1章-4
6魔王目
「おかえりなさいませ。魔王さま」
「ただいま」
居室から出てくる姿を見たスライムは、律儀に労いの言葉を掛けてくれた。
嫌味を言うのではなく心の底からそう思って言ってくれているのであろう。
タイラントゴーレムを見ずに死んで戻ってきたというのに、非常に心苦しい限りである。
「森で全身に毛の生えた四足歩行の魔物に出会ったのだが言葉が通じない、どういうことだろうか」
「おそらく魔獣かと思います。会話での意思疎通は出来ず人間や魔物問わず襲いかかってきます」
ただ言葉が通じない敵対的な魔物と思えば、
そもそも意思疎通すら出来ない魔獣らしくため息が出る。
「やはり私もお供したほうがよろしいのではないでしょうか」
「スライムの力を借りるのはいつでも出来る、もう少しやらせてくれ」
心配そうな表情を見せるスライムの手助けを断ってみたものの、対処法なんてすぐには思いつかない。
「むぅ……」
玉座に座り頬に肘杖をついて考えこむ。
魔王オーラを強く出せれば低能な魔獣も尾を引いて逃げ出すかもしれないが、
自己強化するにも配下の増やす方法なんて分かりやしない。
力で認めさせようとしても、
魔獣にすら負けるようでは配下に出来る魔物なんてほぼいないのではなかろうか。
話の分かる魔物なら知恵比べでなんとかなるのだろうが、
「考えても埒が明かない、もう一度いってくる」
しかめっ面で玉座に座っていても何も解決しない。
だから何度も戦っていればひょんな事から倒せるのではないかと繰り返し挑むことにした。
8魔王目
前言撤回、全くもって倒せる気がしない。
相手はダメージ蓄積するのだからと無造作に突っ込んで殴ってみたものの、
此方の拳が傷んだだけで全く傷を負った気配がない。
おびき寄せて村まで戻れば袋叩きに出来るのではないかと逃げ出したこともあったが、
数歩走りだしただけで追いつかれてしまう。
「どうしたものやら」
どうしようもなくなってしまい王座にへたり込む。
どこかにヒントがないかと窓の外や天井を見つめても答えが出ない。
「どこかに自分でも扱える強力な武器があればなぁ」
どうせどこを見ても考えが浮かばないのであればとスライムを見て眼福に預かる。
「ま、魔王さま?」
スライムのコアが青色から薄い赤へと変色していく。
だがそんなことなどお構いなしに暫く観察を続けていると、唐突に魔獣を倒す方法を閃いた。
「……スライムの消化液はガラスまでも溶かしてしまうほど強いのか?」
「溶かせることは溶かせますが、薄いものでも数日はかかります」
「それなら勝機があるかもしれない、ゴールドを借りるぞ」
「は、はい。少しお待ち下さい」
玉座から立ち上がり催促すると何をするのかわかっていないようだったので、
スライムには使用人部屋からゴールドの入っている袋を持って来させ、
すぐさま道具屋から空のビンを持てるだけ購入し城へ戻る。
「早速で悪いけど、これに消化液入れてもらえるか?」
「分かりました魔王さま。
ただ――魔王さまに瓶詰めする姿をお見せするのは少し恥ずかしいので、
使用人部屋で入れてきてもよろしいですか?」
「なるべく早く頼んだ」
急いで戻ってきたため息が絶え絶えになり喉が乾く。
息を整えつつ使用人部屋に入っていったスライムがなかなか戻ってこない。
一度に大量の消化液を用意するのは時間が掛かるらしい。
「此方でよろしいですか?」
暫く戻ってこないので待っている間にテーブルにあった果物を齧り喉を潤していると、
固まったゴム状の粘液で蓋をした消化液入りビンを手に謁見の間へと戻って来ていた。
「ありがとう、これならいけるかもしれない」
受け取ったビンを振ると中の液体は揺れ動きすぐに割れてしまう様子はない。
「今度こそ魔獣を倒してゴーレムの顔を拝んでこよう」
「期待してお待ちしております」
スライムを間近で見ると大量の消化液を出したせいか人間の形状がほんの少し崩れていた。
「疲れただろう、昼飯はいらないから休んでいてくれ」
スライムに労りの言葉をかけ、
用意してくれたスライム特製消化液入りビンをポケットやベルトに差し込む。
今度こそタイラントゴーレムを討伐するため森へと駆けていく。
道跡入り口まで戻ってくると、森の様子は太陽が垂直に差し込むことにより光が少し入り、
昼前のような寒さは感じなくなっている。
何も用事がなければ木漏れ日の下、気持ちのよい昼寝をしていただろう。
復活するたびに突っ込んで分かったことだが、
奴らは同じポイントでしか襲わないという習性を持っているらしい。
2回目の時は慎重に進んでみたものの最初に殺されたポイントで同じように襲われ、
3回目に至ってはその場所まで駆けつけ同じように襲われたため逃げ出した。
おそらく狩りをどのようにすれば行い易いかということは学習するらしいが、
相手も学習するというところまで知恵が回らないらしい。
今回も襲われた場所付近まで駆けつけるとガサリと茂みが揺れ動く。
罵りたいが勘付かれ攻撃パターンが変わってしまっては意味が無い。
いつでも投げつけれるようポケットからビンを取り出し、両手に持ってジリジリと下がる。
すると先の戦闘と同じく1つ、また1つ茂みの揺れが増えてゆく。
次第に揺れ動く茂み4つが重なるように近づきそろそろ来るなと構えた瞬間、
「Gaw!」
想像通り魔獣は茂みから飛び出してきた。
「馬鹿め」
あまりに想像通りすぎて言動が名軍師にやられっぱなしだった司馬懿状態である。
魔獣は今にも噛みつかんと口の周りの皮膚を引きつらせ素早く距離を詰めてきてきた。
「魔王選手、一投目」
しかし既に迎撃の構えをとっていたため足を振り上げ、
「投げたぁ!」
勢い良くビンを投げる。
すると元はワインが入っていたと思われるビンは、
尻のほうが中心となって縦回転を加え魔獣へ目がけ飛んで行く。
――バリンッ!
ビンは地面へと命中し砕け散った。
しかしまだ距離に余裕がある。
「魔王選手二投目」
余裕を持って今度は確実に当たるように狙いを定め、
「投げたぁ!」
慎重且つ大胆に投げたビンは理想的な軌跡を辿って魔獣の頭へと当たり、
ようやく攻撃らしい攻撃が決まって人生初のガッツポーズを決めた。
しかし、ビンに当たった魔獣はその場で止まらず大きな口を開いて飛びかかる。
「Guuaw!」
「いやまてそれは聞いてない!」
4本の魔獣の牙が目の前に頭ごと噛みつかんと鋭く光っている。
痛いのは勘弁してくれとこれから起こる痛みと食われる恐怖で目を瞑った。
――ドサリッ
何かが後ろで落ちた音がする。
目を瞑ったまま自分の頭に触れてみた。
あの大きな牙がどこにも刺さっていない。
恐る恐る目を開いて後ろを見てみると魔獣の前身が溶け背骨や内蔵が飛び出ている。
「フッフッフ、餓狼の計敗れたり!」
今まで3回死んでも傷一つ追わせることの出来なかった魔獣を無傷で倒すことに成功した。
引き続き2匹が出てくるものと思っていたが、予定と狂ったからか2匹は出てこない。
「どうした、今なら許してやらんことはないぞ」
何をしても勝てる気がした。
このまま襲ってこずに尻尾を巻いて逃げると思った。
しかし考えが甘かった。
前方の茂みが揺れ始め左右に別れ茂みから茂みと渡っていき囲もうとしている。
正直いって左右から同時に襲われるのは想定していないし倒せる訳がない。
「二対一で同時とは魔獣にしては考えたな。
しかし、我は魔王である! その程度の策略で倒せると思ったか!」
ただどんな窮地でも覆せるかもしれない秘策があった。
「三十六計奥義逃げる!」
逃げた。
一目散に逃げた。
「ハッハッハ、これには反応出来まい!」
逃げたには逃げたが逃げたが、その方向は村ではなく更に奥へ。
意表を突かれた魔獣はすぐに追いかけることが出来きなかったらしく、
少しの間を置いて茂みから魔獣が飛び出す音が聞こえた。
「これでも食らえ!」
予想通りであれば開けた道を追ってきているはず。
ベルトに差していた細長いビンを指の隙間にそれぞれ抜き出し8本構え、
すかさず8本とも振り返ざまに全て同時に投げた。
「Gyan!」
投げた後に分かったが魔獣は2匹とも開けた道跡に出ており、
互いに互いを邪魔したのかお互い避けることが出来ず8本すべて被ってしまう。
1本の液体量は一匹目に投げたものより少ないものの全て被ってしまい、
悲鳴とともに一歩も進むこともなく瞬時に溶けてしまった。
「群れの主よ。言葉が分かるなら見逃してやろうではないか」
勝利の余韻に浸りたかったがまだリーダーが控えているのと、
ビンが残り2本しかなく出来れば去ってもらいたかった。
だが期待に反し茂みより一回り大きな魔獣が姿を現す。
「やはり言葉は通じないか」
魔獣は襲うべくジクザクに飛び跳ね回避運動を行いつつ向かってきた。
素早い左右への回避によりビンを投げることが出来ず距離を詰めらていく。
「クソっ、腐ってもやはりリーダー格か」
愚痴をこぼしても状況は好転することはなく、おそらくこちらの攻撃出来る機会は一度だけ。
一度しかチャンスがないとなればクロスカウンターを狙うしか無く、
魔獣に羽が生え空中回避しないことを祈るのみ。
「まだだ、まだもう少し……」
刻一刻と魔獣は迫っておりあと数回跳ねればたどり着く。
「そこだ!」
最後の横っ飛びと思われる魔獣の着地点向けビンを投げる。
幸い羽が生えはしなかったが途中で地面を蹴り、上へと回避されてしまう。
だがこの初投は当たればラッキー程度のブラフである。
そうとは知らず地面に着地した魔獣は勝機とみたのかそのままの勢いで飛びかかってくる。
「Guaw!」
思惑通り全力で飛びかかってくる魔獣に対し、
体で見えないようビンを背中側で空中に投げすぐさま避ける。
次の事を考えないことたった一度きりの回避であれば自分でも難しくはない。
頬に前足の爪が掠れたもののギリギリで躱し、
突如現れたビンを避けることが出来ず魔獣は液体をかぶり呆気無く溶けてしまった。
「いやっはぁ! 初勝利!」
激戦を繰り広げ一応自分だけの力で勝利をもぎ取り嬉しかった。
暫く興奮が冷めやまない状態だったが、森は既に喧騒なる森から静寂に包まれた森へと変わっている。
そのため自分だけが場違い感を醸し出していることに気が付きゆっくりと興奮を収めていく。
ゆっくりと気分を落ち着かせるように歩いていると、大きく開けた場所に出た。
ようやくついたか、と思ったが目の前には聞いていた話とは少し想像と違い、
山の麓というより絶壁に近い壁が反り立っている。
広場中央に向けて人の手が加わってないないはずの道が綺麗に整備され、
その道を挟むように左右には所々壊されたと思われる小さな石の塔と綺麗な石の塔が並ぶ。
不思議なことにあるはずの今まで挑んできた冒険者の人骨など一切落ちていない。
代わりに剣や鎧だったと思われる塊が壁と森の境目辺りにうず高く積まれている。
目的のタイラントゴーレムは見当たらないがおそらくここが依頼にあった場所で間違いない。
「タイラントゴーレムさんいますかー?」
隅々まで注意を払うべき所だとひと目で分かりそうなものだが、
人の手が入るはずのない舗装された道など綺麗な箇所が有ったりと説明のつけようのない広間に、
危険な匂いが強すぎて麻痺していた。
そのせいか届け物を届けるかのように声を掛け、
花の甘い蜜に誘われるように一歩、そして一歩と無警戒で歩みだしてしまう。
「案外タイラントゴーレムなんていないのか?」
薄れた警戒心は簡単には戻ってこない。
壁まで辿り付くと岩でできて扉のようなものがあった。
岩の扉の形状はというと、取っ手や輪のノッカーもなく一見すると、
四角い切れ込みにしか見えないが何故か直感的に扉だと分かる。
一先ず岩の扉を触らなければ問題ないと判断し、
タイラントゴーレムが現れない間に道沿いにある石の塔を調べてみることにした。
塔を大雑把に見てみたが、
真新しい石の塔は岩から切り出したと思われるほど綺麗に角が立っており、
3弾重ねの中段の石にはレイスやカルロ、アレキサンダーなど名前が掘られている。
古く欠けている石の塔にはペルコロイス4世とかろうじて読める。
どうやら道沿いにある石の塔はすべて墓らしい。
信じがたいが隅にある鎧や剣の持ち主の墓なのかもしれない。
ますます状況が混乱してきた。
「ふぅむ……」
唸り声を上げるが誰か答えを教えてくれるわけもなく虚しく空へ消えてゆく。