3章-3
小屋で坑道内を示す簡易な地図を見つけ今どこで掘っているか聞き出した場所へと向かう。
シスターによれば広間から一番奥まで続くメインの坑道で掘っているらしく、
それは人が5人並んでも楽々通れるほど幅がある。
網目の様に張り巡らされた横道は横に3人並ぶとギリギリ通れるか通れないかという、
メインの道に比べれば狭いため少し見れば間違うことはなかった。
あとは坑道を進む前に後から追ってくるスライムたちはこのことを知らないであろうから、
魔法で足跡を光って残してその足跡の最初に魔王と名前を床に刻んだ。
「足元は大丈夫かシリン」
「スラム育ちのあたいがこの程度転ぶわけ無いだろう?」
坂になっている坑道をゆっくりと降りていく。
足場は入り口と違い小さな起伏があってあまり整備されておらず、
所々に小さな水たまりができていた。
「うぉっ!」
どこまでも続く同じ光景に水たまりを気にせず歩いていると、
靴に着いた水が地面の岩を滑りやすくしたのか足を滑らせ、
なんとも不格好な転け方で尻もちをついてしまった。
その光景を後ろから見ていたシリンは笑いを堪え切れなかったのか、
笑い声が小さく漏れているのが聞こえる。
「エスコートしましょうか、ミスター魔王?」
「恥ずかしいから勘弁してくれ」
前に回ってきて笑いながら差し出されたシリンの手を掴み起き上がる。
次から転ばないように端ではなく中央の土で地面が均された部分を歩くことにした。
同じ風景を降り続け時間の感覚が狂っていたが10分に満たないほどだろう、
それぐらい降りたところで何やら物騒な話が坑道の先から聞こえる。
「こいつどうしますか、もう使い物になりません」
「これも神の試練なのです。このようになってしまうのは神への冒涜です。
神への冒涜は許されません、私達の手で神の国の門まで送ってさし上げましょう。
ヴォルディ様お願いします」
「はぁ~。いいよ、いいけどあんまり好かないんだよね、こういうの」
どうやら誰かが処分される寸前らしい。
「シリン、急ぐぞ」
坑道を駆ける。
土の道を外して転ばないように出来るだけ急いで一つ目の曲がり角を曲がった。
しかし声はもう少し先から響いていたらしくまだ坑道が続いている。
「ちぃっ。先に行く」
走っているようでは間に合わないと思った。
だから魔法を足に込める、すると足首に小さな厳つい悪魔のツバサのようなものが現れた。
そのツバサは瞬く間に羽ばたき重力など一切感じない、
飛べばどこまでも飛んでいけそうな感じが足から伝わってくる。
地面を蹴り前へと進むと次の足が地面に触れない、一足でどこまでも前に進んでいく。
跳んだ時壁まで30メートルはあろうという距離だったが一瞬で距離が縮み、
危うく坑道の壁にぶつかりそうになる。
しかしそこで水泳のターンのように空中で体を回転させ足から壁に着地し左へと壁を蹴る。
すると今にも剣を振り下ろし首をはねてしまおうとしている人の少し前まで跳んだ。
「ちょーっと待った!」
首に振り下ろされた剣は首に触れるか触れないかのところで止まる。
振り下ろされそうになっていた人の腕は太く毛で覆われ、
自分の推測が間違っていなければスラムの半魔獣だろう。
「どうかしましたか、服装から察するに協会関係者と思われませんが。
それにその足の魔法、ただの一般人ではないようですね」
胸の前で本を片手で持ちゴチャゴチャと色々付いて服を着ている男性がリーダー格らしく、
こちらの所在を問い詰めてきた。
その横には若い神父見習い、なのだろうか。
服装は確かにリーダーのものと変わらないが真新しく、
その代わり人相は誰が見ても神父とは呼べない盗賊にしか思えない。
剣を持って首を落とそうとしていた人物は西洋の甲冑ほど頑丈ではなく、
かと言って楔帷子や革鎧より頑丈そうなプレートが所々付いた革鎧を着ている。
確かミディアムアーマーとかいう部類だった気がする。
鎧についてあまり知識はないが機動性と急所の防御力を補う防御、
極めつけに全体に最低限の防御を持ついいとこ取りの鎧だったはず。
正面のプレートにデカデカと教会のマークがあることから教会の騎士、聖騎士といったところか。
「友人がここで働いてると聞いてな、首都からちょっと顔を見に寄らせてもらった」
「それはそれは遠くまでご苦労さまです。ですが此方にそのような方はいませんよ。
ヴォルディ様、この方にお引き取り願ってください」
「やっぱりこうなるのね……」
剣を持っていた男性が此方に向き直り気怠そうに距離を詰めてきた。
「あー、そちらの方。面倒なんで帰ってくれると助かるんだけど」
「はいそうですかと帰れない事情がこっちにもあってだな、残念ながら強引にでも通らせてもらう」
「やっぱりこうなりますよね。分かっていましたとも、だからこの仕事やりたくないんだよ……」
男はブツブツと文句を言いながら剣道の試合でよく見る中段の構えを取った。
その姿はどこに魔法を放っても全て弾かれるか、いなされてしまうと感じ取れるほど隙が見つからない。
その構えを見て攻撃することが出来ないとなれば防御である。
旅の途中本で学んで覚えた魔力のコントロールの発展工程の一つであるマジックアーマーを展開した。
このアーマーであれば例え馬上のランスであろうと突き通さない強度を持ち、
スライムの消化液ですら防いでしまい更に消費魔力もそこそこ低いという素晴らしい物である。
ただ欠点としてゴーレムの岩を投げつけてもらって分かったが、
魔王オーラモードとは違い跳ね返すのではなく抵抗するのが目的なため、
衝撃は中にまで伝わってしまい非常に痛かった。
「マジックアーマーを使えるのか、なら遠慮なくやらせてもらうよ」
男は構えたまま動かない。
対魔獣であれば経験はあるのだが対人となると初めてのことでどう対処すればいいかわからない。
とりあえず魔力を手に込めていつでも放てるようにしていた。
剣を突きつけられて数秒、いや数分、それとも数時間、
剣を突きつけられるという初めてのことに緊張し体内時間が完全に崩壊していた。
いつ時が動き出すかわからず無意識に目線を後ろの神父にいき戻すと剣が膨張を始めていた。
「もらった」
気付いた時には喉に向け鋭い刃が食い込もうとしている。
流石に首一点に突きをもらっては衝撃で息ができなくなる可能性があり、
急ぎ半歩右足を下げ回避行動を取った。
魔王の性能が元に戻される前であれば目線が外れた時点で突き刺さっていただろう剣は、
喉の中心からアーマーの膜を斬るように後ろへと流れていき男は距離を離した。
「魔王!」
坑道で様子を伺っていたと思われるシリンの声が聞こえる。
無敵のアーマーがあるので様子を伺っていればいいものを何を慌てているのか。
すぐ後ろまで来たのか足音が聞こえた。
「大丈夫かい? 首から血が出てるよ」
無敵のアーマーが突きの一つごときで敗れるはずが――
首を触った手が血で濡れていた。
「ほぉー、魔王ねぇ。だから簡単にそのアーマーが斬れたわけだ、なるほどなるほど」
何やら一人合点がいったようでうんうんと頷いている。
一気に畳み掛けくる様子はなくその隙に首に負った怪我は治癒の魔法で傷を塞がせてもらった。
「一応聞くけど後ろの娘は何? 愛人か嫁?」
「この娘の依頼で一緒にスラムの人々を連れ戻しに来た、ただの依頼人だ」
男は剣を下げ片手で保持したまま、
肩より少し上まで伸びたウェーブした金髪の横髪の先を弄って何やら考え事をしている。
二回ほど指でくるりと回して考えがまとまったのか剣を鞘に収め、
「うん、決めた。そっちの仲間になる」
脈絡もなく味方になることを宣言をされた。
宣言した後今まで何も無かったかのように自然体で歩いてくるものだから隣を過ぎても止めれず、
同じように呆けていたシリンの前で地面に片膝を付き予想付かない行動にシリンは及び腰で一歩引いていた。
「惚れた。付き合ってくれ」