1章-2
4魔王目
どうやら村人に負けてしまったらしい。
もしかすると村人が異常に強かったのではなかろうか、
町の規模からただの村人と判断したが実は一国の最強に近い兵士だったのかも知れない。
いくら魔王が成り立ての新人といえど、ここまで弱いはずがない。
それに殺られた瞬間の記憶も無いということは、おそらく一撃。
鎌などという玄人御用達の武器を使えるなど、そもそも村人がおかしかったのだ。
「此方にいましたか、魔王さま。夕食が出来上がりました」
云々と言い訳を考えていると夕食が出来たらしく、
スライムが扉を開け食事が出来たことを告げている。
「頂くとしよう」
「新魔王さまご生誕ということで、豪華な食事にさせていただきました」
スライムは体たらくな旧魔王から、新魔王になったことを祝ってくれている。
部屋中央のテーブルには今日買ってきたと思われるカビていないパンが半分ずつ、
スープ皿には湯気が立っており、豆が浮かぶポタージュ。
「パンやスープに掛かったゴールドはどれほどしたのだ?」
「パンは1つ200ゴールドで買い、スープは500ゴールドほどで作れました」
「随分と豪華にしたものだな」
「お褒めに預かり有難う御座います」
町を暫く歩きまわって分かったことがある。
この城というのはただの一軒家であり、用意してくれた食事も非常に質素なものである。
本来ならば魔王が口にするようなものではないのであろう。
だがスライムは十分に頑張っている、何も言うまい。
それにこのスープも手塩掛けて作ったもののようで、しっかりとした味付けがしてあった。
トロリとしたとろみがある白いスープに、無味白色の豆がスープを彩どりを添える。
調理中に入ったと思われるスライムの一部がピリッとした酸味を際立たせ、
口の中で激しくカーニバルを踊る。
無味で硬いパンと一緒に食べるにはちょうど良い刺激だった。
せっかくスライムが祝として作ってくれた食事である。
些か食欲を唆らないというからといって、全て食べ終えずして魔王と名乗って良いのだろうか。
いや、そんなはずがない。
好きな女子の為ならば男は毒であろうが食すであろう。
その男の中の男である魔王が食さないなど断じてありえないことだった。
「いざッ!」
意を決し、手を休めていたスープに手を付ける。
口の中で味という暴力が暴動を起こすスープを鎮め、パンで悠久なるバカンスを送る。
そんないつ終えるのか分からない地獄とも思える激戦と、
戦乱の世における束の間の太平を気が遠くなるほど繰り返した。
次第にスープは無くなってゆき、あとスプーン数杯というところで同時にパンは尽きた。
心に安寧をもたらす唯一のオアシスが干上がり、混沌を呼び起こす。
発汗が激しく、向かいに座るスライムを見るが焦点が合わない。
おそらく今まで出会った強敵の中で最も強いであろう。
最後の一合を交えるため器を持ち上げ、そのまま一気に啜る。
口の中で最後の攻撃だといわんばかりに激しく暴れまわった。
魔王も最後の攻撃を行うために、鼻から新鮮な空気を取り入れ精神を研ぎ澄ませる。
攻撃が来ると分かったスープは更に激しく暴れまわった。
だが、魔王に選ばれし魔王になった者の決意はそんなことでは折れず、
一飲にして全てのスープを飲み干す。
完全勝利である。
「大変美味かった」
「お粗末さまです」
激戦を繰り広げ疲労困憊だったため、居室に戻る事もできず玉座に座り込む。
玉座に座していると胃の痛みが増していき、このまま漏らしてしまうのは確定的だった。
何としてもトイレにたどり着こうと、渾身のちからを振り絞りトイレにたどり着くが、
どうやらこの世界には魔王でも体に合わないものがあるらしい。
暫く力んでいると口から滝の様に血が流れ出てゆく。
空気が吸えず息が苦しい。
5魔王目
前の体は胃が弱かったらしい。
今度の胃は消化液がにじみ出るスライムの一部を食べても死なないよう神に祈っておいた。
ふと気になったが、
スライムに溶かされた死体はまだしも村人に殺された死体が、
放置されたまま同じ顔の自分が隣人と顔を合わせると厄介ではないかと思い、
先ほど死んでしまった自分の死体はどうなっているのか、
隣人と顔を合わせることのないトイレへ確認しに行く。
扉の鍵が壊れていないのにもかかわらず鍵をかけていた扉は抵抗なく開き、
そこにあるはずの吐血した血や死体が消えていた。
「スライム、魔王が死んだ時の体はどうなるんだ?」
「それは復活した体が出現するとき、同時に死体など魔王さまだったものは全て消えます」
「記憶は引き継がれているみたいだが他に引き継がれていたり体はどうなっている?」
「ほぼ全て顔や体型も引き継がれますが、魔物以外には別人と認識されます。
それと能力についてですが、魔王さまの最大の特徴として配下の得た経験が魔王さまにも入り、
魔王さまは何もせずとも強大になっていことが可能ですが、配下が死ぬとその経験も消えます。」
つまり、配下を増やしてゆくことで自身の力が成長していく仕組みらしい。
他にも言語などは配下の経験として知識も吸収出来るらしく最初から会話できてたことにより、
不自然に思わなかった魔物であるスライムと会話することは例外としても、
道具屋で話した言葉は日本語ではない上に、木の板に書いてあった異世界語を読めるはずがなかった。
ただ、特性というものは経験ではないため、スライムが可能な消化液噴出や形態変化は出来ないようだ。
「ちなみにスライムはどれほど強いんだ?」
「特定の魔法以外全て無敵なのでこの町程度であれば全て消し去ることが可能です」
「隣の住人なども余裕なのか?」
「ご指示とあらば」
少し整理しよう。
例のこの町どころか国最強の兵士と思われる住人を簡単に凌駕する我が配下のスライム。
それほど強いスライムの力を魔王システムにより受け取っていても隣人に瞬殺される。
ということは、だ。
この魔王システムの配下から得られる力は非常に少ない、あるいは隣人が本当に強すぎる。
「もう一つ聞こう、隣人は国一番の兵士か?」
「目の前の麦畑を耕しているただの一般人です」
スライムの答えで先ほどの問題が一つ解決した。
デフォルトの身体能力が弱すぎるのとスライムの特性上強くはないが無敵なため能力は低い、
それか1匹から得られる魔王システムの力が貧弱過ぎる。
「もうダメだ、頭が回らないというか考えたくないことが多すぎる。」
「大丈夫ですか魔王さま?」
予兆もなく魔王になった自分をスライムは心配してか、
眉尻が垂れ下がっているかのような表情を見せる。
「本日はもうお休みになられてはいかがでしょう。
新しい環境になれず疲れておられるかと」
「あぁ、そうさせてくれ」
陽もほぼ沈みかけ、若干薄暗い謁見の間からスライムの案内で居室のベッドまで向かう。
「お眠りになるまでそばにいましょうか?」
相当自分の顔が酷いのだろうか、いい大人だというのに側に寝るまでいてくれるというではないか。
そう言ってくれるスライムを見て今朝の事をふと思い出す。
程よい硬さ、指を押し込んだ時の安心感。
「良かったらで良いんだが、一緒に寝てくれないか」
「え? どういったことでしょうか」
逸る気持ちを抑え、邪魔になるであろう枕など足元に投げ捨てる。
「さぁ頼む」
ベッドに上がり手招きでベッドに上がるように指示を出すと、
何が望みか理解したと思われるスライムは、艶めかしく身をよじりベッドへ転がり込む。
人型のスライムは横たわると緊張しているのか呼吸するはずがないのに胸が、
呼吸しているかの如く上下している。
「いつでも構いませんよ、魔王さま……」
スライムは目を瞑りこれから起こるだろうことを想像し高揚しているようで、
暗がりの中よくよく見ると、透き通ってさえいなければ唇はふっくらとしていて潤いを感じ、
真上に向かって主張の激しい張りのある胸、魅力的なくびれのある腰。
そんなスライムに魔王の手が肩に触れると同時に表面が波打った。
「おい。違う、そうじゃない」
突然の言葉にスライムは目を見開く。
「ま、魔王さま?」
「元の体型だ、元の。眠いから早く戻れ」
何が起こっているのか分からないといった表情をみせつつ、
緊張が原因なのか綺麗な半球状になった。
「そう、それだ。その状態で枕の位置まで来てくれ」
その言葉を聞き初めはプルプルと戸惑っている印象だったが、
本当の望みを理解したであろうスライムは、
枕が有った位置にトロトロと移動しつつ綺麗な半球から楕円にとろけてゆく。
「ふふっ。魔王さまはいけずなんですね」
「何を言っているのかわからん。疲れたからさっさと寝るぞ」
スライムを枕にベッドで横になった。
思った通りの柔らかさ、弾力、そして包み込まれるような安心感。
「今後一人で寝ることは許さん、心しておけ」
「はい。魔王さま」
魔王は最高の枕と共に眠った。