4章-2
書き方の指導をして貰ったので、ここから急激に文章が変わります。
「おはようございます魔王さま、朝ですよ」
初めて枕になってもらい起こしてくれたような、そんな甘い声で目が覚める。
ただその時のなんでも出来てしまいそうな気分と違い今日は何もしたくない、そんな気分だった。
「おはよう。着替えて朝食を取り、その後でシリンの家に行こうか。ゴーレムはどうした?」
「今日も魔王さまのために頑張ると言って、夜が明ける少し前から宿の裏で鍛錬をしています」
こんな朝早くから精が出るなと思い窓に向かう。
「俺のために、か」
誰にも聞こえないような小さな声で窓に向かい呟く。
窓の外にゴーレムを探すと、庭の真ん中で肩をゆっくり上下させていた。おそらく小休憩をしていたのだろう、少ししてからゴーレムは岩で出来た人形を作り出して構えを取った。
両手にはめた岩の手袋をグーパーしてつけ心地を確認した後、空気を裂く鋭い右拳が人形の顎をかすめる。驚き少し身を引いて硬直するだろうほんの少しの間に、間髪入れず相手の戦意を削ぐ左拳が人形の鼻を穿つ。
顔の岩が少し砕け膝が崩れ落ちそうになった人形だが、ゴーレムはまだ地に伏せる事を許さない。隙かさず顎元に引き戻されていた左手を、地中から芽が出る草のように相手の顎目がけ、力強く振り抜かれる。
鼻を砕かれ、顎を砕かれ、完全に戦意と意識を失った相手にとどめをさすべく、腹部に渾身の一撃を加える。人形は砕け散って破片が飛び散り、上下が別れて地面へと溶けていった。
「如何しましたか?」
「今すぐゴーレムに鍛錬を辞めさせ一緒にパンを買ってきてくれ、あれは近所迷惑だ」
一撃一撃重い打撃が重音を産み、3階の窓越しにいる自分にまで響いており、あとから支配人に何を言われるかたまったもんじゃない。
スライムがゴーレムとパンを買いに行かせた後、汲み置いててくれた桶の水で顔を拭いさっぱりとした状態にして、今日の役に立ちそうな魔法や知識を本から勉強を始めた。
「ただいま戻りました」
「マオー、朝ごはんだよー」
汗で動物的な匂いをさせているゴーレムと、涼し気なスライムがパンを手に戻ってきた。買ってきてもらったばかりのパンからは、焼きたてらしく紙袋から熱気が白く漏れている。
「これからまた大立ち回りだというのに、質素な朝食ですまないな。それとゴーレムは汗を拭け」
「食べてから拭くー。あと私はホカホカのパンも好きだからなんでもいいよー、でも晩ご飯はお肉いっぱいがいいかな?」
朝食を食べるというのにもう晩ご飯の話をしつつ、部屋に戻ってくるなりすぐに包からパンを取り出して、パンの上に一緒に買ってきたバターを乗せる。するとパンの熱で溶けたバターからいい匂いが立ち込めた。運動後の空いた胃に食欲をわかせるような匂いに、ニコニコ顔になったゴーレムはサクリと音を立ててかじる。
「ゴーレムは今日のことが終わると、何かしたいことがあるか?」
「んー。お肉食べて~、海で泳いでお腹いっぱい魚料理食べたい! それと~……」
無邪気にやりたいことを一つ一つ、アレがしたいコレがしたいと指折り数えている。
そんな光景を見て、全てのことが終わったらもう一度何がやりたかったのか考えなおそう、何もかも投げ出したい気持ちだが今はただ、ゴーレムの頑張りに答えるためにも自分も頑張ろう。そう思った。
「そしてね! マオーにもおじいちゃんに教えてもらったいい場所を見せてあげる!」
「ああ、頼むよ」
どんよりとした気分が昨日から治らず、一切れで済ませようと思っていたパンだが、スライムにもう一切れ切り分けて貰う。
二枚目のパンは少し美味しくなったように感じた。
「すっごい人~」
シリンの家に向かうが、スラム街に入った頃はポツポツとした人の数だったのが、祭りでも始まる寸前なかと見間違うほどに人が多くなっていく。シリンの家付近に近づくほど一歩進むのが一苦労な数となっていた。
「頼むからはぐれないでくれよ」
「えー、そんなこと言われても無理だよ~。あっ! そうだ、手つなご?」
小さな手のひらを上に向けにこやかな顔を向けてくる。
隣にいたスライムが少し怪訝な顔をしたが、まぁこれぐらいなら許してくれるだろうと小さな手を握手するように掴む。すると思っていたのとは何か違うのか、物足りなさそうな顔をしている。
「違うよ、こうやって手を繋ぐんだよ?」
一旦手を離し、指と指を絡めるように繋ぎ直された。
「えへへ、恋人繋ぎ~」
手を繋いだ瞬間、気配だけで殺されそうなほど凄まじい殺気、皮膚にある細胞の隙間全てに針を突き立てたような寒気を感じる。振り見てはいけない、だけど振り向かなければそれはそれで殺されてしまう。
ああ、人生とはなんと儚いのか。人生50年と有名な話にあるが、実は人生乙女心の胸三寸が世界の真実なのかもしれない。覚悟を決めゆっくりと、着実に、鼓動で胸が飛び出しそうになりながら顔を曲げていく。
「なぁ、スラ――」
阿修羅。シヴァ。鬼。デーモン。虎。名状し難い世にもおぞましいもの。
なんて表現したらよいか分からないものを見てしまった。比喩で心臓が止まりそうなという言葉があるが、確実に心臓が止まっているはず。なぜなら手足が一寸も微動だにしないからだ。
「これぐらいで勘弁してあげます」
突如現実と引き戻された。どうしたのといった表情でゴーレムが自分を覗き込んでいる。勿論右手には恋人繋ぎの右手がある。
ただ、違っていたのは左手にもその恋人繋ぎの手がある。
「ハ、ハハ、ハハハハハハ」
世には知らなくていいこと、知らないほうがいいこと、そして分からないほうがいいこともある。君子危うき近寄らず、何も考え無いことにしよう。
右に一見すると華奢ではあるが顔が整っており褐色の健康的なボディを持つ美少女、左には魔物ではあるが誰もが目を引くようなグラマーなボディを持つスライム。
そんなのとそれぞれ手を繋ぎ、尚且つ恋人繋ぎをする自分を見て人でごった返している人の海が割れる。周りの羨むような視線、妬むような視線、場違いな人を見るような痛い視線。とにかく痛く、恥ずかしかった。
「あのー、おふた方。道も空いてることだし手を離しても……」
手を繋ぐのをやめようと発言しようとすると、小動物のような今にも泣き出しそうな顔とカエルを睨む蛇のような顔に挟まれる。
やめてくれ、俺を精神的にも物理的にも殺す気か。
「あ、あはは、分かった。このままシリンの家まで行こう……」
生まれてこのかた21年、このような修羅場に出会ったのは初めてだった。
荒波に揉まれるような激流に遭遇すると、人は為す術なくただ流されるしかなく、それを知るには俺には早すぎたのか、遅かったのかすら分からない。
取り付く島もなく周りに助けを求めたくても求めれず、針のむしろを歩くかのごとく進む。諦めの肝心さ、そしてそれを受け止める度量、人生って辛いなぁ。
「おや、魔王どうしたんだい?
もしや決戦前日ってことで夜は大忙しだったのかい」
人混みの中、凱旋状態でシリンの家までたどり着くと、昨日と変わり胸の教会マークが消えている新しい鎧を装備したヴォルディが、頬に赤い手の跡を付けて外で待っていた。
「ヴォルディ、お前勇者だろ。この状況から救ってくれ」
「レディーを前にその発言はどうかと思うよ。そんなことより聞いてくれ!
昨日シリンを一晩中口説こうとしたんだが……」
両手に爆弾状態で、ヴォルディのぞっこん具合を忘れてたせいで惚気話が始まった。後ろにはスラムの人たち、両脇は堅められ前にはヴォルディ。見事な四面楚歌。
「皆おまたせ!」
扉から自分を救ってくれる女神、シリンが現れた。ヴォルディは惚気話をやめシリンへと駆けてゆく。両脇を堅める二人も許してくれたのか手を離してくれた。
今ならシリンを神として崇めてしまいそうだ。
「スラムの皆集めたけどこれでいいのかい」
「あぁ、シリンのお陰で全てうまくいきそうだ」
集まった人々を見渡すと、シリンの家の前は色んな特徴を持つ半魔獣人と、鉱山で助けた人で溢れかえっていた。中には年端もいかない、ようやく大人の第一歩を踏みだしたという子までいる。
色んな人がいたが皆の顔は同じで、今こそ俺達の手で変えてやるんだという顔を見せている。お陰で自分のやろうとしてることが正しいのだと、自分にようやく自信が持てた。
「えー、あーあー、テストテスト」
拡声の魔法にたけた人により、スラム街中に声が届くように準備されたスピーチ台にあがる。
何かが始まったと、ざわつく人々。
「我は魔王である!」
ざわついていた空間がシンと静まり返った。
皆が注目している、ゆうに数千人は俺の声に耳を傾けているだろう。
「今回の決起を提案したのは俺だ。俺はこの街を見て思った、この国は間違えている!」
一呼吸置く。早く続きを言えという後を押すような視線が全身を包む。
「そう思った俺は此方にいるシリンに頼んで皆に集まってもらった。皆も思っているだろう、この国は間違えている! 違うか!」
「そうだ!」
何が起こるか知っている連れ戻していたスラムの人々と、普段から国に思う所があった青年や若いひとにより、腹の底から出るような魂の篭った声がスラム街を震わせる。
「この国は人間だけのものじゃない!
この国に住む半魔獣人、人間共に公平に分かち合われるものじゃないのか! 違うか!」
「そうだ!」
温まり始めた空気が痺れる。
「差別を生み出している元凶、女神派教会に鉄槌を!」
「鉄槌を!」
締めくくると湧き上がった全て民衆から、炎が上がりそうなほど熱気を感じ、最初特定の人しか呼応しなかったのが今では老若男女皆まで反応をしている。
いつしか誰かが始めた地踏みが周りへと伝染していき、スラムどころか首都全土が揺れ動く。
「魔王、凄いよ。あたいここまでスラムが団結したの初めて見たよ」
「まずは第一歩、と言ったところだ。教会までの誘導頼めるかシリン」
「あたいに任せてくれ」
シリンが壇上へと上っていく。
その姿は話や歴史の教科書の絵でしか見たり聞いたことのないジャンヌ・ダルクのようだった。凛々しく、そして美しい。
「あたいはシリン!」
スラムで有名だったシリンの声が拡声されると押し寄せる津波のように巻き起こっていた旋風が、一瞬にして静まり返る。
「今回スラム代表として先陣を務める、皆あたいに付いてきてくれ!」
「シーリーン! シーリーン! シーリーン!」
スラムならば誰もが知っているシリンが、リーダーと明かされもう決して止まらない、止められない熱狂に包まれた。
「よくやったシリン、スラムの事はお前に任せた。俺たちは教会に乗り込む、皆の誘導はシリンに任せるがくれぐれも犠牲が出ないようにしてくれ」
「あたいがそんなヘマするわけないだろう?」
シリンを先頭に教会までスラムの人々と一緒に行進していくことになった。
スラム街を抜け教会本部のある丘の上にある城とは正反対に小さな城ほど大きな、もう一つの城と見間違うほどの教会を目指していく。道中の行進により地響きは大きく周りを揺らし、何が起こってるのか分からない金持ちや貴族は、屋敷の入り口である門を門番や執事に警護につかせ緊張した様子が伺える。
シリンが先頭を務めているため、スラムの人達によるゴロツキのような行動はなく何事も無く教会にたどり着いた。
「スラムの人々よ! 君たちの主張は分かった! 引き返してくれ!」
教会を囲み始めると中から騎士団と思われる人が数十人出てきて、諌めようとしている。だがそんな主張など耳に入るわけがなく、プラカードを掲げ柵の前で抗議の声を上げる。
些細な事から一触即発となっても不思議じゃない雰囲気だったが、シリンが纏めてることもありギリギリの均衡を保っていた。
「行ってくる」
「頼んだよ魔王」
今にも暴発しそうスラムの軍団はシリンに任せ、騎士団に歩み寄った。
「俺が交渉の代表者として話をしに来た、お偉いさんと合わせてくれるか?」
「ここは誰も通すなと言われている。だから通すことは出来ない」
この実務から暫く離れて動くことがなくなったかのような贅肉が付き、騎士と呼べないような中年が隊長らしい。
「どうやら国のお膝元でぬくぬくと過ごしていると、頭が凝り固まって幼児ですら出来る判別を理解出来ないらしいな。言い直そう、ここで死ぬのが良いか案内するか選べ」
長年権力だけでブクブクと太った頭の回らないおっさんにも分かるように、噛み砕いて話すとようやく理解出来たのか顔が青ざめている。
周りの騎士を見て誰に責任を押し付けようか考えているみたいで、あたふたとし始めた。
「わ、分かった。そこにいる勇者様一行ということで処理する。そのつもりで付いてきてくれ」
この日より以前の文章は完結した後書き直します。