4章-3
禿げ上がったその頭で必死に頭をひねった挙句、勇者に責任を負わせることにしたらしい。騎士団から数名の騎士を呼び寄せ、一列に並んだ鎧と盾の壁を抜ける。
壁を抜けるとすぐに隙間は閉じ、スラムの人々が扉へ押しかけないように再び強固な壁が築かれた。
「うわー、おっきぃ~」
目の前には重圧感のある鉄で補強された木製の大きな両開き扉。おそらく自分たちが来るまでは、信者に聖堂を開放するため開かれていただろう。しかし現在は決起により堅く閉ざされている。
代わりに右扉に付いた人ふたりは通れない程度の小さな扉が、隊長のノックで開く。
「中にいる係の者が案内する、入ってくれ」
隊長が中にいるシスターに、勇者一行が到着したことを告げ中に通された。まず目に入ったのは、様々な色が散りばめられている地面。
それは薄い色で塗られていて塗られている根本を探すと、シスターの後ろにある光を取り入れる窓と窓の間に埋め込まれ、光が差すことによって地面に色が塗られる特大ステンドガラスだった。
どこまで伸びているのだろうと下から上に目で追うと、天井全体に絵が描かれている。絵は勇者が民衆の前に立って牛のような角を生やした魔王と対峙し、その後ろで勇者に祈りを捧げている女神も描かれていた。
そのような聖堂の中でも特別目を引いたものは、天井に描かれていた女神そっくりな巨大石像が、正面の壁から祈る上半身だけが飛び出してきていて今にも動きそうだ。
「それでは此方でお待ち下さい。すぐ大司教様にお伝えいたしますね」
黒を基調とした服を着たシスターが、動くとしんなりとしたシルエットを浮かび上がらせ、奥の関係者のみが通れる扉へと入っていく。
「魔王さま、もし戦闘になった場合如何いたしましょうか」
「出来る限りそうならないようにしたい……が、無理だろう。戦闘になったら背中を頼む」
「分かりました」
本音を言うと穏便に事が済むなら済ませたい。だが、身分制度による恩恵に長く浸っており、今更そんな甘い蜜を自ら手放すなんてことは、今の自分からスライムの枕を取り上げるぐらい難しい。
これから会う予定の大司教に、僅かでも良心があれば自分がいた世界の歴史を説けば、もしかすると分かってくれるかもしれない。そんな淡い期待を抱く。
「遅いねー、寝起きで顔でも洗ってるのかな」
「こんなもんだよゴーレムちゃん。お偉方がこんな事態に僕が会いに来たってことで、何話すか会議してるんじゃないかな」
「ヴォルディは大司教と面識はあるのか?」
「勇者って立場上程々に顔見知りって感じかな。元々僕の家は農家で貴族じゃないしね」
待っている間ずっと外で声を上げ自由を求める声が、教会の窓が割れるのではないかと心配するほど響き、締め切ってるのにも関わらず外に居るのと変わらないぐらい大きく聞こえている。
その声にようやく答えるかのように奥の扉から人が現れた。
「おや、勇者様お元気ですか」
胸に白い表紙で聖書と書かれた本を右手に抱え、身なりも綺麗で神父とは正にこういう男のことをいうのだろう。この男であれば話が通じるかもしれない。第一印象はそんな感じを受けるだろう。
しかしそいつの表情は笑っているものの、心の底までは決して笑っていないはずの男。そう、坑道にいた本の男であった。
「この通りピンピンしてるよ」
「それはそれは、お話というのは自分の過ちに気が付き、女神様に許しを乞うということですか?」
「いんや、今日は魔王の付き添いかな」
魔王、という言葉を聞いた瞬間微笑んでいた顔が、哀れみを感じさせる表情へと変わった。
「なるほどなるほど……このような場所で会ったのも何かの縁です。私は大司教のマクセン、そしてこの方が我らが女神教の聖女様であられるメイドリア様です」
マクセンに注目していて気が付かなかったが、背中に隠れてもう一人入ってきていたらしい。
細すぎず太すぎず、胸もあまり膨らんでいない。背丈から歳は一四といったところか、白いワンピースに白い肌、髪も白色でどことなく虚ろな赤い目をしている。
「ご丁寧にどうも。俺のことは知ってるはずだが改めて言わせてもらおう、俺は魔王。スラムの代表として来た。出来れば穏便に済ませたいが、本物の大司教はどこだ?」
「おかしな事を言う魔王ですね。この教会に一冊しかない大司教だけが持てる聖書を持っているのだから、私以外にいないでしょう」
マクセンが大司教な訳がない。それだけは言える。なぜなら鉱山の町にまで現場指揮に来る大司教なんて存在しない。だがマクセンが言うように、この場での教会最高指導者はこの男なのだから、そんな細かいところはことは今はいい。
「押し問答をする気はない、本題に入ろう。半魔獣人に対する差別はやめる気はないか?」
「昨日もお答えしましたでしょう。我々教会が彼ら半魔獣人の事を思って使ってあげているのです」
「なぜ彼らを人間と同じように考えれない。彼らだって言葉を話して同じように考え、同じように暮らしてるではないか」
なぜ分からない。なぜ理解しようとしない。それが俺には解せない。
「あなたも純粋な魔物なら分かるはずです。本来なら魔獣の血を受け継ぎ家畜と変わらないモノを、女神様が愛されている人間と同列に扱っているのですよ。これ以上の幸せはないでしょう」
「よく分かった。本当に、よく、分かった」
沸々と行き場のない怒りがこみ上げてくる。やはり間違っていたのだ。穏やかに解決など不要、力こそ全て。最初からねじ伏せていれば良かった。なんて馬鹿馬鹿しい。
「貴様のような奴は葬り去ってくれよう」
ほんのり赤い黒よりも、どこまでも深く一度嵌ると抜け出せない沼のようにまとわりつく黒、赤い闇色のオーラが体を覆う。坑道で巨大な魔法陣を描いた時より魔力に自我を奪われた。まるで自分が自分じゃないかのように。
「魔王はやはり魔王ということですね。メイドリア、女神様をお呼びしなさい」
「はい。――さま……」
少女は消え入りそうな、傍で聞かないと聴こえない程小さな声で返事をした。だがそんなことなど知ったことではない、どんな魔法を使おうとマクセンさえ消せば全て解決する。
先手必勝、闇魔法ブラックホールの術式構築を始める。マクセンは教会の人間だから障壁魔法を使える、それも新人神父が張っていたような障壁ではない、正真正銘の障壁。
「遅いっ!」
マクセンもすぐに詠唱を行ったが、魔王は人間と違い殆どの魔法に詠唱を必要としない。遠く離れたマクセンを掴むように左腕を伸ばし、開いた手からマクセンを丸々飲み込むほど大きな弾を放出した。
地面をも抉って少し離れた蝋燭立ての蝋燭も吸い込む。かすっただけでも死ぬ、そんな絶望感を持たせるには十分なそれは瞬きをした次の瞬間、マクセンを確実に飲み込む。
なぜなら人間にその早さで障壁を張るほどの詠唱速度はないからだ。
「甘いですね」
不敵な微笑みと共にマクセンは声を上げた。声の意味が分かったのは勝利を確信し瞬きをした時だった。大きなブラックホールが忽然消え失せ、どこを見ても見当たらない。
弾かれて天井や壁を突き抜けたのかと辺りを見回すが、どこにも穴は開いていない。
「フヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ、流石は聖典魔道書です。女神様がご降臨されるまで今までの行いを悔み、反省しなさい」
「ふん。どうせ強力な一点障壁だろう、ならこれでどうだ」
左手より、今度はミスト状の極小ブラックホールを雨の如く放つ。ゆっくりと迫る霧は、聖堂内であればどこに逃げようとも必ず包み込み、霧が晴れた頃には全て虚無へと返す。
一点障壁なら防ぎきれず、全面に張られようがこの膨大な量を許容できるはずがない。所詮は人間、魔王に勝てるはずがないのだ。
「なん……だと……」
床の表面を磨くように削り取り、途中に有った礼拝用の長椅子は綺麗サッパリ木くずすらなく、最初からそこに無かったかのように消滅している。
しかし、ある一線より先。障壁があると思われる先は一切の影響を受けていなかった。
ラストバトル前半、といったところです。
次回はバトル後半or中盤になります。




