3章-6
「魔王、騎士団を倒せたようですが女神様の尖兵300人を倒せますか」
遠くてわかりづらいが本の男は自信に満ち溢れた顔をしている。
ヴォルディとの戦闘を見ていたが半魔獣がベースの片翼であれば一般的な兵百人には匹敵し、
一般兵3万相当となれば首都アスラすら簡単に攻め落とせる兵力に相当するだろう。
しかし、そんなものは所詮一般論。
「我をその程度の兵で倒せると思ったか、笑止!」
極大魔法陣を展開するために魔力を込めると純粋な黒いオーラが立ち込める。
以前のような紫が混じった魔王オーラではなくただただ黒い、
魔力そのものに自我を僅かに奪われた。
いずれ魔王としての力が強大になっていくと自我が全て奪われる、
そんな恐怖を感じるがスラムの人を救うことだけを考え魔術式を構築していく。
「尖兵、今すぐ魔王に攻撃を」
魔法陣が展開されていくのを見た本の男はすぐさま命令を下す。
だがそんな暇を与えるわけもなくすり鉢状の地形にフタをするようにまず周囲の二重の円を展開、
円と円の隙間に世界の理を示す文字を書き加えていく。
二つの円の中には複数の円を、その円には支配、暴虐、永続の使役をそれぞれ持たせ、
調和させる複雑な模様がかきくわわっていく。
「もう遅い、これでも食らうがよい!」
魔法陣が完成し神々しさと真逆の禍々しい闇の筋がオーロラのように魔法陣から飛び出る。
一見闇の魔術と聞くと恐ろしい物にだが明かりの中で見える闇は美しい。
やがて闇の筋は全ての片翼にたどる気首輪のようにまとわりついた。
暫くすると首輪がついた片翼は全て地に伏せる。
「どうするんだ神父さんよ、この通り動ける片翼はもういないが」
「流石魔王といったところですね。ですがこれならどうです」
そういって本の男は新たに詠唱を始める。
今度の詠唱は光の筋が強く本能的にこれはマズイと分かった。
「魔王! 後ろ!」
シリンの声で後ろを振り返る。
先ほど倒した騎士に片翼が生えており最後尾のシリンを攻撃していた。
「片翼とはいえ相手は死体、ヴォルディとスライムで完全に破壊してくれ」
「人使い荒いねぇ、これなら魔王を倒してシリンちゃんを奪ったほうが楽だったかな」
「勇者さん、それ以上魔王さまの悪口を言うと怒りますよ?」
「ひえー、怖い怖い」
文句を垂れつつしっかりと全力を尽くしてくれるヴォルディと忠実なスライムを残し更に降りていく。
「魔王、あそこにゴロツキ顔がいるよ」
「おっと、バレましたか。お三方ここは通しやせんぜ」
坂道が終わり本の男までもう少しというのに障壁を張っていた新人神父が道を塞いだ。
「ええい邪魔だ!」
「聖女に認められた障壁魔法が魔王に抜かれものか」
「甘い、滑って弾かれるなら回転を加えるまでだ」
闇魔法ブラックホール、それを真球から楕円形に変化させ回転を加える。
辛うじて見えてた玉は肉眼では捉えれないほど速くなっていた。
「お、俺の障壁が……」
障壁には小さな穴が空いた。
後ろに立っていた新人神父の体には大きな穴が出来て真後ろに倒れ、それと同時に障壁は消える。
「ゴーレムは一応右から、俺とシリンは左」
「あいよ」
「りょーかい」
新人神父も倒しスラムの人々を迂回して本の男を追い詰める。
「フヒ、フヒヒ、フヒャーハハハハ。罪深き人たちよ、この地で反省するといいでしょう」
もう少しでたどり着くというのに本の男が天井に向け両手を仰ぐと大きな地震が起きた。
シリンは地震が初めてなのか咄嗟に自分に抱きついてしまい一緒に転んでしまう。
その隙に隙に忽然と本の男は姿をくらまし、同時にスラムの人たちの片翼も消えていた。
「マオー、マズイよ! これ火山が噴火する前兆だよ」
「どれぐらいの規模でいつ噴火するんだ?」
「大きさはわかんないけど私達がここを脱出する前に溶けた岩が皆を包んじゃう」
「なんとか出来ないのかゴーレム」
「小さな予兆なら防げるけど今の私じゃ大きすぎるよ」
万事休す。
急ぎ転移魔法を発動してもスラムの人たち皆を動かすことは出来ない。
噴火してしまえば町の人たちにも影響があるかもしれない、それに相手は教会の人間だ。
噴火すると全て俺達の責任にするだろう。
とりあえず皆を呼び集めた。
「おいおい魔王どうするんだ、奴は脱出魔法で町まで逃げたぞ」
「少し考えさせてくれヴォルディ」
「シリンちゃんは安心してくれ、僕が魔王のような役立たずと違って君だけは助けるよ。
ほら一緒に逃げよう」
「あたいはいいからスラムの人達を救っておくれよ」
「僕の愛しのシリンちゃんの頼みなら何でも叶えてみせるよ。ほら魔王早くなんとかしてくれ」
「お前の茶番に付き合ってる暇はない、黙っててくれ!」
雑音がうるさい中どれだけ頭を捻っても解決策が思い浮かばない。
山ごと吹き飛ばす? 可能だろうが溶岩はそんなのお構いなしに吹き出す。
溶岩全て凍らせる? 余計に圧力が掛かって被害が甚大になるだけだ。
「ゴーレム、お前は小さな予兆は止めれるといったな、どうやって止めるんだ」
「私は元々土の精霊だから、山にお願いすれば少しのことは叶えてくれるよ。
でもこんなに大きな噴火は山にお願いしても今の私じゃ聞いてもらえないよ……」
「なら俺ほど大きな魔力を持っていれば山に願うと止まりそうか?」
「やってみないと分からないけど、私がやるよりいける、かな?」
「なら一時的に魔力を預ける、やってみてくれないか」
「マオーの頼みなら私、頑張るよ!」
正直今の自分に打開する術はない。
自分で解決出来ずゴーレムに任せてしまう自分自身が腹立たしい。
「後ろを向いて背中を出してくれ」
「こ、こう?」
「あぁ、そうだ。これから直接心の中に話しかける」
「分かった」
岩の鎧をすべて脱ぎ捨て背中全てをはだけさせ身を任せてくる。
手を置くとほのかに熱く、心音が伝わってくるようだった。
『ゴーレム、聞こえるか?』
「聞こえるよ」
『心のなかで返事してくれればいい』
『これでいいのかな、聞こえる?』
『それでいい。
今からお前に辛いことを任せることになる。
いつも蓄えている魔力より膨大な量が体に溜まって裂けそうな痛みを伴うかもしれない。
もし耐えれなくなったらすぐに言ってくれ、俺はお前を責めない』
『マオーがいつも頑張ってるの知ってるよ私、だから今は私が頑張る』
背に当てた手に魔力を込める。
まだ魔力を流していなくても魔力に触れた皮膚は赤くなり痛みを伴っているのは確実だった。
それでもピクリともせず耐えている。
ゴーレムの顔は見えないが、痛みを我慢している表情すら出さず我慢しているに違いない。
心が苦しい。
『魔王の名のもとにシェリーに対し我が魔力を預ける、汝如何に』
『よ、よくわからないけど。はい』
本に書いていた方法で最も強い契約、真名での契約を結んだ。
契約を始めると体中にある魔力の半分がゴーレムへと流れていき、手を当てた周りからは血がにじみ出ている。
「ま、マオー! まだ終わらないの」
「あと少しだ踏ん張れ」
「ちょっと苦しい、早くしてー」
徐々に魔力が流れていき、手から逃げようとする意思を跳ね返すように背筋を更に伸ばすこと数秒、
ゴーレムにとっては長かっただろう時間が過ぎ魔力の受け渡しが終わった。
「大丈夫かゴーレム」
「背中がジンジンするけど、温泉に入った時みたいにポカポカが凄い!」
「振り返るのはいいが、服のサイズ合わなくなってるから調整してくれ」
振り返ったゴーレムは華奢な体が豊満な体へと変化しており、
普段から装備している岩の軽装では隠せていたところが隠せなくなっている。
つまり、大きくなったソレがはみ出て見えてしまっている。
「? マオーになら見られてもいいよ?」
「あのなぁ……」
「冗談だよ、それじゃちょっと噴火止めてくるね!」
「あぁ、頼んだ!」
ゴーレムは壁へ溶けていきスラムの人でまだ意識が有ったものは祈っている。
為す術のない自分はゴーレムにすべてを任せ破壊した魔力線の修復をし、
シリンは過酷な労働で怪我をしていた人は応急処置、傷がひどい人にはスライムの治療魔法。
ヴォルディはというと、シリンに求愛していた。
揺れが徐々に大きくなるとすぐさま小さくなったりと10分近く続き、
その間各々やることをやっていたが最も大きな揺れがやってきた。
「もうダメだ、娘を見ずに死んでしまうんだ……」
などと諦めの声が彼方此方から上がってきたが、
その大きな揺れもすぐに小さくなりそして完全に揺れが止まる。
「神様だ! きっと神様が救ってくださったんだ!」
地震が起こっている理由を説明していないスラムの人たちは神に感謝をしていたり、
家に帰ったらもう一度家族を抱きしめると誓う声が聞こえた。
揺れが収まっても怪我人はまだ多く引き続きスラムの人を治療していると、
「へっへ~ん、たっだいま~。私の手に掛かればこんなものよ」
「よくやったゴーレム! 怪我はないか? 大丈夫か?」
再び元の華奢な体になったゴーレムが壁から誇らしげな顔で戻ってきた。
体の隅々まで確認したが背中にある手形の傷だけだったのですぐに治療し、
抱きしめ頭を撫でてやるととろけたような顔になっている。
「えへへ~、マオーのためなら私もっと頑張れるんだからね!」
「あぁ、今後も頼むよ」
引き続きスラムの人を治療し続けること30分、
ようやく最低限の治療が済み一応シリンからの依頼達成となった。