1章-6
泣きじゃくるゴーレムを胸の中であやしていると、
太陽が傾むき空が薄っすらと赤く染まっていた。。
「もうじき夜になる。町に戻ろうと思うのだが問題ないか?」
「ぐすん。……うん、大丈夫」
「では城まで戻ろうか」
涙を流したせいで目を腫らし、
大切そうに両手で本を抱えたゴーレムを引き連れ、
夜とそう変わらないほど暗い森を歩いていく。
「本にはどのようなことが書いているんだ?」
「分かんない。おじいちゃんに少し読んでもらったけど難しかった」
「ふむ、城に戻ったら見せてもらってもいいか?」
「いいよ。だってマオーは私の大切な人だもん」
「一応配下と魔王という関係なのだがな、細かいことは諦めるか……」
本について、大魔導師について、ゴーレム自身について。
森に抜けるまでに色んなことを聞いたが、大魔導師は魔力を研究する第一人者だったらしい。
初めての出会いは先ほどの広間全体が屋敷だった頃に、
ゴーレムが山で遊んでいる最中誤って崖から落ちてしまったのが始まりで、
その屋敷に住んでいた若い頃の大魔導師に崖から落ちてきた物音で見つかり殺されそうになったらしい。
敵意はなく落ちて怪我をしまったことを告げると魔物の知識に精通していた大魔導師に、
魔法で治して貰い無理を言ってその日以降毎日のようにゴーレムは屋敷へ通うことになった。
大魔導師とゴーレムは共に春になると新たな生命の芽吹きを愛し、
夏は湖で魚釣りや山に登り他の魔物とも交流し、秋は森の紅葉や月を肴に酒を飲む。
長い冬は屋敷の暖炉の前でゆるりとした時間を過ごした。
そのうち魔道士として有名になると国から宮廷魔道士として雇われる。
共に首都で暮らすが宮廷内の派閥争いや命を狙われることに嫌気が差すこともあったが、
ゴーレムといることで共に乗り越えてきた。
晩年には世界一の大魔導師と呼ばれるようになったある時、再び屋敷へと戻る。
屋敷に戻り数年後、大魔導師は死の足音を感じると今までの一生で得た知識を、
長年共に過ごし嫁も貰わず愛を告げることも出来なかったゴーレムに本を残し、
死んでしまった後は魔法で強化したゴーレムを守れるような人に渡すよう言い渡したようだ。
食料保存庫として崖を削って作った部屋に本を安置すると、
全てをやりきり少し後悔を残した大魔導師は永遠に目覚めることのない眠りへと入った。
ゴーレムは墓を作り大魔導師の言いつけを守って自分を倒せる相手を待つ。
時が過ぎるにつれ屋敷に盗賊が住み、荒れ、最後には道しか残らなかった。
ある日、ひょんなことから本のことは伝説の宝物となり狙うものが現れるようになる。
ある時は国の勇者が、ある時は冒険者が、ある時は貴族の私軍が。
次第に何も無かった屋敷跡地には墓が徐々に増えていったのであった。
森を抜けたためゴーレムの身の上話はそこで終わり、
空を見上げると真っ赤に光る太陽が沈みゆこうとしていた。
「タイラントゴーレム討伐報酬を受け取りに少しギルドに寄るぞ」
「わ、わかった」
「そう震えずともゴーレムを売り払ったりはしないさ」
ギルドに対し売られると思ったのかブルブルと震え怯えるゴーレム。
少し面白かったからそのままにしようと思ったがまた泣かれると面倒なのでやめた。
ギルドに到着するとまだ営業をやっているらしく、扉や窓から明かりが溢れ出ていた。
「いらっしゃいませ。本日の受付終了となっておりますがどういったご用件でしょう」
「タイラントゴーレムの討伐報告を行いたい」
「え!? 討伐出来たのですか?」
「これが証拠だ」
ゴーレムから大事に抱えていた本を受け取りカウンターに乗せる。
「中を確認してもよろしいですか?」
「ああ。だが内容が内容だから熟読は困る」
「分かりました」
受付の女性は表紙、背表紙を真剣な眼差しで確認し、
目次らしきページをしっかり読んだ後内容が贋作ではないか確認する。
「本物……ですね」
本を閉じカウンター後ろのフォルダからタイラントゴーレムに関する依頼資料を取り出す。
カウンターに戻ってきた女性は昼に見せてもらった紙と、
新たに契約に関する用紙を見せるように置いたきた。
「こちらが契約完了用紙です。討伐証拠は確認しましたのでお支払いなのですが、
証文による預かりと一括支払い、他も応相談となりますが、如何しますか」
確か討伐報酬が1800万から20パーセント引きの1440万だったか、
あの城に全額保管は心もとない。
どこか変な奴に泥棒されても敵わない。
「では440万だけゴールドでもらいあとは証文にしてもらえないだろうか」
「分かりました、では此方に名前のサインをお願いします」
厚手の羊皮紙で出来た契約完了書に討伐魔物の名前と報酬額を書いてもらい、
あとはサインをするだけの状態で渡してもらう。
しかしすぐに名前を署名出来ずにいた。
なぜならこの世界に来て魔王という役職しか名乗ったことがなく、
この世界で名乗っていく名前をここで決めるからである。
少し悩んだが名前を書けないとなっては怪しまれると思い、
ドイツ語の王という意味を持つケーニヒと恐怖の意味を持つフルヒトをつなげることにした。
「フルヒト・ケーニヒさんですね、ゴールドを用意するので少々お待ち下さい」
そのうち有名になれば実名で書いても良いのだが、とりあえず魔王『フルヒト・ケーニヒ』でいいだろう。
少々中二病的な名称だがこの世界に意味が分かる人などいないのだから問題ないはずである。
元いた世界であれば周囲の友人から盛大に馬鹿にされていただろう。
暫くすると奥からゴールド袋が5つとパピルス紙を持った受付の女性と、
初めて見る初老の男性がやってきた。
「やぁ。君がフルヒト君だね、こんなに若いのにタイラントゴーレムを倒すとは凄いよ。
他国の勇者も挑んだこともあったけど誰一人と倒せる人はいなかったんだ。
おっと、申し遅れた。私は一応ここのギルドマスターのチェコ、
マスターになってまだ浅く大物討伐した君のお陰で色々と助かったよ」
止めどなく話し続けるマスターの話に圧倒されつつ聞いていたが、
どうやらギルド代表が代わってギルド認可される基準に足りず期限ギリギリで、
危うくギルド認可取り消しになる寸前だったらしい。
しかしこの町で最難関とされていた討伐依頼を達成出来たため、
大幅に基準をクリア出来てギルド存続が可能になったとのこと。
「どうだい、このギルド専属の冒険者にならないかい?」
「有難い話だが、大量にゴールドが必要なんでな」
「事情はよくわからないけどいくら必要なんだい。場合によっては先に全額払うよ」
「とりあえずは国1つ」
「え?」
「国1つ分が買えるだけのゴールドだ」
チェコは子供の戯言でも聞いたかのように顔が少し嘲るように笑いかけるが、
タイラントゴーレムを倒せるほどの実力を持ち何か事情があるのだろうと察したらしく、
すぐに真剣な眼差しへと戻る。
「国1つというと、この国の予算は大体1年で10億ゴールドだ。
それとそう小さくないこの町のギルドで、
1年の稼ぎはせいぜい1000万ゴールド。
どれだけ大変か分かるかな?」
「勿論だ、それでもやらねばならないことがある」
「はぁ~。分かった。君に助けられたし出来るだけの手助けをしよう。」
こちらの決意が汲み取られたのかカウンター奥の部屋へと通された。
部屋の中は書類の入れる棚が壁を埋めており、
マスターの机の上には手紙や返事の試し書きが散乱している。
「ちょっと待っててくれ」
何やら紙に文章を書き始め署名と印を押し、
最後に綺麗な封筒へ二つ折りで入れられ、蝋燭を垂らして印で再び押し固める。
「これがあればこの国の城下町にあるギルドを纏める大元ギルドで話が通じる。
手数料として向こうで稼ぐと少しこっちに入ってくる仕組みさ、
君ならとんでもない額を稼ぐだろうし此方としては万々歳。」
ギルド存続出来た礼として国中のギルドを統括しているギルドへの紹介状を認めてくれた。
蝋が乾くまでの間に首都への道を教わったが徒歩で3日の距離で、
人の往来も多く安全でこの国が誇る国道らしい。
「もう蝋も乾いたしあまり引き止めるのも良くないだろう。
今度ギルドによると気があれば是非声を掛けてくれ、歓迎しよう。
後ろの嬢ちゃんも元気でな!」
「助かった。また町に戻ってきた時はここに寄ろう」
「おっちゃんも元気でね~」
ゴーレムがチェコへブンブンと力いっぱい手を振ってギルドを後にすると、
外はすっかり暗くなっていた。