1章-1
3魔王目
さて、どうしたらいいものか……
世界征服しろと急にいわれてもこの世界について全く分からないし、
スライムに聞いた所で正しい情報が手に入るとは思えない。
ならまず城の周囲を確認してはどうだろうか。
そうすれば少なくともこの城の周りがどうなっているかぐらいは分かるはずだ。
「この城の構造を教えてほしい」
「魔王さまの居室とその配下が詰める部屋、謁見の間があります」
聞くところによると非常にシンプルな作りらしく今いる居室と使用人部屋が1つ、
あとは全て謁見の間となっているらしい。
聞く限り本城ではなく前線基地的な城なのだろう、
そんな砦のような城でも謁見の間を完備していたりと実に魔王らしい。
きっとこのような前線基地が点在しており、
世界征服も着々と進んでいるのであれば案外早く終わって元の世界に帰れるに違いない。
「少し城の周りを確認してきてもいいか?」
「分かりました、お側にお付きいたします」
「いや、一人でいい」
居室から出るため重厚で所々朽ち果て、留め金が壊れ施錠の出来無い木製の扉を開ける。
ギィッ、と錆びついた留め具が悲鳴を上げた。
扉を開け真っ先に目に入るものは壁際に置かれた木製の玉座だった。
その玉座は一段高くするために設けられた木製の手作りの台の上に置かれている。
その奥には調理するためのかまどなど設えられていて、
中央にはテーブルとイス2つが設置されているため、何もない空間は圧倒的に居室のほうが広かった。
一見すると謁見の間とは呼べないが、
この世界ではこの程度のものが城と呼ばれ、この姿が正しいのかもしれない。
流石に魔王と呼ばれスライムを従えるのだから常識で物事を量るのは間違いだろう。
自分の勘違いだと思い込み玉座の向かいにある扉を開けると、
眩しい太陽の光が薄暗かった謁見の間を明るくした。
光を浴びると体が灰になるといったことはなく、
眩しかった太陽の光に目が慣れると長閑な麦畑が延々と広がっていた。
道沿いには家々が並び、大きめの家が密集している中央辺りには少し賑わいを感じる。
きっと魔物が住む村なのだろう、中央に向かいどのような魔物が住んでいるか調査を行うことにした。
歩いていると素朴な娘が目に入る。
オークにしては非常に美しく人間に近い。
声を掛けることはせず後ろ姿を見送るが殆ど人間の姿だった。
そのまま歩き続け町の中央に着くと、酒場やらギルドと書かれた看板が掲げられる店が幾つかある。
魔物がいないか見渡すと、子供が広場の中央で勇者ごっこをしている。
オークの子供にしては趣味が悪いが所詮は子供のすることだと思い注意しないことにした。
「スライムよ。どういうことか説明してもらおうか」
城に戻り使用人部屋にいたスライムを呼び出し説明を要求した。
気が付くと異世界に転移させられていたり2回も殺されたりと、
散々な目に合った怒りを顕にするため魔王的なオーラ醸し出すためにそれっぽい発言をする。
すると実際に出てしまった、その魔王オーラっぽいものが。
しかしまだ出し方とかコツといったものが分からないため薄皮一枚ほどしか出ていない。
「魔王さま、これには深い訳がありまして」
「ほぉ、下らないことならばはらわたを食ってやろうぞ」
スライムの腸を食うと魔王っぽい雰囲気を出すために言ってみたものの、
果たしてそんなものが存在するのか疑問だったが格好をつけるため良しとする。
「旧魔王さまは大変働くのがお嫌いでして、
働くぐらいならといつも居室に篭って何か練られていました」
「もしやと思うが、配下の魔物や資金も何もないのか?」
「はい、配下の魔物は私だけですし、ゴールドも私が働いて貯めた1万ゴールドほどしか……」
置き手紙からして情けない魔王だと感じてはいたが、想像以上だった。
「む、少し待て。どうやって働いたのだ?」
「酒場にて配膳の奉公をさせていただいておりました」
「その体で村人は恐れなかったのか?」
「いえ、このようにして肌が弱いということにしておりました」
言い終えるとスライムはつきたての餅のような形から長細く腰ほどの高さまで伸び足の形へ整えると、
その形状から更に足を伝い上半身を形成していく。
見た目は青く透き通っており人型といえど、どうみて人ではなかった。
第一印象は、柔らかそうにたわわに実った胸が素晴らしい。
もしやと思うが酒場の店主は魔物と分かった上で雇っていたのではなかろうか。
それとスライムが人型になる過程を見たことにより、
ようやくなぜ2魔王目が死んだのか分かった気がついた。
そりゃ女性誰しもそんなところを殆ど見ず知らずの人に触られては怒るだろう。
「旧魔王は出来損ないですまなかった。
魔王として尽力を尽くす、今後も変わらぬ忠誠を誓ってくれ」
「はい」
旧魔王(2魔王目)のことは謝って許してもらった、スライムに関してはこれで解決したことにしよう。
早速本題に戻るが、如何に世界征服を行うか少し整理してみよう。
まず思いつくのはセオリー中のセオリー、武力による世界征服。
これについてはあまりに味気ない、というか配下にすら勝てる気がしないので最終手段とする。
次に思いついたのは魔王教を作って宗教による世界征服。
だがこれも却下だ、元いた世界でも宗教戦争が起こり内部分裂などで泥沼化してしまっている。
他になにかいい手はなかろうか……
そんな風に頭を捻っていると光明な案が頭をよぎる。
それは平和的で尚且つ自分でも出来そうな世界征服。
そう、金による世界征服だ。
国ごと金で買ってしまえばなんとなく思い通りに出来る気がする。
どうせマトモな世界征服の方法なんて思いつきはしないのだから行動あるのみ。
まずはゴールドの価値を知らないと目標までの金額の予想すら付かない。
ゲーム的な発想だと薬草など回復アイテムは、6ゴールド程で大量に買うことが出来る。
それを元手に町から町へと貿易することで差額を儲けて莫大な資産を築けるだろう。
すぐさま城を飛び出し、町中央に看板を掲げていた道具屋に向かうと、
入り口に冒険者歓迎、よく効く薬草始めました。
などといった商売文句のノボリがあがっている。
「いらっしゃい、新顔だね。
なんでも見ていってくんな」
店に入ると、威勢のよい店長の挨拶に悪くない印象を与える。
「すまないが薬草関係を見せてもらえないか」
「うちは壁にある品書きを見てもらって注文してもらってんだ」
確かに入り口からカウンターまで商品棚などはなく、店長が陣取るカウンターの後ろに在庫棚があり、
店の壁に貼り付けられた木の板に商品名と効能、値段が記されている。
現物を自由に触れるようにすると窃盗などあるのかもしれない。
防犯上仕方ないのであろう。
『エリクサー
元気が出る、不味くはない
10000ゴールド』
回復量なんて分かるわけもなく、スライムが稼いだ金額と同価値と値段が高い。
予想だが最高級品なのだろう、次だ。
『ポーション
元気になる、リンゴ味
1000ゴールド』
もしやこの店、悪徳商店なのではなかろうか。
異様に商品が高い気がするが、
スライムの給金が少ないのか我が魔王軍の全資金の十分の一である。
それにリンゴ味とは、りんごジュースではなかろうか、不安になってきた。
『上やくそう
傷が治る、不味くはない
500ゴールド』
ようやく薬草が見つかる。
しかも傷が治るという表記もあり大体の目安が付く。
上と付くぐらいなのだから通常品もあるのだろう。
『やくそう
傷が治る、不味い
300ゴールド』
通常品の薬草を見つけたのだが、効能は同じで味の違いと値段の違いしか書かれていない。
本当に味しか変わらないのだろうか。
しっかり稼げるようになってから味見と効能の差を検証するとしよう。
幸い復活し放題なのだから活用しない手はない。
回復品の値段は分かった。
いずれこれを元手にとなり町で売ればいくらになるか確認しに行こう。
「店主よ。また来る」
「おう、次は買ってってくんなー」
持ち手もなく買う気も最初からなかったため、道具屋を後にする。
「おかえりまさいませ魔王さま」
「おう戻った」
城に戻るとスライムが料理をしていた。
明かりの元となる蝋燭が無いため、明るいうちに夕食を済ませるらしい。
「少し待っていろ、明かりを持ってこよう」
不憫に思い、隣の家に勇者よろしく物色タイムを敢行することにした。
物語の主人公とは家の中を物色しても怒られず、また貴重なアイテムを手に入れることも多い。
今まで積み重ねたゲームの経験は学校で習う勉強よりはるかに役にたっている。
「夜分すまない、蝋燭を分けてもらえないか」
隣の家の玄関に着き住人がいないかノックをして反応を待つが、
誰もいないのか反応がなく扉を開けて中を見渡す。
中はベッドやタンス、机など家具があるだけで人の気配はないため必要なものを探させてもらう。
タンスからは小銭袋、机の燭台から今日使う予定であろう蝋燭、
めぼしい所を漁って欲しい物は全て頂いた。
これ以上何もないと思い退散しようとすると、
「こ、この泥棒め! 成敗してくれる!」
「まて、落ち着け」
この家の住人と思われる人物が今にも振り上げた鎌で斬りかからんとする形相でいた。
どうやら魔王は主人公に含まれないらしい、まさかの盲点だった。
この世界で初の戦闘が住人になるとは思いもしなかったが、
魔王オーラを纏い一喝すれば蜘蛛の子を散らすより容易いだろう。
「我は魔王ぞ! 許しを請えば命だけは助けてやろう」
「魔王が盗みなんてするか!」
なるほど、確かに一理ある。
だが魔王になった俺が高々一般人の村人ごときに負けるはずがなかった。
「では死ぬがよい!」
――本日4度目の天井が見えた。