり騒いで周りの客の迷惑をかけないように。
特にお前だゴーレム」
「私そんなことしないよ!」
「そうですよ、魔王さま。旅の途中で馬車の屋根を壊した時ちゃんと叱りましたから、
ね。ゴーレムちゃん」
スライムは優しくゴーレムに微笑むと蛇に睨まれたカエルのように、
ゴーレムはカチコチに固まったまま首を縦に振っていた。
何があったのか知らないが当分問題を起こさないだろうから気にしないことにする。
「それはそうと、ゴーレムの持っていた本を道中で読んだのだが、
ゴーレムに真名を与えたいと思う、いいか?」
「私の真名おじいちゃんに付けて欲しかったけど、マオーでもいいよー」
言い方が非常に気に食わないがこれも世界征服のためである。
ゴーレムに背中を向かせ岩で出来たアーマーを外させて上半身裸にさせると、
抱きしめれば簡単に折れてしまえそうな華奢な背中が見える。
日中日焼けしそうにない位置にまで日焼けしていたりと不思議な肌だったが、
ゴーレムだからきっとこんなものなんだろう。
準備を済ませ早速本に書いてあった通り指を切り血を流しつつ、その指に魔力を流す。
すると赤い血が紫色に変色し、禍々しい魔力を含んでいる。
本によると魔力の色とはその人の資質により変わるらしい。
自分の魔力は紫と黒で紫は王の色、黒は魔王や悪魔といった負の色だそうだ。
その内の王の証である紫色の血でゴーレムの背中に真名を書き入れる。
「お前の真名は今日から『シェリー』だ」
書き入れるまで名前なんて全く決めていなかったが、咄嗟にひらめいた。
これが魔王としての資質なのかどうかは知らないが、そういうものがあるのだろうか。
「おー。なんかすっごく体の中から暖かいのが溢れてくる、ぽかぽか?」
「俺に聞かれてもわからんが無事成功した様で何よりだ。それと次にだが……」
真名を与えたのはいいものの、ふと近くにスライムがいることを思い出し言葉に詰まる。
流石にスライムがゴーレムに真名を使って何かやるとは思えないが念には念を入れておく。
「しないとは分かってるが、スライムはゴーレムの真名悪用はしないようにな」
「勿論です、魔王さま」
スライムに真名を使って強制的に言わせないようにしてもいいのだが、
ゴーレムがやらかした時に自分がいないときの対処に困るのも事実。
スライムを信じて任せてみようと思う。
「話を戻すが、次に復活地点と自分が死んだ時その地点へ2人も転移するように仕組んでおく」
2人は了承し、そのようになるよう本を参考に脳内で術式を組む。
手順としては本を読んでなんとなくイメージするだけの簡単な作業だ。
大魔導師の残した本一冊で、魔法に関することは全て解決出来る様になっている。
文章量も凄いもので旅の間ずっと読んでいたが、半分も読めていない。
ゴーレムを愛した大魔導師に感謝してもしきれないのと真名を与える方法を書いてたページには、
走り書きで真名を与えれない自分が不甲斐ないと水でしみた跡と一緒に書かれていた。
先ほど真名が急に思い浮かんだのはもしかすると、
大魔導師のこの時の思いが自分に乗り移ったのかもしれない。
本を読みながらイメージいていると術式を組み終わったのか、
頭からイメージしていたものがスッと消えたので多分成功している。
「よし終わり。串焼きでも食べにいくか」
「いいの!? 食べる!」
一応やらなければいけないことは全て終わらせたので、
昼飯兼おやつとして先ほど恨めしそうにしていたゴーレムとお守役のスライムを連れ、
買い食いツアーへと市場に繰り出すことにした。