3章-5
とは言ったものの、一人一人魔法で対応すれば楽なのだが大量の片翼がいては処理が間に合わない。
ならば効果範囲を極大にした魔法陣を作って力押しすればいい、極小魔法陣の構築を試みる。
まずは人一人が入るだけの範囲指定をして、術式にnを加え可変性を持たせる。
次に座標指定、片翼といえどそれぞれの頭の位置が違い脳の魔力線を遮断して死亡されては困る。
なので脳にある魔法陣展開位置を起点として、
その魔法陣から直下15センチを永続的に遮断し続けるように組む。
「よし、最低限の準備が整った。
その男を一時的にでいい、行動不能にして離れてくれないか?」
「注文の多い魔王だね」
ヴォルディは魔法を詠唱し光る輪を生成して、くみ伏せている男の腰にはめ込んだ。
「よっと、こんなものかな。
僕の魔力量は少ないからちゃちゃっと頼むよ」
ヴォルディは組み伏せるのを止めて片翼から離れた。
押さえつけられていた力が無くなり片翼は立ち上がろうとしているが、
光の輪をつけた腰が地面と縫い合わされたようにくっついて起き上がることができていない。
その様子を見て安心して片翼を中心に魔法陣を展開する。
小さな魔法陣が片翼を囲むように地面に浮かび上がり地面から黒い煙が立ち上って首を覆った。
すると糸が切れた操り人形のように体中から力が抜けたらしく、
立ち上がろうと地面を蹴る手足が動かなくなる。
「流石魔王、魔法に関しては超一流だね」
「あぁ、だが思ったより魔力の消費量が大きい。
このサイズでも2時間と続けるのがやっとだ、何百人ともなると5分続けるのも厳しいな」
魔力線が復活しないように攻撃を繰り返す、
例え効率よく術式を組み微弱な魔力で継続出来ても限りある魔力はいずれ尽きる。
急いで本の男を負わなければ、
「それより坑道の奥から攻めてこないが採掘場所は遠いのか?」
「このすぐ先の広間で採掘してるんだけどね、この坑道は狭いから出待ちしてるんじゃない」
「不幸中の幸いといったところだな。少し気になったがヴォルディは騎士団長か何かなのか?」
「僕はこの国公認の勇者をやらせてもらってるよ」
この展開は知っている、何かデジャブを感じる。
数日前に旧魔王とこんなやり取りがあったような、一応聞き直してみよう。
もしかしたら違っているかもしれない。
「勇者ってあれか、魔王を倒すための存在的な」
「そうそうその勇者。この剣も一応4本ある勇者の剣の内の一本だよ」
見せてもらうと神々しいが宝剣のように装飾はされていないシンプルな剣だ。
そして思う、この世界の重要人物ってやっぱり頭がおかしい。
ニートになりたい魔王、惚れた女のためなら簡単に世界をも敵に回す勇者。
あれ、もしかしてこれが普通なのか?
「頭が痛い。……はっ、そういえばシリンに惚れただの言っていたが方便ではなく本当なのか?」
「本当だよ。健康的な足に凛とした顔立ち、特に理想的な胸に一目惚れした!
今ここで是非自己紹介させてくれ、僕は『ヴォルディ・ウォールマン』、たった今勇者をやめた男さ。
国に追われる身になったけど例え人類全てを敵に回しても君のために尽くす、
だから付き合ってくださいお願いします!」
「あたいに好意を伝えてくれるのは有難いけどさ、
場所というかタイミングというものがあると思わない?」
いいぞシリン、俺もそう思うしこの男と自分は油と水のような存在であまり好かない。
「場所やタイミングなんて関係ないさ。
僕がそんなもの気にしてたら24時間常にこの身を尽くさなきゃいけない立場なのだから、
一生恋人と結婚もできない。そりゃ勿論王様に王女を紹介してもらって結婚できるよ?
でもそれは――」
「あっ、マオーだ! いっぱいきのこ取れたよ」
こんな時間がないときに愛についてとか聞かされると思ってたら、
最高のタイミングでスライムとゴーレムが追いついてきた。
「あら、勇者さまではありませんか、今日はこちらでお仕事ですか?」
「やぁ魔王のスライムさん。仕事でここの警備をやっていたのだけど、
君はこの新しい魔王の配下になったのかい?」
「挨拶をするのはいいがちょっと待て、お前ら前の魔王となんで知り合いなんだ」
なんて言ったらいいのだろう。頭が痛いとしか言いようが無い。
さっきからこれが普通なんだと自分に言い聞かせているが常識が拒絶する。
「僕が子供の頃魔獣に襲われていた時に助けてくれてね、
出会わなかったら勇者を目指していなかったどころか死んでいたかな。
だからこのスライムさんは僕の恩人であり大切な人、かな」
「あの頃の勇者さまは可愛かったですねぇ、お城の隣に住んでいたのでよく覚えています」
「今でもあの家に父が住んでいますよ、未だに魔法はいいとして剣術すら敵わないのが傷だけどね」
何やら世間話が始まったがいくつか情報が転がってきた。
魔王と勇者はおそらく知り合い、そして隣の家のあの住人は勇者の父だった。
そりゃ強いわけだ。ってそれどころじゃない。
「世間話は後にしてくれ、今時間が惜しいんだ」
説明せず突撃して判断に困られては困る。
後からやってきて事情が分からないスライムとゴーレムに何が起こっているか簡潔に話した。
そしてこれから行う行動の作戦も説明した。
「そんな悪いやつやっつけちゃってよ!」
「そのつもりだがあまりは騒ぐな、騒いだ所で敵に勘付かれるだけだ。
ヴォルディ、逃げていったのはこの先であってるよな?」
「あってるよ。この横道の先に今掘ってる大きな空間があってそこに教会の騎士団が50名ぐらいと、
掘ってる人が300人弱かな」
「想像つかないぐらい多いな。
急に敵と出くわすと危ないから俺とヴォルディが先頭、後ろは適当に固めてくれ」
本の男が逃げていった狭めの坑道へと先頭は自分とヴォルディ、次の列にシリンとゴーレム、
最後尾にスライムといった隊列で進んでいく。
新しく出来た副線の坑道は足元に削りとった小さな石や土がまばらに落ちている。
「急げお前たち、教会を裏切った勇者と魔王が攻めてくるぞ!」
奥から男の声が響いてきた。
どうやら待ち伏せして一気に叩く予定らしく陣形を組んでいるようだった。
「今の声は?」
「騎士団の隊長さんかな、ここに来て数回しか会話してないから確かなことは言えないけどね。
確かそこの曲がり角を抜けたら広い空間になっていて、今日はそこで掘っているはずだよ」
「よし、なら最後の作戦確認だ。
片翼化したスラムの人は俺が全て無力化する。
ただ区別なく魔力線を破壊してしまうため幾つか漏らしてしてしまうと思う、
そこでゴーレムとシリンで時間稼ぎをしてくれ」
「はーい」
「あいよ」
「スライムとヴォルディは対人が得意だろうから騎士団の相手を頼む」
「分かりました」
「了解」
締りのない声、待望の末ようやくたどり着いたといった声、忠実な声、
再び一仕事かと嫌気のさした声、それらの声を確認した後最後の曲がり角を抜けた。
するとヴォルディの防具とは違いゴツい鎧を着込んで両手剣を携えた騎士が、
中央に誘いこむように両側と奥に陣取っている。
「女神様に似合わない勇者だと思っていたがやはり魔王についたか」
奥に陣取った隊の中央にいる赤い羽飾りがついた兜をかぶっている騎士がどうやら隊長らしい。
3方向に囲まれて更に奥の状況は分からないがまだ片翼が見えない。
「いやいや隊長殿、女神に僕を当てるなんて役不足でしょう。
残念ながら女神より素晴らしい人が見つかったんでね、隊長も早くいい女性見つけたほうがいいですよ」
「言わせておけば……! 全軍攻め立てろ! 異端者に女神様の裁きを下せ!」
隊長の号令のもと左右にいた騎士が迫ってきた。
「ヴォルディは前の殲滅、スライムは右、ゴーレムは左、シリンは援護。
片翼が出るまで作戦変更だ」
想定と違う戦闘になった以上、闇雲に戦うことは悪手でありそれぞれに指示を飛ばす。
ヴォルディは得意の剣術で鎧の隙間を縫うように刺し、
その間に詰めてきて叩き切ろうとする騎士は体術と特殊な歩法でいなし剣に魔力を込め鎧ごと斬る。
一見その姿は赤子を相手する大人のようでいて無駄のない動きが華麗であった。
「魔王さまの初のご命令。あぁ、恐悦至極に御座います……」
スライムはというと、配下になって初めての戦闘による指示を受け照れながら小躍りしていた。
そんなスライムを切ろうと何人もの騎士が剣を振りかぶるが全て剣身が溶けてしまっている。
照れているせいか両手を頬にあて体を左右に振るごとに周りへ消化液が飛び散り、
全身鎧を着込んだ騎士を骨まで溶かしている。
もはや戦闘にすらなっていないし戦闘しようとしていない、騎士が哀れに思えてきた。
「んーっ、よいしょ~」
戦闘中なのに気の抜けるような情けない声がするのは左で戦っているゴーレムである。
スラム街の時とは違い周りが岩の宝庫なため、
全身に岩の鎧を付け普段の身の丈から比べると2倍以上大きくなっている。
薄い鉄ならまだしも鎧は分厚い岩なので勿論普通の刃など通じるわけがなく、
スライム同様戦闘になっておらずおもちゃで遊ぶように騎士を叩き潰している。
「お前らそれでも女神様の騎士かーっ!」
隊長が怒声を上げ騎士達を鼓舞する。
だが悲しいことに戦闘らしい戦闘になっているのはヴォルディと戦っている騎士だけであり、
そのヴォルディですら全く負ける気配がない。
お陰で援護に回る予定だったシリンと自分は何をすればいいのかさっぱりである。
瞬く間に騎士は一人、そして一人とやられてゆき残り隊長だけとなった。
「さぁどうする、スラムの人を返してくれるというのであれば楽に死なせてやろう。
どうしても嫌だというのであれば苦しみながら殺してやろう」
「ぐぅぅ、魔王風情がぁ!」
隊長は斬りかかる。
しかしその剣筋はヴォルディと比べるのもお粗末なものでマジックアーマーを展開するほどでもなく、
魔力を込めた右手の手刀で刃の横をなぎ折って左拳に炸裂の魔法を込め横腹部に殴りこむ。
爪楊枝のごとく簡単に鎧ごと、くの字にへし折れ吹き飛んでいって壁にめり込んだ。
「おそらくこの先にスラムの人がいるはずだ、急ごう」
少し進むと更に大きな空間に出てすり鉢状の発掘場所の底にスラムの人が集められ、
天井から一筋の光が一人に向け降り注がれているのが見える。
急ぎ現場に向かったが既に遅く下り始めたら光が膨張を初め自分の体をも突き抜けた。
「くそっ! 間に合わなかったか」
自分の声で本の男も此方に気がついたのか高笑う声が響いた。