3章-4
待ってくれ、状況が理解できない。
少しだけでいいから整理させてくれ。
この男はおそらく協会側のそこそこ重要な人間、騎士団の団長かその次あたりだろう。
その根拠として上げれる理由は止めに入って最初に話しかけてきた神父すら呆然としている。
もし下級の騎士であれば様を付けず違う敬称を使うはずで、
自分と同じ思考停止に陥る前に叱咤するか意図を確かめるはずである。
となればやることは簡単だ。
「ヴォルディとか言ったよな、それは俺の配下に入るということでいいのか?」
女は貰うがお前は知らんといった態度なのか確認するため問いかけると、
「勿論だとも! ようやく愛しのハニーに出会えたのだから魔王の手先でも大歓迎さ」
屈託のないイケメンスマイルで答えが返ってきた。
教会の二人もようやく状況が飲み込めたのか、
盗賊顔はトマトのように段々と赤くなっていき本の男は残念そうな顔をする。
「ヴォルディ様、今一度お尋ねしますが女神様の加護を必要としないということでよろしいのですか」
「僕の女神は現実にいて共に寄り添ってくれることが出来る女性なんでね、
教会のいう女神様はそれをしてくれるのかい」
「分かりました。女神様はあなたを常に愛してきました、それでもというのであれば女神の名のもとに裁きを下しましょう」
本を片手に持った男は本を開き空中に浮かせ何やら詠唱を始めた。
その光景は天井に覆われた坑道で差し込むはずがない光の筋が本の男に差し込み、
周囲に天使の羽のようなものが神々しく緩やかに舞っている。
詠唱の言葉はスライムとゴーレムが知らない知識らしく何を唱えているか分からない。
「これはまずい、援護を頼む」
剣の男は何を詠唱されているのか分かるらしく鞘を抜き捨て急いで斬りかかっていった。
その行動からその詠唱を終わらせるのは不味いと分かる。
「悪く思わないでくださいよっと」
ヴォルディがあと数歩で本の男に剣先が届くというところで剣を振り上げ、そして斜めに振り下ろした。
一合交わした感想からいって剣の男の実力だとそのまま本の男は斬られてしまうと思った。
しかし、剣は金属と金属がぶつかり合うような高い音が坑道に響き渡る。
「あちゃ~。いつの間にゴロツキさんは障壁なんて覚えたのかな。
おーい、これ吹き飛ばしてくれない?」
「注文の多い奴だな、そこを退いてろ」
ヴォルディが障壁から退いたのを確認し右手に込めた魔力を落盤しないよう高火力一点型の魔法に変換して、
指先から一点に小さな玉として放つ。
飛ばした玉は周りの全てを吸収する極小のブラックホール。
持ちうる魔法に関しての知識で対物質ならこれ以上強い魔法はなく、
どんなものでも圧倒的魔力質量の前には全て飲み込まれる。
その闇に包まれた玉は武道の達人であれば辛うじて避けれるかどうかというほど速く、
障壁で減速したとしてもとても避けれる速度ではなかった。
玉は剣が弾かれた空間に到達する。
すると一瞬黒板を爪で引っ掻くような空間が削れる音が耳に届くと真上へと弾き飛ばされた。
「……な!」
「おいおい魔王君しっかりしてくれよ」
闇魔法ブラックホール、それは確かに最強で偽りではなかった。
しかしそのブラックホールは真球であり回転がかかっていない。
その上衝突した時に分かったが障壁自体が斜めに出来ており避弾経始現象、
つまり玉が滑って突き抜けることがなく上へと滑って弾き飛ばさてたというものである。
「ニト メミノガ ナモ」
次の攻撃を行う前に最後の詠唱が終わったのか、本の男に差していた光が一瞬にして広がり体を突き抜ける。
太陽を直接見てしまったかのような眩しさに目を逸らす。
「やっぱり無理だったか、こうなったら仕方ないね」
「どういうことだ、これといって眩しかっただけで変化は見受けられないが」
「あれを見てごらんよ」
ヴォルディの指差す方向を見ると過労で瀕死だったスラムの住人が立ち上がっている。
元気になったと思いたかったが背中に片翼しかない純白のツバサが生えていた。
「死んだもの、意識がないもの、自我が薄いものに天使を降臨させる魔法さ。
その証拠に堕天使のような羽が見えるだろう?
ああなっては術者を倒すか片翼が生えた人を物理的に破壊するしかない」
説明すると剣を構えていた。
術者である本の男は目を逸らしていた間に坑道の奥へと逃げている。
追いかけたくても片翼を生やしたスラムの人が邪魔で追いかけることが出来ない。
「悪いけどあの人壊してしまうけど構わないかい」
「傷を付けず捉えることは出来ないか?
この奥に大量の半魔獣の人がいるんだろ、その人達皆が一度に襲ってきたら確実に殺すしか無い。
その前にこの人を魔術解析して対策がないか調べたい」
「剣は得意だけど武道家じゃないから骨が折れるねぇ。
それでもボスとしての指示なら喜んで」
ヴォルディは剣を捨て片翼が生えたスラムの人に向かっていく。
両膝をついて呼吸が絶え絶えだったスラムの人は瀕死だったとは思えないほど素早く動き、
関節を決められ人間ではありえない方向に曲がってもすぐに元に戻り、
全てを壊そうと拳を振るえば地面を抉り空気は切り裂かれ触れていなくても数十センチ先は斬れる。
少し離れた場所で見ている分には何が起こっているか分かるが実際に相手すると、
避けきれずマジックアーマーを展開しても衝撃で死んでしまうだろう。
ヴォルディは幾度と無く拳を躱し関節を壊し続けたが、
埒が明かないようで後ろに回り込みその勢いで腰を蹴り砕いた。
すぐには修復できないらしく下半身は動かず上半身だけで抵抗しようとしているところをヴォルディは抑えた。
「ふぃー、これでどうかな。僕としては褒美をもらってもいいぐらいだけどね」
「全てが終わったら何か考えよう」
組み伏せられた人に近づき頭へと手を置く。
人間で試すのは始めてだが魔法を継続的発動させるには魔法陣が必要であり、
おそらく脳の一部に魔法陣が展開されているのだろう。
自らの魔力を微弱ながら流し込むと血管の様に張り巡らされた魔道線を通り脳の中心へとたどり着く。
すると自分の魔力が魔法陣型に浮かび上がったのが感じ取れる。
その魔法陣を地面に模写し解析し始め簡単な魔法陣なためすぐ分かったが効果はあまりに酷く、
脳を洗脳と暗示を延々と繰り返して自我を潰し魔法陣を壊すと脳も一緒に壊れるようになっていた。
「シリン、すまないが治すことは出来そうにない」
「そこをなんとかならないのかい、このままだと残りの仲間達も死ぬ羽目に……」
シリンの言う通りこの後また魔法を使われれば今度は全てのスラムの人を殺さなくてはならない。
勿論そうしたくはないが助けたくても助けるすべがない。
「そろそろ腰の神経も治りそうで抑えが利かなくなる、どうするんだ」
再びヴォルディに押さえてもらうことも可能だが、
奥からいつ攻めてくるか分からない軍勢が刻一刻と近づいている。
大量の命を自分の判断に委ねられ押し潰すようなプレッシャーが襲い掛かって来るため、
今すぐ何もないところへ、夢の中にでも逃げ出したい。
全てを壊して止めるのは魔法さえ使えば簡単で例えそういう結果になっても仕方ないのだろう。
だがそんな結果なんてクソ食らえだ、自分が欲しいのは自分が望むだけのハッピーエンド。
他の終わり方なんて全て壊す、何もかも壊す。
――閃いた。
「ヴォルディ、再生はどこまで可能だ?」
「脳が完全に破壊されなければ骨や神経も全て再生可能だけど、どうするんだい」
「首にある魔力線を壊す」
「剣士である僕にはそんな繊細な攻撃できないよ」
「俺を誰だと思っている。
力で全てを可能にする王の中の王魔王だ、不可能なら可能に捻じ曲げてやる」